夕焼けと誓い
この作品は家紋 武範様主催企画「夕焼け企画」参加作品となっています。
夕焼けの下
泣く声が聞こえた気がした
私の大事な大事な吾子の声
家の周りを見てみたが、姿が見えない
私の顔から血の気が引いた
大事な大事なあの方の忘れ形見
今日は山の麓近くまで遊びに行くと言っていた
此の山の神々に日々祈りを捧げて、恩返しに吾子を護ると約束してくれた天狗がお供の筈
何かあったのだろうか
私はおろおろと釜戸の前を行き来する
「奥方様」
表から声がし、何かが羽ばたき舞い降りる音がした
そして泣く声も
私は草履を蹴飛ばす勢いで外に出た
大きな天狗に抱かれた吾子が赤い目で涙を流していた
「嗚呼、吾子! 一体……」
それ以上は言葉にならず私は愛しい吾子を抱きしめる
吾子は私の腕の中でさらに泣き声をあげる
「奥方様、我が君は寂しくて恋しがっております。あの御方を」
天狗の言葉に私はハッとして、吾子を見た
「父さまに会いたい! 会いたいよぉ!」
そう吾子は叫んで私の胸に顔を押し当てて涙を流す
私の脳裏には、あの人の笑顔がはっきりと浮かんでいた
最後の最後まで思いを通し生きたあの人
夕焼けをふと見る
真っ赤な夕焼けはまだ完璧には姿を消してなかった
私は泣きじゃくる吾子の手を強く握る
「母上……?」
「お父様はいつも見てらっしゃいます。あなたを」
私は吾子を立たせると、夕陽を指差した
「お父様はいつも彼処にいらっしゃいます。いつもあなたを空から見ているのです」
吾子の涙ぐんだ目に、夕焼けがきらりと輝いていた
「父様、お天道さまなの?」
私は力強く頷く
吾子は天狗の顔も見た
天狗も頷く
吾子は突如夕焼けの方向に走り出す
そして
「父様ー、お母様はわたしが守りますー! 決して決して約束は違えませぬー!」
大声で叫んだ吾子の後ろ姿は
もう立派なものだった
あの人の姿が重なる
私の頬を涙が伝う
「心はもう立派な大人ですじゃ」
天狗も貰い泣きしてそう呟いた
今日の夕焼けは
ゆっくりゆっくりと沈む
そんな三人をいつまでもあたたかな光で包んでいた
書き始めたら、歴史調の物語になっていました。
もしかしたら、あの続きでは?
と思われた方。
正解の様で、そうでない様な……。
ここは曖昧にしておくのがわたしの中で正解だと思いました。
お読みくださり、本当にありがとうございました。