六章 2 電脳戦争は日進月歩どころじゃない!
数年前から温めていたネタがこの秋一気に熟成してきたので、約2ヶ月で書き上げたものです。
いわゆる完全没入型の電脳世界が実現し、普及してきた世界で、十年の眠りから覚めた主人公は、いきなりチヤホヤされたり、トラブルに巻き込まれたり。
主人公にべったりだった義妹はいつの間にか年上のお姉さんに。
私はあなたのモノだ、と認知を迫るAI系ヒロインとか
一応まっとうなヒロインもおりますので、気に入ってもらえるキャラがいると嬉です。
かなり久しぶりの完結作品です。大分書き方を忘れておりまして恥ずかしい部分も多いですが、書き上げることと公開することが大事、ということで。
ジャンル SF?
要素 俺tueee、鈍感、自尊心低め、タナボタ
バトルあり ラブコメあり
ヒロイン要素 義妹、被造物少女、ロボ娘
以下は設定マニアのたわごとです。
説明が多いので、読み飛ばしてもよいかもしれません。
近未来と地元、田舎要素を融合しておりますので、余計にお話としては不要な、エピソードがあります。
地方の都市計画や政策の未来、技術予想などSFでもよりマニアな要素がちりばめられておりますので、刺さる人がいてくれるといいなあ。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
六章 2 電脳戦争は日進月歩どころじゃない!
「やはり、敵は高度AIが指揮しているようですね。それも倫理性を無視しているのも間違いなさそうです」
レジェンドモードの発動により、一時的に通信データが減少したものの、すぐに敵の送り込んでくるボットや黒霧兵が増加した。これらにはフィルタリングである程度対応しているが送信元の特定ができないか、特定の追求の難しい国家からになる。
そして、ついに自主的な退避ではなく、APによる情報体の損傷による接続の喪失が発生したことが警告されていた。この場合は補助電脳の保護がほとんどできないため、現実世界でのダメージが発生する可能性がある。
「うん。ぼくも確認した。APのダメージからの接続喪失は強制退避による保護もできないから、何らかのフォローを」
「わかりました。財団の健康維持・医療担当のAIに依頼します」
とりあえず、アルティナに振っておけば何らかの行動をしてくれる。もちろんとてもありがたいが、超重要な資源を独り占めしてしまっているような気がしてならない。
「たださ、アルティナがぼくにつきっぱなしでもいいの? 他の人、困ってない?」
「大丈夫です。もともと秘書業務は私本体の職ではありません」
「そうなの? 財団の仕事もあるんでしょ?」
「はい。もちろんありますが、基本的には秘書業務を含め各AIの総括がメインですし、最大のお仕事は、理事の皆様から緊急かつ微妙な事案への対応です」
「そういこことさ。アルティナは電脳世界の存在だから、マルチタスクは得意だし、こうしている間にも私の依頼にも答えてくれている」
雄介が片目をつぶって笑ってみせる。
「あ、そうなんだ」
「うん。そうだよ。私も声にこそ出してないけど、アルティナにいろいろお願いしながら作業してるよー」
比奈子も横でにぱっと笑顔を見せる。さすがに身内だけの無防備な笑顔ではないけれど、少しホッとした。
「むしろ、久様はもっとお仕事を振ってください。我が主にお仕えし、尽くすのは私の喜びですもの」
「いや、それはどうなんだろう。というか我が主はやめて下さい」
流し目が妙に色っぽい。もともとスタイルも有能なデザイナーが手がけただけあって、出るところは出ているし、絞るところはきゅっと絞られている。それが比較的布地の少ない衣装で、身近にいるのだ。こんなときですら気になってしまう男の煩悩が恨めしい。
「アルティナは本気だよぉ。悪いことをしようってわけじゃないんだから、させてあげればいいじゃない」
比奈子が首をかしげて、意味ありげな視線を向けてくる。
「ほら、比奈子もそう言っているじゃありませんか。AIの存在意義は、その目的のために学習し、応えること。私の存在意義は久様にお仕えすることです」
緑の瞳がキラキラと輝き、頬が期待にうっすらと色づいて美少女っぷりがさらに上がっていて、思わず目をそらしてしまった。
「……お義父さん、なんとかならない?」
「うーん、アルティナにとってはひー君は造物主だからなあ。というか、脱線しすぎだ。このままだとアジアサーバーのかなりの電源を落とさなければならなくなるぞ」
雄介が深刻な顔で、机の前で両手の指を組んでポキポキと慣らした。しばし目を閉じたあと、ゆっくりと力強く語りかける。
「電脳世界の存在意義は私に定義できるものじゃないけれど、これからの人類にとって必要なものだ。電脳世界ではアルティナたちとも対等に話ができる友達になれるのだから。守る価値があるし、我々はその義務がある。そうだね、アルティナ?」
