五章 1 調査会反省
オオカミさん、まじチート。
今回のお話しでは回収されないネタなので、がんばって続編を書かないと。
五章 1 調査会反省
あれから三日がたったが、結局UA1の正体はわからなかった。物証となるモノが発見されなかったからだ。映像と、足跡こそ見つかったが、体毛や排泄物などが見つからず、行き詰まってしまっていた。
例によって電脳世界で集まったカツヤやエリカと一緒に財団の会議室に移動すると、比奈子が通常のネット接続のまま迎えてくれた。
「うっす。比奈子さん、何かわかりました? UA1のこと」
「ううん。全然。何が何だかわからないわ」
ウエブカメラからの映像のため、比奈子は上半身のみの表示だ。
「でスよねー」
エリカの端末で撮影された動画が一番大きく、かつ長時間の撮影だったが、それでも十数秒であって、端末の広角レンズでは画像は詳細とまでは言えなかった。
「うーん。動画を見る限りはニホンオオカミっぽいんだけど」
「それにしては大きすぎるし、いろいろ不自然、か」
特徴などから見てUA1は一匹だったと推定されているが、報告時刻があまりに近すぎて同一固体としては不自然、ということになった。いくら四つ足獣の足が早いとしても、あまりに移動速度が早すぎる。
「不整地の山や岩場を時速60キロ以上で移動スるのは、さすがにオオカミでも不可能だと思いまスし」
「結局、見つかった動物はドッグランから逃げ出したワンちゃん一匹だけだったしねー」
カツヤだけが無言のまま難しい顔をしていて、声をかけようとしたら、緊張した面持ちで比奈子に向き直った。
「すいません。アルティナを呼んでもらっていいっすか?」
「ちょっと待って? 手空きならすぐ来てくれると思うから」
数十秒後、会議室のドアが叩かれアルティナが現れると、さっそくカツヤがなにがしかの操作をした。
「ごめん、アルティナ、ちょっと聞きたいんだけど」
秘匿回線での会話アイコンがカツヤの頭上に現れるのを、アルティナが押しとどめた。
「大丈夫。秘密にする必要はありません、カツヤ」
「いいの? 多分、大事なことなんでしょ?」
銀髪の天使はカツヤににっこりと微笑んでみせた。
「比奈子。みんなには話してしまってよいでしょう?」
「アルティナがいいなら、私はいいけど……」
久とエリカは目をパチクリさせていた。
「まず、先日はみーなの件、ありがとうございました」
「「は?」」
「カツヤは気づいていたようでしたが、みーなは人間ではありません。財団が教育中のAIで、私が監督をしています」
「アルティナの弟子のようなものね。より人間に近いAIを育てていて、そのためにいろいろな体験をさせているのよ」
言われてみれば、ただの人間というにはネット関係の操作などが早かった気がする。
「久様って言うから、てっきりアルティナ本人かと思ってたよ」
カツヤは苦笑いしながら肩をすくめてみせる。
「私が久様って言うから、みーなに伝染したんでスね」
「みーなにも会ってみたいけど、だめかな?」
「みーなも皆さんにお会いしたいそうです。お待ち下さい」
少ししてから、会議室の扉が開き、今度はしっかりとした自前のアバターのみーなが現れたが──。
「こんにちは、みなさん。この姿では始めまして。みーなです」
「あ、こんにちは、みーな……」
自動車椅子に乗せられた少女の姿にギクリとする。電脳世界で車椅子などの機器を見ることはほぼない。なぜなら、電脳接続によりたいていのことは体験できるし実行できるからだ。電脳世界では誰もが自由に歩き、遊び、すごすことができる。それなのに──。
少年少女の動揺にみーながクスリと笑った。
「お気遣い無用です。私は立場の弱い方によりそうためのAIです。あなた方が考えているような事故とか病気じゃないですよ」
AIが身体不自由等を理解できるか、また、そのようなAIの挙動がどうなるのか調べるとともに、真に身体に不自由を持つ人々のことを理解し、その支援ができるAIを目指しているのだという。
「うわー、大変な仕事なんでスね。びっくりしました」
「大丈夫ですよ。私たちはそのために生まれたのですから」
