28.両方の意味でお祭り騒ぎ
「にっひひー! どう? 言ったでしょー、押しかけるって」
「すっかり忘れてた……」
そういえばそんなこと言ってた気がする。ハルとの喧嘩で完全にすっぽ抜けていたけれども。
なるほど、彼女はあの秋北家の次期当主さんだったか。
手腕がすごいと高校のときに新聞で読んだ記憶がある。確かどこかの中小企業を世界的大企業にしたとか、最新のARだとかVRだとかの機械の生産額が世界一の会社を経営しているとか、なんかすごい人だったはず。
「そーいうわけで、お姉さんと遊ぼうやー」
「いやいや、明日パーティーがあるから無理ですよ」
「えーつれないなぁ」
ガッシリこちらに回した腕は一向に外してくれないまま頬をツンツンとつつかれる。
抵抗はしているのだが、この人見た目は華奢なのに力が強い。
「未婚の女性が人様の婚約者にベタベタするのは秋北家の教育を疑うわね。今すぐ離れなさい栞」
「お、言うようになったねー? 歳上なんだからもう少し敬って欲しいな」
「敬う要素が皆無だから無理な話ね。さっさと失せないと――」
「失せないと、どうするの? 広南家の次期当主様は客人にどんなおもてなしをしてくれるのかなー?」
「ちっ……」
「やーこわいこわい。響君たすけ……ふが」
何だかめんどくさくなったのでとりあえず調子に乗って伸びてそうな鼻をつまんでやった。
「……ぶぁなじでぐれない?」
「そちらが離したら離しますよ」
「ぶー」
ようやく観念して離してくれたのでさっと麗音さんの横に逃げる。麗音さんとは違うベクトルで何を考えているか分からない人だ。
タレ目な目の奥からは底知れない闇を感じる。
「こんなことされたのは生まれて初めてだよー。キミじゃなかったら人生詰ませてたんだから」
さらっとおっかないことを言う。まあ確かにその気になれば普通に就職する人間だったら彼女の一言でどこにも雇って貰えないなんてことも可能だろう。それこそ他の四方家でも、彼女に目の敵にされるような人間を雇おうとは思わないだろう。
婿入りでそんな社会とはおさらばする僕じゃなければそういうこともできたという脅しだ。
「キミはやっぱり面白いねー。昔と変わってない」
「昔……ああ、秋北家の一人娘さんの誕生日パーティーでしたっけ。確か10歳くらいでやってそれっきり開いていないとか」
「そーそー。面倒だからあれで最後にしてもらったの。あの時、ウチを全く見ていない人間はキミだけだったからねー。キミのご両親はペコペコ頭下げてキミもそれに倣ってたけど……興味皆無っぽかったから逆に気になったんだよねー」
ああ、そんなこともあったっけ。
僕って昔からメイドさんにしか興味無かったし小さい頃はそれを隠すのも下手だったから、秋北家のメイドをじっと観察でもしていたのだろう。
「ねえ、人様の婚約者を口説かないでもらえる? ……そもそも、なんで静璃はこいつを連れてきたのかしら」
「えっと……お義兄様の誕生日を祝うから連れってーと言われまして……」
「わー、妹を責めるなんて意地悪なお姉ちゃんだなぁ。しずちゃんかわいそー」
静璃さんをダシに更に煽っているが、僕の時然り、栞さんは人の地雷を踏み抜くのが上手いようだ。
「――姉様は意地悪ですけどそこもまた最高ですが!!」
「やば、最近地雷踏む確率高くなってるかもなー」
「…………そう。栞のせいなのね。静璃は彼を部屋へ案内してちょうだい。この尻軽クソ女には私の方で話をつけておくから」
「ひどーい! ウチは処女なのに!」
「そんなの私もよ!」
何この流れ。
この二人はおそらく相手がいないとかいうよりシンプルにそんな時間が無いのだろうけど男の前で言うことでは無いでしょうに。
放っておこうと静璃さんを連れてお屋敷へ入る。
どうやら僕の部屋が用意されているようなのでそこまで案内してもらうことに。
「……あの、“しょじょ”って何なのでしょう?」
「う、うーん……」
教育関連事業に強い広南家さーん?
おたくの高2の娘さんは保健体育を受けておられないのでしょうか!?
僕が説明するのは何だか気が引けるので適当に誤魔化すしかない。
「しょ……少女! そう、私はクソとは程遠い優しい少女よって言ってたんだよ!」
「そういう流れだったのですね。聞き間違いとはお恥ずかしい」
よし!
何とかなった!
