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綴界ノ書 -Unrewrite -  作者: 明日、猫。
〜プロローグ〜
4/6

4話 電車と実験と夕暮れ

駅の前の時計を確認すると、9時55分。

桜の花はすっかり緑に変わり、春の終わりを感じさせるような冷たい風がふわっと吹き抜け、どこか寂しさも感じた。


「おはよう、しおり。あと、天城だけだな」


時計を見ながら、ふと横から大きなバッグを肩にかけた緋月くんが声をかけてきた。

バックはパンパンに膨れ上がっていた。


「おはよう、緋月くん。すごい荷物だね、何が入ってるの?」


「おいおい、冗談はよしてくれよしおり。ピクニックだぜ?ブルーシートにお菓子におもちゃ、これらは絶対必要だろ!それに、いろんな靴も持ってきたんだ。靴によって効果が違うかもしれないからな」


緋月くんはリュックをドンっと叩きながら、なんとも自信たっぷりに言った。その姿に、思わず笑みがこぼれる。


「おはよーう!ごめん、2人とも、待った?」


改札の向こうから、バスケットを抱えた天城さんが軽やかな足取りで走り寄ってきた。

私服姿で、少し肩で息をしながら、笑顔を見せてくれる。


「さっき着いたところだから、大丈夫だよ。電車が来るまであと10分くらいあるし」


「良かった、じゃあ行こっか!」


改札を通りホームに立つと、少し肌寒い風が吹き込んできて、これからの遠出への期待が膨らむ。


少し待つと電車が静かにホームにとまった。

ボックスタイプの、少し古びた電車だった。

田舎の方へ向かう路線だからか、車内には人影が少なく、まるで貸し切り状態のような静けさ。


「こういうちょっとした遠出ってあんまりしないから、ドキドキするね」


天城さんが隣に座りながら、窓の外を眺めつつ話しかけてきた。


「緊張してるの?」


「ううん、楽しみって意味だよ!高校も徒歩圏内の学校を選んだから、電車に乗るなんて久しぶりだし、ちょっと冒険感があって楽しいなって」


「冒険なら任せとけ!俺のリュックには夢と希望とおもちゃを詰め込んであるから、何が起きても大丈夫だぜ!」


リュックを嬉しそうに叩きながら、緋月くんは大声で言う。まるで何でも解決できるような口ぶりだが、その自信が何だか可笑しい。


「期待しておくよ」


緋月くんの言葉を聞いて笑みを浮かべる。


「そうだ、私、トランプ持ってきたんだ!1時間くらいかかるみたいだから、何かして遊ぼ!」


「いいぜ!負けたら俺の荷物を持ってもらうからな」


「夢と希望なら、自分で肌身離さず持っておいた方がいいんじゃない?」


窓の外の景色を眺めながら、トランプを取り出して、静かな電車内でババ抜きを楽しんだ。すぐに顔に出る二人の試合を眺める時間がほとんどだったが...。

誰も乗ってこない電車内で楽しみ穏やかな雰囲気のまま駅に到着した。


「「ついたー!」」


到着したのは、まるで時間が止まったかのような無人の駅。周囲には人の気配は一切ない。少し寂しさを感じるけれど、その分、静けさと自然の美しさが心に染みる。


「ここ、子供の頃よく来たんだよ。桜が満開になる季節は特にきれいでさ」


緋月くんが懐かしそうに話しながら、僕たちは駅を後にし、周囲の緑に囲まれた道を歩き始めた。途中、途中でちらりと見える新緑の木々が目に優しく、足元の土の香りが心地よい。


「さぁ、みんな!目的地はあっちだ!」


緋月くんが指をさしながら、急にペースが上がった。僕たちは笑顔でその後ろを追いかける。途中でバスに乗り少し短めのバスの旅だ。先ほどとは違い何人か乗客がいたため静かに各々の時間を過ごした。


「「ついたー!」」


「さっきも聞いたよそれ」


バスを降りると、またしても静かな風景が広がっていた。空気は澄みきっていて、来たことないのにどこか懐かしい感じさえする。


「さぁ、ピクニックだ!これからは自由だよ!」


緋月くんの声に答え、僕たちはそれぞれの持ってきた荷物を広げ、緑に囲まれた広場に座り込んだ。日差しがぽかぽかと温かく、木陰にシートを広げると、その瞬間だけでも日常の喧騒から解放されたような気分になった。


