第61話 死体の解剖
死んだ奴隷を解剖するという。しかも毒に侵されている。何故、自分がそんな事をしなければならないとは思ったが、上からの命令なので仕方ない。
そう思うながら、手袋をはめ、診察台に横たわっている死体を見る。皮膚は変色しており、正直触りたくない見た目だ。自分の解剖を補助するはずの助手が、離れた位置で吐いている。
「おい、始めるぞ。」と、助手を呼びかける。気持ちは分かるが、我慢してくれ。俺まで、嘔吐しそうだ。
ナイフを皮膚に当てようとした瞬間、皮膚が動いた。
「うおっ・・・」
「何ですか?・・・もう、これ以上は勘弁して下さいよ。」
何かが身体の中で蠢いている。いや、これは・・・
思わず、ナイフを置く。
「どうしたんですか?早く終わらせましょうよ。」
「待て、死体の中、多分、取付き蛾の幼虫が寄生している。」
「取付き蛾って?」
助手に取付き蛾の生態を説明した。
取付き蛾。他生物の体内に孵化直前の卵を産み付け、寄生した生物の血肉を餌にする害虫。宿主の体内で産まれた幼虫は、口から酸を吐き、肉を溶かしながら食べる。その幼虫は成長をすると、皮膚から飛び出していく。なお、宿主となる生物の生死は、関係ないらしいが、死体に取りつく事が多い様だ。
体内はグチャグチャになっていると思われ、とてもではないが、ナイフを入れたくない。助手は話しを聞いただけでまた吐いた。だから、それ止めろって。フォージ=ナインズ様からの命令なので、解剖から、逃げられないんだぞ。
意を決してナイフを入れると、ドロッとした液体と幼虫が出てくる。俺は何も考えない。ただ、無心に解剖を進めていこう。幼虫は床に投げ捨て、助手が踏みつける。
内部は、どの臓器なのかも分からない状態になっており、簡単には事が運ばす、相当な時間が掛かったが、ようやく腑分けは終わった。
気になるのは、身体の臓器が密集していた所から検出された石。不思議な事に、右足内にも、同じ石が入っていた。また、右足に関して、見た目には分からなかったが、骨周りを金属が補強する様に入っていた。この金属に関して、調べようと思うなら、新たに調査が必要だな。それに何だろうな、この違和感。この右足に関して、気になるのだが、分からなかったので、ありのまま報告しよう。吐きはしなくなったが、顔がずっと死んでいる助手を連れ、フォージ=ナインズ様へ報告しに向かった。
自分の前、研究者とその助手が立っている。毒の死体の腑分けが終わったとの報告だった。それにしても、取付き蛾か・・・。報告が遅くなった事を陳謝する二人を労う。
「実際に確認しながら、報告をしてくれ。」
研究員二人、護衛と共に研究室へ向かった。
研究室で報告を受け、話しのあった石、右足を見た。これが、何かは分からないな。
「で、これが何なのか分かるか?」
「・・・」
そうだろうな、更なる調査が必要そうだ。研究者の横で立っていた助手が遠慮しながら、手を挙げた。
「あのー・・・」
研究者が「おいっ」と助手を止めようとしたが、発言を許可する様に促した。
「ありがとうございます。えー、私は普段、日本人の文化・生活等、様々な研究をしておりまして」
周りがザワッとした。
それはそうだ、シュミール国では「下等な奴隷の文化」と言うだけで拒否感があり、奴隷達を研究するシュミール人はまず聞いた事がない。あの車という乗物は便利だと思うのだが、提案したら、上層部にあっさり却下された。その事を思い出した。
「気にするな、続けろ」と言うと、助手は周りの目を見ながら、申し訳なさそうに話しを続けた。
「すみません。奴隷に聞いた話しですが・・・、異世界である日本では骨が折れた時、体内に金属を入れ、骨の補強する時があると聞きました。」
聞いた事がない話しだった。こちらの世界では、骨が折れても魔法で直せるが、魔法のない世界だと、そんな事になるのか。それにしても、金属を体内に埋めるとは・・・。
周りは「金属を体内に入れるなんて」「野蛮な文化だ」等の言葉が聞こえるが、無視をして、話しを続けた。
「それで、お前の見解だが、この右足に入っていた金属は、日本で処置した物だと?」
「いえ・・・それは、更なる研究が必要であり、現時点で分かりません。申し訳ございません。」
「そうか。お前、名は何という?」
「はっ、ローベル=ヴァイスと申します。」
「ヴァイス、お前は、この石と金属について、調べる様に。」
「かしこまりました。」
助手ヴァイスは、頭を下げた。
ヴァイス、この男は使えそうだ。金属と石はこいつに任せよう。次は・・・
研究者の方を向いて話す。
「お前が言っていた、右足の違和感についてだがな。思ったのだが、取付き蛾じゃないのか?」
研究者は、何の事だろうと右足を見ながら、考えている。はっと気づき、
「左足は、取付き蛾が数匹、紛れ込んでいましたが、右足には入って来ていません。」
「そうだ、偶然かも知れんがな。」
「調べてみます。」
「それともう一つ。」
腐乱臭がしている死体を見た。
「この死体なのだが、私が見た時には、妙な匂いがあった。その匂いに関しても追え。」
研究者は頭を下げる。
何も出ないかも知れないが、何かが引っかかる。そんな予感がある。