32.お買い物1
「イデア。おはよう」
朝食を終えて鏡屋の店頭で少し手伝っていると、ルーラが家にやってきた。今日は待ちに待った買い物の日だ。万華鏡を作ってから店も忙しくなって、なかなか休みが取れなかったので一日自由に過ごせる日は久しぶりだった。
「お、イデア。お出かけか?」
「気をつけて行ってこいよ」
アランさんとロランさんが工房から顔を出して手を振ってくれる。二人とは出会って数日だがずいぶんと仲良くなった。メアリの鏡を作り出したのはイデアだとドンおじいさんが説明してからは、本当の妹のように可愛がってくれる。ちなみにアゲハのことはお姫様扱いだ。二人とも動物が好きらしい。
「行こ、イデア。街でめいっぱいお買い物、一度やってみたかったんだ」
はしゃぐルーラをイデアはアゲハを抱いて追いかける。孤児院育ちのルーラは自由に服を買えるほどお金がなかった。服は上の子のおさがりや寄付された古着ばかりで、新しい服を着たことが無いらしい。万華鏡が売れたから今日は自分だけの服が買えると浮かれていた。
二人で商店街に行くと、早速きょろきょろと辺りを見回して店を探す。
「噂では最近革新的な服屋ができたんだって。デザインもシンプルでかわいいんだけど、すごく安いんだよ。なんでも同じデザインを大量生産してるから安いんだって。代わりに小物とかで変化をつけられるように作られてるんだってさ」
イデアはまるで日本のようだなと思った。この世界では基本服はオーダーメイドか古着だ。だから平民街の人達はみな自分で服を作るか、古着を買って直して着ている。お店で服を作れるのは平民でも裕福な家だけだ。
しばらく歩いて平民街でも上等なお店が並んでいる区画に着いた。すると一軒の店の前に人があふれている。この世界には日本のように列になって並ぶという習慣が無いようなので、混雑すると人があふれることになるのだ。警備員と思われる人が目を光らせているのは万引き防止のためだろうか。
「あれじゃない? ほら、同じ服がいっぱい」
イデアが指さすと、ルーラが歓声を上げる。
「大きいお店! ……あ、でも子供服のコーナーはあんまり混んでないみたい。待たなくても入れるかな?」
確かに小さいサイズのコーナーは人が少ない。イデアもルーラも十歳にしては体が小さいから大人の服は着られない。二人は混雑している大人用のコーナーを横目に、子供服のコーナーへ行く。
「わー! どれにしよう。迷っちゃうね」
子供服のコーナーには、成長してもいいようにか、シルエットのゆったりした服が多く並んでいた。そしてブローチやレースなど女性用の小物の数が多い。これで自分なりにアレンジしろということなのだろう。
「これ可愛い。ルーラに似合いそう」
イデアが指したのは水色のワンピースだ。肩ひもとウエストがリボンで調節できるようになっているから、成長しても二年くらいは着られそうだ。
「じゃあ、イデアはこっちはどう? おそろいにしよう!」
ワンピースには色違いでピンク色のものもあった。おそろいというのも楽しそうだ。
「いいね! これから少し寒くなるし、上着もおそろいにしよう。これ袖をまくって着られるんだって。大きくなっても大丈夫だよ」
ショッピングはかなり盛り上がった。二人で調子に乗って一人四着ほど選んでしまって、少し反省する。
『イデア。イデア』
アゲハに呼ばれたので振り向くと、アゲハが小物の棚の前でお座りしている。
『私、これがいいわ』
アゲハが指した先にあったのは繊細なレースがあしらわれた赤いスカーフだ。手に取ってよく見ると、イデアが選んだ服よりも値段が高い。もしかしたらこの店でもかなり高い部類入る商品なのではとイデアは思った。
「イデア、それ買うの?」
隣でルーラが心配そうにイデアを見ている。
『ダメ?』
アゲハは潤んだ目でイデアを見つめる。そのしっぽは悲しげに垂れ下がっていた。
「う……もう! しょうがないな!」
結局イデアはアゲハの懇願に負けた。会計をして首に巻いてやると、アゲハは嬉しそうにくるくる回る。
「今日は二人とも思い切ったね」
ルーラが喜ぶアゲハに苦笑しながらイデアの肩を叩いた。イデアはため息をついてそれに同意する。
『ありがとう、宝物にするわ』
アゲハが嬉しそうに言うので、まあ、いいかとイデアは頭の中で財布の中の残金を計算した。