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義賊団の頭

ストラ、ザスティ、スロボ、セル、ラダックが大陸の東側へと旅に出てから二十日経った。季節はすっかりと秋も暮れて、町の皆は薫製と呼ばれる保存食を作り終えて冬を待ち構えている。


アタシはモネグリアに残って騎士団で訓練を受けている。ジェサ、チャーガ、ミリテとなぜかセリーヌとザナラーシュも一緒に訓練をしていた。


今アタシは剣術訓練で、ウェルチニーから剣の振り方を習っている。

横から薙ごうと、上から振り下ろそうとウェルチニーはヒラリヒラリと避ける。アタシが五回くらい振ると、ウェルチニーが一振りするのだけど、彼が振った剣は全てアタシの体に当たる。


少し離れた所では、ミリテと顎の出た騎士が打ち合いをしていて、あちらからは、剣同士のぶつかり合うカンカンという固い音が響いている。こちらはブォン、ブォン、ブォン、ブォン、ブォン、ドスッという鈍い音しか響かないのに。


「まさか、剣を握った事がないとは」


「だいたいサルジのお友達が攻撃はしてくれてたからね」


『サルジのお友達』と言うと、ウェルチニーは訓練場東側の森へと目を向けた。

あの辺りでは、サルジが動物や魔物の訓練をしている。鳥に対して、飛びながら狙いを定めて糞を落とせとか、無茶を言うにも程があると思う。

けれど、オババ様の立てた作戦の要はサルジとお友達なのだから、多少の無茶もしてもらわなければいけない。


ブォン!


ウェルチニーがアタシから目を逸らしたから、好機だと思って横薙ぎに剣を振ったけど、一歩後ろに飛びのいて避けられた。しかもアタシを見ないままに避けた。


「カラジョさん、火魔法が使えるのなら、剣に火を纏わせて飛ばせば、当たるんじゃないですか?」


「冗談言わないでよ、そんな余裕ないって!」


「なるほど。では並みの相手にならそれくらいの余裕ができるように訓練しましょう。私が攻撃しますから、ちゃんと避けてくださいね」


宣言と同時に、肩へ胴へと剣を打ち込んでくる。慌てて後ろへ跳ぶけどウェルチニーはすぐに間を詰めてくる。


「それは避けるではなくて逃げるといいます。後ろに下がるばかりではやがて逃げ場がなくなりますよ?」


ひとつ避ける度にウェルチニーの打ち込みがどんどん早くなっていく。ウェルチニーはずっとニコニコしながら剣を振っていて気味が悪い。

ふり幅が小さいのにこんなに重たいのはなんでだろう?

ミリテなら見て覚えれるのかもしれないけど、アタシはそんなに賢くないんだよ!そんな早い動き、習得できる気がしない。後ろに移動しながら剣に重さを乗せるなんて、どういう重心移動をしてるんだ?!


「考えてはいけません。慣れるのですよ」


ちなみにアタシの靴は例のストラが作らせた、攻撃用ハイヒールのままだ。踏み込むときの力が入りにくくて、攻撃しにくいのに、ウェルチニーは「慣れた武器を捨ててはいけない」なんて言って、平たい靴に変えさせてくれない。



ザナラとカフェの踊り子だったセリーヌも攻撃用ハイヒールで訓練をしていて、二人がその靴で素早く動いて、しかも踵でトドメを刺したりするから、アタシの文句は聞いてもらえない。

