43.キャラバン1
「で、お前はその精霊の愛し子だから騎士が護衛につくってことか?」
「そう、離れてだけど今も二人ついて来てるよ」
イデアは銀水晶採りがてら、追跡者騒動の顛末をエヴェレットに説明していた。
エヴェレットに話す時は友情が壊れてしまうのではないかと緊張したが、話してもエヴェレットはイデアに対する態度を変えなかった。
鏡屋のみんなもそうだ。イデアが精霊の愛し子とか言うよくわからない存在だと知っても、イデアをただ真っすぐに心配してくれる。
そのことはイデアの心を軽くしてくれた。自分でも気がついていなかったが、イデアは精霊の愛し子として規格外の力を得てしまったことを重荷に感じていたのだ。
「そもそも精霊の愛し子ってなんだ? 聞いたことも無いけど」
「私もよくわからないけど、世界の均衡が崩れた時精霊王の力を細部まで届ける使命を持つものらしいよ」
「なんで本人がよくわかってねえんだよ」
「だって、アゲハが今はそれくらいの認識で大丈夫だって言うから」
エヴェレットはアゲハをじっと見つめる。こいつが精霊王の使者? とでも言いたげな顔だ。イデアも気持ちはわかる。アゲハは見た目も仕草もただの犬だ。
「精霊王様ね、神聖ミラメアならもっと詳しく知ってるんじゃないか?」
「一回行った方がいいのかな? でも自由に過ごしていいみたいだし」
「愛し子の行動を妨げてはならない。だっけ?……なんか引っかかるんだよな、それ」
難しい顔をしたエヴェレットは、何か考えているようだ。
「なに考えてるの?」
「……いや。なんでもない。考えすぎたみたいだ」
エヴェレットは考えたことを話す気は無いらしい。イデアに笑いかけるといつも通りに採掘を続けた。
イデアはエヴェレットの作業を見ながら考える。イデアがミラメアの姫だと、昨日来た騎士の人達は言わなかった。
はたして彼らはイデアの正体を知らないのか、それとも知っていて黙っていてくれているのか。聞いてみたら答えてくれるだろうか。
最近祖父である帝王の病気が快方に向かっていると、市井ではもっぱらの噂だ。可愛がってくれていた祖父であればきっとイデアを連れ戻そうとするのではないかと思う。
ミラメアがイデアを城に閉じ込めることを禁じたらしいが、一度戻って来いくらいは言いそうだ。
それとももう忘れられてしまったのかと、自分から城を出たくせに少し悲しい気持ちになった。
でもイデアは城に戻るわけにはいかない。母に会うためには使命を果たさなければならないからだ。
なんだか自分が今どういう立ち位置にいるのかよくわからなくて、イデアは漠然とした不安を感じていた。
『大丈夫よ。イデアの力が必要な時は私が教えるわ』
まるでイデアの心境を察したようにアゲハが言う。アゲハは母がくれた案内役だ。だからきっとアゲハを信じていれば大丈夫だろうと、イデアは肩の力をぬいた。
いつもの帰り道。イデアは街に入る関所を通るために並ぼうとすると、おかしなことに気がつく。
「あれ? なんか商人がいっぱい」
「ああそうか、知らないのか。キャラバンだよ。あれは商人っていうより巡礼者だな。商売をしながら、遠い国から聖地であるミラメアに向かってるんだ」
不審な品物がないか検められているのだろう。馬車の幌が外され、中の商品が見えている。
イデアは彼らの持ってきた商品を食い入るように見つめた。どれも異国情緒あふれる美しい物ばかりだ。
「今回のキャラバンはかなり大きいな。多分商店街の広場全部が埋まるぞ。明日にはきっと露店を出すだろうから、明日は休みにして買い物するか?」
エヴェレットの提案にイデアは即座に賛同する。これは貯金を少し崩してでも堪能したい。遠い異国の品など滅多に手に入るものではないのだから。
「なつかしいな。昔キャラバンが来るたびに、孤児院の院長先生が小遣いをくれたんだ。少しだけど、キャラバンが出す屋台で異国の料理を食べてさ。今年は万華鏡作りで稼いだから、みんなたくさん遊べるな」
「あ、キャラバンに万華鏡を売り込むのはどうだろう? 精霊信仰の巡礼者さんなら珍しい鏡に興味あるだろうし、たくさん買ってくれそうじゃない?」
「そりゃいいな。帰ったらドンさんに話してみろよ。早速交渉に行くと思うぞ」
エヴェレットと話しながら、イデアは明日が楽しみでしょうがなかった。腕の中のアゲハが、静かな目でキャラバンの馬車を見つめていることに気がつかないくらいには。