「ここがお義兄様のお部屋です。また夕食どきに使用人が呼びに来るのでそれまでは自由にしてもらっていいと姉様から聞いています。何か必要な物があったら外にいる使用人に声をかけてくれれば用意するとも聞いています」
「そっか。ありがと。じゃあまた夕食で」
「はい。失礼します」
丁寧で物腰柔らかな子だ。
さて、夕食どきまでやることもないし暇つぶしがてら――
「抜け出そっと」
どこかの破天荒な親友に毒された自覚はあるが、折角なので観光しに行くことにした。
ここは3階なのだが、窓の外に身を乗り出すと横に屋根から雨水を下に流す管があったので、それをつたって下に降りる。位置的には玄関から反対側にあるのでこのままそこら中にいる使用人の人達にバレないように塀を抜け出すだけ。
現行犯で発見されなければまたお転婆婿の奇行か程度で終わるだろう。監視カメラもあるし発見されるのは免れないからね。迅速に逃げるだけ。
一応部屋に夕食までには戻る旨の手紙を書いてあるから心配されることもないだろう。
そのまま脱走し、とりあえず富士山の方へと歩いていく。人通りも都会ほど多くはなく、特にこれといった障害もなく進めている。
そのまま自然豊かな方へ向かって歩いていく。……帰巣本能ではないはず。
そんな馬鹿なことを考えていると、向かいから一台のバイクが通り――こちらを一瞥して速度を落としてUターンしてきた。
……今日は厄日かなにかだろうか。
彼女は僕の知り合いというには深い、いや直接的に表現すると憧れていた人物だ。
――メイドの、ではない。
彼女は僕にとって理想でしかないお嬢様なのだ。
誰よりも力強い目をして、鮮烈な輝きを放っているのである。
ヘルメットを外して綺麗に染めた金髪が顕になっておて、妙に成金趣味なサングラスをかけた女性。
彼女は僕の従姉で本家の次期当主、明東理隠。元許嫁である。
「どこかで見たサイコパス顔だと思ったら響じゃないか」
「……人をサイコパス呼ばわりしないで欲しいんだけど?」
「ハッ! 私は忘れんぞ。お前ガキの頃に私の描いた絵をビリビリに破ってたじゃないか」
「それはそっちがメイドを拷問する絵を描いてたからでしょ。それにその後殴り合いの喧嘩を仕掛けてきたのもそっちだし……」
僕は幼稚園児、たぶん4、5歳くらいだったはずだ。
割とエピソード記憶には強い方なので僕も覚えている。当時小学生の彼女と本気の殴り合いをしたのは良い……いや、悪い思い出だ。
サイコパスという言葉は僕より彼女の方が似合うだろう。
「まあなんでもいい。ついさっきツレのメイドが乗り物酔いして降りたんだ。乗ってくか?」
「どこに行くつもりなのさ?」
「神奈川で花火大会があるからそこのVIP席に顔を出しにだ。ほれ、ヘルメット被れ」
「いや、僕麗音さんのところで明日誕生日パーティーをひっそりとやる予定があるから」
「なるほど、だが今ここにいるということは悪さしてるだろう? 嘘や裏切りなんて一度も二度も変わらん。乗れ」
「いやいや」
この人は強引すぎるきらいがある。
というかわがままで傍若無人かつ暴君気質なのだ。
栞さんが腹黒い悪だとしたらこの人は真正面から特攻してくるタイプの悪だ。
「乗れ。轢かれたいのか」
「どういう脅しだよまったく。そんなだから結婚できないんだよ。今何人を病院送りにしたのさ」
主に胃と精神の病院へ。
「100を超えてから数えてないに決まってるだろうが。軟弱者なぞハナから興味の欠片も無い。まともに会話もせず勝手に重圧と私のフォローに押しつぶされる有象無象ばかりだ。日本は終わりだな」
「終わりなのは理隠さんの結婚人生だよ」
これでも経営の手腕はすざまじく、末っ子なのに他の兄弟姉妹を押しのけて次期当主に認められているのだから意味がわからない。
あの四方家の婚約者になれるなら皆こぞって手を上げるだろうが、彼女はその全ての手を一度取ってから――あの破天荒さで腕を引きちぎる感じで振り回したのだろう。
3回目の婚約発表から地方誌にも載らなくなってるくらいなのだ。
「その点お前は私がいきなり宇宙に連れて行っても生きていけそうな気がするよ。宇宙服無しで」
「お生憎様人間をやめた記憶はないよ」
「というわけでさっさと乗れ。縄に結ばれて引きずり回されたくなかったらな」
「……わかったよ、めちゃくちゃだなぁ」
