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34.父の悔恨1

 兄の逃亡が発覚してから、城は騒然としていた。ゼイビアは何か手伝いたかったが、魔物化した人間が城を徘徊すると捜査の妨げになるとやんわりと言われてしまった。仕方なしに案内人と共に自分の部屋がある離れの屋敷に戻ったが、そこでまたゼイビアは絶句することになる。

 屋敷は荒れ果てていた。多くの使用人を首にしたばかりで屋敷の管理をするまで手が回っていないのだろう。ということは、ここはイデアが失踪した時のままということになる。

「こんな……ところで暮らしていたのか」

 扉を開けると、中は廃墟のようなありさまだった。一部屋一部屋見て回ると、綺麗だったのは厨房にトイレにイデアの部屋にエルの部屋、そしてエルの部屋から続く夫婦の寝室だけだ。恐らく使う部屋だけ綺麗にしていたのだろう。

「マヤ様が掃除をしていたのか?」

 一緒にやってきていたアドニスが、信じられないというようにつぶやく。ゼイビアはその光景を想像して涙がこぼれそうになった。自分が兄の嘘を信じ、銀の角を求め戦っている間、イデアはどれほど大変な思いをしていたのだろう。本来なら誰からも愛され、何不自由なく生きられたはずの子なのに。

 悪いと思いつつ部屋を探索すると、イデアの部屋には数着の小さな服があった。デザインに見覚えのあるそれは、エルの衣装を直したものだろう。

「こんなに大きくなっていたのか……」

 ゼイビアの記憶の中のイデアはまだ六歳だ。体の小さい子だったから、なんとか片手で抱き上げることもできる大きさだった。しかし服を見るに、もう片手で持ち上げるのは無理だろう。いや魔物化して超人的な身体能力を手に入れた今ならば可能だろうが、一般的な話だ。

「早く探してあげなければいけないな」

 アドニスの言葉に力なく頷く。しかし探したところで、イデアは自分の元に来ることに了承してくれるだろうか。父親として、自分を受け入れてくれるだろうか。ゼイビアはそれを考えると処刑を待つ罪人のような気持ちになった。

 

「使用人を一人呼んで、まずは簡単に掃除をしてもらうか」

「いや、今は忙しいだろう。掃除くらい自分でできる」

「……お前なぁ。戦場に馴染みすぎだ。王子だろう、一応」

 アドニスがゼイビアの心境を察してか、ことさら軽く言う。アドニスはゼイビアが生まれて精霊の祝福持ちだとわかった時、特別に雇い入れた祝福持ちの乳母の息子だ。ゼイビアの乳兄弟に当たる。祝福持ちとしての能力は魔物化した時に失ってしまったが、ゼイビアが貴重な炎のギフト持ちとわかってからも物怖じせずに一緒に戦場に赴いてくれたかけがえのない親友だ。

 他にも側近はたくさんいたが、邪の森に一緒に入る決断をしてくれたのはアドニスだけだ。多くの者が戦場が嫌で逃げ出したり、魔物化を気味悪がって逃げ出して、今はたった一人の側近だった。本人は親族を全員すでに無くしているので、魔物化したって誰に迷惑をかけることもないと笑っていたが、決断には相当な勇気が必要だっただろう。

 ゼイビアが騙されたせいで、その決断は意味のないものになった。それなのにアドニスは、一言もゼイビアを責めなかった。それどころか、本心からゼイビアを気遣っているのを感じる。

 アドニスがいなかったら、自分はいまこの現実に耐えられていただろうかと思う。きっと何もかもを失ったと泣き暮れていたことだろう。

 

 とりあえず寝る部屋だけ適当に掃除をしようと、アドニスと別れ自室を掃除する。そうしていると、玄関から言い争う声が聞こえてきた。

「ですから、殿下に直接お話ししたいことがあるのです。どうか面会をお許しいただけませんか」

「駄目だ、一介のシェフごときがやすやす殿下に会えると思うなよ。言いたいことがあるなら伝えてやるからこの場で言え」

 アドニスが対峙していたのは、ゼイビアにとって見覚えのあるシェフだった。自分とエルそしてイデア専任のシェフだ。アドニスは城では気を使ってゼイビアと食事をしたことが無いので知らないのだろう。

 イデアは食べられればなんでもいいゼイビアと違ってかなりの美食家だった。毎回食事終わりにシェフを呼んでは細かな要望を伝えていた。だから彼の顔はよく知っている。イデアと交流の深いシェフだから、もしかしたらイデアについて何か知っているのではと、ゼイビアは期待した。

「アドニス。かまわない。彼は顔見知りだ」

 正面階段をゆっくりと下りながら声をかけると。シェフは目を見開いた。ゼイビアの変わりように驚いたのだろう。

「名はアスラと言ったか? いつもイデアの要望に細やかに答えてくれたシェフだから、俺もよく覚えている。姿は変わってしまったが、ゼイビアは俺だ。何か用だろうか?」

 問いかけると、シェフは意を決したようにゼイビアをまっすぐ見据える。ゼイビアはその強いまなざしに好感を覚えた。

 この男が何を語るのか。ゼイビアは緊張を隠してシェフの言葉を待った。

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