あの二人は扇子を投げたり、身に着けている首巻きで締め上げたり、踊り子として慣れた動きを応用した攻撃を中心に戦う。


ちなみにジェサもハイヒールを履きたがったけど、成長期には履かない方が良いとストラに説得されて諦めた。

そんなジェサは、鎖がジャラジャラと付いた鎧を身につけて、その鎖を鞭やロープの様に振り回すという攻撃を習得した。


ジェサ、ザナラ、セリーヌの訓練は眉が特徴的な騎士さまが担当してくれていて、なんとあの騎士さまは女の人だった。


アタシ達の仲間で、騎士さまと一緒に訓練が出来るのはチャーガだけだった。チャーガは体術と罠の扱いを習得して、そのまま騎士団に所属しないかと何度も誘われている。


シャナ、ジビザ、ターバックは工房を一軒借りて、防具を作ったり、ジェサのチェーン、ザナラの扇なんかを作ったりしている。

防具の革を樹液で加工して硬くしたり、ストラが大騒ぎをして持ってきたゴムを使って関節部分を動かしやすくしたり。

騎士団にも防具は納めていて、なかなかに評判が良い。特にジビザの作る、女性用の防具はデザインの良さが、この国の国民性に合っていて注文を待ってもらってるくらい。


今日はアタシの靴を取りに来た。朱色に染められた革を繋ぎ合わせて作られたアタシの靴はブーツ型になっていた。

つま先を柔らかい革で広めに作って踏み込みやすく、足首周りは少し硬めの革で固定するようにして着地時の安定を向上させた。細い踵は鋭さと滑りにくさを兼ね備えた、魔物の牙で出来ている。

最初に渡された、全体に硬い踵が金属の物とは、見た目も履き心地も全く違うものになった。


「そういえば、お兄ちゃんから手紙きたよ」


「そりゃ、来るだろうよ。それで、なんて?」


靴の試着をしながら、ザナラの話を聞く。

ピッタリに採寸したはずなのに、足首が弛くて、跳んだり走ったりすると少し不安定だ。感想を言うとターバックがクスクスと笑いながら靴を持っていった。

ターバックも笑っているって事は、碌な内容じゃない気がする。


「南東の川に近い地域で、ザスティが新しい野菜と出会って興奮してたらしいよ。ラダックも知らない野菜だったみたいで、その野菜を作ってた村の人を、セルが説得してナーラさんがサークリティに運んだんだって」


「上手くいってるんだね」


ストラはオババ様の指示で旅に出るときに、シャナと離れたくないと盛大にゴネた。それはもう、国王様の表情が崩れるくらいに大騒ぎをした。シャナ自身がストラを説得して、どうにか納得した条件が二日に一度の手紙だ。この手紙を届ける為に、協力してくれる鳥を探したサルジが、会議から出発までの三日間に一番大変な思いをしていたと思う。


「カラジョ冷たーい。もっと何か言ってあげたら?」


固定の具合を調整できるように、靴の足首部分にベルトを付けていたターバックがケラケラと笑う。

だけど、毎回届く手紙の内容が下らなすぎるじゃないか。それに要約すれば、弱い人を精霊魔法の影響を受けない土地に移動させる作戦が上手くいってるって事には違いないじゃないか。

ザスティが野菜に興奮するのも、セルの口が上手いのも、いつも通りだ。きっとシャナが言わなかっただけで、ストラは子供たちとサッカーをしているし、スロボは親の服の中に虫を入れるような悪戯を子供に教えているだろう。あれ?旅に出た中にまともな奴が居ないじゃないか。大丈夫なのか?


「カラジョ魔法の練習していく?」


アタシは魔法の腕もイマイチだったから、大魔法まで使えるシャナに魔法も習っている。シャナの言葉に頷いて、工房の裏の頑丈な小屋に移動した。

ウェルチニーに言われた、剣に火を纏わせて斬撃を飛ばすという攻撃を習得すべく、剣を握りながら魔法を行使しようとするけど、ウンもスンも言わない。アタシの火魔法なんて、所詮は灯と竈の火種にしかならないんだ。


「カラジョは魔法使うとき、難しく考えすぎなんだよ」


アタシの手から剣を取り上げたシャナが、氷魔法を使いながら剣を振って、透明な粒を撒き散らす。キラキラ光っていて見ている分には綺麗だけど、当たるとものすごく痛い、トゲトゲな氷の粒だ。


「どういう事?」


「魔力を集めて、形を変えて、なんてシャナは考えないもん。氷と思ったら氷が出るし、風と思えば風が吹くんだよ?」


シャナ特性の魔法が使いやすい鉱石でできたアタシの剣を返される。


「そんな魔法の使い方してるのは、シャナだけでしょう」


そんなやり取りをした少し後、ウェルチニーの剣を全て避けられるようになって、二回に一回はこちらも剣を打ち込めるようになったら、突然にアタシの剣から火が飛んでいった。


