六章 1 レジェンド、立つ
数年前から温めていたネタがこの秋一気に熟成してきたので、約2ヶ月で書き上げたものです。
いわゆる完全没入型の電脳世界が実現し、普及してきた世界で、十年の眠りから覚めた主人公は、いきなりチヤホヤされたり、トラブルに巻き込まれたり。
主人公にべったりだった義妹はいつの間にか年上のお姉さんに。
私はあなたのモノだ、と認知を迫るAI系ヒロインとか
一応まっとうなヒロインもおりますので、気に入ってもらえるキャラがいると嬉です。
かなり久しぶりの完結作品です。大分書き方を忘れておりまして恥ずかしい部分も多いですが、書き上げることと公開することが大事、ということで。
ジャンル SF?
要素 俺tueee、鈍感、自尊心低め、タナボタ
バトルあり ラブコメあり
ヒロイン要素 義妹、被造物少女、ロボ娘
以下は設定マニアのたわごとです。
説明が多いので、読み飛ばしてもよいかもしれません。
近未来と地元、田舎要素を融合しておりますので、余計にお話としては不要な、エピソードがあります。
地方の都市計画や政策の未来、技術予想などSFでもよりマニアな要素がちりばめられておりますので、刺さる人がいてくれるといいなあ。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
六章 1 レジェンド、立つ
黒霧兵士達とセキュリティ部隊との戦闘は続いている。お互いにAPを敵にたたき込み、DPでそれを受ける。矛と盾の戦いだ。
ガガガッ──!
盾でAPを受けながら、物陰へと移動する。防衛ボットがそれに連動し、DPによるシールドを展開しながら後をついてくる。
「エリカ、無事? 退避にも問題ない!?」
「大丈夫でス。緊急退避路も確保されていまス」
二人はポイントT126の防衛戦に参加していた。じわじわと増援の増える黒霧兵に対し、味方は増えない。そして奇襲による初期の損失が大きく、かなり押し込まれた様子だった。
襲撃開始から数分のうちに、余裕のあるサーバーから財団のセキュリティ担当者が集合し、黒霧兵士に反撃を始めていた。
「新人ども、もっと下がれっ」
アルティナの非常時権限により財団サーバーで活動するセキュリティの有資格者はその権限の一時的上昇されている。初級セキュリティ資格者にも攻撃プログラム、APが解禁されていた。
カツヤとエリカにもAP銃が支給され、逃げ遅れた一般人の捜索、救助を担当していた。
「そんなこと言われてもっ。まだ探索が終わってませんっ」
「このままだと孤立するぞっ。援護はするから、APばらまいて後退だっ」
進行方向を指示する防衛ボットがアイコンを点滅させて待ってくれているのをめざして駆け出す。
ガガガッ──!
円筒型のAI、防衛ボットからの援護射撃が、二人の側面に回り込もうとしていた黒霧兵士に打ち込まれる。相手の情報構成に直接ダメージを与えるAP弾によって兵士の腕がはじけ飛ぶ。
「うわ、グロっ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでスっ」
二人が息を切らせながら味方の防衛ラインまで下がった瞬間、ひときわ大きな警報が鳴った。
『電脳接続者の皆様全員にお知らせしています。退避可能な一般人は直ちに退避願います。テロリストはさらに戦力を増強しており、大変危険です』
エリカが唇を噛みしめるの見つめながらカツヤが耳を澄ませる。
『テロリストの浸入を防ぐため、転送ゲート、瞬時移動は使用できません。一般人の皆様はただちに中央エリアまたは西エリアのメインゲートに集合し安全なポイントに移動するか、または電脳接続解除をお願いします』
(今回は退避ルートの遮断はされていない。接続解除による退避も可能だけど、パニックを起こしている人もいるからな……)
ほとんどの人はすでに他のポイントに移動ずみだ。電脳世界の性質上高齢者はほとんどいないし、手術のできない子供もほとんどいない。乳幼児はゼロだ。けれど、誰もが冷静な判断ができるわけではない。
二人はすでに数人の要救助者を発見し、電脳接続の解除による退避をサポートしていた。
『六十秒後に、当サーバーはレジェンドモードに移行します。バトルフィールドが実装されると同時に、レジェンドモデルのコネクタおよび補助電脳のリミッターが解除されます』
(レジェンドモード? なんだそれ?)
