52.村のために1
ビィさんとハイネルが村長と話している間、イデアたちは村の広場に敷物を敷いて万華鏡や日用品を並べていた。
「あらあら、小さな行商さんね。これは何かしら?」
今はちょうど昼前だ。手の空いていた村の女性達がすぐに近寄ってくる。
「これは新しい守り鏡です。帝都で流行っているんですよ」
万華鏡の中の精霊にはアゲハが術で守りをほどこしている。精霊の檻にとらわれることも無い。
「そういえば畑に変わった鏡が飾ってありましたね。まるで案山子みたいに。あれはいったいなんなのですか?」
ルーラが情報を集めようとしてか、精霊の檻の話題に触れる。村人はにこやかに鏡について話し始めた。
「あれはうちの村の宝よ。豊穣の鏡なの。作った方がいずれ全世界に広めるとおっしゃっていたわ。あの鏡があればだれもが飢えることなく暮らせるようになるって」
村人たちはみんな鏡が豊穣を約束してくれるものだと信じているようだ。その豊穣が精霊が全滅するまでの一過性のものだと知ったらどうなるのだろうと、イデアはやるせない気持ちになった。
万華鏡は飛ぶように売れた。この村が裕福なことの証明だろう。
「去年までは行商が来ても最低限の物しか買えなかったのよ。この村の畑は土が悪くて、収穫量も少なかったから」
明るく笑う村人たちの姿に、イデアは精霊の檻を壊してしまうことを申し訳なく感じるがこればかりは放置しておくわけにはいかないのだ。
イデアはアゲハをぎゅっと抱きしめて、優しい村人たちを騙した犯人のことを考えた。彼らはいったい何がしたいのか。村人たちの笑顔を見ていると怒りが湧いてくる。
一時間ほど商売をして、三分の一ほどの商品が売れた。残りは帰りに別の村に寄った時に捌くつもりだ。
「一度この村を出るぞ」
いつの間にか村長の所から戻ってきていたビィさんとハイネルが、イデアたちに伝える。何か問題でも起こったのだろうか。
行商をたたんで商品を馬車に詰め込む。村人に見送られながら一度村を出た。
村の畑がある場所の近くに馬車を止めるとみんなでビィさんの話を聞く。
「結論から言うと、村長はこちらの話を信じる気が無いらしい。だから今夜、村に侵入して鏡を破壊する」
イデアはビィさんの突拍子もない言葉に驚いた。
「防壁はどうするんですか?」
小さな村だが一応村と畑を守るように木製の防壁がある。恐らく夜も見張りがついているはずだ。防壁をくぐって畑をまっすぐ進むと村があるという立地になっている。
「守衛には申し訳ないが眠ってもらう。なるべく村人にばれない様に静かに動くぞ」
やることがまるで悪役だ。イデアは少し躊躇した。しかしよく考えればそうするしかないように思える。
「なんかわくわくするね!」
隣で何やら楽しそうにしているルーラをイデアは呆れた顔で見た。やることは無断侵入と器物損壊なのに不謹慎だ。
「よし、作戦をたてるか。ハイネル。精霊の檻は全部でいくつある?」
「五つだよ。畑が五区画に分かれてるから、各区画に一つずつ」
「見張りは?」
「いつも三人。村の入り口に二人と、畑を巡回する一人。巡回するやつは畑を荒らす動物対策だからあんまり強くないけど、入り口の二人は強いやつ。……でも絶対騎士様たちの方が強いと思う」
ハイネルがビィさんを上から下まで見ながらそう言う。まあ当たり前だろう。魔物化すれば超人的な力を得るのは誰もが知っている話だ。
「事前に村長に精霊の檻を狙っていることを明かしたから、見張りが増えている可能性もある。慎重に全員で一緒に行動しよう」
「……なあ、イデアたちも連れて行くのか?」
ハイネルはイデアとルーラを心配そうに見つめる。普通は十歳の子供を連れては行かないだろうが、今回ばかりはイデアが弱った精霊に力を与えて保護しなければならないのだ。どう言ったものかとイデアが困っていると、アドニスさんが助け舟を出してくれる。
「弱った精霊の回復に、イデアのギフトが必要なんだ。ルーラも一人で置いておくよりは連れて行ったほうが安全だ」
「へぇ、そうなのか? じゃあ気をつけろよ、二人とも」
ハイネルは詳しいことは聞いてこなかった。普通精霊の回復ができるギフトなんて珍しいと思うだろうが、田舎育ちのハイネルにはそういうギフトもあるんだなくらいの認識なのだろう。
「うん。ハイネルのお母さん、見つけたら教えてね。私が回復するから」
「……わかった。ありがとう」
ハイネルがお母さんの精霊と他の精霊の識別ができるのかはわからないが、もし見つかったら多めに精霊王の力を分け与えようと思った。
「そうだ、ハイネル。これ一個あげるね。お母さんが見つかったらこれに入ってもらおう」
イデアは男の子でも似合いそうなデザインの万華鏡を一つハイネルに手渡した。お母さんの精霊が見つかったらこの万華鏡に保護すればいい。
「綺麗だな。ありがとう。きっと母ちゃんも喜ぶ」
ハイネルは笑ってくれた。作戦は今夜だ。ハイネルのお母さんがまだ無事でありますようにと、イデアは祈った。




