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四章 1 天使と妖精はわがままだ

数年前から温めていたネタがこの秋一気に熟成してきたので、約2ヶ月で書き上げたものです。


いわゆる完全没入型の電脳世界が実現し、普及してきた世界で、十年の眠りから覚めた主人公は、いきなりチヤホヤされたり、トラブルに巻き込まれたり。

主人公にべったりだった義妹はいつの間にか年上のお姉さんに。

私はあなたのモノだ、と認知を迫るAI系ヒロインとか

一応まっとうなヒロインもおりますので、気に入ってもらえるキャラがいると嬉です。

かなり久しぶりの完結作品です。大分書き方を忘れておりまして恥ずかしい部分も多いですが、書き上げることと公開することが大事、ということで。


ジャンル SF? 

要素 俺tueee、鈍感、自尊心低め、タナボタ

バトルあり ラブコメあり

ヒロイン要素 義妹、被造物少女、ロボ娘


以下は設定マニアのたわごとです。

説明が多いので、読み飛ばしてもよいかもしれません。

近未来と地元、田舎要素を融合しておりますので、余計にお話としては不要な、エピソードがあります。

地方の都市計画や政策の未来、技術予想などSFでもよりマニアな要素がちりばめられておりますので、刺さる人がいてくれるといいなあ。


それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

 カツヤにお礼を言って別れたあと、電脳世界を散策する。歩けば歩けるが、移動の際には必ずしも歩く必要は無い。その気ならサーバーの管理する「ポイント」内であれば一瞬で移動できる。

 しかし、至近距離や移動しながらの瞬間移動は衝突の危険などもあるためマナー違反とされ、そこかしこに用意された別のポイントへの転送ゲートやポイント内移動用ゲートで移動するのが普通だ。

(この電脳世界のかなりに財団が関わっているのか……)

 さすがにケーブル等のインフラ関連の製造はあまり関わっていないようだが、通信規格の制定には関係している。そして、何よりもサーバーのシステムやそれを支えるAI関連のソフトウエア、人体に埋め込まれる接続デバイスは財団のシェアが極めて大きいようだ。

(はあー、マジかあ……)

 どうしたものかと思案していると、手元の腕時計型の端末(電脳世界なのでイメージのみだが)に通知が入った。どうやら比奈子が自宅から接続したらしい。メッセージが入っている。

『お兄ちゃん、電脳世界のオススメの場所とか案内しようか?』

「ありがたいけど、ちょっと相談に乗ってほしい」

『了解。それじゃ、トークルームにしようか。場所を送るねー』

 すぐにトークルームのアドレスが送付され、移動するかを訊かれる。それに頷くと、あっさりと比奈子が用意したトークルームの前に移動できる。

(こういうのは、便利だよなー)

「はーい。待ってたよ、お兄ちゃん」

「比奈子、悪いな……って、一人じゃ、ない?」

 扉を開いた瞬間、目があったのは仕事帰りらしいスーツ姿の比奈子。カラオケルームのような作りの部屋で、テーブルを囲む形式だ。そして、その隣にいるのは……どこかで見たような女性だった。

 パタン、と扉が締まる音がして。その音でようやく気づいたのか、比奈子の隣にいた女性と視線があった。水色のノースリーブのワンピース。大理石のように白い肌がなまめかしい。

「し、失礼しましたっ。妹がお友達と一緒だとは思わなくてっ」

 あわてて頭を下げる。知らない異性になれなれしい態度を取ってしまった焦りで、ぺこぺこと頭を下げてから様子を窺う。

「……」

 銀の滝が流れるような髪と、翡翠のような瞳。白い肌のほっそりとした女性が、山盛りのパフェをつついていた。スプーンにはカラフルなフルーツソースのかかったバニラアイスが山盛りのまま停止状態。

「…………!?」

 目線が、合ってしまった。そのままの状態が、一瞬だけれど、妙に長く感じる。

 大口を開けた、人間離れした美貌には緊張感などなくて、甘味にとろけそうだったのが硬直して。カクカクした動きでスプーンを置くと向こうを向いて口元を手で覆って。

「んぐんぐ。……わ、私としたことが、失礼いたしました」

 ふきふき。電子妖精。財団の天使、女神などと呼ばれているAIが、口元をハンカチで拭ってから、何食わぬ顔で深々と頭を下げた。目尻から鼻の頭までがうっすらと赤くなっている。