僕はため息をつきながらヘルメットを受け取る。
夕方までに戻ってこれるといいな。無理だろうけど。こんなときに携帯があれば報告の一つくらい入れられたのだが、不幸なことに麗音さんのカバンの中だ。
「しっかり掴まってな! 飛ばすよ!!」
「飛ばすな。法定速度を守りなさい」
とりあえずしっかりと掴まってボーっと景色を眺める。流石にこの風の中ではお互いの声も聞こえないだろうからね。
今日は散々な1日だった。
朝から麗音さんが来るし、ゲーム内ではものすごく強い騎士と戦ったし、ハルと喧嘩したし、栞さんも居るし、あんなところで手綱なんてものは装備されていない暴走馬の従姉と出くわすし。
「――でも、昨日より前へ進めてる気がして楽しいかも」
きっかけはゲームか。
そうでなければどうせ家でゴロゴロしているだけだった。ハルと喧嘩することもなく、シオレさんとも出会わなければ栞さんが来ることもなく、気分転換に脱走せずこの人にも出くわさなかったろう。
これが映画だったらエンドロールが流れていたかもしれない。
しかし、もう人混みが見えてきた。到着したのだろう。別に残念でもないが、追手がいるから駆け落ちエンドにはならない。
バイクをどこからか出てきた使用人さんに預けてお目当てのVIP席へ、僕の手を引きながら無言で小走りし始めた。
VIP席に顔パスで入ると、それまで楽しそうに談笑していた大人達は一斉に静まり返りヘコヘコと理隠さんに媚びを売り始めた。
「よし、日も沈んできたしゆったり鑑賞といこうか」
「その前に一悶着ありそうだけどね」
そう言うやいなや、いつもと何ら変わらない冷たい表情の麗音さんがこちらに歩いてきた。傍らには彼女の妹の静璃さんとじゃじゃ馬根性丸出しな栞さんが。
「今日は泥棒猫だらけね? 猫の発情期でも来ているのかしら」
麗音さんもメンツを保つために譲れないのだろう。脱走したことは謝らないが、変人に連れ去られたのは申し訳ないと思っている。
「なんだいきなり――ああ、お前がこいつの婚約者か。なるほど、こんな女ならいっそ私が奪ってやった方が響も幸せかもしれん」
「何言ってるのさ。今更鞍替えなんてしないって」
「ほら、帰るわよ」
ドタバタの最中、花火が上がった。
無理やり僕を連れ帰ろうとする麗音さんを引き止める。
「ねえ麗音さん」
「……何かしら? わがままわんぱくお婿さん?」
「追加のわがままなんだけど折角お祭りに来たんだし遊んでいかない? 仕事漬けだったでしょ」
「…………」
なぜか無言でこちらを睨んできている。
僕的にはリフレッシュがてら、この場にいる皆が家同士の隔たりを忘れて親交を深める良い機会なのではと思ったのだが嫌だったのだろうか。
「なになにクール(笑)な麗音ちゃん、優しい婿に感極まってるのかなー?」
「そんな訳ないでしょう。……でもそうね、外面的にもアピールはした方がいいし2人で屋台めぐりくらいなら――」
「響は屋台と花火を楽しみたいんだな! よし、それなら早速行くぞ! 欲しいものは全部奢ってやる!」
「ちょ、全員で! 全員で行こうって言ってるんだって! 静璃さん! はわはわしてないで助けて!」
「は、はい!」
強引に引っ張られる僕の空いた手を掴み、引っ張ってくれた。
いや、そうじゃない。唯我独尊女を諭してほしいだけで両側から引っ張られたいわけでは……痛いって!
「まずはかき氷だ!」
「うぬぬ……」
「痛い! 痛いから放して!」
「あ、すみません!」
「よし、響は私がもらった!」
この身勝手の化身さんめ。
「……まったく、デートなんだから部外者は帰りなさいよ」
「まーまー、たまには全員で楽しむのもいいんじゃなーい?」
言い方には棘があるが、栞さんの言う通りだ。人の話を聞かない従姉に引きずり回される僕と、それについてくる3人という形でお祭りを楽しむことになった。
かき氷をはじめに、色んな屋台ご飯や射的、くじ引きなど童心にかえって遊んだ。
しかし、四方家の次期当主の集まりとしてもあと一人の香西家の人も居た方がより親睦が深まったかもしれない。
そういえば香西家には関わったことないな。どんな人なのだろうか。また今度麗音さんに聞いてみようっと。
名前だけは知ってるんだけどね。
確か、香西知奈さんだったはず。噂ですら聞かないがどんな人なのだろう?