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正統派女装メイドが“Original Trajectory Online”で理想のお嬢様を育成するようです!  作者: 御神酒
『今は亡き忘却の島』

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真中丹奈、それは吹きやまない突風で

 

 ある日、私――真中(まなか)丹奈(にな)は、自身にとっての経営の先生にしていつか超えるべきライバルである、秋北(あきた)(しおり)とアポイントメントをとって高級料亭で話をすることになった。

 会社が軌道に乗り、色んな縁のためにもこういった場所に来る機会は増えたが、未だに自分が相応しくないのではないかと思ってしまう。


 しかし、私は多くの従業員の生活を背負っているのだ。そんな頼りない私ではいけないと、庶民的で臆病な自身を振り払って料亭へ入った。


 秋北栞と共に季節の味覚に舌鼓をうち、タイミングを見て本題に入った。


「――あの子の紹介、ねぇ?」

「……」


 こちらを見定めるかのような目が私の全身を駆け回る。

 我が社は既に日本で同業他社を寄せ付けない位置にまで漕ぎ着けている。しかし、古くからある、目の前の秋北家のような四方家程の影響力はまだ無い。

 今の社会で安定を求めるなら、四方家の傘下に入るのが正攻法。だからこそ、私は四方家と同格の地位を築く方針を選んだ。

 凡百の歯車になる気は無い。両親が遺した形見を、その程度で終わらせてはならない。


 故にこそ、社交界でのジョーカーとなりうる存在、明堂響が必要なのだ。

 彼と横破りの結婚ができたなら、それは彼を御しきれていない二家との比較で一目置かれることは間違いない。懸念材料の広南家との対立も、現在婚姻関係にある広南麗音はそれほど彼に入れ込んでいる訳でもないと探偵による調査で判明しているため、亀裂は生じないはず。


「いいよ。その後の保証はできないけど、紹介くらいならねー。代わりと言ってはなんだけどさ、Original Trajectory Online、ってゲーム持ってる?」

「? うちが出資しているから、物も送られてきていたはず」


「ならそっちで先に会ってみなよ。居場所は教えるからさー」

「分かった」



 何か企んでいるようではあるが、こちらとしても彼の能力を直接測る機会は欲しかったので渡りに船だ。運動神経、反射神経、それからVR適性は遺伝によるところが多い。優秀な子が生まれるには越したことはないのだから確認しておこう。


 かくして、この日をはじめにすぐさま行動に移った。彼のご両親に広南家に。

 全ての準備は整ったものの、送った招待状に返答は無かった。念の為盗聴器とGPSも手紙に仕込んでおいたが、どうやら開けもせず破り捨てたらしい。常識外れとは聞いていたが、想像以上に豪胆な人物だ。


 迎えの手配を行い、予定通り一日前に始めたばかりのゲームを起動し会いに行くことに。

 初日にとんでもなく強いモンスターと戦って星のスキルなんてものも入手したが、この世界にいるのはあくまでもこの日限りだから意味は無い。


 それから秋北栞の情報通り、倉庫に不法侵入して片っ端から盗んでいる姿を確認し、見張りを黙らせてから彼と接触した。

 成果としては上々。満足して翌日の勝利が約束された戦場に備えるのみだった。


 連れてくるまでに外車を二台ほどおしゃかにされたものの、何とか彼を連れてくることに成功した。

 外堀を埋めた事実を伝え、彼にとっての大事な要素であるはずの“自由”も提示して本丸をおさえた。どこにも逃げ道はない。逃げる意味もない。すべてにおいての勝利を確信していたその時――彼は単身で大将首(社長である私)をとりにきた。


 私の掲げる“自由”がなんなのか、私は知らないのだと。今までの人生で予想外のことなんていくらでもあった。望まない方向に進み、舵取りすらままならない時だって。


 しかし、彼はそんなものの比ではないほどの理不尽さで。ブレーキなんて存在しない暴走列車は止まることなく常にどこかへ走り続ける。

 各駅停車の私と、駅になんて停まるものかと走り続ける彼。

 私は彼に連れられ、線路を走らない道を味わったことで、私を縛り付けていたものが何だったのかを痛感した。

 私は自身でレールを敷いて、窮屈なダイヤで己の可能性を阻んでいたのだ。


 水族館なんて行ったのなんて何年ぶりだろう。

 同世代の人と何の思惑もなく歩いたのなんて何年ぶりだろう。

 お互いの好きなことを語り合いながら飲むレモネードなんて、知らない味だった。


 彼との楽しいデートの帰り際、私は車の中でキーホルダーを取り出した。

 水族館で、色んな色のペンギンの中から、彼に選んでもらったレモン色のペンギンのキーホルダーだ。彼にとっては語るほどでもない、覚える価値も無い出来事かもしれないが、私にとっては、()()()()()()()()()()大切なもの。


 デートは終わったというのに、胸の奥の高揚感が治まらない。彼ともっと知らない世界を見つけたいという気持ちと、(レモン)色の新たな自分の人生のはじまりへの期待、色んな感情が混じり合っている。



 彼との婚姻に関する全ての後片付けを手配し、彼がハマっているため長時間同じ時間を過ごせるであろう仮想世界に入る。


 安定、繁栄。私――否、両親が望んでいたそれらは私にとってはどうだっていいもの。もちろん持っている会社や従業員の生活もあるので諸々の責任は負うが、私は私のために生きることを決めた。


 誰よりも不自由な自由を謳歌する人に感化されて、そしてそんな彼と歩むために、私は彼の影に潜み、彼を見守るのだった――――





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