53.村のために2
そのまま村の入り口の近くに荷馬車を隠し、イデアたちは夜を待った。
「すごいね、夜光石なんて初めて見た」
ルーラが興味深そうに夜光石の光を眺めている。
松明の明かりは目立ちすぎるということで、ビィさんが夜光石という高価な石を用意してくれたのだ。夜光石は石そのものが淡く光る不思議な石だ。高い山の頂上付近でしか採掘できないため平民は買えない高価な石で、よく貴族の夜会の照明として用いられる。
騎士として邪気が多く魔物化してしまうような土地で働く人の給金は、普通の騎士よりずっと高額だという。この夜光石が国からの支給品なのかビィさんの私物なのかはわからないが、どちらにしても便利なので感謝しなくてはならないだろう。
「イデア、そのでかい鏡なんだ?」
ハイネルがイデアが両手で抱えている鏡を不思議そうに見る。
「これは、精霊の檻から出した精霊に入ってもらおうと思って……精霊の回復用の鏡だよ」
イデアが極限まで精霊王の力を込めた鏡だ。この中に入れば捕らわれていた精霊もすぐに回復するだろう。
しかし問題はこの土地の精霊の全体数が減ってしまったことだ。アゲハが今回は精霊を回復させるだけでは足りないと言った。だからイデアは回復させた精霊にさらに力を分け与えて、精霊そのものを強く進化させなければならない。そうすれば、少なくともこの土地が不毛の地になることはない。
『イデア、頑張って。この村の未来はあなたにかかっているわ』
「うん、頑張るね。アゲハ」
そろそろ陽が沈みきる。寒くなってきたので火をおこして温まりながら作戦の開始を待った。
「母ちゃん、無事だといいな」
不安そうに言うハイネルの両肩を、後ろからエヴェレットが掴んで励ました。
「きっと大丈夫だ。俺たちが出会ったのもきっと偶然じゃなくて、ハイネルの思いが精霊王様に通じたからだよ」
エヴェレットの言葉は不思議と心にスッと入ってくる。エヴェレット自身に邪気が全く感じられないからだろう。人徳というやつだ。
「うん、ありがとう。母ちゃんを諦めることにならなくてよかったよ」
「……そろそろ時間だ。火を消せ。行くぞ」
ビィさんが言うと、空気がとたんに張り詰めた。エヴェレットがギフトの力で焚火を消すと、腰の剣に手をかける。
イデアは鏡を胸に抱き、ルーラにアゲハを抱えてもらった。夜光石の明かりは淡く足元まで届かないため、アゲハに迷子になられたら困る。
「アドニス、先頭は任せた」
万が一のことを考えてか、アドニスさんが先頭でビィさんが最後尾という並びで移動する。
「入り口に護衛が二人。眠らせてくる」
木製の塀で囲まれた村の入り口には屈強な男が二人立って談笑していた。ハイネルいわく畑仕事で鍛え上げられただけで武闘の心得がある人たちではないらしいが、本当に眠らせるなんて真似ができるのだろうか。イデアはアドニスさんの動きを食い入るように見つめる。
アドニスさんは闇に紛れて風のように速く二人の男に近づくと、二人が完全に気がつく前に首の後ろを殴打する。実に鮮やかな手並みだった。
イデアは魔物化すると超人的な身体力を得ることは知っていたが、まさかこれほどの速さで走ることができるなんて思ってはいなかった。その動きは完全に人間のそれを超えている。
「起きる前に中に入るぞ。急げ」
アドニスさんに手招きされて村に入ると、作戦開始だ。
「こっちだ」
今度はハイネルがアドニスさんの横に立って、精霊の檻がある場所まで案内してくれる。
精霊の檻はまるで案山子のように各畑の真ん中に立てられていた。
エヴェレットが一つ目の鏡を取り付けられた高い棒の上から外す。
「精霊の檻は後で城で調査する。木枠の文様をなるべく残すようにしてくれ」
ビィさんの言葉を受けて、エヴェレットは赤黒い木枠の一部分を剣で破壊した。
すると精霊の檻から次々と弱った精霊が飛び出してきた。
「みんな、この鏡に入って」
イデアが持っていた鏡をかざすと、精霊たちは次々と鏡に飛び込む。中を覗き込むとみんなすぐに眠ったようだった。イデアは鏡に込めた精霊王の力がどんどん失われていくことに気がついた。やはり完全に回復するにはまだまだ力が必要なのだろう。
イデアが精霊王の力をさらに込めようとすると、不思議な感覚におそわれた。今まで精霊王の力を使う時は、泉から力をすくってそれを別の容器に移すような感覚だった。
それが今は鏡に直接力を吸われているような、まるで川の水がそのまままっすぐイデアを経由して流れていくような感覚だった。
そういえばアゲハは精霊王の力が体に馴染むほどに、できることが増えるようなことを言っていた。これが精霊王の力が馴染んできたということなのか、イデアは後でアゲハに聞いてみることにした。




