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方舟聖女  作者: 京ヒラク
断片
31/37

花の塔

――――

エピソード「花の塔」の断片・プロット

――――


1053年12月

大きな損害を受けた「学校」。

学校の中枢を守ることには成功。設備の機能は維持できてはいるが、「聖女」の多くが失われてしまった。


一週間後。

「学校」の主要設備は、ある程度の復旧は済んだものの、傷は深く残ったまま。

死体処理施設へ収納しきれない遺体が広場に並べられ、積まれている。死体袋も足らず、適当な布やシートで包まれているものが多く見られる。それですらマシな扱いで、中には紙袋やビニール袋に詰められた原型の残っていない遺体も少なくない。誰かが作った簡素な墓標へ、生き残った者たちが花などを手向けている。幸か不幸か祝祭週が近いために、供えるような物品はたくさんあった。

運動場には、集められたケモノの死体が処理しきれずに残っている。


街のほうでも、同じような光景が起きている。聖堂や役所などの都市中枢を守り抜いたものの、大きな被害を受けていた。

きちんとした葬儀が行えない代わりに、聖堂の祭司たちが遺体安置所を回り、祈りを捧げている。

年末年始の祝祭の飾り付けが悲惨さを強調する。チープなほどに。


一週間眠り続けていたウルリカが、ようやく目を覚ます。

おそらくはリルが用意してくれただろう衣服や化粧品の類で、身を整え、部屋を出る。

構内を歩くが、痛みや倦怠感で長く動くことができない。適当なベンチに座り、鎮痛剤を錠菓の如く噛み砕き、煙草を燻らす。あくまで喫煙するために座っているのだ、とアピールするかのように。

「嫌になる」と呟きながら。


――

アデーレが通りかかり、ウルリカへ声をかける。

「起きたんだ」

「ええ、さきほど。でも、笑っちゃいますよね、一週間も眠っていたなんて」

「ははは……」アデーレは抑揚なく笑ってみせる。それを見て、ウルリカは満足そうに煙を吐いた。


――

そういえば、とアデーレが口を開く。

「……エーファ、死んじゃったって」

「そう」

「みんなを守るために戦って、それで限界が来たんだって。遺体は五体満足で傷もなかった。ベッドの上で眠るように死んだってさ。それだけが救いだよ」

今回の件の死者の中では最も綺麗な死に方をした。

「それはよかった」

わたしは死ぬなら髪の一本も残さずに死にたいけれど、とウルリカは小さく言い足した。

それを聞いて、アデーレは寂しそうな顔色を濃くした。


――

「それでさウルリカ。戦うのは、もうやめにしたらどう?」

「どうしたんですか、急に。エーファが死んだからですか?」

「それもあるけど、鏡は見た? ひどい顔だよ」

「そんなことないですよ、眼鏡が合ってないんじゃないですか?」

「嘘吐け。化粧、また濃くなってる」

「はぁ……そうだよね、わかっちゃいますよね。でもやっぱり、こんな状況だとしてもあんまりブサイクな顔はみんなに見せられないから。“ウルリカ”としてそこは譲れない」

「あんまりこういうことは言いたくないけど、あなたにまだ取り繕う気力がありそうなところは安心した。でも、それとは別に、いくら人手不足といっても、そんな顔の人を戦わせてなんかいられないよ」

「本音を言えば、このままフェードアウトして、どこか温かくて穏やかな海に行けたらとは思います。でも、そんなことは起こりえない。あなたやリル、ガートがまだ戦うというのなら、わたしは戦力から外されたとしても戦いますよ」

「仕事だから?」

「違います。わたし自身がやりたいこと、やらなくてはならないことです。――その先の楽しみのために」



「全部片付けて、みんなで旅行に行きましょうね」

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