75.黄昏の訪れ
「【絶対防壁】!」
「【氷山】じゃ!」
突如灰の王の身体を乗っ取った“破壊の母”による超高火力の攻撃に見ていることしかできなかったが、僕とお嬢様は割って入った二人に守られたのだった。
「アリア、さん? それにハツハ騎士団長さんで……どうしてここに」
守ってくれた。
残った民間人の護衛についてもらっていた二人がなぜここにいるのか、そして――
「ぐはっ……くっ、ここ、までですか……陛下、お守り出来ず申し訳ございません」
「クハハッ! 土手っ腹に風穴が空く体験なんてそうできないぞ、ハツハ! カハッ……」
もはやなぜ生きているかも分からないほど重症な二人。
「娘の話を聞いて、我だけ何もしないのも自分がゆるせなかったんじゃ。あとは、任せたぞ……」
そう長くもたず、だらりと腕が地面につくと同時にあっという間に二人とも灰になってしまった。
「やはりこの体ではかなり出力が落ちるな。まあ、あやつが居ない今、誰にも止められぬか」
「ヒビキ! ボーッとしてないで、戦わないと!」
「っ! 申し訳ございません!」
お嬢様以外がどうなろうとどうでもいいと思っていたが、動揺が止まらない。あの二人に特別何かを思っていたのか、今後のために考えておきたいがダメだ。今はそれどころではない。ここを乗り切らないと、お嬢様に痛い思いをさせてしまうことになる。
しかし、今ある僕のスキルでは何もできない。
お嬢様に本格的に戦闘してもらうしか、道が残っていない。
「その、お嬢様……」
「大丈夫ですわ。絶対倒しますわ」
心苦しく思っていたが、お嬢様はすでに覚悟を決めていたようだ。
僕は何を迷っていたのだろう。
――お嬢様がやる気ならそれを補助するのがメイドとしての務め。
「お嬢様、不敬かもしれませんが後ろから抱きかかえさせて頂いても?」
「! もちろん! 移動はヒビキに全部任せますわ!」
今の僕にやれることは、お嬢様の足になること。
そして肉壁とお嬢様を押し出して強引に回避させる役割も。
大丈夫だ、まだやれる。
「やはりスキルを使わないと力が使えないようだな……急いで半端な器で顕現したのは失敗だったか」
「――【翠木再誕】【星の芽吹き】【生命の芽吹き】」
眩い大自然の輝きを放ったレオさんが参戦し、手をかざして隕石のようなものを降らせた。有効打にはならず、灰になっていくものの、それは牽制だろう。
目で「今だ!」と訴えているので、彼に合わせて僕もお嬢様を抱えて【超強襲】を発動して敵の懐へ飛び込む。反対側からもレオさんが自然に戻りかけている木刀を振りかぶっていた。
「【爆】! 【絶対斬】!」
お嬢様は爆炎を纏った剣を。
「【闘争の芽吹き】【大衝波】」
レオさんも斬撃で合わせる。
確実に、無防備な両脇腹付近に決まった。
HPゲージが――まったく削れていない。
「星も背負わぬ幼き者にと、たった一つの星程度で何ができる。目障りだ【破壊嵐】」
文字通り、ミンチに変えるような嵐が二つ飛んでくる。片方はレオさんを捕え、もう片方は【超強襲】で戻った僕たちに迫る。
「お嬢様! 風を私の手にぶつけて花園へ!」
「っ! でも…………【風】!」
確実に追尾してきそうだった上、速度的に逃げ切れなさそうなので最後の賭けに出た。僕はお嬢様を、持てる力全て使ってあの場所の方へ投げさせていただく。
直後、僕は巨大なミキサーにでも入れられたようにもみくちゃにされた。
『HPが0になりました』
『【純白】により“完全麻痺”を弾きました』
『【純白】により“沈黙”を弾きました』
とはいえ、今僕の意識があるのは顔の右半分の欠片だけ。レオさんも細切れにされたが、星の脈動か何かで再生していっている。しかしHP自体の回復は敵の攻撃のせい遅いというよりほとんど止まっている。
「一人だけ生かしてやるのも可哀想だ。しっかりと屠ってやろう」
そう言いながら、“破壊の母”は余裕綽々とお嬢様が飛んで行った方へ浮いて向かってしまった。
気まぐれだろうがこの展開が良いのか悪いのか判断がつかない。しかし、確実に足止めはした方が良いのは確かだ。喋りで挑発しようにも意に介さないだろうから辛うじて動けそうなレオさんに頼るしかない。
「レオ! それに君も……っ、あれは!」
「ユキさん! 私を、このパーツだけでもいいので持って追いかけて下さい! 少しでも足止めを……!」
「……でも、私じゃあ足止めにすら」
ユキさんがここにいるということは、レオさんが何かしらの方法で向こう側から引き抜いたのだろうと信じて頼るが、本人は理不尽な現実の前に断――
「ユキ、君ならできる。本当なら僕がやるべきなんだろうけどね。もう、限界が近い」
「待ってレオ! 何をするつもり!? 待って、許さない! 勝手に――」
「君の被った“灰”は僕が請け負おう。だから、星の力を君に託す。僕の代わりに、英雄になってくれ」
「嫌ぁ! 待って!」
「新たな英雄に、芽吹きの星の祝福を……」
そう言ってレオさんはユキさんの手を弱々しく握りしめ、灰になって舞ってしまった。
「ユキさん……」
「君、ヒビキ君だっけ。君達をやったのは、あの母親ぶってるクソ女で合ってる?」
「え、あ、はい」
