第40話 オーガ族とシュミール国との戦争が始まる
騒ぎを聞き付けたか、探索に出ていたカイルの部下が少しずつ集まってくる。地面にのたうち回っているゴンズを冷ややかな目で見下ろしながら、カイルは静かな口調で尋ねた。
「で、知っている事は?」
「貴様!オーガに手を出したな!シュミール人ども、オーガ一族でもって殺してやる!」
カイルは、何も言わず、ゴンズの左足も切り落とした。今日も、陛下から頂いた魔剣は良く切れる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、はあっはあっ、殺す!」
よし、次は、右足だな。
振り下ろす寸前、握り拳大の石がすごいスピードで飛んできて、自分の右耳を削ったが、狙いが逸れ、後ろの部下の顔に突き刺さる。石が飛んできた方向を見ると、手に石を持ったオーガが立っていた。その後ろにも、オーガが何十人と立っている。
「ここは危険です、下がってください。」
部下がカイルの傷口を抑えながら、守る様に後ろへ下がる。その間も自分の前にいた部下の身体に石が突き刺さる。カイルは死を覚悟した。くそっ、やばい。
この騒ぎに集まってきたカイルの部下達は、オーガ達に突撃をかける。
「「カイル様を守れ」」
オーガ達は、手に大きなの棒を握り、迎撃体制に入っている。
突発的な闘いが始まった。オーガ族の数は少ないが、大きな体躯、手には体格に見合った武器を握り、シュミール人を叩き潰していた。最強種という事を見せつける様な闘いぶりに、シュミール人達は、後退を始めた。カイルは、戦況を見て、撤退を命じる。
「撤退するぞ!」
一斉に撤退し始めるシュミール軍。オーガ族はそれ以上追ってはこなかった。
「お前は父にこの事を報告急げ。お前は、ガイウスにこの事を伝えろ。」
オーガ族とシュミール国との闘いが始まった。
出城から監視をしていた兵士からリンデンの国境都市コームへ戦闘の報告があり、すぐさま、首都へ対応を仰ぐ旨の連絡を放つ。コームでは、オーガ族を助ける為の準備を行っており、このままリンデン国とシュミール国の戦争に発展すると思われたが、首都からの回答は「静観」の一言だった。
その静観という解答を知った自分は、どうしてリンデン国が開戦に踏み込まないか考えた。
リンデン国が戦争に踏み切れない理由があった。それは、国民の半数以上が元シュミール人という問題だった。元々は、魔道士リンデンが奴隷だったシュミール人達、同行した他種族で建国した事もあり、人口の割合の多くはシュミール人だった。隣国と戦争をし、シュミール人を殺して、日本人を解放しようという戦争を始めた場合の国内情勢を考えた時、迂闊に手が出せない状況だった。
仮に戦争となった場合、シュミール人の何割か隣国に行く、それだけなら、人口は減るが、国内情勢は何とか抑えられるかも知れない。その他にもさらなる問題として、リンデン国に居る数少ない日本人が、シュミール人によって誹謗中傷や差別晒される事が考えられる。それは、リンデン国の理念でもある多種族の共存として成り立っている国としては、到底認める事は出来ない。さらに問題がエスカレートしていけば、シュミール人達によるクーデターも考えられる。そう考えると、迂闊に動けないのが現状である。リンデン国が考えるベストな着地点としては、隣国は内部で戦争を終結させて、上に活動家軍が治まるという形だろう。
でもそうなると、今現在、秘密裡に現シュミール政権を破壊しようと、活動家軍に支援しているが、その事が公になった時点でも、戦争開始となり、同様の問題に直面する。そう考えると、リンデン国は、中々に綱渡りな事をしていると思う。
これは、昨日撮ったメッセージをコーム領主様へ届けに行った時に聞いた話しだが、自分が亡命した後、魔法の披露をした際も、参加者全員があらかじめ契約魔法を結んでいたそうだ。それに、軍施設の医療室は披露した際、誰も入らせない様、建物自体を封鎖していたらしい。さらに、出城で自分の戦いを見た兵士達には、その戦いの記憶だけを消す魔法も使われたそうだ。リンデン国の情報操作は徹底しており、自分も人の目に触れる所では、魔法を使わない様、お達しがあった。義足に関しては、魔道具で言い通せそうだという事で一安心した。
そこまで、自分が魔法を使える事を隠すのは、何かあった場合に情報が漏洩する事への予防策でもあるらしい。そこまで警戒する程に、隣国からの密偵が多いのだろう。




