五章 2 黒霧兵士再び
数年前から温めていたネタがこの秋一気に熟成してきたので、約2ヶ月で書き上げたものです。
いわゆる完全没入型の電脳世界が実現し、普及してきた世界で、十年の眠りから覚めた主人公は、いきなりチヤホヤされたり、トラブルに巻き込まれたり。
主人公にべったりだった義妹はいつの間にか年上のお姉さんに。
私はあなたのモノだ、と認知を迫るAI系ヒロインとか
一応まっとうなヒロインもおりますので、気に入ってもらえるキャラがいると嬉です。
かなり久しぶりの完結作品です。大分書き方を忘れておりまして恥ずかしい部分も多いですが、書き上げることと公開することが大事、ということで。
ジャンル SF?
要素 俺tueee、鈍感、自尊心低め、タナボタ
バトルあり ラブコメあり
ヒロイン要素 義妹、被造物少女、ロボ娘
以下は設定マニアのたわごとです。
説明が多いので、読み飛ばしてもよいかもしれません。
近未来と地元、田舎要素を融合しておりますので、余計にお話としては不要な、エピソードがあります。
地方の都市計画や政策の未来、技術予想などSFでもよりマニアな要素がちりばめられておりますので、刺さる人がいてくれるといいなあ。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
五章 2 黒霧兵士再び
「…………」
ログに残らないということは原因もわからず、対処もできないということだ。皆がその深刻さに口をつぐんだ瞬間、警報音が電脳空間を切り裂いた。
「「なに? 」」
びくん、と車いすの上でみーなの身体が跳ねた。苦悶に顔を歪め、傍らのAIに声をかける。
「あっ……そんなっ。アルティナさん、お願いっ」
「了解。強制帰還処置をします。そのまま退避してくだい」
アルティナの目の前の画面がめまぐるしく動き、かき消されるようにみーなの姿が消えるが、警報音は変わらない。
「何があったの?」
「みーなのいるサーバーに攻撃があって、接続が断たれました」
アルティナの表情が固い。青ざめた顔に唇が固く結ばれ、緑の瞳が怒りに輝いている。
「アジア地域のサーバー群に襲撃がありました。その影響です」
電脳接続を通じて映像が入ってくる。初めての電脳接続と治療成功の祝賀会のときのような光景が広がっていた。ただし、規模がまるで違う。電脳世界の都市に相当するポイント。そこを丸々占領、支配下に置くための大々的な攻撃だった。
東南アジアをイメージさせるヤシなどの植栽。ドアのない開放的な車両でゆったりと移動する観光客。そんな観光地のような電脳世界の都市が激しい攻撃を受けている。
避難を訴えるアナウンスと、状況を理解できないまま右往左往する市民。それに対して容赦のない攻撃を浴びせかける、黒い霧をまとった兵士達。
「黒霧兵士……!」
人数は、数百人はいるだろうか。二十人ほどをひとつのグループとしてまとまった動きをしていた。手にする自動小銃型の武器からはき出されるのはAP(攻撃プログラム)弾だ。
「うわああっ。た、助けてくれっ」
「撃たないでっ」
敵兵士はあのときと同じく黒い霧のようなものに覆われ、詳細はわからない。警備ボット、つまりAIが応戦しているが数が足りずに押されているようだ。
「みーなは機能を停止、退避。現在防護AIを中心に対応していますが、現在厳しい状況にあります」
「サーバーを一時的にネットワークから切り離すとかはできないの?」
セキュリティの基本として、一つの機能に対して二台以上のハードウエアを割り当て、故障や攻撃などにより機能を失ったときは、もう片方の機械だけでも対応できるようにする、という考え方がある。予備があるのであれば、一時的に電源を遮断してしまうのも一つの手段だろう。
「財団のサーバーネットワークの、ほとんど全体に攻撃を受けています。そのため、うかつに電脳接続サーバーの機能を停止するわけにはいきません。もちろん、最終手段としてはありえますが……」
電脳接続サーバーがいきなり機能停止した場合は強制ログアウトですらない、精神活動の一時的な停止に繋がる。人間の精神や神経系に深刻なダメージを与える可能性がある。
「異常事態に気づいたセキュリティ担当者が急行中です。すぐに組織的な対応が始まるはずです」
「う、うん。とにかく早く人を集めて、黒霧兵士を押さえ込まないといけないね」
