68.おつかいクエスト
イベント五日目。
今日は朝から活動する。スメラギ・トオルさんから、今度はこないだ戦った彼の妹――王女さんらとやって欲しい仕事があるとのこと。
丸一日お休みになられてすっかり上機嫌なお嬢様と、いつも通りキラキラに元気なレオと一緒に合流場所へ向かっていた。
ぺんぎんさんは一応社長で忙しいはずだから今日は居ない、はず。影から引っ張り出す方法がないからわからないけど。
呼んだら出てきそうなのでやめておこう。
「あ、来たきた! ヒビキー!」
「おはようございます」
「ハルにカナタ、おはよーですわ!」
「みんな朝から元気だねー」
まあこのメンツはいいとして、だ。
「トネリ殿下がどうしてここに――!」
レオさんも驚いている通り、スメラギ・トネリさんこと王女さんと王女さん大好きプレイヤーのエンジョイ太郎さんもいる。まさか直々に来るとは。
「弟が斬られているもの! 仇討ちは当然よ!」
聞くと、今回の共同戦線は王族殺しの大罪人を捕まえるためのものらしい。しかしなんと犯人の情報は一切無いため、それらしい人物の情報収集から始める段階。王族の死を明るみに出せないため、表立っての調査を避けてのことだろうが、王女さんが居ては勘づく人も居そうなものだが。
早速行動を開始し、まずはバラけて各自で聞き込みをすることに。悪くはない采配だが大したものは期待できないように思える。
僕はお嬢様と喫茶店でのんびりしながら、あの人物についての考察を始めた。
喫茶店に新聞があり、お嬢様はその文字を読む練習をされているのをボーッと眺めながら。
殺された王子は斬られたらしいし、昨夜のように消える移動方法がある、あのユキさんなら余裕で可能だろう。あの強さなら例え護衛に見つかっても即真っ二つにできる。
僕の中では最有力候補だ。
しかしもしそうだとして、疑問がいくつかある。
まずは王子を殺した理由。
例えば、彼女がスメラギ・トオルの手の者で、王位継承のために使った手駒である場合、ファーストコンタクトのあの料亭に中から出てきた理由が説明つかなくなる。監視のためにあの場に配置したとしても、中途半端に姿を晒して逃亡する意味が無い。手を下させなかった理由はいくらでも考えられるが、どれもスメラギ・トオルさんがユキさんを顎で使っていることになるが――どうもそんな気がしない。
あの日料亭から出てきて僕と接触したこと、王子を殺したこと、そして昨日スメラギ・トオルのお膝元で何もせず帰ったこと。絶妙に繋がらない。
「ヒビキー、これなんて読みますの?」
「どれどれ……それは“灰の軍勢”です」
「なにそれ?」
「そういえばレオさんから聞いたお話を伝えていませんでしたね」
僕の聞いた世界の真相、そしてこの島の成り立ちについて説明する――。
「ふーん。お母様とお父様の敵ってことですのね。…………倒しますわよ」
「無論でございます」
そしてお嬢様は、改めて真剣に新聞に目を戻された。僕も改めて思考をユキさんのことに戻す。
島についての話をしている中でふと頭をよぎった考え――この島を荒らし、世界を蝕む“灰”について、僕は先入観を持っていた可能性があるのだ。“刃形”で、やつらに妻と子を奪われたあのマルオさんの情報で、“灰”は人を化け物に変えるものだと思い込んでいた。彼はその化け物が人型ではないとは言っていないし、彼の口ぶりからしてまともな会話すら不可能だったため、あくまで仮説の域を出ないが――もしユキさんが向こう側の存在だったとしたら、全てが繋がる。
情報が無いせいで一つだけ理由の分からないことがあるが、それはあの王女さんに聞けばいい。
そしておさえるべきは……
「クールタイム、ですか」
情報が少なすぎる。
お嬢様がちょうど新聞を読み終えられたので、早速おんぶして店から出る。
「一度スメラギ・トネリさんと合流しますがよろしいでしょうか?」
「任せますわー」
できるだけ最短で見つけるため、僕はその場で空中を蹴って町全体を見渡す。
――見つけた。しかもユキさんまでいる。
「少し戦闘、失礼いたします」
「はーい」
「【超強襲】」
ユキさんの背後に回ってデッキブラシを取り出す。
「そうそう、復活に制限があるなら人質も有効――」
「【天破砕】」
太郎さんの首筋に刃を立てて人質にとって、王女さんと何かしらの話をしていたところに一振り。
「っ――と」
完全な不意打ちだったが一瞬で刀をこちらに合わせて防がれた。
「お嬢様!」
「【風】!」
拘束の緩みをついてお嬢様に太郎さんを吹き飛ばしていただき人質をどかす。手粗ではあるがこれが早い。とはいえ相手が相手だ。難は逃れていない。
「【朱月降誕】【繊月】【天破砕】」
一割ダメージを、防御できないように同時にぶつける。
「――残念、【居合」
「っ、【新月】」
どういうわけか攻撃が展開した瞬間には突破されていたので、一度緊急回避。すぐさま王女さんと太郎さんのところに戻る。
月が消える。効果時間が切れたようだ。
お嬢様がいらっしゃるとはいえ、メイドとしてこんな危険な辻斬りの前に立たせるわけにはいかない。
「ぺんぎんさん!」
「任せなさい、【闇陽降誕】【蝕紅炎】」
前からはぺんぎんさん渾身の黒い炎、横からは間のいいハルが動きを縛る。
「【蒼星降誕】! 【空へ届かせぬ安堵の枷】!」
回復不能な炎がユキさんを呑み込んだ。
確実に決まったはずなのだが……
「【灰吹雪】【新雪】」
その言葉と同時に雪が降り出す。あの時と同じだ。次第に炎と目には見えない重力が消える――というより発動した者に戻っていくようだった。
「やはり、星の力の対極、灰の力――やはりそうでしたか」
「そういうこと。ま、君達と違って“覚醒”までしてるからちょっと格が違うけど」
覚醒が何を意味するかは不明だが、こちらはまだ星の脈動を獲得して日が浅く、効果時間も既に終わっている。この状況で王女さんを護衛しながら戦うとなるとかなり厳しいだろう。心苦しいがお嬢様のお手を煩わせることになり――
「――ユキ、かい?」
「……はあ、時間切れかー」
騒ぎを聞きつけたのかレオさんがやってきた。
名前を知っていることと、困惑している顔からして、知り合い――それも古めの関係性らしい。
「ま、いいや。次会うときは――ちゃんと殺し合いしよう?」
そう言ってユキさんは昨夜と同じように消えていった。昨日は夜で確信できなかったが、やはり灰になって消えている。
ひとまず凌げたらしい。
そうして僕たちは、いつものように骸骨顔を晒して捕まったカナタさんのお迎えをしてから、王女さんの邸宅で情報の統合を行うことにしたのだった。




