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都会の獣人少年

「わたくしは、都市連合ドヴェニクが総首長ティジャーシュの娘ザナラーシュです。父よりモネグリアの王イヴァン三世様に親書を届けるべく参りました」


ザナラが名乗りをあげると、体格の良い兵士が後ろの兵士に何かを囁いて、どこかへと走らせた。


「ふむ、国交のない国に使者としてきたと申されるか?身分のある女性が。私ではお通しして良いのか、切り捨てるべきか判断し兼ねる。しばし門の中で待たれよ」


豪華だけどアタシ達の人数では手狭な部屋で待っていると、ヒョロっとした髭のおじさんと、立派な鎧を来た騎士様がやってきた。

兵士ではなく騎士だと思ったのは、背筋の伸び方とピカピカに磨かれた装備品をつけていたからだ。ポシェタの町で見た帝国の軍人にもそういう差があって、あの商人が身分や階級という物を教えてくれた。そう言えば、あの商人はどうしているだろう。


ヒョロっとしたおじさんがリアスティ宰相、騎士の人はウェルチニーさんと言うらしい。こちらはザナラとアタシとザスティとミリテとストラが名乗って挨拶をした。ザナラが役人に渡す用の書状をリアスティさんに渡す。


「親書は、直接王様に渡すようにと預かっています。こちらの国でも、見てはいけない人がいるかもしれないからと」


なぜか書状を読み終わったリアスティさんがアタシ達を見回して、それからアタシの顔をじっと見た。


「ふむ。みなさんが、『カラジョ義賊団』ですか?王様への謁見には少々時間がかかるので、お待ち頂く間に仕事を依頼してもよろしいかな?」


「宰相殿!」


騎士のウェルチニーさんが声を荒げたのは、国として盗賊を認めるなって事かな?あれ?アタシ捕まるのか?


「この書状が真実ならば我らの探し物を見つけてくれるでしょうし、見つからなければ我が国への宣戦布告と処断する。これほど、この書状の真偽を確認するに相応しい方法はないとおもうが?」


「義賊団としての仕事、でしょうか?」


「いかにも。つい先日城の宝物庫から盗まれた、王家に代々伝わるブローチを取り戻して頂きたい。ブローチのデザインは私が細かに手配書を描きましょう。いかがかな?」


「引き受けましょう」


さっきの言い様だと引き受けなければ、成功させなければ、アタシ達は宣戦布告に来た敵という扱いになるのだろう。「いかがかな?」と言葉では言っても引き受けろと迫られているも同じじゃないか。皆の確認も取らずに即答したけれど、隣のザスティもミリテも頷いてくれているから問題ないだろう。


「では、拠点と軍資金は先行投資として出しましょう。それから、もしブローチを盗んだ犯人の捕縛や、自由都市国家からの贈り物に関係する人物を捕まえられたら、追加の報酬を出しましょう」


拠点と馬車を用意する間、門で待っているようにと言われた。ターバックとジビザが壁に掛けられた布に興味津々で、捲ったり、模様をなぞったりしている。部屋の中には皿や絵画なんかも飾られている。どれもこれも細かい模様が入っていたり、不思議な色合いだったりする。


しばらくしてウェルチニーさんだけが門の応接室に戻ってきた。眉間にシワを寄せて、顔全体に力が入っている様に見える。


「非常に不服ではありますが、私が皆さんのお世話をすることになりました。ご案内します」


「監視って事ね」


言うだけ言ってスタスタと歩きだしたウェルチニーさんの背中に向かって、シャナが小さく呟いた。シャナは谷底の里ではずっと遊んでいた筈なのに、いつそんな言い回しの意図に気付くような事を学んだんだろう。


それからアタシたちは馬車に乗せられた。馬車の窓は開けても良いと言われたので、シャナ、ターバック、ジビザ、ジェサと外を眺める。アタシの左にジェサとジビザ、右にシャナとターバックが座って、大人三人掛けの席が窮屈だ。


「カラジョ、見て。こっちの窓から見える建物は、すごく高くて、ついでに華やかだよ」


「ジェサ、あれは派手って言うんだ」


馬車の窓から首を出しているジェサの肩を掴んで引っ張る。右側の窓から見える建物は、きちんと座っていたら、窓からは天辺が見えないほど高い。しかも、建物の壁にはかなり鮮やかな色合いで絵が描かれている。あれは何を使って描いたのだろう?


