67.レモネード/アクアリウム
時折パーキングエリアで休憩を挟み(その間に丹奈さんは部下に休むことを伝えたり指示を出したりしていた)、僕は彼女の故郷を聞いてその地へ向かっていた。
お昼も過ぎてお嬢様と会いたい気持ちしかないのだが、ここで下手を打てばそれ以上に会える時間が減りかねないので我慢だ。
「っと、着きました」
「ここは水族館?」
どうして、と言わんばかりだが理由は至ってシンプルだ。
「ペンギンさんが好きなんでしょう? “好き”は自由の原動力ですから」
それにと付け足しておく。
「水族館、いつぶりですか?」
「……六、いえ七年ぶり」
それだけ経営に全てを捧げていたという訳だ。僕は彼女の手を引いて水族館に入った。
そのまま一緒に普通に水族館を巡っている。しかしずっと浮かない顔をしているのが気になる。
「どうかしました?」
「……もう、楽しみ方がわからなくて」
なるほど、そういえば僕も遥香に連れられてあちこち行った時も最初はよく分からなかった。ならあの時彼女に言われたことを言ってやれば掴めるはず。
「自分の中の衝動のままに、何も考えず目の前の景色と向き合えばいいと思いますよ」
「衝動に……」
一瞬の逡巡の後、丹奈さんは急にキリッとした表情でこちらを睨みつけてきた。
「ペンギンに会いに行く!!」
「あ、はい」
そんな怖い顔しなくてもいいのにってくらいの鬼のような形相で、今度は僕の方が腕を引いてペンギンコーナーまで早歩きで連れていかれた。
ペンギンとのふれあい広場にペンギンショー、水族館内のオシャレなカフェを満喫して、夕方になってしまった。
ペンギン三昧だったので、しばらくペンギンさんの顔は見たくない。しかし、ワーカホリックの丹奈さんが憑き物でもとれたようにニッコニコだからよしとしよう。
――この生真面目なこの人は内側から檻を作り、自分を閉じ込めてしまっていただけ。鍵さえ見つければもう羽ばたくだけだ。翼は傷ひとつなくあるのだから。
「響君、貴方の言いたいことが分かった気がする」
「おー、わかっていただけました?」
そうそう、しがらみがないのだから、自由恋愛とか言うのを謳歌するべきで――
「要はちゃんと貴方を口説き落とせってことでしょう?」
「ん??」
「さて、迎えも来たようだし、先に失礼するとしましょう。婚姻の話は取り消しておくから、私の力で惚れさせる。それじゃあまた」
「あ、ちょっと……」
こちらの反論なんて聞くつもりはないようで、そのままやってきた高そうな車に乗って行ってしまった。
……まあこっちが惚れなきゃいっか。栞さんに借りてるバイクをふかして帰路に着く。返しに行くのも面倒だし、向こうが取りに来るまで借りておこう。
――――――
――――
――
ようやく帰宅したのでお嬢様に会いにレッツラゴー。お屋敷で目が覚め、ログインと共に契約関係にあるお嬢様も出現してお目覚めに――なられない。ぐっすり眠っていらっしゃる。もう20時なのに。何かの病気……は僕が共有している【純白】が弾くから大丈夫なはず。だったらいったいどうしてだろう。
《あの、メイド殿……》
「おや、貴方はお嬢様の剣、まさかお嬢様に何か変なことを……!」
《してないしてない! してませんからその鳴らしてる指を下ろしてー!!》
「それで、心当たりでも?」
《たぶん拙者を振り回してらした時に、新しいスキル試しますわー、と言ってらして。それを連発して付近の山をポンポン真っ二つにして疲れたのかと》
倉庫には攻撃なんて当たっていなかったはずだから遠くに斬撃を出現させるとかだろうか。
《信じ難いとは思いま――》
「流石はお嬢様、私もできるように精進いたしませんと」
お嬢様とお揃い、したい。
庭があるのでお嬢様を視界に入れながらやり方を考えてみる。
ステータスを眺めているものの、結局【超強襲】で同じ結果を出せるくらいしか答えは出なかった。
夜食でも作ろうとストレージを漁っていると嫌な気配感じたのでデッキブラシを取り出す。
「ん。あの時の雪だるまくんちゃんだ。こんなところで出くわすとはお互い運が無いね」
「あの時の辻斬りマフラーさん……」
御用改めした時に首を飛ばしてきた少女が、我が物顔で廊下を歩いていた。
「これも何かの縁かな。改めて自己紹介でもしよう。私はユキ、今後ともよろしく。月の子よ」
「……ヒビキです」
凄いな。にこやかでとても悪い人には見えない上、殺意は無いのに害意と強者特有の威圧感がとてつもない。過去に戻った時のアルフレッドさんには足元にも及んでいないだろうが、天使化アルフレッドさんや、お嬢様を狙ったあのクソジジイと同等、あるいはそれ以上の強さだろう。
特に彼女のスピードに関して言えば、今の僕では真正面から対処出来るか微妙なレベル。
「もういっぺん斬っておこうとも思ったが――未熟とはいえ、星を背負う者二人相手に、一方的に声も出させず殺せる自信はないからね。今日は大人しく退くとしよう」
そう言ってふっと突風が吹いて消えてしまった。
「二人……?」
「……イルヨー」
「!!? げっ、丹奈さん!?」
「ここでは“ぺんぎん”だからそう呼んで」
まさかさっきの今でログインしてるとは思わなかったし、まさか自分の影から出てくるとはもっと思わなかった。
「……なぜぺんぎんさんがここに?」
「言ったはずよ? 惚れさせるって。それじゃあおやすみなさい」
そう言ってペンギンの着ぐるみの彼女は僕の影に潜ってしまった。
「これってストーカーってやつなのでは?」
「違うわ。危険なところを助けて惚れさせる作戦よ」
うわ、顔だけ影から出してきた。そして言いたいことだけ言ってまた戻って行った。