「よし、じゃあ始めようぜ!」


僕はうなずきながらバッグの中から本を取り出した。


「前に言ってた通り、今も豆は5粒なのか?」


「うん、5粒のままだよ。使った豆は、気づくと本に挟まってる」


「なるほどな。どのくらいで生成されるかも知りたいし、なにより見てみたい。一回投げてくれよ」


「うん、いいよ」


頷いて、豆を一粒手に取り、軽く振りかぶって遠くに投げる。

地面に落ちた瞬間、大地が割れ、茎が勢いよく空へと伸びていく。


「はー、改めて……すっげぇ能力だな」


緋月くんが感心したように空を見上げ、腰に手を当てて立つ。


「天城、ストップウォッチ頼む。しおり、豆が補充されたらわかるように本を見ててくれ」


「うん、分かった!」


天城さんがスマホを取り出し、ストップウォッチを起動する。


「よし、次だ。しおり、豆を一粒くれ」


袋から豆を取り出して手渡す。


「ありがと。じゃ、やってやるぜ」


緋月くんは勢いよく腕を振り、豆を地面に向かって投げつけた。


……。

………。


「やっぱり私の時と同じで、なにも起きないんだね」


「だな。どうやって識別してるんだろうな、この豆」


呟きながら、緋月くんは落ちた豆を拾い、そっと袋に戻す。


「じゃあ、次は2粒いってみよう」


袋から2粒取り出し、少し距離をとって放る。

落下の瞬間、周囲の地面がざわめき、無数の細い茎が一斉に5メートルほど伸び上がる。


「なるほどな。派手でかっこいい能力じゃねえか」


枯れはじめた茎を見つめ、緋月くんが笑いかける。


「よし、今後は豆が補充されるたびに色々試していこう。いつまた狼みたいなのが現れるかもわかんねぇしな」


「そうだね。次は緋月くんのも見せてよ。僕、気絶してて見てないから」


「おう、そうだったな」


緋月くんはカバンの中を探り、本を取り出して手をかざす。

すると、彼の履いていたスニーカーのつま先から、じわじわと赤く染まり始めた。やがて靴全体が赤一色に染まる。


「俺の能力はこれだ。身体能力が跳ね上がるんだよ。見てろ!」


その場でぴょんと跳び上がる。

跳躍は軽く2メートルを超えていた。


「たとえばだな――」


そう言って太い木の近くへ歩み寄ると、思い切り蹴りつける。

木は大きく揺れ、葉がぱらぱらと舞い落ちる。


「見てな」


今度は落ちてくる葉の間を縫うように身を翻す。

一枚も触れることなく、葉がすべて地面に落ちた。


「こんな感じでな。動体視力とか腕力とか、色々上がる。ただし副作用もあってな。使いすぎると、めちゃくちゃ疲れる。最初にこの力手に入れた時、狼みたいなの倒して調子乗って色々やったんだけど……その夜は地獄だったぜ」


本に手をかざすと、赤かった靴はゆっくりと元の色に戻っていく。


「まあ、時間はある。のんびり色々試していこうぜ」


「区切りもいいし、お昼にしよー! 私、お腹すいちゃった!」


天城さんが絶妙なタイミングで声を上げた。


木陰に広げたブルーシートに座り、バスケットを開くと中には色とりどりのサンドイッチが並んでいた。


「美味しそう!いただきます!」


……ん? なんだこれは。


具材が、なんというか……ちぐはぐだ。

ケチャップの酸味とマヨネーズの甘みが口の中で喧嘩してるし、何か固いものが挟まっていて噛み切れない。

湿気を含んだパンがモソモソして飲み込みづらい。


ちらりと隣を見ると、緋月くんも頬張ったまま動きが止まっていた。


「どう? 美味しい?」


天城さんが目を輝かせて尋ねてくる。


「うん、美味しいよ!」


「美味いぜ! こんなの初めてだ!」


笑顔を作ったけれど、もしかすると顔が引きつってたかもしれない。


「よかったー!不安だったんだよね! わたしも食べよーっと!」


そう言って、自分の作ったサンドイッチを頬張りながら、天城さんは嬉しそうに笑っていた。


蕩けるような笑顔に、思わず緋月くんと目が合い、二人でそっと笑った。


なんとか食べ切って、お腹を満たしたあとは再び能力の検証に戻った。


※ ※ ※


気づけば、陽が傾きかけていた。


「能力の全体像はわかったが、新しく使えそうなものは見当たらなかったな」


緋月くんがリュックからホワイトボードを取り出し、メモを眺めながら呟く。


あらかた能力をまとめるとこうなる。

1粒投げた場合→地面に投げると、空へと真っすぐに伸びる太い茎が一本だけ現れる。

2粒同時に投げた場合→広範囲に細い茎が複数伸びた。ただし、高さはそれほどでもなく、途中で止まる。

3粒を同時に投げた場合→広範囲に細い茎が複数伸び1粒投げた時同様空まで伸びた。

試しに木の幹に向かって投げたときには、木に豆が跳ね返って地面に落ち、そこから茎が発生。当たった木を取り込むように寄木状に組まれ、幹の途中から木に垂直に茎が伸びたのちに分岐しすだれのように下へと成長していった。

ちなみにこのとき、遠くからの投擲だったこともあり、何度か外して二粒消費してしまった


投げ方を変えてみたときの挙動にも注目すべき変化はなかった。カーブ気味に投げたり、勢いよく地面へ叩きつけたりもしたが、能力そのものには影響がないようだった。


最も不思議だったのは、豆を半分に割ったときのことだ。投げても茎はまったく生えなかったものの、断片からは淡く緑色の光が漏れ出していたが特に使い道はわからなかった。


「そろそろ帰ろ。日も暮れてきたし、バスの時間もあるしね」


天城さんが優しく声をかけてくれた。

時計を見ると、確かに帰り支度にはちょうどいい頃合いだ。


「よーし、明日も来ないか?もうちょっとで俺、何か掴めそうなんだよ。革新的な……いや、革命的な!」


「どっちも似たような意味じゃない?」


「明日もお弁当作ってくるから楽しみにしててね」


「うん、楽しみにしてるよ...」


緋月くんはホワイトボードの内容をスマホでぱしゃりと撮り、満足げに荷物を詰め始める。


夕暮れはさらに深まり、木々の隙間からこぼれる光が僕たちの背を押した。

その優しい光に導かれるように、僕たちは静かにその場を後にした。

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