疑問に思った瞬間に、レジェンドモードの詳細が配信される。
(なになに? 外観、体験の詳細モードの強制オフによる通信量、計算負荷の削減と、それにより負荷の下がる一部接続機器の余力をAP、DPの強化等に振り分け可能になる……なんだその中二仕様は)
カツヤが首をかしげていると、防衛戦の各所から歓声が上がった。
「いやっふうううう! これならイケるぜっ」
「物理計算の前面適用だってよっ。こりゃ、すげぇっ」
「畜生。新型機器はアウトか。換装しなければよかった!」
参加しているチームログが急激に書き換わる。同時に会話の書き込みの名前も変わっていく。曰く、フロックマン、ウルスラマン、孫悟膳、お面ライダー、フリキュアなど、どこかで聞いたような名前がゾロゾロと出てくる一方、変更されないメンバーが悔しそうなコメントを残していた。
「くううっ。おれもアバターだけは変えておくぜっ」
「そうだな。どうせ強制発動だ。アバター変えておけば少しでも軽くなるだろう」
ログの中で、名前が変わらないものたちも続々とアバターを変更していく。それに何の意味があるのかわからないが、歴戦の勇士達らしいセキュリティ担当者たちは応戦しながらもアバターを変えていく。
「おう、新人どもも、お前らもアバター変えていいんだぜ」
二人が呆然としている間に、通信ログにはメンバーの変更アバターや名前がズラリと並んでいた。二人は理解が追いつかず、目を丸くしているばかりだ。
「レジェンドモード発動まで十五秒。カウントダウン開始します」
何がおこるのかわからないでいる二人の前で、黒霧兵の攻撃もまばらになっている。敵も状況を理解できていないようだ。
「五、四、三、二、一、ゼロ!」
その瞬間、世界が変わった。
「ひゃっはあー!」「いっくぜえっ」「」
それぞれのかけ声とともに、レジェンドヒーロー達が駆けた。跳んだ。そして、レジェンドモードの意味がエリカやカツヤにも理解出来たのだった。
世界が、十六ビットになっていた。数十年前の、スプライト機能により多数のキャラクターを動かしたり、ポリゴン数がかなり少ないカクカクしていた時代の風景そのままだった。
「な、なんでスか、これ……」
「おれに言われても困る。けど、こういうことか!」
二次元的な背景。表面を飾るテクスチャが簡略化され、ポリゴン数が極端に減ってカクカクしたキャラクター、ドット絵によるアニメ風ヒーロー、ドット絵そのものなアクションゲームのマイキャラたち。
「覇道拳! 竜巻閃空脚! 祥龍拳!」
カラテっぽい道着をまとった黒髪のマッチョガイが手から光弾を放ち敵を牽制し、空中回転蹴りでフラついたところに炎をまとったアッパーカットで敵兵士を吹き飛ばしていた。ポリポリしている気もするが、うまい造形でバランスをとっている。
(あれはストツーのリュ-! マジかよっ)
「カ・メ・ハ・メ・覇!」
両の掌を合わせるように突き出したところから、巨大な火柱のような怪光線を放つのはおれンジ色の道着に亀の一文字を背負った孫悟究。原作者の死後数十年にもわたりゲームやアニメの新作が作られる人気キャラクターだ。
「畜生、2Pカラーになっちまったぜっ。悪落ちじゃねえからなっ」
ブシドースピリッツのの魔王丸が太刀で黒霧兵士を両断しながらぼやく。こちらもかなりドットが荒い感じだ。
「あ、あの、カツヤ……あっ、向こうにステイツのヒーローも」
東南アジアのポイントのため、ヤシの木などのいかにも南国風の背景も、数枚のレイヤーによる疑似スクロールによる奥行きのあまり感じられない背景になっている。
市街のビルの壁面ものっぺりとして、陰影処理もいい加減な感じだが、それだけにわかりやすい。
「すごいでス。みんな、強いし、カッコイイでス」
「う、うん。エリカだって、アレだぞ。おれもだけど」
そう。二人も彼らと同様にポリゴンやテクスチャーが削減され、ゼガ社の初代バーチャウオリアーズみたいな外見になっている。ただし、元が標準アバターなだけにかなり微妙な外見だ。
「うわ、なんだかひどい外見でス」
「そうなんだけど、みんな強いなあ。素手で殴っている人も……」
と言った瞬間、孫悟究が強烈なパンチで黒霧兵を霧散させていた。
「ねえ、カツヤ……見ました?」