「お目にかかれてうれしゅうございます、我が主」

 口調といい、しぐさといい、電脳世界の女神などと持ち上げられるのも不思議がない優雅さと上品さ……なのだが、無防備な表情をさらしてしまった羞恥に耳から二の腕まで歩の赤く染まってしまっていた。透き通るような白さゆえにちょっとした変化でもわかってしまうようだ。

「あ、ああ……。まさかアルティナが来ているとは思わなかったよ」

「今日はもともとアルティナと遊びに行く予定だったんだよぉ」

「そ、そうなんだ。仲、いいんだ?」

 そう口に出してから、当たり前のことに気づく。二人とも、母の奈美子に育てられた女の子だ。特にアルティナはそのアバターのモデルを作ったのが美奈子だから、ある意味実母かもしれない。

「はい。比奈子が電脳デビューした時からの友達です」

「そうそう。ずっとも、だよぉ」

 屈託なく笑う比奈子のちょっと緩んだ笑顔と、アルティナの上品ながらも柔らかな微笑みが並んで、心地い空気が漂っている。

「我が主にあんなところを見せてしまうとは……恥ずかしいです」

「いや、むしろごめん。気にせずに食べてほしい」

「はい。あの、ありがとうございます」

 しばしパフェと久を見比べていた銀髪少女は少年が頷いてみせると、にっこりと笑って、スプーンを動かし始めた。目が細くなって、幸せそうなのを、義妹がにこにことしながら見守っている。

「うん。アルティナって、意外と楽しいでしょ」

 アルティナの横に座った比奈子が片目をつぶって笑う。

「うん。AIにプライベートの面があるとは思わなかったよ」

「わ、忘れて下さいっ。あ、あのような姿はぁっ。んぐんぐっ」

 そういいつつも、口も手も止まらない。すごい勢いでスプーンがフルーツやアイスクリームをすくっている。

(うわ、マジで目が輝いてる。よっぽどパフェが好きなんだなあ)

 見ているだけで嬉しくなるような、夢中で食べ続ける美少女の表情。それだけで何やら和むというか、癒やされる気がした。

 財団のペルソナAIとして、財団の複数あるAIのリーダーでもあるアルティナは数百万人に秘書機能や各種支援をするだけでなく、依頼があればコンサートにも出て歌も歌うし、インタビューも受ける。

 完璧とか、神聖とか言われるほどに人気もある彼女に、幸せそうな顔で大口をあけてスイーツを頬張る一面があるのは意外だったけれど、人間味があっていいと思った。AIだからといって完璧である必要はないし、あんな一面があってもいい。

「あ、あの……どうかしましたか?」

 我に返ったらしいアルティナがこちらを窺っていた。

「あはは。幸せそうで可愛かったよ」

「あううっ。お願いですから忘れてくださいっ」

 まじめそうなAIが涙目になっている。

「お兄ちゃん、いじめちゃだめだよ。アルティナは普通のAIじゃないんだから」

「普通のAIじゃないっていうと?」

「アルティナは、長時間連続稼働すると疲れるし、ミスも多くなるの。ね、アルティナ?」

「は、はい。恥ずかしながら、その通りです」

「へー、すごいなー。まるで人間みたいだな」

「つ、作った人が言わないでください……」

 ここが久の作ったプログラムの特徴的なところだった。変化に関するパラメータの幅を大きく、常に働き続けるようにして独自の進化を目指すようにするとともに、その過程での一定のエラーを許容するようにした。それが疲労になる。

(エラーの発生率が許容値を超えると疲れたと判定するんだよな)

 そして、休養してエラーの解消と空いたリソースで対応、復旧、改良をする。通常のAIと大きく違うのがここで、進化や自己改良の方向性も決まっておらず、AIとしての目的や用途も存在しない。

 継続的な変化、進化ではなく休息時に行うことにより変化の振れ幅を大きくとることができるし、外界との矛盾の発生を小さくすることができる。

「ねえ、アルティナ。我が主の呼び方はやめてほしいって、言ったよね?」

「はい。それでは……ご主人様、とか旦那様、とかマイロードとか……」

 絶対に誤解されるようなヤバイ言葉がゾロゾロと並ぶのに眉間のあたりを押さえたくなった。

「勘弁してよ。普通に久君とかでいいから」

 前回もこんな会話をしたような気がする。しばしの言葉の応酬のあと、二人は妥協に達した。

「わかりました。久様。人前では久さん、と呼びします」

「ああ、もうそれでいいよ。さあ、パフェを食べてしまって」

「ふふふっ。お兄ちゃんも仲よくなれたみたいね」

「そうだといいけどなあ」

 この前の祝賀会の際の時にも呼び方について言ったつもりだったけれど、アルティナは意外と頑固なのかもしれない。

(ね、本当に人間そのものでしょ)