「やはり、考えすぎだったのですよ、体も魔法も慣れて扱えるようになって良かったですね」


アタシには全く何が起きたのか分からなかったけど、ウェルチニーは分かっていた様に言って、満足げに笑っていた。



ストラ達が旅立って五十日が経った頃、竜の姿のオババ様が船を抱えて飛んできた。船の中からは、獣人を含んだ、年齢もまばらな、男の人がゾロゾロと出てきた。


「我らの里も、サークリティの集落も手狭になってきての。戦いに出れそうな者はこっちで一緒に修行するように連れてきた。皆、この子がカラジョ義賊段のカラジョだ。アイツらの行動の元になる義を教えたのはこの子だよ」


オババ様がアタシの事を義賊団の頭だなんて紹介するから、一斉に注目されてちょっと恥ずかしい。一瞬だけ沈黙したあと、皆が勝手に喋りザワザワとしはじめた。中にいくつかアタシに話し掛けている言葉もある。


「カラジョ義賊団のお頭ってのは、こんなに可愛い女の子だったのか?」


「お頭は野菜が好きなんで?果実が好きなんで?」


「ねぇねぇ、サッカーしよう?」


「あんな人達を纏めてんだ。あぁ見えておっかねぇに違いないさ」


ザスティとストラが何をしたのかが、明らかに分かる言葉も聞こえて、仲間と言われるのが恥ずかしくなる。義賊団の名前でおかしな行動はしないでほしい。


数日、一緒に訓練をしているうちに、彼らとも色々話した。彼らは皆、ストラ達に感謝をしているという。


ストラ達は、ポシェタの街と同じような帝国軍人の略奪が当たり前になってしまった町で、彼らの物を取り返した。平等を理由に自由を制限され心が沈みがちな町でサッカーをして皆の心を明るくした。食べれれば十分と言われて収穫量だけを求められていた農村で野菜の質を絶賛し、誇りを持たせた。


「悪から人を救うのが義賊」と、アタシが幼い頃にいつも言っていた言葉を言いながら、アイツらは東側の地域を回っていたらしい。義賊なんて興味ない感じだったくせに。


冬が終わり、春が近付く頃。ストラが大陸の東側を回り終えて戻ってきた。作戦の開始はもうすぐだ。


「カラジョは義賊ってより騎士に見えるようになったな」


「そうかな?ストラは義賊っぽくなったよね?」


「私の指導が良かったからでしょう?」


「他の皆も、とても踊り子や八百屋になんか見えないし、ウェルチニーの指導はよっぽど上手いんですね」


アタシの発言は無視して、ウェルチニーとストラが盛り上がる。確かに、ザナラもキリッとした顔つきになった気もする。


春が来て、どこの国でも花が咲き乱れる頃、作戦決行の時が来た。


「我らは守るだけよ。無駄な殺生は決してするな。大陸が別れた時の協定違反の責を問うには、我らが攻撃をしてはならぬ。家族や大切な者を奪われた人もおろう。復讐に向かう気持ちは分かるがどうか堪えて欲しい。皆、自分の未来のための戦いと心得るのじゃ。己が信ずる者を信じ、自由に行動し、制限なく心のままに人を愛せる土地を、邪神に唆された者から取り戻すのじゃ」


アタシは北東の地域でため池を覗き込んで、水面に映る精霊様の姿を見ている。精霊様は白い花が揺れる棲み家の前に佇んでいて、魔法を使える大勢の人がその周りを取り囲んでいる。


精霊様は水を操る魔法を行使して、泉の水の流れを変える。この魔法は大陸中の水に干渉できるからと、その余力で水に状況を写して大陸中の仲間に伝えてくれている。


「こちら、岩山と砂漠の間のシャナ。予定通り、水が吹き上がりました」


シャナが見ているだろう景色がため池に映る。砂漠の景色に水が噴き上がって、太陽に照らされた水がキラキラと光っている。どんどんと噴き上がった水が砂漠に溜まり、流れ始めた。砂漠に吹き上がった水は河となって北東の海峡を目指し流れていく。


「では、こちらも動きます」


アタシの頭上を飛ぶ鳥からサルジの声が聞こえ、遠くから地鳴りが響いて、魔物部隊が動き出したのが分かった。彼らは南部の密林から、いくつかの町を飲み込みながら北上してくる。魔物部隊に同行しているストラやセルが人々を北へと誘導してくれると信じるしかない。


