0.プロローグ
「ねえ!チャコ、見て!」
自室のドアを勢いよく開けた少年は勢いそのまま「チャコ」の横に滑り込む。
ぶ厚そうな本を床に広げて、大切そうに1ページずつめくっていく。
「あの山を越えた先にもずうっと陸が繋がってて、見たこともない景色が広がってるんだって!」
ビー玉のように目を輝かせて少年は語り始めた。
チャコは大きな黒い瞳をきょろりと動かし、少年を見上げた。
眠たげな目じりが、先ほどまでうたたねをしていたことを物語っていた。
安眠を妨げられたことを少し憂いているようにも見えるが、奔放で溌溂な少年の言動には慣れっこなようだ。
「陸は繋がってて、海も広がってるんだよチャコ!」
チャコは大きな頭をぶるんと振って、背中のほうから天井に向かってぐうっと伸びをした。
まだ小さな二つの角が西日に照らされてきらりと光る。
「チャコと出会ったあの山をまっすぐ南に向かって超えたら別の町があるんだ!」
身振り手振りで一生懸命に感動を共有しようとするが、少年の言葉の引き出しではすべてを表現するのは難しかった。
「それで、世界は丸くて、どこまで行っても行き止まりがないんだって!この街の外の世界は、珍しいものがたくさんなんだって!」
少年は大きく手を広げて笑った。
彼の熱量に押されるでもなく、小さく背中を丸めてまた眠りに入ろうとしていた。
「ねー!チャコ聞いてる!?」
少年に名前を呼ばれ、チャコは鬱陶しげに片目を開けた。瞳に映る少年の頬は上気していた。
丸まっていた体を起こし、体長の倍はあろうかという純白の翼を上下に二度振る。
光の当たり方によっては虹色に光っているようにも見える。
「鱗の欠片だけで金貨500枚の値段が付く魚がいるんだって!歩くだけで地面を割るおっきなアリがいるんだって!なんとかって山の一番上にしか生息しない蛇がいるんだって!ふわふわもこもこのドラゴンがいるんだって!」
チャコが話を聞いていようがいまいがお構いなしに少年は語り続ける。
少年の口から出る単語は、荒唐無稽でにわかに信じがたい夢物語のようだった。
曖昧で舌足らずな少年の話し方も相まって、余計にそう感じさせた。
「……って、チャコはこの街の外から来てるんだし、もしかしたら見たことあるかもしれないね。でもどの本を読んでもチャコみたいなドラゴンは載ってないんだよなあ……」
チャコは少年がもっとずっと小さいときに街の外れの森で拾われた。
瘦せ細り、泥土に塗れた状態で震えていたチャコを少年は抱きかかえ、家へと連れ帰った。
少年の両親も快くチャコを迎え、それ以来少年のペットとしてこの家で自由に暮らしている。
少年も両親も小型のトカゲだと思っていたらしい。
「このあたりに生息してるドラゴンだとすれば、小竜だと思うんだけど、おっきくなりすぎてるし、翼もこんなにとげとげしてないし……」
チャコは何となく居たたまれなくなり体を縮こまらせた。
「ああ、ごめんチャコ。とげとげしてて格好いいし、体の色だってキラキラしててとっても綺麗だよ。僕の自慢の友達だ」
チャコは大きく翼を広げて見せた。
それを見て少年も嬉しくなる。
「だからね、チャコ」
青みがかった澄んだ瞳で少年はチャコを見つめる。
「僕はこの街を出て、いろんな生き物に会ってみたいんだ!この世界で一番この世界の生き物に詳しくなって、みんなが見たことない生き物をみんなに教えてあげたい!もちろんチャコと一緒にね」
7つにも満たない少年は大きな野望を小さな体で語った。
これは剣と魔法が日の目を浴びる世界に生まれた一人の少年が、数多の未知と出会い、繋がり、知っていく物語。
一人と一匹が、西日刺す小さな部屋で吐き出した秘かな野望を叶える物語だ。
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