 比奈子が秘匿通話で声をかけてくる。二人の前で、世界的に有名かつ優秀なはずのAIは真剣な表情で、一心不乱にフルーツパフェをスプーンで崩し、口に運んでいた。

(うん。本当にこうしていると違いがわからないよ)

 幸せそうにアルティナの奮闘を見守る比奈子を、今度は久が見守っている。なんにせよ、幸せならよいことだと思う。そう感じている久自身が幸せなのだと、とふと気づいた。


「なるほど、財団の理事など自分には務まるはずがない、と」

 美味しそうにパフェを食べ終わったアルティナがくるくると指でスプーンを回しながら歌うように言った。

「うん。勉強もしていないし、無理だよ」

「わかりました。本部のほうに伝えておきます」

「えっ……それでいいの!?」

 アルティナのほっそりとした指が柄の長いスプーンをパフェの空き容器に置くと、小さな音を立て、かすかに揺れた。ストレートの銀髪が顔の傾きに応じてさらさらと流れる。

「我が主……久様の代理として私が対応するのでよければ」

 にこっ。そんな擬音が似合う大きな笑顔。可愛いは卑怯だと思う。

「あ、そういう……」

「はい。正直なところ、いきなりは無理だろうというのが大方の理事の意見でしたし、問題ございません」

(本当に人間と同等の扱いを受けているんだなあ……)

 それだけの実績を挙げているということなのだろう。久の感嘆をよそに、電脳天使は少年の反応を窺うように微笑んでいる。

 アルティナの話では、登記が必要な法律上の理事とは違い、財団内部の運営に関するものなので、心配はいらない、ということだった。 もともと予備的な役職であり、欠員が生じたり特に招集がなければ会議に出席する義務もないらしい。

「なんだ、それなら心配することもなかったかな?」

 ホッとする久だったが、アルティナが気遣わしげな表情を浮かべた。「いえ……あの、我が主、いえ久様におかれては、あの目録の財産的な価値には……」

「あーあー、きこえなーい。何もわかりません。我が主じゃいし」

 思わず棒読み口調になってしまう。主に財団のサービスで使える疑似通貨だが、貢献度などと応じて与えられるポイントと共通であり、現実の通貨と交換が可能だ。

「主の現在の資産は日本円に換算すると……」

「い、いや。そんなこと言われても……」

 少年にとっては大きすぎる数字が並んでいて、現実感がない。百万円くらいまでなら、コンピューティングのための高性能機器や部品などで考えることもできるが、一般的なサラリーマンの年収の数倍にもなるような金額はもう考えが及ばない。

「ぼくには見当もつかない、ということがわかったよ」

「お兄ちゃん、税金とかは財団に任せてくれれば大丈夫だからね」

 財団が税理士や会計士を手配してくれる、ということなので全面的にお願いする。専門家を頼む余裕があるときは専門家にお願いするべきである、と母も言っていたはずだ。

(しかも、お母さんの遺産、とかもあるらしいし……)

 目が覚めたら億万長者でした。そんな都合のいい話が現実になるとあまりいい感じがしない。責任もあるし、税金とかもいっぱいかかる。もともと自分で稼いだ感覚もないので、違和感が大きすぎる。