「カラジョ、こっちは屋根がすごい」


右側の建物は平屋か二階建てがせいぜいで、その後ろの国境の壁が屋根の上に覗いて見える。低い建物の屋根は赤や黄色のつやつやなお皿の様な物がビッシリ並べられている。


左側には所々に曲がり角があるけど、その曲がり角の奥の様子はここからでは見えない。高い建物に囲まれた細い道が薄暗いのと、建物の壁が派手すぎて目を眩まされている。


「この辺りは、商人街です。どこも、客を寄せるために、看板の代わりに、建物を派手にするんです」


「ウェルチニー殿、後でお勧めの生鮮食品店を教えてください!いや、その前にこの国の名物をお聞きしたい!」


ザスティのあれはもはや一種の病気みたいなもんだ。ストラのサッカーに対するものと同じくらいの食に対する執着がある。ザスティの勢いが良すぎて、ウェルチニーさんが顔をひきつらせている。アタシ達の監視をするなら、そのうち慣れるだろう。


左に曲がって大きな建物に挟まれた路地に入って、しばらく行った所で今度は左に曲がった。そうしてその行き止まりに二階建ての屋敷が有った。


「ちょっと狭いかなぁ」


ストラの呟きにウェルチニーさんがムッとして、元々寄ってたシワがさらに深くなった。そりゃあ、アタシ達が一人一部屋使えて、まだ部屋が余るようなお屋敷にそんな事を言われれば腹も立つと思う。この国の標準なのかもしれないけれど、階段の手摺の飾りや、廊下に置かれた飾り壺を見れば、お金のかかった家である事は分かる。


「拠点としては大きすぎるくらいだろう?」


「ん?あぁ、建物は大きいよね」


せっかくザスティがフォローしたのに、ストラは全く気付いてない。


「ウェルチニーさん、すみませんけど、この近くに広場、できれば草が生えて走り回りやすい様な広場があれば、ストラを案内してやってくれますか?」


「なるほど。訓練場が必要であったか」


ミリテの追加説明に、妙に納得した様子のウェルチニーさんに、嫌な予感がしたので、ストラのリフティングと壁当て、チャーガのドリブルを見てもらっって、騎士の人の様な訓練ではないことを説明した。

ウェルチニーさんが壁当てに興味を示したので、ミリテとスロボとサルジもやって見せた。スロボが標準で、サルジが上手くて、ミリテはめちゃくちゃ上手い。壁当てを見てから、ウェルチニーさんの表情から強張りがなくなって、言葉も随分と優しくなった。


翌日アタシは、シェナとターバックと三人でブローチ探しに出た。

ストラ達は、ウェルチニーさんに近くの子供の遊び場や、農村の空き地に連れていってもらっている。

ジェサ、ジビザ、ザナラは留守番で、家の中を使いやすいように整えたり、食事の用意をしてくれると言っていた。ザスティは家で料理をするか散々悩んだけれど、サッカー組についていった。


今は商店街を見て回っている。いつか砂漠で会った商人が言っていた精緻な細工が得意な職人が多い国というのはここの事だったか。

町を歩く人は皆何かしら装飾品を身に付けているし、売られている日用品にも必ず装飾がされている。特に金属製品の装飾なんて、どの国でも見たことがないほど細かい。鳥の装飾なら、羽毛の一枚一枚の様子まで作り込まれているくらいに。


そして細工物や服飾品はもちろん鍋や鉄板、食器や家具類にまで、例のブローチの意匠が使われている。もちろん、同じ意匠のブローチは様々な素材で作られていて、どこの店でも売られていた。


さすがに食材には装飾はされていなかったが、商人達は美しさを売り文句にしていた。人参の色が夕焼け色で美しいとか、葉野菜の葉先のギザギザが一定間隔で美しいだとか。というか農民すら作物に芸術性を求めているっていうのはどういう事だ。アタシにとってはニンジンの色や、ブロッコリーの形の美しさなんて、腹に入れば一緒なんだけど。


「カラジョ、あれ、見て」


食品店が並ぶ、低い建物の店先を覗いていたアタシの服の裾をターバックが引っ張った。ターバックが指した先にはキラキラと光る細工が売られているが、そこから甘い香りが漂っている。三人で近づくと、店の前に出された磨かれた石造りの台の上には白い固まりがあって、台の端にキラキラとした細工が並べられている。

襲い出しそうな魔獣の細工や、花びらが幾重にも重なった高級な花の細工もある。当然のごとく例の意匠の細工も並んでいた。


「おや?珍しいかい?」


「この細工はなんですか?」


じいっと見ていたアタシ達にオジサンが愛想よく話しかけてくれた。こんなにキラキラした高そうな細工を買えるほどお金持ちじゃないんだけど。ターバックは興味津々で、目を輝かせてオジサンに話しかけている。