「はい、雄介様。先ほどいただいたご依頼のまとめ、お送りします」
比奈子と久は顔を見合わせ、無言で手を動かし始める。状況は先延ばしになっただけで、好転したわけじゃない。
(存在意義……レゾンデートルだったっけ)
無意識のうちに検索していたらしい。フランス語であること、存在証明、存在意義の二つに使われるが、英語ではそれぞれの意味に別の言葉があること、などが頭に入ってくる。
「そうだ! アルティナ。さっきの件だけど、研究所の案件は進展があったんだよね? 」
「ご指示のとおりに進んでいたはずで、報告書をお送りしましたよ」
「あ、これか。ありがとう。ごめん、この定例報告のあとの推移を知りたい。それから、ぼくの権限でレポジトリ(データ保管庫)にアクセスできるかな?」
「大丈夫です。特に理事会で権限が定められていなければ全てのデータにアクセスできるはずですよ」
「了解。悪いんだけど、標準サーバーの仮想環境を使わせてほしい」
「承知しました。待機中のものがあるはずですので、少々お待ち下さい」
なんでもアルティナ任せで情けない気もするけれど、自分でやったらむちゃくちゃ時間がかかるのは間違いないので多分これが正解だ。
「あー、ひー君。悪いけど、画面共有してもらえる?」
画面内で雄介が手を上げていた。まだ使えるかわからないものだが、何かのヒントになるかもしれないと言われれば断る理由はない。
「研究所のチームの人以外は閲覧権限ないはずだから、共有する場合はそこだけ注意してね」
「ああ、それは大丈夫。セキュリティ担当者レベルまで降りてきている案件のはずだよ」
「うわ、研究所の仕事、早いなあ」
「ひー君の案件だから、みんなで奪い合いだったみたいだぜ」
おおかた、新しい理事に恩を売っておきたいだけだろうけれど、仕事が早いのはありがたい。超ありがたい。
「買いかぶりすぎだよ……あ、本当だ。え? もう各サーバーに配布されてる? 仕事早すぎでしょ」
なんでか背中がむずむずするのを感じる。乾燥肌気味なので、皮膚炎になりやすいのだった。
ポイントT126の状況は一進一退を続けていたが、じりじりと数を増やしていく黒霧兵に、味方のレジェンドヒーローたちも疲労を見せるようになっていた。
「くそ、兵隊どもがじみーに強くなってる」
「反応もよくなって、最初のころからはベツモノだな」
「歯ごたえがあるっていえばいいんだけど、手強くなってるなあ」
どうやら通信データが減少した余裕分で黒霧兵士のリソースを増強しているらしい。
「やばいな。通信状況に応じてって、ほとんどリアルタイムじゃないか。敵さんも有能だな」
エリカとカツヤはいくつめかの中央ユニットを確保したまま休憩をとっていた。
「悔しいけど、もう私たち初級セキュリティでは無理っぽいでス」
もともと本格的な戦闘行動は避けていたけれど、わずかな間でも敵兵のレベルが上がっているのは実感していた。
時報のベルのようなチャイムとともに、アナウンスが流れた。
『襲撃者のレベルが高くなってきたため、行動ルールを変更します。
初級セキュリティ担当者はツーマンセル以上、プラス同数のボットで行動すること。随伴ボットが一台になったら、退避してください。自分の安全を最優先にしてください』
その放送は、今まで推薦されていたことを確実に実行するように、というものにすぎない。二人がお互いの顔色を窺ううちに、さらち厳しい状況が明らかになる。
『中級以上のセキュリティ担当者も単独行動は避け、二人以上の連携を心がけてください。また、味方のボット等から距離を離さないようお願いします』
中級以上のセキュリティ担当者は旧式の器具を使っている人も多く、レジェンドモードで無双していた人も多いはずだった。それでも危険だと言うことかと二人を顔を見合わせた。
『時間経過により、襲撃者がレジェンドモードに対応してくることが考えられます。各チームとも、配置の最適化と予備の戦力を確保するようにしてください』
「「ヤバい!」」
その認識は、おそらくポイントT126だけでなく、このとき参加していた千人以上のセキュリティ有資格者全員の一致だっただろう。敵がアメコミやアニメのヒーローみたいな能力で襲いかかってくる可能性がある、ということだから。
「新人ども、ボットを防衛モードにしたら撤退しろっ。エリアIで集結し、再編するぞ!」
「「了解。エリアIまで戻りますっ」」
全ての転送ゲートは停止されているため歩いて移動するしかない。レジェンドモードのおかげで補助電脳の処理能力にも若干の余裕ができてはいるが、エリカやカツヤの能力上昇はわずかなものだ。
ポイントT126は東南アジア支部のサーバー上に構成されている。その南国情緒にあふれた外観の道路を、二人は走る。
「民間人、つーか一般の人がいないのが救いだな」
「そうでスね。私たちも民間人でスが」