「さぁ、アタシ達もいこうか」


アタシ達は街道から町へと入っていく。アタシの後ろにはザナラとジェサ、それからモネグリアの騎士様達が続く。他の町にはザスティやミリテやウェルチニーが率いる隊が突撃する。

町の中にもアタシ達の味方はいる。ストラが回った時に敢えて町に残った人たちが、一緒に戦ってくれる。


「アタシ達の大陸を取り戻すよ!ついてきな!!」


「オー!!」


町に入り路地を走っていく。ジェサが鎖を振り回しながら帝国人を近付けない様に牽制して、それでも向かって来そうな時にはアタシが剣を振って、炎を撒き散らす。それでも突進してくる人は、ザナラがスカーフで締め上げた後、髪を結ってるリボンで縛り上げて騎士に投げ飛ばしていく。



「将軍様がこんな所に居て良いのかい?」


城に踏み込んだら、アタシ達の国が戦争に負けた日に、あの壁の上で演説をしていた将軍様がいた。金髪の偉丈夫は悠々とした態度でアタシ達と対面している。


「あなた方は、精霊様の怒りを買ったのです。この町は間も無く魔物に飲まれ、水に沈みます。そうなる前に北の大陸に帰って頂き、精霊様の怒りを鎮めたい」


ザナラが一歩進み出て、将軍様に警告の言葉を告げる。多分従ってくれないだろうけど。後の神の裁定には、この警告が大事だと精霊様に言われている。


「精霊など、我らが神の前には何者でもないものよ。君らに従う理はない」


「残念です」


アタシ達は一斉に動き、周囲の帝国人達を昏倒させていく。騎士様達は鞘に納めたままの剣を振るい、ジェサは振り回した鎖で掴まえては投げ飛ばしていく。

将軍様と対峙するのはザナラだ。アタシはザナラと将軍様に他の人が近寄らない様に、剣から炎を飛ばして牽制しながら見守る。


ザナラは、跳ねる様に歩み進んで将軍様の前に立つと、ニッコリ笑って腕を突き出し、足を振り上げ、掲げた扇を振り下ろす。踊るようにリズミカルに手足を動かすけれど、相手は将軍様だ。素早く腕を、足を、扇を避けていく。


「この大陸一番の踊り子、ザナラーシュ様の踊りを見たと、北の大陸で自慢なさってくださいね」


ザナラはニッコリ笑って開いた扇を将軍様の顔めがけて投げると、スカーフを靡かせながら走った。扇は粉を撒き散らしながら将軍様の顔めがけて飛んでいく。扇から避けようとしても粉が顔にかかった。

粉が目に染みてるうちに、ザナラがスカーフで将軍様の首を締め上げる。

サルジ達魔物部隊が来る前に、どうにか制圧できた。



昏倒させた人達を急いで、大陸北東の浅瀬へと運ぶと海岸沿いに大きな壁が出来初めていた。

北の大陸へ続く浅瀬を、北へと歩く人の行列も見えている。海岸から七百歩ほど離れた所まで運んで、町で昏倒させた人達に気付け薬を嗅がせて起こしていく。将軍様を初めとする起こすと面倒そうな人達は、通りかかった人に運んでくれる様に頼んで、アタシ達は海岸へと戻った。


「これで、すべての都市から帝国人を追い出せたか。では仕上げを」


オババ様の一声で、モネグリアの王様が魔法を行使する。あのブローチを填めた大きな杖を持って呪文を唱えると壁が広がって、浅瀬と海岸が隔てられていく。守りの魔術が初めて使われている。


アタシ達は壁の上に登って浅瀬の様子を見守る。行列はもう見えなくなった。

頃合いを見計らったかの様に、精霊様が作った河が海に流れ着いて、海岸のすぐ先の浅瀬を海に沈めた。


「皆、邪神に唆された者は立ち去り、この大陸は古の守りを取り戻した」


海の水に映った精霊様が宣言をして、帝国との戦いはひとつの終わりに至った。


明日、最終話です。


これまで毎日読んで下さった方、まとめ読みをして下さった方、ありがとうございます。


もう一話、エピローグまで宜しくお願いします。

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