23.幸せな生活4
「おう、待たせたな。どうした?」
鏡を置いたドンおじいさんは、大人しく待っていたイデアと工房を目を輝かせながら見学していたルーラに声をかけた。
「ドンさん、これ見てほしいの」
ルーラがイデアの首に下げてある万華鏡を指して言う。
「ん……?ああ、お前孤児院のルーラか。いろんな工房がお前のこと欲しがってんぞ。将来性のある職人見習いだってな」
「そんなことはいいから、とにかくこれ見て」
ルーラが急かすのでイデアは首から万華鏡を外してドンおじいさんに渡した。
「ああ、イデアがいっつも首から下げてる筒か。気になってはいたが、なんなんだこれ?」
まわりをじっくりと見てからのぞき穴を覗き込んだドンおじいさんは固まった。
「あ、そのままくるくる回してください」
イデアの言う通りに回したドンおじいさんは、イデアに詰め寄った。
「これ、中に鏡が入ってんな。どういう仕組みだ」
中に鏡が入っていると即座に気づくとはさすが鏡職人だ。
「こうなってるって」
ルーラが工房にあった黒板に構造を描き始める。ドンおじいさんはじっとそれを見ていた。
「……なるほどな。これ、ガラスの中に詰めるビーズはガラス玉でも何でもいいってことだな。それだけじゃない。鏡の設置の仕方でもっと違った感じになるかもな」
「安く売るならこのままの構造がいいと思う。外は布を貼っても竹を彫って模様を作ってもいい」
ルーラとドンおじいさんの段々白熱する職人トークにイデアは途中からついていけなくなった。仕方なしにアゲハを抱えて肉球を揉む。
「よし、イデア。これの技術登録するぞ」
すっかりくつろいでいた頃に突然名前を呼ばれて、話を聞いていなかったイデアは困った。
「技術登録?」
「そうだ。登録するとトツカ帝国の商人団体の許可が無ければ、同じものや似た製品を販売できなくなるやつだな。まあ法で取り締まっているわけではないから模造品を作るやつはいるだろうが、トツカの商人団体に睨まれたくないやつはやらねーよ。登録はしておいたほうがいい、登録者には売り上げの一部が入る決まりだからな」
前世で言う特許のようなものだろうかとイデアは思った。イデアとしては、売り上げの一部が入るなら万々歳だ。
「それともこれ、どこかで先に登録されてたりするか? イデアの母親が作ったんだろ?」
イデアは首を横に振る。万華鏡の発明者は前世の誰かさんだ。この世界では他に無いだろう。
「じゃあ、技術登録するぞ。今は売れないだろうが……街に商人たちが戻ってきたら売るために今から大量生産しておこう。ルーラ、お前木だけじゃなく竹細工もできるな? 富裕層向けの分はダニーに任せるからお前はその補佐をしろ。布を張ったものは庶民向けにして……孤児院の子供たちを雇うか。なるべく安価で売ろう」
なんだかイデア抜きで話がどんどんと進んでいく。話を聞く限り、万華鏡は銀水晶を多く使わず、本体が安価な竹とガラスなので普通の鏡より利益がでるらしい。
それに新たな守り鏡として流行する可能性があるそうだ。守り鏡はこの世界の人なら誰でも持っている、小さな鏡のアクセサリーだ。イデアはそもそも精霊の祝福持ちなので持っていないが、祝福持ちでない人たちがいざという時鏡を気に入った精霊に守ってもらえるかもしれないという理由で持つお守りのようなものである。
「イデア、商品化を許可してくれてありがとう。私イデアにもたくさんお金が入るように頑張るから」
ルーラはまだイデアと同じ十歳だ。細工師として類まれなる才能を持っていたが、まだ正式な働き口が見つかっていなかった。それが見習いや下働きを通り越していきなり補佐という大きな仕事をさせてもらえるというのだ。
イデアの両手を包み込むルーラの両手には力が入っている。それにドンおじいさんは布貼りに孤児院の子供たちを雇うと言った。孤児院も潤うし、嬉しいのだろう。
「でも本当に商人たち戻ってくるのかな? もうトツカから出て他国に行くことを考えてる人も多いのに……」
ルーラは窓の外を見ながら言った。そこにはかつての活気が嘘のような職人街がある。いくらドンさんが大丈夫だと言っても、イデアだって心配だ。
「問題ねーさ。ミラメアは争いを好まない。国交断絶は諸悪の根源が駆逐されたらすぐに解かれる。そしたら商人たちも戻ってくるさ」
「諸悪の根源……」
イデアは伯父の顔を思い浮かべた。今ならわかる。伯父は大人しくしていないとイデアたちを殺すと脅したが、本当は殺すことなんてできなかったんだと。
イデアは街で暮らしてはじめて知った。神聖ミラメアの影響力は絶大だ。
頭のいい伯父がそんなことわからないはずないのに、どうしてイデアたちをあそこまで追い詰めたのだろう。イデアはそれがどうにも不思議だった。