57.“黄金の羊”
日も沈み村の人たちも寝静まった頃、僕とおやすみになられているお嬢様は村の外で金の羊を探していた。
お嬢様に相応しい寝具が無かったのでずっとおんぶか抱っこをさせてもらっている。金の羊の毛でふかふかのお布団をご用意したいところである。
しばらく夜の森を歩いているが、昼間より明らかに夜行性の太った鳥の数が減っているので村の猟師が間引きしたのがうかがえた。
ふと木々を揺らしながら走り抜けるかのような突風の音が耳に入った。それがこちらに近付いてくると、音の発生源が複数あることに気付く。
「〖瑞蛍〗」
攻撃性のある突進と予測して斬撃に近いそれを回避した。振り返ってみると、人と同じくらいの大きさのカマキリが十……二十匹近く、鎌を月光の色に染め上げていた。
数が多いので【天破砕】は相性が悪い。見た感じ素早さと攻撃力だけで装甲は薄そうだし、早速新装備の出番だろう。
『月光蟷螂(Lv.80)が【旋風特攻】を発動しました』
『月光蟷螂(Lv.80)が【月光斬り】を発動しました』
馬鹿の一つ覚えとはまさにこのこと。
不意打ちの初見でも躱せたのに二度目真正面から対処できないわけがない。
「〖瑞蛍〗からの、そそいのそい」
新しい装備スキル【うぱーる】で、瑠璃色の靄がかった手をつくりだして鎌部分を掴み、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返す。
全てのカマキリから武器をちぎったので両手を広げて【うぱーる】でガッと横からかき集めるような形で本体を一箇所にまとめた。
「どすこい」
トドメの一撃。
またも【うぱーる】でお相撲さんのような張り手を放って強い衝撃と吹き飛ばしによって敵を押し潰した。
試運転としては上々の出来だ。
敵が一体かつ強いのなら【天破砕】とそれを【うぱーる】でサポートする形になる。その場面の練習もしておきたいが――
「〖吹時雨〗ッ!」
森の奥の方で一瞬赤く光る物体を認識したと同時に何かが先程の比じゃない速度で急接近して攻撃してきた。咄嗟に〖吹時雨〗を用いて手の甲で逸らして何とか受け流せた。コンマ一秒でも遅れていたら今頃頭がすぽーんと飛んでいっただろう。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【嵐気流】を発動しました』
攻撃から少ししてアナウンスが聞こえた。
速すぎてアナウンスを置き去りにしているようだ。
こちらが攻撃をいなせたのが意外だったのか、赤いカマキリはこちらをゆっくりと振り返って値踏みするように凝視してきた。
カマキリの片方の鎌には金色の羊毛らしきものが……ん?
暗くて見ずらいが鎌の先についてるものは羊の首に見える。
「…………」
分かったことがある。
こいつはここで倒さないと僕の獲物が狩り尽くされてしまうということだ。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【嵐気流】を発動しました』
「なっ、待ちなさい!」
こちらの考えを知ってか知らずか回れ右して一目散にどこかへ走っていってしまう。
当然逃がす訳にもいかないし、向かった先に黄金の羊がいる可能性も高いので急いで後を追う。
「〖干鴉〗」
初動の踏み込みで跳躍力を上げる〖干鴉〗を発動、その後足を取られても困るので【天蹴】で空中をスイスイと移動していく。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【反月】を発動しました』
唐突に翻って深紅の鎌で攻撃してきた。
高速移動しながら飛ぶ斬撃を放っているので、張り巡らされた罠のようにその場に攻撃が留まっているかのような形になっている。
それらを丁寧に躱していたらいつまで経っても追いつけない。向こうが攻撃で僅かに減速したのを活かして一気に攻めるのが最善手だろう。
「【超強襲】」
――からの【うぱーる】でカマキリの細い首を握る。そのままヤツを横に放り投げると、元々の速度も合わさって木々を倒しながら盛大に横転した。
【超強襲】の効果で元の場所に戻り、即座にヤツが倒れている場所へ向かう。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【麻痺の魔眼】を発動しました』
『【純白】により“麻痺”を弾きました』
『朱月蟷螂(Lv.350)が【朱月降誕】を発動しました』
『朱月蟷螂(Lv.350)が【蟷螂王の本気】を発動しました』
〈ワレラガ、王ヨ……灰カラオマモリスル……!〉
「王でありながら貴方にも仕える主君がいるのですね。――では、害虫駆除としてではなく、メイドとして、お嬢様の名にかけて他所様の王を圧倒してみせましょう」
背中に大きな赤い満月を携え、頭上には黄金の王冠が浮いていた。
こちらもデッキブラシを構える。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【暴嵐】を発動しました』
『朱月蟷螂(Lv.350)が【三日月】を発動しました』
嵐を纏った状態で一閃。
先程より格段に速くなっているが目では追える。斬撃を使うという点であれば、以前戦ったアルフレッドさんの方が速く鋭く反応すらままならなかった。これくらいなら問題は無い。
軽く跳躍して躱し、すれ違いざまに一撃【天破砕】を掠めさせる。当たっていることに変わりはないので、あと九発。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【反月】を発動しました』
振り向きながら、カマキリの王はその両鎌でカウンターを入れにきた。先程の攻撃で速度感は掴めたからこちらも追撃といこう。
「〖吹時雨〗【天破砕】【天破砕】……」
向こうの攻撃速度が速いのでほぼ同時に攻撃が来る。だからこそ〖吹時雨〗一回で事足りる。
向こうの武器と身体が同じだからこそできる一割ダメージと受け流しのコンボでジリジリと追い詰めていく。
一瞬で七割削ったところで向こうも死を感じたのか攻撃の手を止めて大きく後退した。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【満月】を発動しました』
深紅の月が光輝くと同時にカマキリの口から木々を融かすほどの熱光線が放たれた。
「【超強襲】【天破砕】」
攻撃の隙を突いて一撃。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【新月】を発動しました』
追撃を恐れたのか、攻撃を中断してスッと透明になっていく。咄嗟に【うぱーる】で手を伸ばして掴もうとしたがその感触は完全な透明化と同時に消えてしまった。
逃げられたとも思えない。
ここはまだ戦場だ。
不気味なほど静まり返っている森には微かな風すら無い。無音の空間で周囲を警戒しながら変化を待つ。
効果時間切れで【超強襲】の戻り地点に戻る――と同時に真横から挟み込むように赤い斬撃が走った。
「〖干鴉〗〖瑞蛍〗〖吹時雨〗【天破砕】!」
他に方法が残されていなかったので上へ回避からの追撃をカウンターで撃ち落とした。
これであと一発。
『朱月蟷螂(Lv.350)が【逆月】を発動しました』
空中で様子を窺っていると、あろうことか、残り一割まで減った体力が逆に一割しか減っていないのが見えた。恐らく残りHPの割合を逆転させたのだろう。
あれを使われる前に仕留めきる――追撃の手を緩めてはいけないということか。こちらも【修繕】で【天破砕】の残弾を確保歯痛つ第二ラウンドに備えた。




