49.行商4
三日間馬車に揺られ、イデアたちはついにソーア村の近くまでやってきた。
「はー長かったねー。行商ってこんなに大変なんだ」
ルーラはアゲハを腕に抱いて頬ずりしながらため息をついている。イデアもそろそろ疲れがたまってきていたのでルーラの言葉に同意する。
「大丈夫か?」
ビィさんはいつも通りイデアを見つめて労わりの言葉をかけてくれる。イデアはなぜかよくビィさんと目が合うことを不思議に思っていたが、きっと愛し子であるイデアを気遣っているのだろうと気にしないことにしている。
「大丈夫です。村に着いたら宿に泊まれますよね」
イデアたちはここまで他の村のスルーしてやってきた。通常の行商なら村を順々に回るのだが、今回は普通ではない。ただ他の村にも精霊の檻がある可能性があるため、帰りに確かめながら帰ろうということになっている。つまりソーア村に着いてからは野宿はないということだ。それだけでだいぶ気分は違う。
「村人との話し合いがうまくいけばだがな」
ビィさんは真面目だ。楽観的なイデアには常に最悪を予想しているビィさんの言葉がよく刺さる。
「騎士様が言ったらさすがに鏡を差し出すんじゃないですか?」
「そうとは限らない……たった一年で村を裕福にした鏡だ。簡単にこちらの話を信じて差し出すとは思えない」
そう言われるとイデアも心配になってくる。邪術がかけられた鏡だとしても、村人からしたら富をもたらしてくれる鏡なのだ。確かに良く考えてみたら喧嘩になりそうだ。
しょぼくれたイデアにビィさんは飴をくれた。ルーラにも手渡している。ビィさんは旅の途中、イデアとルーラによく飴をくれた。この飴は城に居た時にイデアがよく食べていたものに似ている。きっと高価な貴族向けの飴なのだろうと思う。
何もない道をしばらく進むと、エヴェレットが異変に気がついた。
「なあ、精霊が減ってないか?」
イデアは少し開けられていた幌の隙間から外をのぞいた。
「本当だ、精霊がいない」
「もうすぐソーア村だよね。やっぱりあの怖い鏡のせい?」
「恐らくはそうだろう……思ったより危険な状態かもしれないな……」
嫌な予感をひしひしと感じながらしばらく進むと、馬車が突然止まる。
「何か用か?」
外から御者席にいるアドニスさんの声が聞こえてくる。どうやら誰かに馬車を止められたらしい。魔物化しているアドニスさんの操る馬車を止めるなんてすごい勇気だなとイデアは思った。
「あんたたち、その精霊の数。祝福持ちがいるだろう。悪いことは言わない。ソーア村に入るな。精霊が死ぬぞ」
声は子供のようだった。話の内容から祝福持ちのようだ。
「アドニス。話を聞く。一旦馬車を降りるぞ」
ビィさんの一声でみんな馬車を降りる。そこにいたのはイデアより少し年かさだろう少年だった。小型の荷車をひいている。どこか遠くへ行くのだろうか。
「君は村の子か?」
少年は頷いた後まわりを見た。
「祝福持ちがいるんだろう? だったらわかるはずだ。この辺りの精霊は、みんな死んだ。おかしな鏡に食われたんだ。村には近づかない方がいい。俺も村を出て帝都に行くところだ」
少年と同じようにまわりを見回してもそこにはイデアたちに付いて来た精霊しかいない。
「なぜ帝都に? 鏡が危険なものだとわかっているのだろう? なぜそれを村長に伝えない?」
ビィさんに問われた少年は悔しそうに叫んだ。
「何度も言ったさ! あの鏡はおかしいって! でもみんな目先の金につられて、孤児の俺の話なんか聞きやしない! だから村が滅びる前に、俺は逃げるんだ」
どうやら先ほどの話は杞憂では終わらなかったらしい。鏡を壊すのには難儀しそうだ。
「俺たちは行商と行動を共にしているが、国からの要請で鏡の調査に来た騎士だ。その鏡のことを知る限り話してほしい」
ビィさんが騎士だと言って階級章を出すと、少年は目を見開いた。
「やっぱりあの鏡、騎士が出てくるくらいヤバい物なのか? だからあんな怪しいやつの言うことなんて信じるなって言ったのに……」
「怪しいやつ? 君はその鏡を持ってきたやつに会ったのか?」
少年は荷車にかけていた手を離すと何があったのか語りだした。




