65.ミッションたぶんポッシブル
御前試合も無事終わり、お互いの立場上長く談笑する時間もなく、特別なことのない時間を夜まで過ごした。
シオレさんから作戦の連絡が来ていたので、日が回る頃に再びログイン、お嬢様をおんぶして夜闇に紛れる。
========
達成済みミッション 所持/累計:40pt/50pt
・“大掃除”2pt:神聖な神社を村人の許可を得て綺麗にしよう!
・“農業革命!”3pt:農家は不満を抱えているようだ。根本的解決をしてみよう!
・“伐採!砂漠化!大喝采!”5pt:オチバ村付近に出ると言われる、人との生気を吸う大樹を刈り取れ!
・“うーぱーるーはー”5pt:オチバ村付近に生息するうーぱーるーはーを見つけて捕まえよう!
・“黄金の羊”3pt:夜のオチバ村付近には黄金の羊が出るようだ! 煮るなり焼くなり好きにしな!
〈特殊ミッション〉
・“内乱撲滅委員会”2pt:わるーい奴らを一網打尽だ!
〈隠しミッション〉
・“朱月の蟷螂王”30pt:よくぞ月の収斂を乗り越えた
========
オリジナル装備追加デザイン券を20ポイントで取得、何やらよく分からない画面が出たのでメイド服の色を白黒反転させて、デッキブラシを黒くしておいた。
完璧な変装だ。
「さて」
今夜のターゲットは二つ。一つはこの都市の大部分の食糧が格納されている倉庫、そして和風建築の城にあるらしい宝物庫である。
シオレさんは一体何をどうやったのか、警備の手薄な時間帯や侵入経路の調査までやってくれたようなのだ。
あの村に残してきたはずだが、本当に怖いくらい有能で助かる。
内心褒めながら引いているのはさておき、やることはやらないと。所定の位置についてタイミングを窺うこと数分。
「交代の時間だ」
「おつかれさん」
「かぁー、やっとか」
「ほれ、帳簿の確認表書くぞ」
「ったく、仕事ばっか増やしやがって」
見張りの三人は、煩わしげに在庫の確認表と思しきものへ乱雑にチェックを入れた。
本来なら見張り、見回りと共にそれらの確認もして回るのだろうが、言動から察するにサボっているようだ。
何れにせよ見張りの人数が減った。
「行きますか」
「ごーですわ」
お嬢様もお目覚めになられたことだし侵入開始だ。ひと回り昔の港町にあるようなな倉庫だから勝手は分からないが、屋根上から隙を見て警備員の背中側に音もなく着地してバレないうちに入った。
さてさて、かなり広い場所だからまずは一番奥から掻っ攫っていこう。奥にあるものほど価値が高い、はず。
「欲しいものがあったら仰ってください」
「わかりましたわ。あ、あのお皿綺麗ですわ――」
次々とお嬢様の気に入られたものをストレージへ入れていきながら進んでいくと、赤い箱形のセンサーらしきもので守られた何かありげな場所を見つけた。中には細長い黒の箱が立っている。
センサーを出しているなんか凄そうなアイテム自体は見えてるから、ずっと試してみたかったことができるかもしれない。改めてステータスの該当箇所を確認してみる。
========
【侮蔑の眼差し】レベル:3 習熟度:8/30
視認した対象に5秒間“沈黙”を付与する。
CT:3分
========
生物とは書かれてないしいけそうだよね。
よし。
「――【侮蔑の眼差し】」
奇怪なオブジェを凝視すると、ブゥンと音を立ててセンサーが消えた。五秒間だけなので、そのまま持ち出せそうな黒い箱を取り急ぎ回収する。
『封印状態のためストレージへの格納は失敗しました』
よく分からないが時間も有限なので脇で抱えて持ち出す。少ししてセンサーが戻ったのを確認してから箱を開けてみる。
「――開きませんね」
「ふーいんされてますのね?」
箱で封印されていて開けないとストレージにしまえないが開けれない、ととなるとここは【侮蔑の眼差し】のクールタイムが明けるのを待ってみようかな。
ひとまず箱を抱えながら金銀財宝を漁っていると、ふと人の気配と殺気を感じた。
「お嬢様、肩車いたします」
「大丈夫ですの?」
「はい、お嬢様のお手を煩わせるまでもございません」
箱を片手に、お嬢様を肩車して右手でデッキブラシを構える。
「居るのはわかっています。出てきなさい」
「【無機反発】」
突然背後から、耳元へ女性の声で囁きながらナイフが振るわれた。左側だったので咄嗟に箱で受け止めたが、そのせいで箱そのものが砕け散ってしまった。中から出てきたシンプルな装飾の剣をキャッチして距離をとる。
「何者ですか」