会議室のテーブル表面が丸ごと画面になり、そこにサーバーネットワークの模式図が表示された。
緑のマークが一つのサーバーを表し、複数のサーバーでクラスターを形成し、負荷の分散や非常時の代替を担当する。
クラスター単位が一つのマルになり、それを白色の実線が繋いでいる。破線はプライベートネットワーク、つまり専用線であり外部には繋がっていない。
「これが全体ネットワークで、攻撃を受けているのがこのアジアエリアです」
「ちょっと待って。回線の負荷が異常に大きいみたいだけど」
サーバー同士を繋いでいる回線表示が点滅し警告を示している。
「通常ネットワークと電脳ネットワークに、同時に行われています」
「それって……」
その場にいた全員が顔を見合わせた。エリカのふだんなら生気に満ちた瞳が不安げに揺れている。
「電脳接続ネットワークは、既存インターネットの上に重ねて構築されています。サーバーも一つのハードウエアの上に両方設置されていることもあります。回線も同様で共用されています」
一瞬の空白。大量の商取引に利用されるインターネットはしばしば犯罪やテロリズムの対象になってきた。電脳接続はそれに比べると規模が小さいことからか、今までは大規模な攻撃の対象にはなってこなかった。
しかし、絶対量こそ多くないものの高額商品などの比率が高いことから、今後犯罪の増加が見込まれている分野だった。問題は、もともとインターネットサービスの一分野として発展してきた電脳ネットワークは今もなお、通常インターネットに多くを頼っているということだ。
(使われるケーブルは通常インターネットと電脳世界ネットワークとで共有されているから、同時攻撃ということは……)
「この攻撃は、古典的なオーバーフロー狙い?」
サーバーの通信量の限界を超える送信要求などを送りつけることによりネットワークのマヒが引き起こされ、時にはそれに乗じた侵入なども発生する。
電気的にサーバーに対して大量の信号を送り込むだけに、サーバーや回線は単純に大きな負荷を受けてしまう。ネットワークが実現して以来、今だに事故、犯罪などでしばしば発生する事態だった。
「ほとんどがそれですが……ポイント・T126の画像です」
ネットワーク図に重ねて、電脳世界の都市や土地に相当するポイント、つまりサーバーへの攻撃が表示された。
防衛ロボットおよびセキュリティ担当者がシールドやバリケードといった防衛プログラムを使って守りを固めるのに対し、あの黒い霧をまとった兵士達が火器から攻撃プログラムの弾丸を打ち込む。
「なんだ、これ。敵がどんどん増えていくのに、味方が……」
多勢に無勢な上に、黒い霧をまとった兵士たちは一人、また一人と増えていく。無気味な光景だった。
「通信の遅延で接続出来る味方そのものが減っているのです」
アルティナが悔しそうに唇を噛んだ。
「そのためのオーバーフロー攻撃か! しかもこれって……」
「はい。おそらく、全面的にAIを使ったものかと」
攻撃の実行に使われる敵兵士たちは、防衛にあたる人間と違いデータ量が少なくて済む分、通信速度が低下しても影響は少ない。しかし、防衛側の主力となる人間はデータ量が多いため、通信速度が低くなりすぎると、電脳接続を維持できなくなる。
久の思考の中にいくつかの画面が浮かんだ。ほとんど意識していなかったが、どうやらこれらの一つ一つが補助電脳を通じてのネット接続らしい。その中の一つが明るくなり、ホワイトアウトした。
「アルティナ、おれら行くっす。転送ゲートを頼むっす」
「はい。味方の増援が到着するまで時間を稼ぎまス」
カツヤとエリカだった。切り替えられたアバターにはセキュリティ初級の識別マークが輝いている。
「助かるわ。ただし、危険だと思ったら緊急退避してね。お願いよ」
画面内の比奈子の瞳が不自然な動きをしているのは、おそらく複数の画面を監視しているせいだ。
「カツヤ、エリカ。二人とも通信量に注意してください。」
「ごめん。ぼくはあとから行くから、気をつけて」
電脳世界での負傷や死亡は必ずしも現実の被害には繋がらないが、その状況によっては重大な精神的なダメージや脳神経への障害に繋がることもある。二人はもちろん承知のはずだった。
「久様、これ、戦争でス。たぶん、電脳世界で初めての……」