「飴細工と言ってね、食べられる細工さ。美しいだけじゃない。甘くて美味しいよ。まぁ見てて」


台の上の白い塊を何回か捏ねて、一部を千切って、伸ばして、曲げる。伸びて細くなったそれは台に並べられているものと同じようにキラキラと光りはじめた。塊が棒になり、輝き、形を変えていく様子は魔法みたいで、アタシ達三人はポカンと口を開けて見ていた。


「うん。できた。はい、これは特別にお嬢さんにあげるよ」


ターバックに差し出された飴は、例のブローチの意匠と同じ形をしている。この町の、いやこの国の人はよほど王家が好きなのか、この意匠が好きなのかどちらだろう。

というか、どの装飾店でも同じ意匠のブローチが売られていて、アタシ達が見つけたと思っても偽物の可能性が高そうだ。一度、本物の見分け方をきちんと教えてもらわなければいけない。


「今日の所は帰ろうか?」


「カラジョ……」


シャナがアタシの事をウルウルとした瞳で見上げてくる。その目にほだされるのはストラだけ……じゃないんだよな。


「すみません、この細工っていくらです?」


「一番大きい魔獣は三百プロシェ、こっちの王家の紋章なら三十プロシェだよ」


この国の通過はアタシ達が生まれ育ったポシェタと同じなのか。そして王家の紋章の細工の値段なら子供のお手伝いの駄賃でどうにか買える。アタシ達は人数分の、紋章の飴細工を買って帰る事にした。


「カラジョ、新しい仲間を見つけてきたよ」


拠点に戻ったアタシ達を待っていたのは、満面の笑顔のストラと、困惑顔でストラを止められなかったザスティとミリテ、サルジ、それから何故か泣いているチャーガと見知らぬ獣人だった。


「ごめん、ザスティ説明して。ミリテでも良いけど」


「ストラの直感が、目の前で倒れた獣人を拾いたがって、よく見たらチャーガの友達だった」


「簡潔な説明ありがとう。で、なんで止めなかったの?っていうかアタシ達の仕事は余計な人に知られたら困ると思うんだけど?」


ザスティが説明してくれたけど、簡潔すぎてよく分からない。ついでにちょっと不味い状況な気がする。ウェルチニーさんの方を見ると、思いの外にこやかに立っているから大丈夫なのか?


「まぁ、今後の事は後で考えるとして、皆さんにお願いしている件の協力者には持ってこいの人だと思いますよ。彼が余程の演技派で、私たちを騙そうと思っている訳でないのならば」


セルと名乗ったキツネ獣人は、北の大陸で帝国の捕虜になり、スパイとして使われていたらしい。主にはこの国の富豪に取り入って資金を集める活動をして。セル自身は特に覚えもないが、ある日突然に「捕まりそうな危ない奴は用済み」だと森に捨てられた。数日食事を抜いて暴力を振るってから密林の中に置き去りにされたのだ。

ところがセルは、置き去りにされた所から這って雨風を凌げる岩影に移動し、近くに生えていた草を食べて数日を過ごした。少しでも回復すれば、動物と意思疏通が図れたので、近くに来た小動物に食料を分けて欲しいと頼み世話になって動けるまでに回復したのだそうだ。

そこから密林を抜けて街に戻ってきたが、歩き疲れて転んだ所にストラ達が通りかかって、チャーガの友達だったから連れてきたと。


セルはチャーガにバシバシと肩を叩かれながら、アタシの顔をチラチラと窺うように見ている。


「セルのアニキ分ってのはいい奴だった?」


「いえ。機嫌次第で殴られますし、指示通りに動いても、失敗したら『そんな指示はしてない』と殴られました。正直捨てられた時はホッとしたんです」


「そうか。とりあえず夕食にしようか?ジビザの料理は絶品だよ」


セルはキョトンとした顔で固まったけど、チャーガが嬉しそうに笑ったから、アタシの意図は伝わっているだろう。きっとチャーガが上手く言ってくれると思う。


ジビザが作った夕食は、懐かしい料理だった。ポシェタの町で食べた芋のごった煮だ。ターバックとザナラとザスティは微妙な顔をしていたけど、アタシは美味しいと思った。

食後は皆で飴細工を食べながら話し合いの時間だ。


「ウェルチニーさん、本物のブローチの色とか素材とか、本物にしかない特徴って分かりませんか?」


宰相様から貰った手配書は黒のインクで描かれていた。アタシも王家のブローチって聞いて、勝手に金細工だと思っていたけど、木製や、艶やかな虹色の見知らぬ素材で作られた物もあった。黒い物だから黒いインクで書かれた手配書を渡されたのか、そうでなく他の色なのか知っておきたい。