「……」
相手の風貌は――ペンギンの着ぐるみであった。
よくデパートとかで見かけるようなマスコットキャラクターみたいなフラットでシンプルなデザインのそれである。手、あるいは翼と呼ぶべきそれをぐにゃっと曲げて白銀のナイフを持っている。
間違いなくプレイヤーだろう。
こちらを見定めているように見つめ合いの時間が流れる。
『{無銘ノ剣}の封印が完全解凍されました』
『【純白】により【生命超吸収】を弾きました』
《ぷはぁ! って拙者を母上達以外が持つと死んでしまいますぞ! ……あれ?》
沈黙を騒がしく破ったのは封印されていた剣。
無言のペンギンさんと騒がしい剣、ひとまずペンギンさんから対処しよう。
《コホンッ、ともかく戦闘ですな! 【刻銘】!》
手の中の剣が紫の薔薇を散らしながらモノクロに染まっていく。律儀なのかペンギンさんもこちらの様子を窺っているようだ。
《――{冥土剣ヘルヴェリスタ}!》
「おー」
「かっこいいですわ!」
「少し騒がしい気もしますがお使いになられます?」
「欲しいですわ!」
では、と肩の上のお嬢様に捧げると、剣は元の姿に戻ってしまった。
《待て待てい! そんなコロコロ変えないで……いやそもそも生命力を吸っちゃうから危な――くないですやん。何この人達こわぁ》
「変身しろですわ」
《あ、はい。【刻銘】》
今度は白と金の百合を散らして大きな純白の花びらを鞘に、開花して宇宙のような刀身が顕になった。星を散りばめた暗い紺と、純白のツバが良い感じの調和となっている。
《{界滅剣エレスティア}ですぞー》
いっぺんへし折ってお嬢様の教育に悪そうな口調を正すべきか逡巡してしまったが、既にお嬢様の武器なのでやめておくことに。
お嬢様は肩から降りてブンブン振って試し斬りされているのでペンギンさんを何とかしないと。幸い、見張りもペンギンさんがノしてきたようなのでコソコソ戦う必要はなさそうだ。
「狙いは私のようですが、お嬢様の手前、容赦はできませんよ」
向こうのオリジナルスキル、オリジナル装備のスキルは出てきた時の感じからして影の中に潜れるものと、モノを破壊する路線のはず。
こちらのデッキブラシと相性が悪いので素のフィジカルで応戦するとしよう。
こちらがブラシを仕舞うと、向こうもナイフを仕舞って拳(翼)を構えた。
「スキル無しで来て。明堂響」
「…………いいでしょう。どこのどなたかは存じ上げませんがお相手いたしましょう」
こうして深夜のスキル無し組手が幕を開けたのだった。
真正面から拳をぶつけあう直前に手をパーにして腕を掴み、空いた手で脇腹を払って宙に浮かせ叩きつける。
しかし寸前で体を捻ってきたのでこちらの腕の可動域を考慮して放して回避、向こうの華麗な着地と同時に足払いがきたので跳んで回避した。
空中で隙ができたと考えたのか追撃に向こうも跳んで突っ込んできたので、こちらは倉庫特有の屋根の柱に足を滑らせて大きく位置を変えて棚に逃げる。
「っ」
しかし向こうはジャンプの勢いのまま空中で縦に半回転して天井を蹴ってこちらに肉薄してくる。運動エネルギーが多分に乗った蹴りを手の甲で逸らして受け流し、低くなった向こうの姿勢に合わせてかかと落とし。
だがそれも掴まれてしまい、そのまま投げられそうになったのでもう片方の足で強引に回し蹴りをして向こうがそれを避けたことで脱出。
無理矢理の反撃で不安定な着地になった所を詰めてきた。
姿勢からして顎目掛けてアッパーを入れてくるつもりだろう。攻撃の動線上に手を起きながら、足裏の運動だけで後退する。
「及第点ね」
「なっ……!」
顎宛てのアッパーと思われた攻撃は、攻撃中にさらに重心を変えたことで腹部に突き刺さった。
攻撃の最中に無理矢理姿勢を変えて軌道を変えてくるなんて、ハッキリ言って気持ち悪い動きだ。
しかし、何やら満足したのか向こうは戦意を解いて一人で納得したように頷いていた。
「運動神経、反射神経ともに優秀、VR適性も1.5程度はあるから問題ない。よし、決まりね」
「勝手に納得されても困るのですが」
やられっぱなしで釈然としないと伝えるも、話を聞く気はないようで、そのまま無視して影に潜って消えてしまった。
「……なんだったんでしょう、あのペンギン」
「ひびきぃー、そろそろ寝たいですわー」
おっと、考え事は後回しだ。お嬢様がおねむなので目的だけ果たしてさっさと帰宅する。お嬢様の試し斬りで疲れた様子だった喋る剣もストレージへ仕舞って、僕も眠ることにした。




