1.お母様との日々1
新連載です!
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この世界の鏡は必ずしも真実の姿を映すものではない。
なぜなら精霊が鏡の中を好んで寝床にするからだ。精霊はいたずらが大好きだ。気に入った鏡の持ち主にいたずらをして嘘の光景を映すことがある。
だからこれもすべて嘘だったらいいのにと母の形見になってしまった万華鏡を覗きながら、イデアは思った。
イデアは低出生体重児だった。だからかすぐに熱を出す虚弱な体質で、赤ん坊のころは毎日苦しくて大変だった。
その頃の記憶も、イデアにはある。なぜならイデアには出生直後から前世日本で十年間生きた記憶と知性がそのまま残されていたからだ。
そのためイデアは生まれた直後はありえない状況にパニックをおこし、よく大声で泣き叫んだ。そして泣き叫べば叫ぶほど、体力が削られ高熱を出すという悪循環に陥っていた。
一年経つ頃には、イデアも状況を理解し順応した。自分は漫画の登場人物のように地球ではない世界に生まれ変わったのだと。
イデアが状況を受け入れることができたのは母がいたからだ。この世界でイデアを産んだ母親、エル・リリーシュ・トツカは生まれつき体が弱かった。イデアを産んでからはさらに虚弱になってベッドの上で過ごすことが多くなったという。
イデアが泣くたび、母は重い体を引きずってイデアの元へかけつけてくれた。そしてイデアが泣き止むまでそばを離れなかった。
蒼白な顔でイデアのために懸命に体を起こしてくれる母の様子は、イデアの前世の母と重なった。
なぜか勉強していなくても理解できたこの世界の言葉で、母は優しく声をかけ続けてくれた。
だからイデアは全てを受け入れると決めたのだ。母からの確かな愛情を感じたから。
「イデア、あなたも精霊が見えるのね」
この世界にはそこら中に不思議な光の玉が浮かんでいた。まるでシャボン玉のような色とりどりの光が、明滅したり大きさを変えたりしながら漂っている。イデアはずっと不思議に思って目で光を追いかけていたのだが、母の言葉でそれが精霊であることを知った。
いわく、精霊が見えるのは珍しく普通は見えないものらしい。だが父も母も精霊が見える。そういう人間は祝福持ちと呼ばれ一目置かれるのだそうだ。
縦横無尽に飛び回る光の玉を見つめながら、不思議な世界だなとイデアは思った。
「今日はお父様が帰っていらっしゃるわ。一緒にお出迎えしましょうね」
お父様と聞いてイデアはソワソワと体をゆする。この世界の父と母は仲が良い。しかし、仕事が忙しいらしく父は滅多に帰ってこなかった。
この世界の父はなんと王子様だ。母も隣の国の王女様だったとイデアは使用人たちの話で聞いていた。ということはイデアも王族だという事だ。赤ん坊のイデアはまだ活動範囲が狭いのでその実感はなかった。
「お帰りなさいゼイビア」
母はイデアを抱いて黒髪の美丈夫にかけよった。彼の名前はゼイビア・ユーフォリア・トツカ。この世界のイデアの父親だ。自身と母の周りほどではないが、父の周囲にも光の玉が浮かんでいる。
父は精霊の祝福を持っているため、とても強いのだそうだ。ただイデアにはそれがどういう意味なのかまだよくわかっていなかった。
「エル、あまり歩き回るな。体に障る」
父は眉根を寄せるとイデアを母から取り上げた。イデアを抱いたまま病弱な母を抱き寄せて心配する父の姿は、はたからみたらさぞ眼福だろう。
それほどにイデアの両親は美しかった。相対した者に冷たい印象を与える父の黒髪と彫像のように整った顔立ちも、相対したものを和ませる母の流れるような金髪と愛嬌のある顔立ちも、イデアは芸術品のようだと思っている。
イデア自身は黒髪に黒に近い瞳をしている。父親の色を引き継いだのだ。顔立ちは母親似だとよく言われる。
イデアは二人に愛されて幸せだった。前世で喧嘩ばかりだった両親と違って今世の両親は仲が良いし、めいっぱい甘やかしてくれる。
父が忙しくてほとんど会えないことだけが不満だが、イデアはきっと今世では幸せな日常が続くと信じていた。




