61.御挨拶
「まずは説明からかしら。死ぬ間際にティル――うちの旦那の技を真似して魂の欠片をあの子の中に封印したのよ。解除の条件を外の王との敵対意思の感知にしてね。リリィの意思を条件にしたんだけど、契約形態のせいかあなたの敵意で解除されてしまったわ」
「外の王というのは破壊の母のことでしょうか?」
「んー、概ね合ってる、かな? ちょっとどういう理解か聞いてもいいかしら」
ひとまずこの状況はさておいて、重要な情報をもらいうために、先程の昔話を簡潔にまとめて伝えた。
「まあ歴史から紐解く限界ってところかしら。流れはあってるけど結末はこうよ」
いわく、破壊の母は自身の子らを戦いで失い、今度は創造の母の子――人間を次々と灰に染めていたとのこと。それを竜の身に押し込めながらも見かねた創造の母は、気合いで破壊の母が相応しい器とやらに取り憑く前にぶっ飛ばして世界の果ての外へ追いやったという。
そして全ての力を使い果たした創造の母の生まれ変わり――黄昏の黄金竜の亡骸がこの島を形作ったようだ。
長いし煩雑なのでまとめるとこうなる。
運営が創造の母と破壊の母をつくって世界をつくる。その二人が生物を作るために神をつくる。母同士の喧嘩勃発&共倒れ、創造の方が竜の心臓にイン、気合いで破壊の方を世界の外までぶっ飛ばす。力尽きてこの島が出来る。
「それで、今になって破壊の母がどうこうしようとしてる感じというわけですか」
「そうなのよね。リリィと過去の追体験したから聞いてるだろうけど、それを倒すために私が力ための封印されたんだけど、邪魔されたってわけ」
そう、そこが僕とお嬢様のすべてのはじまりだ。
「口ぶりからしてお嬢様の中から見ていたのだと思いますが、あの大天使以外に奥様を起こした人、いませんでした?」
「居た、と思うんだけどあやふやで……封印解除直後だからというよりは、干渉された感じだったけどね。隠者だっけ? 目星はつけているのでしょう?」
「はい。何とかして見つけ出さないといけません。お嬢様が狙われていますから」
「まあ私があなたと話せるのはこれが最後だから、そこら辺は任せるとして――一つだけ、あの子にその時が来たら伝えておいてくれるかしら?」
まっすぐと、お嬢様そっくりの整った表情を崩すことなく指をビシッと立てた。
「あの子が更なる力を欲した時に、こう言ってあげて。“一人であの大陸の中心に来るように”って」
「……伝言、確かに承りました」
一瞬、一人で行かれるなんて危険だと思ったが、その他あらゆる要因を僕が排除すればいいだけのことだ。お嬢様の行動を縛るのではなく、影で万難を排するのがメイドというものなのだから。
願うならこの場にお嬢様が居られたら良かったのだが、奥様はお嬢様の中に居るから無理なのだろうか。
…………待てよ?
つまり今僕は意識だけとはいえお嬢様の中に無礼ながら入ってしまっているということか!
土足は絶対ダメなので慌てて靴を脱ぐ。
「急に靴なんて脱いで何なの……そういえば文句も言おうと思ってたんだったわ。あなた、だいぶ変人じゃない」
「そうでしょうか? ごく一般的なメイドと自負していますが」
「ナイナイ。まあこのまま良くも悪くも影響受けながら育っても、私の子だから間違いなく可愛いからいいけどね」
「何を今更。お嬢様の魅力が時空を超えて、この世のあらゆる正の比喩の代名詞となるのは世界共通の不変の原則です」
お嬢様の素晴らしさ談義に話を咲かせたいところだったが、どうやら刻限が来たようで、景色がバラバラに崩れていく。
ガラス細工が砕け散る瞬間のように美しく、ゆっくりと、それでいて苛烈にこの夢のような一時は終わってしまう。
最後に、あの時言えなかった返事をちゃんと返すにした。
「――奥様、リリィお嬢様のことはこの不肖私めが責任を持って育てさせていただきます。どうかご安心を」
そう言ってしっかりとお辞儀をした。
「! そう……、そうね。きっとあなたなら、あの子を誰よりも上手く、自由に導いてくれるわね」
お辞儀で顔を伏せているため彼女の表情は見えないが、言葉尻が段々震え、ポツポツと崩れゆく足場に数滴の涙がこぼれていることは分かった。
そのまま僕は目を伏せたまま、母親として傍にいられなかった彼女の無念を抱え、夢の世界から飛び去ったのだった。
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「――き、ヒビキ? あ、起きましたわ」
「お嬢様!」
どうやら眠っていた扱いらしく、お嬢様の顔を見るやいなや反射的に抱きしめてしまった。
「ど、どうしましたの? あまえんぼさんですわね?」
「少しだけ、御無礼をお許しくださいませ……」
「え、ええ。全然大丈夫ですわよ? よしよし……」
ソヴァーレさんの無念を目の当たりにたことで、今は実感していないであろう親のいないお嬢様の寂しさの存在にも気付いてしまったのだ。
絶対にお嬢様のために全てを尽くす。
そう改めて心に決めた。
例え隠者だろうが破壊の母だろうが、お嬢様の覇道の邪魔になるのなら命をかけて排除する。
「申し訳ございませんでした。もう大丈夫です」
「そ、そうですの? つらかったらいつでも大丈夫ですわよ?」
「お心遣い恐れ入ります。ですがもう平気です」
僕はこちらの様子を呆気にとられたように見ていた青年に声をかけた。
「煮干しさん、絶対に灰の王だか破壊の母だか何だかを倒しましょう」
「あ、ああ。やる気になってくれたなら嬉しいよ」
しばらく平穏な時間を過ごし、僕らはようやく都に到着した。