人の姿のなくなった道路の街路樹が、やけに明るくポリポリとした外見なのがおかしく、二人は走りながらも笑ってしまったのだった。
(レトロゲーのアウトランナーみたいな風景なんだもんなー)
防衛側の危惧は数分後に現実化した。敵指揮官ユニットの一部が高性能化し、防衛側を押し込み始めたのだ。もともと物量は敵側が有利なわけで、こうなるのは時間の問題だった。
「エリアJ、奪い返されました」
「ブラック・キャットか。ふざけやがって!」
黒猫。そう名乗った敵兵士は単独行動に移ると驚異的な運動能力で防衛側を混乱させた。そうしてほころびの生じた場所に黒霧兵士がなだれ込む。そんな単純な戦法だが、現実ではありえない、極端な能力を持った個人が状況を一変させていた。
均衡が崩れてからはみるみるうちにマップが塗り替えられていく。
「やっべー。すごいな、アレ。でも、どこかで見たような気がする」
「ブラック・キャットがでスか? うーん。」
チームの会話ログによればゲームのキャラクターではないらしい。
「残酷なのは、ネコの習性なのかな」
「こんなときにヘンなこと言わないで、カツヤ」
ブラック・キャットは銃器をほとんど使わない。まるで映画か何かのように、いきなり現れたかと思うと猛烈な早さでの格闘戦をしかけ、時には背負い投げで、また時にはスリーパー・ホールドで、ほとんど音も立てずにベテランのセキュリティ有資格者を倒していく。
「ぐっ……」
オレンジの道着のヒーローが、うめいた瞬間には腕関節をとられていた。黒い影が道着を掴んだまま、腰を使ってヒーローの身体を跳ね上げるようにし、頭から投げ落とした。
頭部への衝撃が致命傷と判定されたのだろう。ヒーローはゲームの中そのままのやられポーズのまま、消えた。強制退避させられたのだ。「うわ、えげつなー。でも、なんかおかしいんだよな」
「私も、違和感を感じまスけど、わかりません」
たまたま近くにいた別のヒーローの視界が配信されていたが、驚異的な速度と技術だということはわかるのだが、どこか違和感を感じる。「こいつ、人間じゃないぜ。多分AIだ」
「根拠はある? ヒントになるかもしれないから、情報になるならすぐに共有しないと」
バイザーを跳ね上げて額の汗をぬぐう。簡略化されているので汗も実際にはかかないし描写もされないのだけれど、人間のクセまでは変えられない。カツヤはそんなことに改めて気づきながら、自分の記憶を反芻しながら応える。
「んー、動きがごちゃまぜっていうのかな。いろんな格闘技とかの技が混ざっていて、普通ならありえない組み合わせとかしてる」
「あ、それならわかりまス。言われてみれば、どこかで見た動きをしてる感じ。でも、攻略のヒントにならなそう……」
「とりあえず、久さんに送ってみるか。頼んでいい?」
「了解でス。警戒よろしく……デス!!」
今まさに武器を置こうとしたエリカが慌てて構え直す。
「げっ、後ろかっ……って、ブラック・キャットかよっ」
エリカの短機関銃が花火みたいな音をたて、AP弾を発射する。命中したものを破壊する攻撃プログラムがカツヤの背後の空間に吸い込まれる。
「やられるかよっ」
ふりむいた瞬間に、黒い影にAP弾を打ち込む。エリカが共有している視界から、ある程度の狙いはついていた。反動を感じながらも攻撃プログラムをばら撒くようにして素早い敵を狙う。
「どうだっ」
ガガガガッ!
断続的な銃声とともに打ち込まれるAP弾。二人の弾丸が黒い人影の細く優美なシルエットに命中する。黒い破片が飛び散り、黒い霧をまとった兵士のバランスが崩れ、激しく転倒した。
「やった!?」
「まだだっ。距離を取りながら撃てっ。近づかせるなっ」
近くにいた防衛ボットがこちらに集まってくるのを確認しながら後退しようとした時には、敵兵士は早くも起き上がっていた。バネのきいた動きはダメージがほとんどないことを示していた。
「! 」
かすかな舌打ちが聞こえた気がした。破損したバイザーを手で押さえたかと思うと反転して駆けだした。装備の損傷による撤退だろうか。
「今だっ」
口には出したものの、引き金を引くことができなかった。傷ついた女性が立ち上がり、背を向けているところに銃口を向けるのは大きな抵抗があった。
「見えたか?」
「何をでスか?」
「いや、見えなかったならいいんだ。早くみんなと合流しよう」
口をつぐんだカツヤは手早く装備を確認し、味方の合流地点に向けて歩き出した。
(なんだよ、今の…ウソだろ?)
電脳世界での戦闘というのもいろいろ考えたのですが、やはりわかりやすく攻撃、防御のポイント以外に物理攻撃が可能としています。攻撃プログラムは直接データを破壊してしまうのでヤバイですが、電脳世界での格闘線は物理演算の結果のダメージ判定によるものですので、最悪でも精神的ダメージと強制退避ですむ、というナゾ設定。
次回、最後の更新は新年そうそうの1月1日に設定しております。よいお年を!