中からこちらの声が聞こえているのか。実害はないしむしろ手助けしてくれそうだからいいけど、この原因であるシオレさんには今度何か嫌がらせしてやろうと決意し、僕は改めて夜食を作り始めた。
おでんでも作ろっかな。
しばらくメイド流クッキングしておでんの具を二十種類ほど作れたので、雑に大根のおでんを影にポイッとしてぺんぎんさんが食いついたのを確認してからお嬢様の隣まで戻ってお茶を飲みながらおでんを食べた。
ふと、昨日のぺんぎんさんの言葉が気になって尋ねてみることに。
「そういえば昨日言っていたVR適性ってなんです?」
「はふはふ、え? あー、あれは現実の動きとの乖離度合いを倍率にしたものよ。ヒビキ君は現実の1.5倍程度動けてるってこと」
「へー、ぺんぎんさんはどれくらいです? 現実だとあまり動けてる感じしませんでしたが」
「100倍以上で今の技術でも計測しきれないそくよ。ちなみに世界最高数値。……はむ、ちくわある?」
ちくわをあげると、かわりとばかりにステータスを見せてくれた。
「いいんですか? 昨日会ったばかりなのに」
「今更よ。それに恋愛において相互理解は大切ってさっき読んだ本に書いてあったもの」
本人がこういうならいいか。
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プレイヤーネーム:ぺんぎん(R)
種族:純人族
種族レベル:42/100
ジョブ:曲芸師(1次)
ジョブレベル:27/50
└器用20%上昇
満腹度:53/100
〈パラメータ〉
・[]内は1LVごとまたは1BSPごと(BSP,SKP 除く)の上昇値
・《》内は基礎値+進化ごとのレベル上昇分+ボーナスステータスポイント分+スキル補正値+職業補正値+装備補正値の計算式
HP:510/510[+10]《100+410》
MP:235/235[+5]《30+205》
筋力:351[+1]《10+41+200+100》
知力:51[+1]《10+41》
防御力:51[+1]《10+41》
精神力:51[+1]《10+41》
器用:61[+1]《(10+41)×1.2》
敏捷:451[+1]《10+41+300+100》
幸運:51[+1]《10+41》
BSP:255[+5]
SKP:102[+2]
〈スキル〉
オリジナル:泳闇
星の脈動:闇陽降誕
通常:敏捷上昇3・筋力上昇2
通常:気配感知2・気配遮断3・嗅覚強化2・聴覚強化3・暗視2
ジョブ:身体操作3・小手先の技術2
〈装備〉
全身{闇堕ちペンギンの着ぐるみ}
耐久値:1000/1000
・筋力+100
・敏捷+100
武器{闇堕ち無力化ナイフ}
耐久値:1000/1000
・【無機反発】
└自身のMPを一割使用し無機物を破壊する。耐久値がない物にも適用される。
CT:0秒
└セット効果:地上以外での活動時に全パラメータ3倍
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オリジナルスキル
【泳闇】
効果:闇を媒介に、自在に肉体と量子演算子とを変換して移動できる。
デメリット:量子演算子状態では内部計算式によってではなく、一粒子ずつ自身で演算を行って操作しなければならない。
星の脈動
【闇陽降誕】習熟度:2/∞
暗黒の太陽を背負い、星図を解放する。発動中、自身の元のパラメータ分の数値を同じパラメータに追加する。(BSP、SKP除く)
効果時間:習熟度秒(現在:1秒)
CT:24時間
└太陽の星図
適性や経験にもとづく“共鳴率”が10%以上のスキルが星図解放状態にのみ発動可能になる。
(それぞれ適性や経験にもとづく“共鳴率”が100%になると解放状態外でも発動可能)
〈解放時使用可能スキル〉
・【蝕紅炎】90%
治癒・回復不能の炎を操る。
・【極黒点】21%
任意の空間に黒点を生み出し、触れた対象の状態に応じて効果が変化する。対象がスキル使用時の場合はそのスキルを封印、何も発動していなければ対象の時間を3秒間停止させる。
通常スキル(P)
【敏捷上昇】レベル3: 習熟度:5/15
敏捷+300
【筋力上昇】レベル2: 習熟度:8/10
筋力+200
通常スキル(A)
【気配感知】レベル:2 習熟度:11/20
周囲の気配を探ることができる。スキルレベルに応じて精度、範囲が変動する。
CT:20秒
【気配遮断】レベル:3 習熟度:8/30
じしんの気配を消すことができる。スキルレベルに応じて精度、効果時間が変動する。
CT:20秒
【嗅覚強化】レベル:2 習熟度:3/20
自身の嗅覚を強化する。
CT:3分
【聴覚強化】レベル:3 習熟度:10/30
自身の聴覚を強化する。
CT:3分
【暗視】レベル:2 習熟度:14/20
暗がりで視界に補正をかけることができる。スキルレベルに応じて効果時間が変動する。
CT:30秒
ジョブスキル(P)
【身体操作】レベル:3 習熟度:12/30
自身の身体操作技術を向上させる。
【小手先の技術】レベル:2 習熟度:6/20
細かい作業において補正がかかる。
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パラメータは軒並み二桁、敏捷と筋力を、装備のボーナス含めてもギリギリ1000前後、僕はそこら辺9000近くあるのに、それと同等の動きをしていたのか。末恐ろしい人である。
僕もステータスを見せて、おでんを食べ切るまでのんびりお話しして。ストックが減ってきていたので料理をしているのだが、その様子を何が楽しいのか、ウロチョロしながら見ているぺんぎんさん、という構図が数時間続く不思議な夜となった。




