40.再会1
「護衛が捕まった⁉」
夕刻。カークの執務室で滞った仕事をこなしていたゼイビアは、元部下の言葉に目を剥いた。
「申し訳ありません隊長。十分距離をとって護衛していたはずなのですが、姫の周りには精霊の祝福持ちが多いようでして、すぐに感づかれてしまいました」
「たった二日でか……祝福持ちは総じて気配に敏感だが、お前たちがこんなにも早く捕まるなんて……」
彼らは四年前までゼイビアの部隊にいた精鋭だ。その名残で今も隊長と呼ばれている。
「どうやら姫が下宿しているのは街の商人の代表の家らしく、街の男ども総出で追いかけられ拘束されたようです。善良な市民を傷つけるわけにもいかず、そのまま拘束されたもようです」
ゼイビアは頭を抱えた。隊長として部下を迎えに行かなければならないだろう。しかし、イデアを迎える準備はまだ整っていない。
「とにかく俺がその代表と話をつけよう。……第二特殊部隊隊長、ビィ・ファリアとして動く。馬車の用意を」
そう言うと、アドニスがもの言いたげに見つめてくる。
「なんで偽名で動くんだ。姫関連なら本名で行けばいいじゃないか」
アドニスの言うことはもっともである。しかし、ゼイビアにはまだ勇気がなかった。イデアは迎えにくるでもなく勝手に護衛をつけた父親をどう思うだろう。
「……まだイデアを迎える準備が整ってない」
「……お前なぁ、そんなこと言ってたら一生姫に会えないぞ」
ゼイビアだってわかっているのだ。これは逃げだと。しかしことはそう簡単ではない。ゼイビアはイデアに拒絶されることだけはどうしても避けたかった。
国の騎士の制服をまとい、ゼイビアとアドニスは部下が捕まっているという街の集会所に向かった。
集会所の前に軍用の武骨な馬車で乗りつけると、中から数名が顔を出した。
ゼイビアとアドニスが馬車から降りると、その姿を見て委縮したのがわかる。二人の容姿はどう見ても異形のものだ。致し方ないだろう。
ゼイビアは顔を出した中でも冷静な者に声をかける。片耳に守り鏡のピアスをした、若い男だ。
「俺は帝国騎士団第二特殊部隊隊長、ビィ・ファリアだ。ここに俺の部下が不審者として捕らわれていると聞いている。任務中の姿が街の人々を怖がらせたこと、深く詫びよう。どうか部下を返してはくれまいか」
「……へぇ、本当に騎士だったんだ。騎士がなんで俺の妹の護衛なんてしてたわけ?」
俺の妹という単語にゼイビアは首を傾げる。
「妹とは何のことだ?」
「イデアだよ。イデア。あの子はもう家の子だから俺の妹だよ」
男の視線には明らかな敵意がこもっていた。迎えに来たって渡さない。そう言っているようだ。
「君の名は?」
「アラン・シャナテット。いずれ祖父の後を継いで帝都の商人を管理する立場になる」
シャナテットと言えばイデアの下宿先だ。イデアはなんと厄介な人物の元に下宿しているのか。いくらゼイビアでも、帝都の商人全部を敵に回すわけにはいかない。
ゼイビアは心の中でため息をついた。
「さあ、部下を返してほしければ洗いざらい話していただきましょうか。なぜイデアにつきまとうのか」
アランは集会所の扉を開けて、中へ入るように促した。
「人払いをたのむ」
アランの命令に、集会所の中にいた人間は二人を除いて従った。二人とはアランとそっくりの青年と、眼光の鋭い老人だ。アランを含めたこの三人は、ゼイビアの姿を見ても顔色一つ変えない。厄介な相手かもしれないと、ゼイビアは思った。
「さてお偉いさんがたった一人の女の子に護衛をつけるとはどういうことでしょうか? 納得のいく説明をしていただけますかね」
老人はゼイビアの目をまっすぐに見て問う。魔物化したゼイビアはの瞳は常人には恐怖の感情を抱かせるというのに、大した胆力だ。
ゼイビアはどう話すべきか迷う。自分がイデアの父親だと言ってしまおうか。しかしそうすれば、なぜ幼いイデアを放っておいたのかという話になるだろう。そうなればきっとこの家族はイデアを返してはくれない。
「なにも言わぬか。ならば貴殿の部下は返せませんな」
ゼイビアが迷っていると、アドニスが口を開いた。
「護衛をつけたのは、彼女が神聖ミラメアの託宣により選ばれた精霊の愛し子であるからです」
ゼイビアがアドニスを見ると、アドニスはしょうがないだろうというように首を振った。
「精霊の、愛し子……そんな大層なものであるならば城に召し上げないので?」
もっともな疑問だ。しかしアドニスは語る。
「精霊の愛し子は精霊王により使命をさずかりしもの。だからその行動を決して邪魔してはならないというのが、神聖ミラメアからの警告でして」
「なるほど……」
目の前の老人はすぐに納得した様だった。もしかしたらイデアが特別な子だと、すでに気づいていたのかもしれない。
「イデアは自分が精霊の愛し子であると知っているのですか?」
「それは……我々にもわかりません。神聖ミラメアが我々に要求したのは愛し子の行動を妨げるな。それだけです」
「なんにせよ、イデアを交えて一度話をするべきではないですかな?」
老人の言葉にゼイビアの心臓がはねた。こんな形でイデアと再会することになるのかと思うと怖ろしい。
しかし話はゼイビアの感情を無視して進む。ついにはアランがイデアを呼びに行ってしまった。