42.リナさんとのデートwithお嬢様
とりあえずメイドの横にワンピース姿のラフな人が居たらある意味市井に紛れられないので、もとの騎士服に着替えてもらって町を見て回る。こっちのメイド服を譲歩するつもりは微塵もない。
聖王国側の案内人もつけようかと言われたが、念の為お断りした。
「ん、あっちにチョコバナナが!」
「はあ」
しかし、リナさんの怒涛の食べ歩きのせいでなかなか進行速度が遅い。新たな聖王の式典が明日ということで街中はお祭り騒ぎだが、それ以上に屋台のせいで進めないのだ。
「美味しっ、ヒビキ君もどう?」
「結構です。それより早く――」
「……変だなぁ」
「リナさん?」
チョコバナナを食べ終わったところで足を止めて周囲を見渡すリナさん。
何も不審な点は僕的には見当たらなかったが何かあったのだろうか。
「――治安が良すぎるよ。こんなに人が密集しているのに、スリの1人も居ないのって変じゃない?」
「確かに、敬虔な信徒しか居ないといってもそこまでかと言われれば疑問ですね」
彼女は俯瞰の視点を見れるスキルがあるからそれでずっとこの人混みを観察していたのだろう。
意外と計算高い。
「食べ歩きのついでに小銭でも落ちてないか探してたり、スリから奪い返して少しくらい貰えないか警戒して損したよ! ふんす!」
「……そうですか」
本当に公務員かと疑いたくなるくらいの小悪党っぷりだ。損したのは少し見直した僕の方だよ。
真面目なのは訓練に対してのみらしい。
「確認したいことがありますので少し待ってくれます?」
「じゃあ焼きそばおごりで!」
「チッ……」
「今舌打ちしたよね!?」
「投げキッスです。お嬢様が人混みに疲れないように」
「よく分からない上に絶対嘘だ!」
とりあえず焼きそば代だけ渡して、カナタさんに電話をかけた。
『はいはいこちら牢屋ソムリエのカナタですぅ』
「どうも、ヒビキです。少しお聞きしたいことがあるのですが今お時間よろしいですか?」
『んー、オリぽんが地下牢に迷い込んじゃって一緒に脱獄中だけどいいよ!』
状況が気になりすぎるが触れると面倒くさそうなのは明らかだから一旦置いておこう。
「カナタさんが居た留置所とそこの地下牢って他に誰か捕まっている方は居ましたか?」
『居たよ? 不法入国で捕まったおじいさんとか、何かマジヤバなお薬作って処刑待ちの変な人とか』
「他には?」
『その2人だけだったよ』
「そうですか。分かりました、ありがとうございます。脱獄、楽しんでください」
『はーい。ばいばーい』
……外部の人間と極刑の人だけか。
やはり犯罪率が低すぎる。いい事ではあるが、流石に不自然だ。
しかし、街中の人と接している感じ洗脳とかで正常な判断ができないというわけでもなさそうだし、謎は深まるばかりである。自然な形で洗脳できるのだろうか。
「ん! ふぁっひほほーひふぇ……」
「飲み込んでから喋ってください」
たこ焼きを頬張ってはふはふしながら何かを言い出したリナさん。慌てて飲み込んで舌を犬みたいに出して冷ましてから発見したことを教えてくれた。
「あっちの通りで人がかたまって大移動してる!」
「ほう、行ってみましょうか」
使い手のアホっぷりは置いておいて本当に優秀なスキルだ。僕もあったら便利だとは思うが、現状条件を満たしていないからかSKPによる取得はできそうにない。
「礼拝堂ですかね?」
「うーん、礼拝にしても一部の人達だけしか来ていないのってなんでだろう?」
とりあえず人混みに紛れてついていくことに。
念の為周囲の動きに合わせるように伝えて様子を窺う。まるで訓練された兵士のように整然と礼拝堂に入る群衆の中、少し待つと誰かが鈴を鳴らしながら、前方から入ってきた。
神秘的なベールに秘されているが、シルエットからして若い女性だろう。
彼女は壇上で鈴を響かせた。
「――【聖鈴命題】」