みーなの笑顔はスポットライトが当たったみたいに輝いていた。おそらく、みーなは電脳世界ですら不自由を強制されて育ち、学習させられているのに。
「くすっ。久様。私たちは姉妹で作られて、人間をいろいろな側面から学んでいるんです。それが私たちの存在意義ですから」
大きな瞳が優しく、そして明るく輝く。間違いなく、学習データはつらく陰惨なものであるだろうに、彼女の笑顔は屈託を感じさせない。
久自身の入院と治療中の不自由を考えると、どれほどつらいだろう。そんな内心を見透かされたような言葉に苦笑するしかなかった。
「なんでカツヤはみーなが人間でないことがわかったの?」
少し、声が上ずっていた。何か別の話題にしたかった。
「おれの視界で、色がついていたからっす」
「……!」
その場にいる全員がカツヤの視覚の事情については知っているはずなのに、エリカの顔から血の気が引いていた。
「何よ、それ……。カツヤ、UA1がこの世のモノでないってこと!?」
「気づいてたかー。そう。あれは多分、幽霊かなんかさ」
そういえば、カツヤがUA1を見つけたとき、『青黒い』と表現したことを思い出す。あのときからカツヤはまともな動物でないと気づいていたわけだ。
「Jesus. 信じたくないけど……体毛の一本も残ってないのよね」
「うん。警察や保健所や、農業関係者まで見てくれたけれど、ね」
その一方で、警察犬などの動物は臭いに敏感なのか、怯えていたらしい、と教えてくれる。
「ただし、幽霊といっても電脳的な幽霊だと思ってるっす」
「「「電脳的? 」」」
比奈子を含めた人間全員が声を上げた。
「はい。あれ、電脳空間にも同時に存在したんじゃないっすか?」
カツヤがアルティナとみーなに尋ねると、二人は無言で頷いた。
共有されたのは、あのUA1の画像だ。しかし、どこか違和感がある画像だ。コピーされたオブジェクトによる、ゲーム画面などによるある雰囲気の画像。
「これは……電脳空間の画像ってこと?」
「はい。みーなは電脳接続の技術を使って体験型ロボットを動かしていましたから、電脳世界と現実の世界の両方で記録しています」
スローモーションでUA1と対峙したときの映像が表示されている。カツヤと久の背後から見ているUA1は現実世界よりも大きいかもしれない。それが身をかがめて力をため、飛びかかろうとして。
「ここで自分が忌避剤噴射したときに、何かがあったっす」
内蔵の高圧ガスによる忌避剤が白いシャワーのように獣に降り注ぐ。それとほとんど同時に、目の前の久の周囲から現れた。白い光球がUA1に命中する。それは断続的に正体不明の怪物の跳躍の軌跡を追うように追尾していた。
「やっぱり。久さんがやったっすね」
全員の視線が集中するのに、両手を振って否定する。
「い、いや。ぼくにはそんな記憶ないし、電脳接続もしてないし」
「してるじゃないっすか。この表示、電脳接続表示っすよ。DPの射出なのかAPの射出かまではわからないっすけど」
確かに画面内の久には電脳接続中を示すアイコンが表示されているし、先日セキュリティの講習を受けて初級の資格もとった。けれど、あのときに電脳接続をしたり、なにかすごい技を使ったつもりはない。ただ、来るな、と願っただけだ。
「久様、失礼いたしますね……」
アルティナから補助電脳ユニットへのアクセス許可の依頼が来たので許可すると、難しい顔をしてしばし黙り込む。
「あの、久様。このログに記憶はおありでしょう。」
久にだけ見えるようにされた操作記録が表示される。
「え、なにこれ。ぼくの? 今現在?」
それによると、今現在も久は複数のサイトへのアクセスをし、補助電脳は指示に従って自動化プログラムを実行中だ。
「い、いや。そんなことをしてないけど」
そう言った瞬間、ログの更新が止まった。
「なるほど。それじゃあ、この補助電脳内のコードはいかがですか?」
今度はプログラムのコード、つまり本文が表示される。補助電脳内のコードということは、最近久が作ったプログラムということだ。
「えーと、これは防御プログラムで……あれ、タイムスタンプ!」
日付と時刻は、この数日間嫌と言うほど見続けてきたもの。
「そう。『UA1との遭遇時に、久様が作った』ものです」