多分、その瞬間。二人とも呆けていた。その証拠に、いつでもキレのよいエリカのせりふが間延びしていた。
「うん、見た。マジ? 」
「マジです。素手でやってます。AP、DP関係ないでス」
「あ、リュ-のかかと落としが決まった」
スペリオルマンが、ナイスなトトメスが。キックで、パンチで、時には一本背負いで黒霧兵たちとわたりあっている。
二人は顔を見合わせ、しばしの沈黙。
「「……なにあれ?」」
マインドクラフト風のカクカクしたキャラになってしまったエリカとカツヤは暫くの間が考え込んでしまった。
物理法則というものがある。ものが落ちれば壊れるし、ぶつかれば割れたり凹んだりする。それは電脳世界でも適用される。ただし、電脳世界では通常、死亡に至るよう処理はされないことになっているが、それが解除され、全面的に適用されている。
つまり、『格闘技で相手を倒せる』のだ。そして、APやDPを格闘技などに組み合わせることにより威力を向上させたりも可能だ。
「まさか、こうくるとは思わなかったなあ」
久が目を丸くして画面に見入っている。解像度が落ちた世界でドット絵のハリネズミが超加速して敵に回転体当たりすると、面白いようにポコポコと黒霧兵が倒されていく。
「いえ、セキュリティマニュアルには数十ワードですが掲載されています。非常時に物理的攻撃、防御手段が有効なことは明記されています」
秘書かなにかのように久の傍らに控える銀髪娘が関連書類を示した。そこには、確かにそれらしき単語が並んでいるが、当然のこととしてAPによる攻撃とDPでの防御を最優先とするべきことが記載されている。
「……そうなんだ。さすがだね、専門家は」
つまり、達人ならばテロリストのAP弾を避けながら戦うことができる。そして、その鋭い跳び蹴りは普通に敵にダメージを与えるのだ。
もともとは電脳世界と現実世界の差異を無くすためのルールだったようだが、電脳世界の規格を整備する際に物理法則は絶対のものとして整備された。
「どおりで、現実世界で強い人はこちらの世界でも強いわけだ」
「そうですね。これほどの事態になるとは想像もしていませんでしたけれど」
AP、DPは魔法みたいなものだ。AP、つまり攻撃プログラムが命中すると情報体である電脳接続者を構成するデータにダメージが発生し、被害が大きければ活動や電脳接続を維持できなくなる。
これは電脳世界そのものを維持するためのセキュリティのルールであるため、緊急退避などの安全策の外にある。つまり、APによる攻撃DPによる相殺こそ可能だが、即死ダメージを負った場合は緊急退避もできないため、脳神経や精神に大きなダメージを受ける可能性がある。 一方で、物理法則によるダメージの発生も同様に処理され、ダメージは情報体に反映される。ただし、物理法則自体が本来は電脳世界での秩序と安全を保つためのものであるため、緊急退避は阻害されない。
つまり、殴る、蹴る、高いところから落ちる等のダメージは例え即死であっても、緊急退避により現実世界での後遺症は発生しない。
(あれ? これって……)
何かが閃きそうな気がした。APは原則として、DPでしか相殺できない。しかし、盾による防御そのものは可能だし、物理的な攻撃に対してもDPによる防御が可能だ。
「久様、新しいAP武器としてAP手榴弾が登録申請されましたっ」
「えーと、遅延シーケンスを追加するとともに、数十のAPをクラスターとして投げることができ、無指向性の破壊をする、と」
ほぼ現実世界の手榴弾と同様の内容だ。うまく使えば有効だろう。
「はい。それでは申請を受理し、登録。生成エンジンを有効化します」
今までなかったのが意外な気もするが、大規模な戦闘は発生したことがない電脳世界では、ある意味当たり前かも知れない。
(そうだよな。ビルとかの防火シャッターとか、中枢ユニット周辺の防衛施設は物理的防御の再現だし。今まで基本的にAP銃による攻撃しか考えていなかったのも、そもそも接近戦のメリットがあまりないからだし。遠距離攻撃は最強ってやつだよな)
戦闘中の風景を確認する限り、現実世界に近い考え方が通用しそうなので、現代戦に使われる多くの武器や道具が使える可能性がある。
「ほかにも、日本刀、鎖鎌などが物理的武器が登録申請されました。雄介様。承認してよろしいですか?」