『【純白】により【聖鈴命題を弾きました』
良い効果か害をなす効果かは不明だが、何かをされたようだ。しかし、横目でリナさんを見てみるも特に変化は無さそうだ。
そのまま宗教的な儀式を執り行うことなく建物を出ていく流れに従って僕らも退出した。
何かをされた前後でも町の人達に一見変化は無さそうなのを確認しつつ少し離れた人通りの少ない場所で状態を確かめることにした。
「体調やステータス上に影響はありませんでしたか?」
「ああうん。私、よく分からないけど広範囲にわたる攻撃とか支援が効かないから」
「……オリジナルスキルということですか?」
「たぶん? どういう訳か非表示になってるんだ。魔人族だからかな?」
先程されたことを分析するために無効化した僕とお嬢様に対してリナさんで対照的に比較したかったのだが、本人もよく分からないまま無効化したらしい。
「まあ、リナさんのよく分からない体質はさておき、先程の鈴についてですよ。目に見える効果こそありませんでしたが、この現状を生み出している可能性が非常に高いです」
高い可能性としては洗脳の更新、低い可能性としては何者かに施された洗脳を少しずつ解除している――このどちらかだと思う。
状況からしか推察できないのはやはり痛い。もう少し判断材料が欲しいものである。
「んー……分かんない! とりあえず遊び尽くそう!」
「うわ、諦めましたね」
しかし実際問題これ以上の盤面把握には、それこそもっとこの国の根幹に近付く必要があるのも確かだ。向こうがこちらに何かを仕掛けてくる以上、落ち着いて待ち構えてもいいかもしれない。
転移ポータルもあるのでシエラさんの支援も見込めるから、あまり警戒しすぎても僕はともかく騎士が本業のリナさんは保たない。
――そう考えると明日に備えての休養も大事だ。
「仕方ありませんね。では、あちらにある聖王国資料館にでも――」
「見て見てヒビキ君! ぴざ? だって!」
花より団子とはまさにこのこと。
仕方なくピザ屋さんへ向かった。そしてそれからハンバーガー屋さん、ホットドッグ屋さん、サンドイッチ屋さん等々、とにかくパン系のお店に次々と連れていかれた。
そして日も暮れた頃、ようやく解散することに。
「じゃあ先に帰るから、また明日!」
「…………はい。また明日」
パン屋さんで購入した大量のパンを持って彼女はホテルに戻っていった。
あれもこれも全て無一文なリナさんの代わりに僕が払ったのだが……また王国に補填してもらうとしよう。
なぜか振り回されてどっと疲れたので町中のベンチで腰を下ろす。お嬢様も途中まで美味しそうな匂いで起きてきたのだが、途中でリナさんの胃袋についてこれず、今もお休みになられている。
とりあえず買ったお茶を飲んでいると電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。こちら、ヒビキでございます」
『んー、知ってる知ってる。シオレだよ』
「どうかしました?」
『さっき聖玉の人に占ってもらったから明日の式には間に合うと思うんだー』
「見つかったのですね」
『んー、そうと言われればそうだけど違うと言えば違うかも? 何か亜人連合のとこにあるみたいだけどねー』
偶然かもしれないが、また亜人連合の話題が出るか。リナさんの件もあるし、これは行くことになりそうだ。
『ただ、今って亜人連合のポータル封鎖されてるみたいだから直接行くしかなくてさー。とりあえず今は色々手を回してるところかなー』
「だから明日合流なのですね。了解しました」
『いいねぇ。話が早い子は――』
要件は済んだ上、話が長くなりそうなのでぶつ切りした。
さて、明日はどうなるものか。全く相手の動きが読めないのが難点だが、少しワクワクもする。
――お嬢様に危害が加わらない限りは真正面から退けるとしよう。




