76.黄昏の先の黎明を抱きしめて
戻ってきた、お嬢様の城に。僕はお嬢様と先程までの決意を確かめるようにギュッと抱き合い、そのままおんぶに移行した。
横でシオレさんが不思議そうに見ていたが、城下町のまちづくりの様子を見に行くと出ていった。
「お嬢様、まずはシエラさんのところへ行きましょうか」
「そうですわね。あの記憶、返せそうですわ」
そう、シエラさんはミュールさんの記憶を失っていて、今手元にはその記憶の塊である雲のアイテムがあるのだ。これを渡せば、きっと彼女は古い友人と再会できるだろう。
彼女がいるであろう工房へ向かった。
古びた重めの扉を開けると、シエラさんはタバコをふかしながら、浮いた棺桶に横向きにだらんと寝転がっている。逆U字のまま、懐かしく感じる生気のない目をこちらに向けた。
「ん、もう帰ったってことは……くたばったのか」
「違いますよ。簡単に言いますと、色々解決して夢の世界が崩壊したって感じです」
「大変でしたのよ」
「で、ここに来た理由は?」
「これをお返ししにきました」
そう言って記憶の入った雲を渡した。
ゆっくりとシエラさんの指先に溶けていく。
「――」
「ミュールさんの解放、行きましょう」
「きっと待ってますわ!」
「……ああ」
失っていた記憶を取り戻し、感慨に浸っている様子のシエラさんに何か声をかけるべきか迷っていると、僕の背中に乗られたお嬢様が僕の肩をムニムニと握って振り向かせ、優しくニコッと笑顔を見せてくださった。今は黙って見守ってあげようということだろう。
思い出に浸っている様子ではあるが、その反面どこか不安そうな表情も時折見えるシエラの横顔に混じっているように思えた。長い間忘れて今更、とでも考えているのだろう。
――記憶の中で見た、地下にある大きな扉の前に到着した。シエラさんは鍵を握り、躊躇して一度自身の胸に戻す。
「大丈夫ですよ。友情なんて、そう簡単に錆ついたりしませんから」
肩にポンと手を置くと、シエラさんは一瞬驚いた表情を見せてからいつも通りの悪そうな笑みを浮かべた。
「若造が知ったような口を。百年以上生きてからものを言え」
悪態をつきながらも、彼女はおもむろに鍵を扉に当てた。何も無い部屋の中には、一人地面でお淑やかに座っているミュールさんの後ろ姿が。
「ミュール!」
「……?! どうして、記憶が」
後ろから抱きついたシエラさんに、記憶があるのを察して驚き、振り向きかけて自身の“呪い”のことを思い出して留まるミュールさん。
僕はミュールさんに向けて無理やりパーティーに入れてから一つのスキルを発動、その後彼女の記憶の宿った雲を投げ、それが溶け込んでいくのを確認してからお嬢様と共に部屋を出た。
――僕が発動したスキルは、【共感覚体験】。パーティーメンバーにパッシブスキルを共有するスキルだ。選んだのは当然【純白】。
なぜなら、彼女が下す“黄昏の呪い”は、本来彼女の性質ではないと思っていたからだ。“破壊の母”が現れた時に弾いたデバフの中に、“性質反転”というのがあったから、それによって“創造の母”であるミュールさんは元来の性質を反転させられていたのだと確信したのである。
『【純白】により“黎明の祝福”を弾きました』
別世界線の自分の記憶を知ったからか、こちらに微笑んでから、ミュールさんはクルッと回ってシエラさんと正面から抱き合っていた。
「お嬢様、今夜はとっておきのディナーにしましょう。リクエストはございますか?」
「んー、たまには不健康なのを食べたいですわ!」
よし、今日くらいはリクエスト通りのジャンクなものを大量につくろう。
なにやらお嬢様も一緒に作りたいとのことだったので、共にキッチンへ向かうのだった。




