54.村のために3
四つ目の精霊の檻を壊した時、ビィさんが言った。
「妙だな。ハイネルは見回りが一人いるはずだと言ったが、今まで誰の気配も感じていない」
「動物が畑を荒らすから、見回りがいない日なんてないはずだけど……」
ハイネルは困惑しているようだ。イデアはこれまでスムーズに精霊を救出することができたのでいいのではないかと思っていた。
「次で最後だよ。早く行こう」
アゲハを腕に抱いたルーラが楽しそうにイデアの腕を引いた。ルーラはどうにも警戒心にかける。
みんなで走って最後の精霊の檻の所まで行くと、そこには精霊の檻を覗き込む誰かがいた。
「村長……」
ハイネルの言葉でそれが村長だとわかったが、なぜここに居るのだろう。イデアはビィさんに腕を引かれて背中に隠された。
「……お待ちしておりました。騎士様」
村長はこちらに気がつくと深々と頭を下げた。
「……お前さ、村長との話は決裂したんじゃなかったのか?また早々に見切りをつけたな」
アドニスさんが頭を抱えてビィさんを見ている。イデアの居る位置からはビィさんの顔は見えないが、顔を背けているようだ。
「先ほどは申し訳ありません。この鏡が禁制品とわかり混乱していたのです。この村に、国に背く意思はございません」
村長が深々と頭を下げたまま言う。つまりはイデアたちが忍び込まなくても村長は鏡を差し出すつもりだったということだろう。
ビィさんは村長がその決断をする前に対話で解決することをあきらめたのか。短気だなとイデアは思った。
「……騎士様。この村はどうなりますか?」
不安そうな村長に、ビィさんは淡々とつげる。
「調査が入るだけだ。お前達は鏡を渡した者に騙されていたという形になる。もっとも、協力しないなら捕らえられることになるが……」
「それを聞いて安心いたしました。村の者は混乱するでしょうが、私がいさめましょう」
村長は一旦顔を上げたが、ハイネルを見てまた頭を下げた。
「ハイネル。お前にもすまないことをした。私が決断できなかったばっかりに……」
「え? いや、頭を上げてよ。村長。わかってくれたならいいんだ」
ハイネルは嬉しそうだ。本当は村を捨てて出て行くなんてしたくなかったのだろう。両親が亡くなってから村長の家で育ったと言っていたくらいだ。村長のことも心配していたにきまっている。
「いいか? 壊すぞ。最後の精霊の檻」
エヴェレットが最後の精霊の檻を破壊する。
すると中から精霊たちが飛び出してきた。
「この中に入って」
イデアが持っている鏡を指すと、みんな鏡の中へ飛び込んでいく。
所ところが一体だけふよふよと空中を飛び回る精霊が居た。
「母ちゃん?」
ハイネルが手を伸ばすと、精霊はその手を握りしめる。ハイネルの目にもきっと、光が自分にすり寄ってくるのが見えただろう。
「母ちゃん……よかった……」
ハイネルの目から大粒の涙がこぼれだす。イデアたちは静かにその光景を見ていた。
精霊はやがてハイネルの首に下げられた万華鏡の中に入ってゆく。力を吸われ続けて限界だったのだろう。
「ちょっと貸して、ハイネル」
イデアはハイネルの万華鏡に触れると、精霊王の力を中の精霊に渡した。今までは鏡を介してでしか精霊を強化することができなかったので、イデアは驚いた。
『精霊を直接強化できるようになったのね。今日一日ですごい成長だわ』
アゲハが褒めてくれるが、イデアはそれがどれほどのことなのかよくわからない。精霊を直接強化できるようになれば便利だな程度の認識だ。
「ねえ、覗いてみて」
ハイネルに万華鏡を覗くようにうながすと、首を傾げながら覗き込む。
「……母ちゃん」
ハイネルの目にはきっと鏡屋のメアリのように、鏡に母親の姿が映っているだろう。
「これでいつも一緒にいられるね」
ハイネルは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。死んだ母親の姿をもう一度見られた。こんなに嬉しいことはないはずだ。
イデアは羨ましいなと思う。イデアもいつかこうして母に会いたい。そのためには精霊王が与えた使命を全うしなければならない。
できるだろうかと俯いたイデアの頭に、なにか温かいものが触れた。
「ビィさん?」
ビィさんは、優しくイデアの頭を撫でていた。イデアはなんだかこの手を知っているような、不思議な気持ちになった。
イデアはビィさんを見つめて考える。どう見ても知らない顔だ。声だって、知らない。それなのにどうしてこんなに懐かしいのだろう。
イデアは抵抗することなくビィさんに撫でられていた。早く母に会いたいなと思いながら。