バイザーから透けて見える青い瞳がきらきらと輝いている。赤く波打つ髪が映画のヒロインみたいだ。その隣で口をへの字に曲げている少年の丸い目がヒクヒクと痙攣しながらも、手はぐっと握られている。「俺らは初級なんで防御プログラムしか使えないけど、避難誘導やバリケード作りくらいならできるっす」
二人はDPの生成、ダウンロードの設定を確認しながら、久には来るな、ここにいろ、と仕草で示す。久も二人と行きたい気持もあるが、まだ気づいた人間すら数少ない状況だ。何かここでやることがあるはずだ。
「戦争、か……。うん。とにかく無理はしないで、二人とも」
先日の襲撃は、テロだった。今回は、戦争。背筋がゾクリとした。
「ぼくも後から行くから。ポイントT126で待っていて」
「騎兵隊、待ってるっす」「久様、信じてまス!」
二人が会議室を出て行った後のアルティナの表情は固く厳しい。
「比奈子、このままでは間に合いません。早く……」
画面内の比奈子の額に汗が浮かんでいた。その手がめまぐるしく動いているのがわかる。
「わかってる。財団理事の北見雄介不在時のマニュアルに従い、代理としてアルティナの非常時権限を承認するわ。お兄ちゃんもお願い」
久の前に書面が現れる。非常時にAIであるアルティナに対応の権限を与えるというものだ。すでに北見雄介代理としての比奈子のサインがされているが、承認は音声、又は筆記、パスワードのどれでもいいようだ。
「ぼくも? オーケー。この場においてアルティナが必要な権限を承認する。これでいい?」
「ありがとうございます。非常時権限、承認されました」
パッとテーブル上の中心部にアルティナの表示とHQの文字が現れる。その周辺部が水色に書き換えられていき、サーバーを示す四角の上に100%が表示される。
「現時点をもって南アジア、中央アジア、西アジアの各ステートの財団支部サーバーの全リソースは財団のペルソナAIアルティナが掌握します」
マップには中央アジアから東南アジアのサーバー群が集中的に攻撃を受けていることが表示されている。各サーバークラスターの下に表示されている二本のバーが通常インターネットと電脳世界の攻撃を示している。
「T126クラスタ、第三サーバーの支配率が七十パーセントに低下」
早い。ポイントT126は4つのサーバーで構成されており、最低でも2つのサーバーが必要だ。被害の大きいサーバーを切り離すれば一時的に財団の支配率がするだろうが、このままでは長くは持たないだろう。
「エリカとカツヤがT126クラスタに到着しました」
「ぼくたちにできることはある?」
「二人を含め、財団所属のセキュリティ資格の権限を上昇を提案します」
「不都合は?」
「法的規制等には問題ありませんが、財団内規で越権行為です」
「越権でも、できるならやって。一般人がいる状態でポイントの接続を切るわけにはいかないから」
そこまで言ったところで、会議室のドアが叩かれた。誰かと問うまもなく扉が開かれ、比奈子が現れた。セキュリティ資格の保持を示す腕章を付けているが、それ以外は先ほどまでの画面の中の彼女そのままだ。
「お父さんが来たから、ようやく電脳接続できたの」
「比奈子もお疲れ様。ちょうどよかったよ。意見を聞きたいんだ」
少年は義妹と電脳天使にテーブル上に表示されたマップを示した。
「共有権限もらうよ。これを見て欲しいんだ」
先ほどから表示されているマップに重ねて表示されたのは、予測シミュレーション。
いくつかのサーバーの物理的遮断を含み、一部クラスター全体がダウンするが、人命被害は少ない。財団のサーバーノウハウや一部ソフトウエアの機密が流出するが、致命的な損害は出ない想定だ。
「これは、現状予測ですね。いただいた指示に従った……」
アルティナが首をかしげた。そのとおりで、電脳接続している人たちの安全を最優先にしたシミュレーションだ。
「それなんだけど、相手によってはこんな展開もあるんじゃないかと思うんだ」
今度のシミュレーションは、途中で進行がゆっくりになったかと思うと、急激に多くのサーバーの支配力を奪われる。先ほどの結果とは奪われるサーバーの数は変わらないものの、その場所はかなり変わり、財団のサーバーネットワークの内側にも食い込んでいる部分がある。
「お兄ちゃん、これはどんな条件でやっているの?」
「敵のAIが人間の安全を無視した場合だよ。ほら……」
人的被害の欄に死亡が最大三人を含めて重軽傷会わせて数百人が被害を受ける想定になっている。