実際に戦闘が始まれば、物理法則が適用される以上、物理武器が使用されるのは予想がついていた。画面内から久に視線を向けた雄介が額に流れる髪の毛を直しながらアルティナに指示を出す。
「うん。とりあえず今回だけの暫定承認とか限定承認でお願い。火薬式の拳銃、ライフルなども……くるだろうな、間違いなく」
物理法則がどこまでアイテムで再現されるかにもよるが、刀剣での戦闘が可能であれば、火薬式の銃を電脳世界で再現できる可能性もあるわけだ。
「えーと、お義父さん、これはどうしよう?」
「現実世界で許可等を持っている人のみ持ち込み、使用可能とするべきだなあ。ほかにもいろいろ規制しないとまずい」
今までは実際の戦闘がほぼなかったために、電脳世界での闘争はAP、DPを用いる常識があった。それが、変わった。おそらく、この戦いのあと世界中の軍隊が、セキュリティ関係者が頭を痛めることになるだろう。
「たぶん、この戦い以前と以後で、世界が変わるぞ。ひー君」
雄介が腕組みをして考え込んでいる。
「うん。そんな現場に立ち会いたくはなかったね。専門家だけでやってほしいところだけど」
画面内で雄介が大袈裟に肩をすくめてみせた。いつの間にか、最初は来ていたジャケットを脱いでいる。
アルティナをはじめとするAIや科学者たちが現在の電脳世界の物理計算を実装しているのだが、そのための膨大なデータベースをもとに、『一度登録されたアイテム』は簡易的な、擬似的な計算でも可能な設計になっている。逆にいえば、登録されていないアイテムが複雑な動き、作用をする場合はシステムに負荷をかける可能性がある。
「それにしても、みんな武器のデータとか用意していたんだね」
「好きな人は好きだからなあ。これからは大変だぞ。武器の持ち込み規制はAIで武器かどうかを認識、処理する必要がある」
「アイテムの生成についても規制しなくてはいけないよね」
これも頭の痛い問題だ。本来データのみの電脳世界のアイテムは誰でも3D造形ツールやCAD、それに表計算ソフトなどを使って作成できる。
「それは今後の課題だな。アルティナ、今後の検討事項として設定してくれ」
とりあえず第一の手はうまくいっているようだ。だが、これは基本的には時間稼ぎにすぎない。通信量の減少に乗じて、敵はその分多くのボット兵士を送り込んでくることだろう。
次の手を、できれば打開策となる、そんな手を打たなくてはならない。少年は頭をかきながら、マップとカットインされさ戦場画面を眺めながら頭をひねるのだった。
「通信量、一時的に十五パーセント低下しました……が、じきに再度増加してくると思われます」
「わかってる。通信量に余裕があるうちに周辺サーバーから防衛ボットを送り込んでおいて」
(これだけじゃだめだ。間に合うか? )
先ほどアルティナに依頼した案件を確認した久はレスポンスの早さに驚嘆しながらも、作成された要約を確認し始めた。
「あ、久様からメッセ来てまス。アバターの選び方と設定だって」
エリカがバイザーをはねあげ、端末に目を落とした。
「ってことは、久さんのしわざか、これっ」
どうやら、初期型のコネクタや補助電脳など、一部の高性能な機器の利用者がパワーアップしているということらしい。
「えーと、ある程度のデフォルメキャラがよくて、シェーダはトゥーンやアニメ調が推薦、と。要はデフォルメ系ゲームキャラが向いているわけだ」
「わかりました。私はゲームキャラでいきまス」
「オッケー、合わせる。アレだな」
二人はゲームやアニメキャラが無双状態の戦場を窺いながら手持ちのアバターを選択、設定していく。
手持ちのアバターのため、すくに準備ができたのだが切り替え後のお互いの姿に一瞬見入ってしまった。
そこにいるのは、短めのマントを翼のように翻す、赤いぴっちりスーツの少女。青黒い髪が尋常な人間ではないことを示している。シャープなゴーグルがその視線を隠していた。
「ケイオスハンターエリー、がんばりまス!」
ぴっちりした身体にフィットしすぎるくらいフィットしたデザインの衣装は、若い女性のしなやかな、のびやかな肢体を魅惑的に浮かび上がらせている。
「ノリノリだな。こっちは……化生狩りの士元だったよな、うん」
