2.お母様との日々2
イデアはあっという間に四歳になった。イデアはずっと自分が人と違う事を気味悪がられないか心配していた。だって体は子供でも心は十歳で死んだ前世のものだ。
周りには赤ん坊なんていなかったから、赤ん坊のふりをするのも難しかった。しかしそんな不安は、思わぬところで解消されることになる。
「イデアはとっても賢いのね。きっとそれがイデアのギフトなのね」
なんと精霊の祝福とは精霊が見えるだけではなかったのである。精霊の祝福を持つものは稀にギフトと呼ばれる力を授かることがある。その内容は様々だが、ギフトを持つものはとてもとても少ないのだという。
現にイデアの母は祝福を持っていたがギフトを持っていなかった。父は炎を自在に操れるというギフトを持っているらしい。
「祝福は精霊が見えるだけなの?」
イデアが聞くと母はころころと笑った。
「違うわ。祝福を持つものは、危なくなった時に精霊が守ってくれるの。あとはそうね……弱い魔物は怖がって近づいてこなくなるわ」
それって結構強いのでは? とイデアは考えた。前世交通事故で亡くなったイデアとしては前世からあって欲しかった能力だ。
イデアがふむふむと納得していると、ベッドに腰かけた母がイデアを抱き寄せる。
母の腕の中はとてもいい匂いがして安心する。前世でもよくこうしていたことをイデアは思い出した。
「イデアがもう少し大きくなったら、綺麗な手鏡をあげるわ。精霊は銀水晶の鏡の中で休むの。精霊王様のお住まいになられる泉の水鏡と銀水晶の鏡がよく似ているからよ」
「本当? 楽しみ!」
母の部屋は大きな鏡でいっぱいだ。その中にたくさん精霊が入り込んでいるのをイデアは見ている。たまにいたずらでイデアの姿を歪めてくるから結構楽しんでいたりする。
ある時イデアが部屋で走り回って遊んでいると、目測を誤って壁にぶつかってしまう。その時近くにあった鏡が落ちて、割れてしまった。
「イデア! 大丈夫?」
母がすぐにかけつけて怪我がないか確かめるが、イデアは割れてしまった鏡の事が気になった。
「ごめんなさい。お母様」
割れた鏡の周りには少数の精霊が集まっている。激しく明滅していることから、鏡が壊れてしまったのを嘆いているのであろうことがわかる。
銀水晶の鏡は大切にしなければならないのだとイデアは何度も聞かされていた。
「鏡は欠片まできれいに拾って教会に持っていきましょう。そうしたらごめんなさいのお祈りして、新しい鏡にしてもらうの」
母はそう言うが、イデアは精霊の様子が気になった。お気に入りのおふとんを壊してしまったのだ。きっととても悲しんでいるだろう。
その時イデアはひらめいた。もっと素敵なものを作ってあげればいいのだ。イデアはそれを知っていた。
「待っていて、お母様! 材料を集めてくるから!」
イデアは四歳の短い脚で頑張って走る。体が言うことを聞かないのには慣れてきたはずだったのに、今は気が急いてもどかしい。
母の部屋を出て使用人を見つけると、イデアは待ってと言ってスカートを掴んだ。
「マヤ様どうかなさいましたか?」
マヤはイデアのミドルネームだ。そして前世の名前でもある。
この世界では生まれて十五日目に教会で選定の儀が行われる。そこで水鏡に映し出された名前がミドルネームとなる。だからイデアの本名はイデア・マヤ・トツカだ。
その時のイデアはまだ転生の混乱でわからなかったが、前世の名前がそのままミドルネームになったのは不思議な話だ。
実はこの城の中でイデアという真名を知っているのは両親だけだった。これは母の祖国の風習で、真名を家族以外には隠すのだ。今いる国ではそんな風習は無いのだが、母の希望でイデアという名前は隠している。特別な名前のようで、イデアは呼ばれるたびに嬉しかった。
イデアは使用人にそろえてほしいものをお願いする。イデアのよくわからない希望にも彼女は快く応じてくれた。
「……ヤ様。マヤ様。こちらでよろしいですか? 重いのでお部屋までお持ちいたしますね」
頼むだけ頼んでから庭園でお昼寝をしながら待っていたイデアは、使用人に起こされて目をこすりながら起き上がる。太陽を見ればずいぶんと時間がたっているようだった。
変な物ばかり頼んでしまったから時間がかかったのだろう。お昼寝をしたのでイデアは元気いっぱいだ。駆け足で母の寝室に向かった。