「私も本物を見たことがないので色も輝き具合も知りません。宰相様も見たことがないと思います」


「こんな偽物だらけなんて聞いてないんだけど?」


ウェルチニーさんは紋章の飴細工を指でつまんで、色んな角度から眺めている。皆は口の中に含んでいるか、既にパリパリと噛んで食べきってしまった後かのどちらかだ。ちなみにアタシの分はセルにあげたからアタシは食べていない。


「聞かれませんでしたからね。聞かずに、自信満々に返事をしたのはあなたでしょう?まぁ、国民全員が知っている事ですけど、本物は守りの魔道具なんです」


「守りの魔道具?なにかの魔力が備わっているって事?」


「そうです。大昔、大陸が一つの国だった頃、大陸の守り手として精霊様から当時の王族が託された魔道具の一部なのです」


「一部って?」


「王様が持っている杖に嵌めて、なにか呪文を唱えると魔法が発動するそうです。このモネグリア建国以来、一度も使った事ないらしいですけど」


黙って聞いていたシャナがアタシの隣にきて袖を引っ張った。


「精霊様の魔力が宿ってる物なら、近くで見れば分かると思うよ」



何日か商人街を見て回って、今日はジビザとジェサとザナラも連れて六人でブローチの手がかりを探しに出た。

今日は港のある町を目指す。ザスティも来たがったけれど、邪魔になる気がしたから、今日の料理当番を言いつけて留守番させている。ストラは相変わらずサッカーばかりしていて、監視の筈のウェルチニーさんはずっとストラに付いて行っている。今日は職人街に行くと言っていた。


この国の西の端は港のある町が北から南に四つ並んでいる。アタシ達は今日は一番北の港のある街に来ている。この港だけが外国からの船が寄港するのを許された唯一の港だ。外国の船が寄港するせいか、港から少し離れると商店が並んで、すごく活気がある町並みだった。


「カラジョ、外国の人が沢山集まりそうな所に行ってみない?」


ターバックがそんな事を言いながら指さしたのは、海に向かったテラスに座席が設けられているカフェだった。ターバックは今やすっかり甘味の虜で、カフェを見つけては寄りたがる。


「カラジョ、あそこに行きましょう。あんなに人が居ますもの。情報を集めるにはもってこいですわ」


乗り気なザナラは、店の中で踊っている女性に視線が釘付けになっている。ザナラの踊りとは全く違う、色気に溢れた大人の踊りだ。腰から胸が波打つように動いて、その波が広がるように腕も上へ下へと振られる。妖艶な動きに合わせた様な微笑みにアタシでもドキリとしてしまった。


アタシ達は、六人で五千プロシェ近い料金を払ってパフェなる甘味を食べた。何の情報も得られず、散財した事をミリテとザスティに気付かれない様に緊張しながら、拠点に戻ると、セルが深刻な顔をして待っていた。


「カラジョさん。オラ思い出したんだけど、ブローチ盗んだのはオラのアニキだった奴だぁ」


初めて会った日は丁寧な言葉を話していたセルだけど、普通に話して欲しいと言ったらものすごく間延びした話し方をする奴だった。深刻な顔に似合わない話し方に笑いそうになるのを堪えて、アタシも真面目な顔を作る。


「セル、どういう事?」


「今日、ストラさんと職人街に行って気付いたんだぁ。アニキがつけてたブローチ、職人が作る装飾品と違ったなぁって。アニキがつけてたブローチだけ、モヤが取り巻いてる様に見えてたんだぁ」


「セルも魔力が見えるの?」


「オラ、目が悪いとずっと思ってたんだけどなぁ。でもコレ魔力が見えてるって事なんだなぁ。シャナちゃんと、カラジョさんと、ジビザちゃんにはモヤがかかって見えてるよぉ」


精霊様はサルジにも魔法の力が有るって言ってたんだけど、セルにはサルジの魔力が見えないらしい。サルジは精霊様の特訓を受けても、何の魔法も使えなかったから、精霊様が間違えたのかもしれない。