こちらは東洋風の剣士で、エキゾチックな曲剣を佩いている。顔の造形は全体としては標準アバターに近いが、切れ長の目でやけにイケメンになっている。
「久しぶりだからって、キャラの称号忘れちゃだめでス」
「ううっ。イケメンに作ったキャラが恥ずいっ」
だが、ぐずぐずしていれば敵の増援が増えることも予想されているし、敵側だってレジェンドモードを利用できるのだ。油断するわけにはいかない。
(んー、新型機器の場合はAPやDPの補充が若干早くなる程度、か)
それでもわずかな差が響いてくるかもしれない。もっとも、敵にボットレベルではない高度AIや人間がいれば、同様の方法で戦力アップがはかれるわけで、油断は禁物だ。
財団日本支部の会議室は、事実上最高司令部と化していた。財団の理事承認によるペルソナAI、アルティナの非常時権限の発動により各サーバーごとの対応ではなく、アジア地域の財団サーバー全体での対応が可能となっている。リソース自体は潤沢だが、テロリストの攻撃による通信データ量の増大による通信データ容量のコントロールが大きな問題になっていた。
「データ量の削減は、一応は成功だね。セキュリティ担当者たちのパワーアップもなんとか」
カットインされた各地の状況は大幅に改善されていた。スーパーミャリオ、トロルクエストの勇者など、誰もが知っているようなキャラクターからマイナーなヒーロー、ヒロインまでさまざまなアバターとなったセキュリティ有資格者が活躍しているのがわかる。
「ふう、うまくいったみたいだ。やったな、ひー君」
画面の中の義父がにんまりと笑い、親指を上げてみせた。
「そうだね。予想のとおりで助かったよ」
マップでジリジリと押されていた戦線が拮抗し、若干だが押し上げているサーバーも出てきていた。
「ねえ、お兄ちゃん。なんで旧型電脳の人が強くなるの?」
心底不思議そうな顔で、比奈子が栗色の髪をいじりながら聞いてくる。
「ああ、旧型の機器は通信量が膨大で、処理能力も高いんだ」
「どういうこと? 新しい機器のほうが性能がいいんじゃないの?」
目をぱちくりさせながらの質問は予想の範囲だ。
「んー、電脳接続の初期のデータ量の爆発って知ってるよな?」
母親の残してくれたブログを追っていった久は自分が人口冬眠中にどのように電脳世界が発展してきたかを知っている。
「初期の機器は、電脳世界からの情報をそのまま脳神経に送る、人間に理解できる情報に変換していた。電脳世界からの情報がとにかく大きかったんだ」
「それは知ってる。だからデータを圧縮するだけじゃなくて、コネクタがAI化して……あっ、そうか」
「そう。昔は電脳世界の全ての情報、位置関係などを計算したデータが電脳世界サーバーが生成していたけど、今は電脳世界からの情報は、花があればその座標や方向、花の種類なとの情報しか送られない。コネクタ内のAIがその情報からリアルタイムで画像生成し、脳神経に送り込む」
そこまでいけば比奈子にも理解できたらしい。後をひきとって続けるしぐさが得意そうだ。
「だから、新しいコネクタにはAIのための大量のメモリと処理能力が新たに必要になったけれど、AIを使った効率的な処理により処理能力も結果として旧型ほど必要がなくたった……でいいのかな?」
「正解。だから旧型の機器は映像を簡素化するだけで処理能力の大半を不要にできるんだ。今回はその分をAP、DPの生成や行動の高速化につぎ込めるし、同時にその分だけ通信量も減って回線の負荷が軽くなる、というわけだ。あれ、アルティナ、どうしたの?」
会議室のテーブルに両手をついた銀髪少女の肩が震えている。がっくりとうつむき、凹んでいるのが伝わってくる。
「ううっ。私の電脳世界が……原始時代に戻ってしまいました……」
よよと泣き崩れるのは電脳天使。アルティナは電脳接続の発展を目の前で見てきたAIだが、その人生(?)は電脳世界の体験の向上に捧げられてきた。よりリアルに、現実に近くを目指してきた彼女にしてみれば自分の価値を全否定されているようなものかもしれない。
「まあまあ、アルティナ。今回だけさ」
「本当ですか? 久様……これの方が都合がよいのでは?」
顔をあげたアルティナの表情が泣き出しそうに歪んでいて、かわいそうになってしまうほどだ。
