2.シンボルウッドの汎用性は高い
「となるとまずどこに向かうかだなあ」
【広域調査特権】をもつ天才学者、ツラも良いしおまけにユーモアに富んでいる、とは言え、申請無しでの調査が認められているわけではない。
フィールドワークは現地の生態研究を進めるうえで非常に有効だが、時に生態系を崩す可能性をはらんでいる。我々生物学者は常にこの危うさと隣り合わせだという自覚を忘れてはならない。
研究者のみならず、一般的な冒険者パーティにも言えることだが、「ギルド」への申請は通しておいた方がいい場合が多い。
各種手続きが易化したり、手厚いサポートが受けられたりする。
もちろん、個人で冒険者活動をしている人間もいるが、生半可な能力ではやっていけない。
チャコのこともあるし、ギルドのある街に行くとしよう。
ここをずっと北上すれば石造都市【ぺブル】がある。そこを目指す。
一日歩けば到着する距離だ。
チャコがのせてくれれば早いが、道中の生態系への興味が勝った。
先にオチから話しておくと、この日俺がぺブルに着くことはなかった。
気分が高揚し寄り道をしまくったバカ学者の責任である。
まあ、もっとも、ぺブルに着かなかった最大の理由はほかにあるのだが。
***
「おいチャコ、見てみろよあれ!ドログモの巣だ!」
「あの辺は日当たりが良いからシンボルウッドの群生地っぽいぞ!」
「カタナシの実も成ってる!」
「清流なのにパルフロッグがいるのか。この川は微量な魔力が流れて……」
特権を行使して、生態系の調査は幾度となく行ったが、何度でも感動できる。
自然にはそういう力が溢れている。
すげーよなあチャコ、と同意を求め振り返るがチャコはげんなりしてそうだった。
この10数年間、誰よりも俺の話を聞いてくれたのはチャコだった。
ワイバーンは高度な知能があるし、もしかしたら「全部知ってるよ」とでも思っているのかもしれない。
それに、【広域調査特権】なんて大それた権力を持っていようとも学業が免除されるわけではないし、研究の時間が膨大にあったわけではなかった。
……ちょっとくらい融通してくれてもよかったのにね。
学生の本分である「学業」と、自らの興味関心の延長である「研究」はどうやら並列だったらしい。
冒険者として自立して自由に旅ができるこの状況下に心踊らないはずがない。
***
真上に上った太陽はだんだんとその高度を落とし、影の輪郭を長くし始めていた。
あと数時間もすれば日が落ちるだろう。
俺とチャコは少し足を速めて進んでいた。
その時だった。
道端で女の子が仁王立ちして俺たちの行く手を阻んだ。
【だいなのせいぶつじてん】#2
ドログモ:温帯な気候を好む地表棲の小型の蜘蛛。湿った泥に潜むバクテリアや微生物を食らうが、泥を食べているように見えるためこの名がついた。
シンボルウッド:世界中に広く生息している汎用性の高い樹。耐久性の高さから建築材に用いられてきた。