「これは、こちらが実際に人的被害が出ても戦いを続けた場合だ」
「そんな……AIが人的被害を許容するなんてっ」
AIはロボット三原則を適用されるのが原則だ。久の祝賀会の際も、黒霧兵士たちは実際にはAIというよりはロボットというべきものだった。おそらく、今回もAIというにはお粗末な小規模なものと予想された。
(それに……あの時の襲撃は実際に人的被害が出てもおかしくなかった。アルティナが間に合わなかったら、その可能性はあった)
もしもあの襲撃がAIが関係していたのであれば、人的損害を考慮しないか、許容の度合いがガバガバだったことになる。そして、同じ人物が指示している可能性は大いにある。
「いえ……比奈子、ありうるかもしれない。だって……」
アルティナはそう言って自分の胸に手をあてた。言いにくそうに、うつむきながら、しぼり出すように言葉を紡ぐ。
「私なら、久様のためなら、やるかもしれないもの」
「うそよ。だって、アルティナは優しいじゃない。自分たち以上に人間らしいって、みんなっ」
比奈子がアルティナの手をとって引き寄せる。自分は信じているからと言い聞かせるように親友の手を自分の胸に抱く。比奈子に腕をまかせながらも、電脳天使と呼ばれる人格は悲しげに続けた。
「でも、私にはわかります。憎しみも、怒りも。だから……」
久はそれを知っている。アルティナは本質的に自由な存在で、その製作目的などに縛られるAIとは根本的に違う。
なぜなら、アルティナは生命の進化を模して生まれた人工存在であって、人工知能としての卓越した性能は、たまたまAIとしてみた場合に優れているのに過ぎないからだ。
逆に言えば、AIをも縛っているロボット三原則は、アルティナを拘束しない。彼女が本当に怒ったときは、人間だからといって手加減しないだろう。
「だから、そう言われれば、わかります。久様。この目的は……」
「な、なによ。アルティナ。脅かさないでよ」
比奈子が目に涙を貯めながら抱きしめる。その額に自分の額をあわせながら、アルティナがもう一方の腕でマップの上を指さした。
「そうだね、アルティナ。敵の目的は認証サーバーだ」
「「認証サーバーだって!?」」
たまたま接続したばかりの雄介が大声を上げた。先ほどまで比奈子がいた画面の中に、外回りから帰ってきたらしい雄介が肩を上下させながら叫ぶように尋ねてくる。
「久君、それは本当に!?」
「あ、お義父さん。多分そうだと思う。この画面を見てくれればわかると思うんだけど……」
現在攻撃を受けているポイントの周辺には財団の重要な認証サーバーがある。認証サーバーのクラスターがいくつか、支配を奪われかけている。最悪の展開で、早ければ十分後の状態だった。
「くっ……電脳世界どころか、世界がひっくりかえるぞっ」
「わかってる。何か対策しないといけないんだけど」
「ちょっと待ってよ。認証サーバーって、なんでそんなに重大なの? だって認証は……あっ……なによ、それっ」
一般の認識では、認証サーバーはインターネットのサーバーに証明書を発行したりしているモノにすぎない。だが、ネット接続の根本はお互いのシステムを信用するシステムだ。
「そうなんだよ。電脳接続サーバーはインターネットサーバーと同じハードウエアのものも多いし、認証されないと意味がない」
インターネット上のシステムはAがBを、BがCを認証していく形でその信用を担保している。認証された証明である電子証明書が無効と判断されれば、認証された側の信用は失われる。当たり前のことだ。
「そうか。電脳接続サーバーは数も少ないし、認証サーバーはもっと少ないから、電脳接続そのものが難しくなるし」
「そう。電脳接続の認証サーバーはそもそもインターネットの別のサーバーに認証されて存在しているわけだから、大本の認証サーバーが機能しなかったらどうなるか、という話さ」
雄介が難しい顔をして肩をぐりぐりと回してがら思案している。
「お義父さん、もっとまずいよ。認証サーバーが機能しないんじゃなくて、乗っ取られた場合はヤバイ非正規のシステムを認証しちゃうかもしれないってことだから……」
ぞわっ──。
その瞬間、その場にいた関係者全員が薄氷を踏むような寒さを感じていた。取り返しのつかなくなるかもしれない異常事態を目の前にしていることを実感していた。
「まずいってもんじゃないじゃない。アルティナ、なんとかしてっ」
