55.村のために4
「みんな、ありがとう。俺は村に戻るよ」
「騎士様方は朝日が昇ればすぐに出立するのがよいでしょう。私が村人に説明するときに一緒にいたらきっと責められますから」
ハイネルと村長が一緒に深々と頭を下げた。
「騎士団は本日の昼間ごろに到着する。それまでに村人に話をしておいてくれ」
イデアはビィさんの発言に驚いた。一日違いで調査をする騎士が到着するようにしていたなんて初耳だ。本当に無理やりにでも精霊の檻を壊そうとしていたことがわかる。
「畏まりました。騎士様。なるべく協力するように皆に言いつけます」
「イデア、鏡を」
ビィさんが手を伸ばすのでイデアは抱えていた鏡を差し出した。よく見ると鏡の奥に何十体もの精霊が眠りについているのが見える。
鏡も精霊も精霊王の力で強くさせたから、精霊の姿が映ってしまっているのだ。
「これは精霊の檻に閉じ込められていた精霊を入れた鏡だ。もともとこの土地に居た精霊だ。起きたら鏡から出てこの土地に豊饒をもたらしてくれるだろう。……もちろん数が減ってしまったから前ほどではないだろうが……」
精霊の映り込んだ鏡を受け取って、村長は驚いている。それはそうだ、祝福を持たない人にも見えるくらい精霊が映るほど力のある鏡なんて珍しいのだから。
「本当にこれを受け取ってしまってよろしいのですか?」
「ああ、精霊が極端に少ない土地が帝都付近あるというだけで、国としては困るからな」
「それではありがたく頂戴いたします……騎士様、この畑の収穫量は今後どうなるか、おわかりになりますか?」
村長は不安そうだ。精霊が大きく数を減らしたのだ、その後が気になるのは当然だろう。
イデアは困ってルーラの腕の中にいるアゲハを見る。
『そうねぇ、今年の収穫量は前年度並みに多いはずよ。精霊の檻の効果が持続するから。来年から二年ほどは、覚悟した方がいいわね。三年も経てば元の収穫量に戻ると思うわ』
イデアは小声でビィさんにアゲハの見解を伝える。ビィさんはそのままを村長に告げた。
「そうですか。では、今年の分は蓄えに回すことにします」
「……もし苦しいようなら国に嘆願して税を軽減してもらえ。事情が事情だ、国も断ることはないだろう。この村は位置的にも無くなられると困るからな」
「ありがとうございます。ですがこの村の収入源は農業だけではありません。帝都との中継地点として宿も多く、そちらの収入もあります。精霊の命と引き換えに夢を見た分、二年耐え抜こうと思います」
村長は真面目な人なのかもしれない。怪しいと思いながら精霊の檻を置く決断をしたことを後悔してるように思う。自分にも責任があると誰かのせいにしないところにイデアは好感を持った。
「また遊びに来いよ!」
夜明けが近づいて来たので、イデアたちは一度村を出て荷馬車に乗り込んだ。ハイネルと村長が見送ってくれる。
村が遠くなってもハイネルは手を振ってくれていた。
「アドニスさん。眠くなったら代わるんで、言ってくださいね」
旅の間、なんだかんだアドニスさんがずっと御者をしてくれていたので、エヴェレットは申し訳なく思っているらしい。正直イデアもアドニスさんには頭が上がらないと思っている。イデアとルーラは馬の事をよく知らないので御者はできない。エヴェレットの気持ちも分かる。
そういえばなぜビィさんは御者をしないのだろうとイデアはビィさんを見つめた。
「ビィさんは御者はできないんですか?」
聞くと、ビィさんは苦い顔をした。
「まわりがさせてくれないから諦めた……。それと普段の移動は馬に直接乗るからな」
「あー、イデア。上司に御者させたがる部下なんて居ないから」
アドニスさんが慌ててフォローに入って、イデアは納得した。そういえばビィさんは隊長だった。なんとなくたたずまいが優雅だし、どこか上位貴族の出なのかもしれない。アドニスさんはなんとなく下位貴族の子なのかなと思っているが、イデアは聞かないことにした。家出した姫であるイデアが自分から貴族にかかわろうとすると、碌なことがなさそうだからだ。
「帰りも行商するんですよね! やっと宿に泊まれる!」
ルーラはひときわ楽しそうにしている。ルーラにとってこれは初めての旅行も同然だ。もちろんイデアにとってもそうなのだが、使命を果たさなければならない緊張感で忘れていた。
帰りは普通の行商だから、イデアもルーラと一緒に楽しもうと決めた。