「持ってけばいいんだっけ?」
「はい。できれば向かう先の花畑に向かって投げていただけると……」
「わかった」
そう言って涙と怒りでぐちゃぐちゃになった表情のまま、ユキさんは僕の肉片を握り潰さんばかりの強さで掴んで大きくジャンプした。
そしてすぐに追いついた。
すぐに僕を言った通りに投げ、彼女が刀を構えて仕掛けるのが見えた。
「【紺木降誕】【神殺し】【居合切り】!」
「ほう」
彼女の渾身の一撃は“破壊の母”の背に僅かな傷をつけることに成功した。HPもほんの少しだけ減っている。すぐに自動で回復したが、それでもヤツは進むのを中断し、ユキさんに向き直った。
続けてユキさんが持ち前の高速移動を駆使して攻撃を回避しつつ反撃を入れる、を繰り返して時間を稼いでくれた。
そして僕はいい香りのする花の楽園に肉片だけで着地(?)した。
ここに釣ったのは、シエラさんらの増援に期待したのではない。“破壊の母”が出てきた以上、ここは既に定められた運命にない。
そして対抗できそうな友達に頼りたいと思ったのだ。
「ヒビキ! 今回復を――」
「――もう、治しました」
「「!」」
「あれ、本当です。身体が元通りに……」
「また新手ですの!?」
僕を治したのは、約束通り黄昏の時に現れた少女、ミュールさんであった。
「はじめまして。星々を抱く王の娘。私は“創造の母”、今はミュールとでも。彼のお友達です」
「ヒビキ、信じていいんですの?」
「はい、彼女の言葉に嘘はございません。ミュールさん、私もレオさんも既に灰の王に勝利しました。あとはあの埒外の存在だけです。貴方なら勝てますか」
「――不可能です。この通り、言葉を交わす程度しかできませんから」
ですが、と彼女は続けた。
「少しあの馬鹿な妹とは話したいと思います。そうすれば、きっと間に合うでしょう」
何を、と問いただす前に“破壊の母”が降りてきた。あの様子だとユキさんももう……。
「……なぜ貴様がいる」
「貴方が暴れるから? もうやめましょう? これ以上、子どもたちを傷付けるのは――」
「黙れ! 姉を気取るな。今の貴様では足元にも及ば――」
「やめるつもりはないのですね……私、お友達が二人もできたの」
「…………は?」
「一人は頑固で、努力家で、世界の法則すら捻じ曲げた優し子」
「何を言っている……?」
「一人は私のためを思ってか、定められた運命に抗い、言葉通り大切な人のために戦い抜いた強い子」
なんだか照れるな。
確かに宣言通り、灰の王を倒して、僕たちの手で物資を根こそぎ持っていくという手法で、実質的に滅ぼしたが。
実際、あの国は人命があるだけで、あってないような抜け殻になった。都市の壊滅具合と、シオレさんが裏で周辺の物資も確保していたから。
だからこそ、きっと今彼女は力の無いまま妹と対峙してくれているのだろう。
「ハッ、くだらんな」
「私達を創った上位神の世界では、こういう時に定石があるそうですよ」
そう言ってミュールさんは自身の妹に優しく微笑んだ。
「――――黄昏を告げる。其は終幕の日、私たちの絆ぱわーでボコボコにされる」
直後、世界を真っ二つにしたかのような飛ぶ斬撃が、“破壊の母”を呑み込んで世界の彼方へ吹き飛ばした。
「あー、これ効いてない感じか。ま、世界の外側にまでぶっ飛ばせば戻ってくるのも時間かかるし、任務完了ってことで、見知らぬお嬢さんがた、これで失礼! 【空】【瞬】」
あっという間に帰っていったが、黒い鎧に圧倒的な強さ。なんだか口調があれだったので、恐らく若かりし頃の《四滅の主-魂滅》のアルフレッドさんだろう。
「星の力が無いから倒すのはできなかったようですが、ひとまず一件落着ということになります」
『これはサーバー全体に通達されるアナウンスです』
『イベントのボスが討伐、その他顕現失敗状態になったため、これにてイベント《今は亡き忘却の島》は早期終了となります』
『すべてのプレイヤーが元フィールドへ戻りますのでご注意ください』
『全体アナウンスは以上です』
「終わっ、たようですね?」
「ですわね?」
なんだか消化不良感が否めないが、僕とお嬢様の身体が光になっていく。
「ヒビキ、私のお友達。これを持っていってください」
消えかけていたので、慌てて貰った二つの雲をストレージに仕舞う。
「これは?」
「私と、あのユキという子の記憶を抽出したものです。きっと、そちらで役に立つことでしょう」
そうか。
イベントの説明では記憶の引き継ぎはされないと書かれていたが、こんな抜け道があるのか。そもそもできる人物がほとんどいないから、記載することでもないということだろう。
視界も霞んでいく中、僕は自分からつくった友達に約束をした。
「ミュールさん、僕は必ず貴方の妹さんにリベンジを果たします」
「私もですわ!」
「……! そうですか。応援、しています」
既に渡す記憶は抽出済み。
つまり、この約束が刻まれているのは僕とお嬢様だけ。それでいい。同じ人物だとしても、この約束は、直に一度目の約束を見届けてくれた、こちらの彼女だけが知っていれば、それで。
――そうして、長いようで短いイベントが終了したのだった。




