39.追跡者3
『おはようイデア。外の人だけど、明け方に昨日の朝追いかけてきた二人と入れ替わったみたい』
起き抜けによくない知らせを聞かされたイデアは震えた。入れ替わりで見ているということは、本気でイデアを狙っているのだろう。
イデアはひとまず顔を洗ってキッチンに行くと、朝食作りを手伝った。
朝食の席ではドンおじいさんが、おびえるイデアに笑いかける。
「心配すんな。今日俺は不審者を捕らえるための準備をしてくる。街の男衆が集えば不審者も簡単に捕まるさ。お前はのんびり美味い菓子でも作ってろ」
それはドンおじいさんが食べたいからだろうとイデアは笑ってしまった。優しい言葉をかけてもらう度に心が軽くなる。今日はとびきり美味しいお菓子を作ろうとイデアは思った。
「あら、イデア。本当にお菓子を作るの?」
ハンナおばさんに使っていい材料をきいて、イデアは考える。思えば前世でもお菓子を作ることはそう無かった。
ドンおじいさんは街の男衆に助力を頼むと言っていた。もし捕まえてくれたらみんなに配れるよう、数日日持ちして手軽に食べられるものがいいだろう。
「スイートポテト?」
たくさんの芋を見てイデアは考えるが、スイートポテトはせいぜい一日しか持たない。
「あ、大学芋!」
大学芋なら数日日持ちするしこの国では見たことがない。イデアはさっそく大量に作ることにした。
まずは芋を洗ってくし形に切る。それを塩水にさらしておいておく。
大きなフライパンに油を多めに入れると、水気をとった芋を入れて揚げ焼きにした。
いい匂いがして小腹が空いてきたなと思った頃、振り返るとアゲハがキッチンの入り口から顔を半分のぞかせてフライパンをじっと見つめていた。
「もうちょっとでできるからね」
そう言うとしっぽを振って待ち遠しそうに鳴いた。料理に毛が入るからキッチンに入っては駄目だという言いつけをきちんとまもっているのだ。
時間をかけて揚げ焼きにした芋を取り出して一本割ってみると、外はカリカリで中はふわっとしていて美味しそうだ。
イデアは最後に砂糖を溶かして飴を作ると、芋にまぶした。
「うん、いい出来!」
出来立ての大学芋をアゲハの元へ持っていくと、アゲハは美味しそうに食べてくれた。
『美味しい! 芋って砂糖と合うのね』
イデアも一口かじると、芋の優しい甘さと外の飴の甘さがマッチして美味しかった。
二人でハフハフと出来立ての大学芋を食べていると、洗濯物を干し終えたハンナおばさんがやってくる。
「まあ、もうお菓子ができたの? ずいぶん早いのね」
「ハンナおばさんも味見してください。これは試作品なんですけど、不審者を捕まえてくれたお礼に配りたいので、もっとたくさん作りたいんです」
ハンナおばさんは一口食べると目を見開いた。
「まあ、美味しい。素朴なのに止まらなくなりそうだわ。これは簡単に作れるの?」
「とっても簡単ですよ。作り方教えますね」
イデアはハンナおばさんと一緒に楽しくたくさんの大学芋を作った。不審者が捕まったら孤児院にもレシピを教えに行こうと忘れずにメモしておく。
「イデア! 不審者を捕まえたぞ!」
日も落ちてきてそろそろ夕食だという頃、アランさんとロランさんが扉を蹴破るようにして帰ってきた。
「今街の集会所で捕縛して尋問してる。ただそいつら、自分達は正規の軍人で人さらいなんかじゃないって言うんだ」
二人にお茶を入れていたイデアはその発言にドキッとする。
「そうそう、ただやんごとない人の命令でイデアを陰から護衛してただけだって。でも他のことは何一つ語らない。もしかして、イデアの昔の関係者かなにかか?」
イデアには訳が分からない。正体がばれているのなら連れ戻されるはずだ。イデアはミラメアの姫なのだから。ただ護衛だけつけて放置される理由がわからなかった。
「よく……わかりません」
首を傾げるイデアにアランさんとロランさんは顔を見合わせる。
「イデア、お前元貴族かなんかだろう? 親が亡くなって伯父に嫌われてたから家を出たって言ってたけど、もしかしてイデアの帰りを待っている人がいるんじゃないか?」
「……」
俯いて黙り込むイデアに、アランさんとロランさんはこれ以上の詮索をやめた。
「とりあえず不審者はもう少し尋問しておくよ。何かわかったらイデアにもすぐに知らせるから」
「ありがとうございます。これ捕縛に協力してくれた人たちへのお礼なので、持っていってください」
イデアは二人に大学芋を持たせると、再び集会所に戻る二人を見送った。
つとめて笑顔を作ったが、イデアの胸の中は不安でいっぱいだ。わからないことだらけで怖ろしい。
『イデア、大丈夫?』
ふわふわのアゲハを抱きしめて深呼吸する。それでも不安は消えてくれそうになかった。