「そんなことはないさ。旧型機器の人は少しずつ減っていく。新しい機器のほうが省エネで、通信量も圧倒的に少ないんだから」
「そ、そうですよねっ。そうですよねっ(うるうる)」
「それに、今後こういった戦闘が繰り返されると、より詳細なデータが必要になる。結局、高精細、リアルなデータが必要になっていくと思う」
「そういうものなの? この方が楽しそうだし、強いならいいんじゃない?」
「うーん。本来敵味方で同じ条件だからなあ。今回は敵がボットが多いせいでパワーアップしていないだけだから……」
そこまで口に出した久の目が、比奈子やアルティナの目と合った。瞬間的に交差した視線が皆同じ考えだと示している。
「指揮官や人間がこれで判別できるかも! 人間や高度AIとボット兵士では違いが出ている可能性が高い!」
「了解! 各サーバーにアナウンスを入れます」
「私は応援に来てくれる外部スタッフに、レジェンドモードのことをお知らせして、旧型装備の方を優先してくれるようにお願いするわね」
「それはそれでありがたいけど、本当にヤバいのは通常インターネッドの認証サーバーだから、そちらも伝えてよ?」
「了解。お父さんと一緒に連絡と調整をしていくから」
比奈子は財団のスタッフとして自分よりも経験がある。やることを伝えて、あとは信じるほうがいいだろう。認証サーバー周辺の状況は余談を許さない。
ポイントT126の戦闘は続いている。電脳世界の都市にあたるポイントを奪うためには、その支配率を十分に高め、コントロールエリアを掌握する必要がある。
コントロールエリアの掌握によりパスワード等のシステム関連の情報や設定にアクセス可能となり、サーバーの支配権を得ることができる。
もっとも、コントロールエリア周辺は一般にセキュリティの障壁と防衛用のAIやボットが配置されており、容易にはいかないようになっているし、各エリアの中心ユニットを確保しなければエリアごとの支配権を確保できず、他エリアへの移動や攻撃が大きく制限される。
「この操作でエリアを奪還できるはずでス」
カツヤが周囲を警戒しながら、エリカがエリアの中心ユニットを操作する。財団から与えられたパスワードを入力すると制御権の入手が表示され、画面が書き換わった。
「成功でス!」
「しゃああっ! 中心ユニットの確保成功しましたっ」
「よくやった、新人ども。次は北東エリアだ。そこには防衛ボットを一体残しておけばいい。頼むぞ」
「了解でス!」
数パーセントだが、ポイントT126の支配率が回復した。一定以上の支配率と、複数の中枢ユニットを支配していることがコントロールエリアへのアクセス条件だ。
「これなら、敵はいきなりコントロールエリアには襲撃できないでス。このまま前線を押し戻していきましょう」
「ああ。でも、疲れているみたいだぞ。大丈夫か?」
普段元気いっぱいなエリカの額に汗が浮いている。まだ襲撃が始まってから三十分もたっていないのに、ひどく消耗しているのをカツヤも感じている。
(実戦……だからか。緊張しっぱなしだと、疲れるんもんな)
「まだまだ大丈夫でス。久様が来てくれるまで頑張りまスっ!」
バイザーを跳ね上げた赤毛少女の瞳は強い光を放っている。赤い髪を風に波打たせながら、にっこりと笑う。細めの顎から首にかけての繊細なラインが、彼女が年下であることを思い出させた。
「私たちにはアルティナも、久様も、みんなが突いてくれているんでスから。きっと大丈夫でス」
「ああ、そうだな。ただし、無理はしないぞ。オレたちは基本、後方からの支援と中心ユニットの確保だけしていくからな」
「うん。みんなの足手まといにはなりたくないでスからっ」
電脳専門高校の同級生コンビは支給されたAP銃を構えながら次のエリアへと移動を開始した。スーパーヒロイン、東洋風の剣士に円筒型の防御ボットが列を君でついていく様子は、文字通り数十年前のビデオゲームの画面のようだった。
レトロゲーム好きなオッサンたちの大好きなキャラクターになりきってはしゃぐ回です。
そう! レトロゲームはデータが軽い! のです。
次回以降は12月31日と1月1日に更新し、めでたく新年早々の完結とすると同時に皆様の娯楽になればと考えております。