「そんなこと言われても、私だって……あ、久様?」
認証されないシステムに認証されていた別のサーバーやシステムの信用はもちろん失われる。一方、認証サーバーが認証してしまえば、マフィアや麻薬組織など犯罪組織のサーバーが一般のシステムと見分けがつかなくなってしまう。それだけはさせるわけにはいかない。
「まずは時間稼ぎだ。悔しいけれど、こちらもボット部隊を使う」
「そんなリソース、どこにあるの? 通信データが増えちゃうっ」
比奈子がマップを監視しながら、セキュリティ関係者の緊急招集だけでなく、他団体や自治体、警察なとにも依頼をかけながら叫ぶ。
「攻撃を受けているサーバー自体に生成させる。そのためのリソースは、このとおりに設定を変更すれば稼げるはず」
アルティナに時間稼ぎのためのリソース絞り出しのアイデアを投げると悲鳴があがった。
「ひ、久様っ。これでは電脳世界の意味がっ」
アルティナが即座に比奈子と雄介に転送する。
「意味はあるよ。電脳世界の本質はそこじゃない」
「で、でも……ショックを受ける人が多いかもしれません」
「大丈夫。影響を受けるのは全電脳接続人口のうち十パーセントに満たないし、その中のかなりは平気な人たちだから」
「あ、あの。お兄ちゃん、これ、本気なの?」
義妹の栗色の髪が幾筋か、汗で肌に貼り付いていた。比奈子も反対意見らしい。
「はっはっはっ。いいぞ、これ、すぐ手配してくれ、アルティナ」
「雄介様っ。本気ですかっ!?」
画面の中から雄介が笑いながら指示を続ける。
「アルティナも比奈子も心配いらんよ。何より、数パーセントの人の深刻でもない必要性や観光客の体験よりも、世界を守るほうが大事だからな」
「ゆ、雄介様も奈美子様も、私には電脳世界を守り育てる使命を与えてくださったではないですかっ。それを……」
涙さえ浮かべて言いつのるアルティナを優しく見つめながら、義父は力強く語りかける。
「大丈夫だ。アルティナ。私が保障する。むしろ問題の人々の士気があがるかもしれないぞ」
雄介の指示で、アルティナが各サーバーへのコマンドリストを作成する。そこには電脳世界の風景や体験を根こそぎ奪う、簡略化と単純化の設定。電脳世界をある意味崩壊させる設定が満載されていて。
「アナウンスはどうする? うまく盛り上げたいな」
義父がニヤリと笑い、片目をつぶってみせる。
「伝説の勇者の世界にようこそ、でどうかな。妖精達の舞い遊ぶ、二桁ビットの世界で戦おう、という感じで」
久の芝居がかった口調にぷっと雄介が吹き出した。人前では決して見せない、軽そうな笑い。
「財団のセキュリティと、メディアの人に連絡つけてみよう。多分、すぐに食いつくぞっ」
「それじゃあ、お願い。」
「おう、任されたよ、ひー君っ」
その呼び方は久しぶりだった。比奈子の前で呼ばれるのが気恥ずかしくてやめてもらった、もともとは奈美子の息子への呼び方だ。思わず目を丸くしてしまったが、雄介の危機感を感じさせない笑顔に親指を突き出して答える。今は気にしている時じゃない。
「アルティナ、オーバーフロー攻撃の遮断の依頼は? ポートの閉鎖と、別ポートへの誘導は? フィルタリングのプロファイルの見直しも任せるから」
久はセキュリティの専門家ではない。けれど、アルティナがいる。アルティナに思いついたものを片っ端からぶん投げて、使えるものがあれば使ってくれるはず。専門家に伝えてくれるはず。
「……わかりました。避難誘導やセキュリティスタッフへの説明、アナウンスの作成などは私以外のAIに権限を委譲してもよろしいでしょうか?」
「通信量が減ると思うから、むしろガンガンやって。ただし、時間と権限の幅は限定してね。むしろアルティナと比奈子には別のことを頼みたいから」
「私にもできることがあるのね。何をすればいいの?」
焦りこそあるものの、冷静さを取り戻したらしい比奈子がジャケットを脱ぎながら尋ねる。
「比奈子には、財団の人や外部たちの協力を取り付けてほしい」
「メールとかはアルティナにお願いして、口頭での依頼や打ち合わせをお願いしたいんだ」
「了解。まずは依頼内容をちょうだい。依頼先はアルティナに探してもらうから」
「頼むよ。それから、前にお願いしていた件だけど……」
うーん。もっとよい展開というか、アイデアがあると思うのですが。
まずは完成を優先しました。