「寄付とかに使うのはいかがですか? 久様」

「うん。自然保護とか、税金が安くなる寄付もあるよ」

「それだっ。財団に寄付しよう。そうしよう」

 アルティナにお願いして寄付先の候補を出してもらうことにした。「承りました、久様。でも……」

 そこでアルティナがもな言いたげな表情でこちらを窺う。上目づかいになると年下の少女みたいでドキリとしてしまった。

「そうだねー。相談に乗ったんだもの、ご褒美が必要だよぉ」

 比奈子も友人と並んで上目遣いでじっと久を見つめてくる。

「お、おう。何をすればいい?」

「このまま、ちょっとだけデート。ご飯、おごって?」

 そういえば、けっこう話し込んでいたらしく時間がたってしまっていた。空腹を感じるのだけれど、これは現実世界の空腹なのか、電脳世界のみの空腹なのか。

「おう、わかった。でも、電脳世界で食事してもお腹はふくらまないぞ。それでもいい?」

「大丈夫です。現実のお店で使えるクーポンがもらえますから」

「そうそう。今度本物の世界でお食事に使います」

「そ、そうなのか。それじゃあ行くけど、アルティナは大丈夫なの? バレたりしない?」

「大丈夫です。私のコピーは街に溢れていますし、テクスチャレベルを下げますので、問題ありません」

「よくわからないけど了解。お店は二人が選んでね」

「はーい。アルティナ、よろしく」

「了解です。少しお待ちください」

 今日は父親も会合で遅くなるということで、現実の食事も問題ないらしい。

「それじゃあ、行こうか」

 比奈子とアルティナと一緒に電脳世界の繁華街へと移動する。飲食店にせよ家電店にせよ、基本的に商品はデジタルツインとなっていて、電脳世界で購入したものは現実世界でも手に入るそうだ。

「うわー、本当に繁華街だ。すごい」

 立ち並ぶビルに行き交う人々。電飾看板や呼びこみの声。以前は高校生だったこともあり、はイベントの時しか縁がなかったけれど、雰囲気は変わらない。

「本当に繁華街だなあ。リアルのお店がかなり出店しているしね」

「はい。有名店や高級店が多いですよ」

 そして、あらためて街のそこかしこにアルティナの存在を発見する。

「うーん。本当にアルティナのコピーって多いんだな」

「秘書機能を使っていくださる方も多いですから」

 久達とともに歩くアルティナは嬉しそうに言った。久から見れば自分がいっぱいいるのは無気味意外の何ものでもないが、AIにとっては違うようだ。

「あそこは財団のシステムを使った教育事業者ですね」

「あ、本当だ。アルティナが講義してる」

「あのアバターは、みんなアルティナのコピーなの?」

「はい。私を学習データに使っていますし、私が監督しています」

(ということは、アルティナは数百万人のデータを把握しているってこと? 自分の分身を?)

 なんだかクラクラしそうな話だ。数百万人の自分を認識しているとき、『自分』とはどのように感じられるのだろう。

「あ、個人情報や機密データはフィルターされてるからわかりませんよ。秘密はちゃんと守りますから」

「そりゃそうだ。そうじゃなきゃ秘書機能とかありえないし」

 そう言っている間にも、アルティナのコピーとすれ違う。誰もオリジナルのアルティナに見向きもしない。それほどに電脳天使は電脳世界の人々に受け入れられていて。

「うーん。ここにオリジナルがいるというのに、誰も気づかないとは」

「気づかれたら困ります。そういう設定なんですから」

 木を隠すには山の中。確かにそのとおりだ。一緒に行動している女の子は、電脳世界のアバターだけあって綺麗だけれど、注目を引くほどではない。

 現在のアルティナは外見の精度を下げている。すでにアルティナ本人だと認識している久や比奈子以外の人にはアルティナは一般的なアルティナに似たアバターにしか見えないらしい。

「電脳世界では、みんな綺麗になれるからー」

 比奈子が穏やかな表情で笑う。そのとおりだ。わざわざ醜くアバターを作る人はあまりいないだろう。制限はあるにしても自由に作れるのだから、理想の自分に近づけたいのが人情だろう。

 もっとも、素顔同然の基本アバターで行動している人も少なくない。それでもプライバシーの問題もあるため、基本アバター以外のアバターを持つのが普通だった。

 基本アバターというのは電脳接続申込み時に作成される本人のコピーなので、基本的には本人と同じ外見になる。そのため、基本アバターであることを証明すれば本人確認にも利用できるのだ。

 一方標準アバターは原則として基本アバターのことを言うけれど、電脳世界での標準アバターは変更することも可能だ。つまり、標準アバターはいつも使っているアバター、または法定の公式に設定されている基本アバターの二つの意味がある。

「そういえば、お兄ちゃんは別のアバター作ってないの?」

「うん。今のところ必要を感じてないからね。比奈子は?」

「私はいくつか持ってるよ。お母さんが作ってくれたものもあるし」

「そっか。母さんが作ったものから探すのもいいかな」

 二人のやりとりを聞いていたアルティナがくすくす笑う。

「それでは、私のアバターはどれくらいあるでしょう?」

「コピーを数えるのは反則だよ、アルティナ」

「むー、それでもいくつかあるんですけど、教えてあげません」

 少し不満そうに口を尖らせる様子も普通の女の子みたいだ。

「さて、少しうろうろしてみたけど、食事はどこでとる?」

「そうですね。せっかくですから現実世界とリンクしましょう」

 自宅まで配送か、それとも現実世界での来店かは当然として、料理であっても注文のみ電脳世界で、料理の提供は現実世界でしてもらう、なんてことも可能だ。

 今回はリアル店舗からデリバリーしてもらう、という形で現実世界で提供してもらう。注文してからさらに繁華街をうろうろし、最近の体験型アート作品とやらを体験してから、アルティナと別れた。