そんな事実はないはずなのに、なぜか自分が作った記憶があった。その中に、確かに防御プログラムを展開射出した記憶まであった。
「そ、そんな記憶は……あれ? ええと……意識の片隅で?」
あのときいろいろと考えていた。いろいろと見ていた。その中で、ぼんやりと勉強したばかりのセキュリティのことも考えていた。
「やっぱり……久様、すごいでスっ。さすがすぎまスっ」
エリカの瞳が光り輝いていた。目が大きく見開かれ、手を胸の前で握りしめての感動のポーズ。一人通常のネット接続で画面だけの比奈子も目を丸くしている。
「え? エリカちゃん、何か知ってるの?」
「マルチタスク……しかもトリプルなんて初めて見ましたっ」
「そっすね。自分も磨いていたとこっスけど、久さんが素でトリプルとか、才能の差に泣きそうっす」
カツヤも頭をかきながら頷いている。
「え、何これ。補助電脳がやってくれるんじゃないの?」
「「「そんなわけないでしょう!」」」
通常、電脳接続中はほかのことはできないとされている。電脳接続は脳神経に身体の動きや五感を感じさせるがゆえに、他のことを同時にこなすことはできないのが普通だ。
しかし、カツヤのように電脳接続技術を応用して視覚を補ったものは視覚の一部にネット接続画面等をカットインのように取り込むことができる。中には、ネット接続画面を意識だけで操作できるものもいて、通常の日常行動と平行して行うことができる。
つまり、ネットや電脳世界と現実世界とで二人分の行動ができる、ということだ。個人の適性にもよるが、比較的貴重な才能らしい。
「こーいうのがマルチタスクっす。えーと、アルティナお願い」
「あのときの久様は、ネット接続でカツヤ君の視覚を共有して、防御プログラムを作成しながらUA1の正体について検索していますから」
アルティナがふんす、とドヤ顔で説明をする。横目でみーなに合図すると、そのあとをみーなが引き取った。
「最低でもトリプルタスクですね。マルチタスクそのものが珍しくて、トリプルは今までは理論上の存在と思われていましたけれど」
ぱっ、と両手を突き出してみーなとアルティナの説明をストップ。これ以上話していてもヤブヘビな気がするし、現状になんらプラスにならない。
「……ごめん。それはそれとして、もう一つ疑問があるんだけど」
「はい。サーバーのことですね。今検索してらっしゃる……」
ふと気づくと、脳裏にネット画面を呼び出して別途検索してしまっていた。いつの間にか、マルチタスク自体は当たり前になっていて、ほとんど無意識のうちに検索や検証をしているようだ。。
「うん。電脳接続は通常ある程度の規模のサーバーと回線が必要のはず。あのとき使われていたサーバーはどのサーバーだったのかな」
「はい。そのサーバーの履歴がこれです」
すっと新しいログ画面が表示された。さすがに仕事が早く、UA1の文字列が反転している。
「さすがアルティナ……って、なんだ、これっ」
この場にいる全員が、セキュリティの初級講習を受けている。全員がログの読み方を学んでいる。それなのにこの内容を誰も理解できなかった。
「こいつ、どこから入ってきた? いつ? 」
通常は接続要求があり、それから活動の履歴が始まる。それなのに、肝心なログインの記録も、どこのサーバーを経由しているのかの情報も存在しない。
「いや、それだけじゃない。こいつ、UA1って、自分で名乗っている!? 知能があって、ネット接続しているってこと?」
「本当だ。事務局が仮称してからまだ10分くらいじゃない?」
UA1。ニホンオオカミかもしれない、と思っていた怪物は、物理的なものでないどころか、人間顔負けの知能を持っている化け物ということなのか。
「ええと、ここで久様がDPを射出、UA1はそれを回避し、撤退……」
そして、通信が途絶したのにその原因等は一切残っていない。いわゆるエラーや破壊行為を追跡する情報が、何も残っていない。
「これって……ログが正しければ、サーバーに自由に出入りできるってこと?」
比奈子の鳶色の瞳がアルティナに向けられた。電脳世界の天使、女神とまで呼ばれる少女は沈痛な面持ちで口を開いた。
「その可能性は否定できません。今のところ一例のみなので、なんとも言えないというのが現状です」