4.お母様との日々4
イデアが六歳になった頃、母の容態は悪化した。一日中ベッドから起きられない日が増えて、イデアも父も気を揉んでいた。
少しでも母が療養に専念できるように、母とイデアの住まいは賑やかな城内ではなく城の離れの小さな屋敷に移された。
「エル、これを飲んでくれ」
父が母に差し出したのは、銀色に輝く粉だった。
「帝王が融通してくれた。邪の森の魔物から稀にしかとれない銀の角だ。どんな病にも効く万能薬と言われている」
帝王とはイデアにとっての祖父だ。祖父は自分の子供たちの中でも父を一番可愛がっていると言われている。
本来絶対に国外に嫁がない神聖ミラメアの王女であった母を、交渉して父の妻にしてみせたくらいだ。
母の祖国である神聖ミラメアは、精霊王の聖域をそのまま国にしたような場所だ。何人たりとも汚すことは許されない。ミラメアを敵に回すとこの世界のすべての国が敵に回ると言っていい。
父が持ってきた万能薬を飲んでから、母の容態は劇的に回復した。
庭園へも自分の脚で出られるようになり、イデアはひとまずホッとした。
「イデア、俺はエルのために邪の森に銀の角を取りに行ってくる。心配するだろうから、エルには秘密にしておいてくれ。時間はかかるだろうが、必ず見つけてくるから待っていろ。もし困ったことになれば帝王か兄上に相談するといい」
父の言葉に、イデアは頷く。万能薬があれば、母は生きながらえることができるだろう。
その時のイデアは邪の森に行くというのがどういうことなのかまだわかっていなかった。もしも意味を理解していたなら絶対に止めた。
邪の森は聖域である神聖ミラメアとは正反対の、邪気に満ちた森だ。邪気に触れると、動物は魔物化する。それは人間も例外ではない。邪の森にいる時間が時間が長ければ長いほど体が変質して魔物に近づくのだ。
イデアは後にこの時のことを激しく後悔することになる。
父が邪の森へ向かってしばらく、イデアたちの生活は一変した。
父がいなくなってすぐ帝王が病で倒れ、ゼイビアの同母の兄で、イデアにとって伯父にあたるフランク・レイ・トツカが帝王の代行をすることになった。
それから二年ほどかけて城の人事が大きく変わる。イデアたちに優しかった使用人頭や使用人たちは首になり、いつの間にか入れ替わっていた。
イデアがそのことに気が付いたのは、八歳の時。世話をしてくれる使用人たちが離れの屋敷に来る頻度が減ったからだ。
イデアはともかく、母は生粋のお姫様だ。世話をしてくれる人間がいないと生活できない。イデアは使用人が来ない度に城まで使用人を呼びに行った。
使用人は嫌そうな顔をして一応は来てくれるが、仕事はかなりぞんざいだった。
イデアは使用人たちのあんまりな態度に、仕方がなく決断した。向かうのは伯父の所だ。
伯父はめったに会えなかったが、会えた時は優しくしてくれた。父とも仲が良いようで、父が困ったことがあれば頼るように言っていた。きっと状況を話せば改善するだろうとイデアは思っていた。
しかしそんなイデアの希望は粉々に打ち砕かれることになる。
伯父はイデアが思っていたような優しい人間ではなかった。むしろイデアたちは伯父にひどく憎まれていたのだ。