「久様、今日はありがとうございました」

「ごめんね。ぼくらは現実世界で食事をとるから」

「お兄ちゃん、大丈夫よ。アルティナだって食べられるんだから」

「そうなの? それならいいけど」

 人間にしか見えないAIは深々とお辞儀をして、転送ゲートへと消えていく。

「それじゃお兄ちゃん、電脳接続解除だよー」

「おう。了解」

 電脳世界から現実世界に戻ると、ペッドの上だった。安全確保のためのヘッドセットを外しても違和感はない。人によっては船酔いや3D酔いのような症状が続くこともあるそうだが、久はそのような症状はほとんどなく、スムーズだ

「今日は大手チェーン店のすごさを知った気がする」

「でしょでしょー。デリバリーありがたいよねー」

 玄関先の宅配ホックスには、注文した料理がしっかり届いている。さすがに簡易容器なので盛り付けなどはサンプルと違ってしまっているけれど、料理そのものは同じはずだ。

「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます」

 ぽかん、と久の口が開いた。予想を超えた事態に間抜け顔になってしまった。

「あれ? なんでアルティナの声がするの?」

「え? アルティナも食べるって言ったじゃない」

「そ、そうですよ。今日はおごってくださるって……」

 居間のテレビにはわざわざ表示のスケールを合わせたらしい等身大のアルティナが食卓についた様子が映っていた。電脳世界のレストランに戻ったらしく、店内の様子もわかる。

「あ、あの。私、失礼だったでしょうか。てっきり招待されたものだと……」

 アルティナが今にも泣き出しそうな顔をしているのに、あわてて声をかぶせていく。

「い、いやごめん。慣れていないものだから……」

「う、うん。アルティナを招待したのは私だし。ね、お兄ちゃんっ」

「あ、ああっ。そうそう。ド忘れてしていただけだからっ」

 根本的に電脳世界のAIの友人とリモート食事会などが実現するとは考えていなかっただけであって、彼女に含むものがあるわけではない。「さ、さあ。食べるよ、うん。いただきます」

「あらためていただきまーす」

「はい、ご一緒させていただきます」

 実際の大きさで表示されていることもあり、まるでそこに彼女がいるように感じる。現在ではリモートでのお見合いなども増えている、ということだがそれも納得かもしれない。

 食事のほうも当たり前だがレストランの味であって、慣れ親しんだ味だ。昔から変わらない、懐かしい味でもある。

「お母さんとこうして食べていたこともあるの?」

「うん。お母さんはアルティナをとても可愛がっていたから」

「はい。雄介様にも奈美子様にも可愛がっていただいています」

 なんだか親戚の年下の女の子と食事をしているような感じだ。ちょっとかしこまった様子だけれど、銀髪の少女も楽しそうにしてくれている。

「そうかー。もう姉妹みたいな感じ?」

「そうそう。見た目は私のほうが大人になっちゃったけどねー」

「昔は比奈子が小さくてとっても可愛かったんですよ」

 うんうん、と二人で頷く様子は本当に姉妹のようで、その様子だけで心が温かくなった。

「そうそう。エリカちゃんの言ってた自然調査会の詳細が来たから、送っておくね」

「了解。楽しみにしてる」

 二人との食事は楽しかった。病院での食事もじきに多人数部屋に移動したとはいえ、親しい人たちとの食事は会話も弾む。

 ちょっとしたしぐさなどが母親から比奈子に受け継がれていて。それだけでも嬉しいのだけれど、なんとアルティナにまで細かなしぐさやクセが継承されている。

(母さんがいた……その、結果なんだな)

 ちょっと鼻の奥がツンとしてしまった久の前で、二人は楽しそうに、仲むつまじく笑い合っていた。


アルティナの回ですね。ロボ娘などはだいたい可愛いのですが、アルティナも例外ではありません。

ただ、すでに作中でも語られているようにアルティナは一般のAIとは違います。AIが素でここまでにんげんくさい必要はありませんから。


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