50.行商5
「俺父ちゃんと母ちゃんが死んでから、村長の家で暮らしてたんだ。父ちゃんは普通に死んだけど、母ちゃんは精霊になった。母ちゃんは精霊になってから、多分ずっと俺のそばに居てくれてた。いつも俺の近くに精霊が居たから、多分それが母ちゃんだと思うんだ。でも……居なくなっちまった。あの鏡に吸い込まれたんだ」
少年は袖で涙を拭いながら語る。イデアは少年にハンカチを差し出した。
『精霊の檻には精霊を惑わし引き寄せる効果もあるわ。きっと抗えなかったのね』
アゲハが悲しそうに少年の足元に寄り添った。イデアたちは少年が落ち着くのを待って続きを聞く。
「あれは一年半くらい前の事だ。黒いローブで顔を隠した旅人が三人、村に立ち寄ったんだ。別にそれ自体は珍しいことじゃない。うちの村は行商人や旅人がよく通るから。でもそいつらは旅人っていうにはなんか怪しくて、村人も警戒してたんだ」
顔を隠した旅人なんて訳ありですと言っているようなものだろう。ビィさんやアドニスさんが仮面をつけているのとは事情が違う。
「そいつらは村長に譲りたいものがあるって家にやってきた。売りたいものならともかく譲りたいものって何だよ、どう考えても怪しいだろ。でもそいつらは言ったんだ。精霊の力を増幅させる鏡を作っているから、試験的にこの村の畑に鏡を設置してほしいって。村長は畑の収穫量が少ないことを気にしていたから、まあ鏡を置くくらいならって譲り受けたんだ。そこから村がおかしくなった」
精霊の力を増幅させる鏡。確かに精霊が見えない人からすれば、そのように見えるだろう。実際は精霊が死ぬまで力を搾り取り続ける鏡だ。恐らくその怪しい三人組は、この村を精霊の檻の実験に使った。何が目的なのかわからないが許せないとイデアは思った。
「効果はすぐに表れたよ。畑が信じられないくらい元気になって、村人はみんな喜んだ。でも村には俺しか精霊が見えるやつはいないんだ。畑が元気になるほど村から精霊の数が減っていくことに気がついたのは俺だけだった……俺は何度も何度も村長に言った。このままじゃ一年もすればこの辺りの精霊は全滅するって……でも村長は聞いてくれなかった。あの怪しい三人組が俺はうそつきだって言ったから、俺よりあいつらを信じたんだ」
「待て、その口ぶりだとその怪しい三人組は今も村にいるのか?」
「今はいないよ。一年くらい滞在してたけど、次の場所に行くって出て行った。どこに行ったのかは知らない」
ビィさんが残念そうにため息をついた。
「精霊がいなくなって村が壊滅する前に逃げたのか……」
少年は俯いて服の裾を掴んでいる。涙は止まったようだがまだ辛そうだ。
「そういえば、聞くのが遅くなったが君の名は?」
「ハイネル……」
「そうか私はビィ。そしてアドニス、イデア、ルーラ、エヴェレットだ」
ビィさんはイデアたちを順に指しながら紹介した。
「ハイネル。協力してくれないか? これから君の村に行き、村長に鏡を破壊するよう説得する。君も共に説得を手伝ってくれ」
「でも俺の話なんてもう村長は信じてくれないよ。だから村を出ることにしたんだ」
「……君の母親と思われる精霊が鏡に飲み込まれたのはいつだ?」
「は? 一月前だけど……」
「それならばまだ間に合うかもしれない、母親を救い出したいと思わないか?」
「もしかして鏡を壊せば、飲み込まれた精霊は出てくるのか!?」
「救出が早ければ間に合う。俺たちには君の力が必要だ」
「わかった! やる! 手伝うよ。村のことなら何でも聞いて」
とんとん拍子でハイネルがついてくることが決まったが、イデアにはなぜハイネルが必要なのかわからなかった。村長を説得するのに嘘つきだと言われたハイネルを連れて行っても意味などないのではないかと思うのだが、もしかしたら母親の精霊を助け出して会わせてあげたいというビィさんの優しさなのかもしれない。
ビィさんがハイネルを必要としていた本当の理由に、イデアはまだ全く気がついていなかった。