「なぁカラジョ?セルのおかげで、スパイの拠点もブローチも見つかりそうだし、僕ちょっと別行動しても良いかな?」


真面目な顔のセルの隣でやけにニコニコしていたストラが、またよく分からない事を言い出した。チャーガとスロボは頭を抱えて、ミリテは両手を合わせて「頼む」のサインを送ってきた。職人街でもストラは訳の分からない事をしていたのだろう。


「は?別行動ってなにするの?」


「ちょっと、南の密林にいきたいんだよね」


「なんで、密林?」


「ゴムを採集に」


ストラはずっとニコニコしているけど、大事な話をしていた筈のセルが隣で困り果てているのには気づいているかな?気にしてないんだろうね。


「ごむ?」


セルが小さく呟いて、アタシの顔を見る。教えてくれって顔をして見られたって、アタシにも分からない。こういう時には諦めるに限る。


「だめだ、もうアタシ達の理解できない事を言い出したストラは止まらない。いいよいいよ。もう勝手に行っといで。あぁ、ミリテ悪いけどついて行ってやってくれる?今のストラには冷静な人間が必要だから」


「流石、カラジョありがとう」


喜んでるストラの後ろで、ミリテががっくりしているけど、一緒に出掛けてたんだから、もっと手前でストラを説得するべきだったんだ。


「私も付いて行きましょう。異国の方だけで密林へ行くのは少々問題がありますから」


ウェルチニーさんがついて行ってくれるなら、よっぽど危険な目には合わないだろう。ストラの事は二人に任せる事にして、アタシはセルとの話し合いを再開させる。


「それで、セルのアニキってのはどこにいるのさ?」


セルから聞いたスパイの拠点はなんと畜産農家だった。だれが帝国の象徴の黒が使われているのが、育てている豚だと思うんだ。いやまぁそりゃカモフラージュなんだから、アタシ達が気づかなかったのは奴らにとっちゃ正解なんだろうけどさ


ストラが別行動の間に、アタシ達は職人街や、表の商店で隠された住宅街、農村なんかも回ってみた。勿論、セルが情報をくれた農場周りの地形を調べたりもした。

ストラは職人街に行った時に、色々よく分からない事を言っていたらしい。だけど、そのストラの言葉で新しい道具を作り出した職人もいて、アタシはもの凄く扱いにくい、武器になる靴を押し付けられた。


すっかり真夏になった頃、ご機嫌なストラが帰ってきた。


「あれ?カラジョ、急に背が伸びた?」


「ストラが職人に行ったんだろう?『踵の高い女性向けの靴』の話!武器になる靴は義賊の頭にピッタリだって売りつけられたよ!武器にはなるけど、走りにくくて仕方なかったよ」


「カラジョはサッカーしないからさ、ヒールの靴でもいいかなと思って。ハイヒールができたなら、僕のスパイクもできたかな?」


帰ってきて早々に、ストラは密林から持ち帰ってきた大きな木の実を持って職人街に出かけて行った。


数日後、スパイクという靴底が硬くて突起物のついた靴と、それから新しいサッカーボールが届いた。いつもの大きさでいつもより軽くて少し弾むボールと、少し小さいけど硬くて重いボールだ。小さい方のボールは武器用。


夏の盛りが過ぎて皆が新しい靴とボールに慣れた頃、アタシ達は帝国人が拠点にしている農場へ向かった。複雑怪奇なモネグリアの街道を南に下って、一旦密林に入る。真っ黒な豚が放牧されている牧草地の、南側の密林から農場主の家に突撃していく計画だ。農場主の家は幸いにというか、木でできていた。


あたしたちは密林と牧草地の境目に立って、長閑に歩いたり餌を食べたりしている豚達を見て、皆ため息をついた。


「サルジ、本当にやるの?」


「あの子達がやりたいって。あの子たちもしょっちゅう鞭打たれてたって」


都市連合ではネズミを操ったサルジが今回の作戦を立てた。何回か偵察に来ている間にサルジはこの黒豚たちとしっかり意思疎通をしていたらしい。


「ねぇ、シャナも悪い人にメッてして良い?」


「シャナはアタシ達と地下に行くんじゃなかったの?」


「カラジョさん、あの家に鍵なんてありませんよ。少々体が丈夫すぎる人間が見張りをしてるだけです。その新しい武器を存分に試してきましょう?」


サルジとチャーガで黒豚たちを誘導して、牧草地に面している勝手口から、壁すらも壊しながら突進する。地響きがしてドンっと大きな音がした。少しの間の後、ゴンとかドンとかいう音と男の悲鳴が聞こえ始めた。

ストラとミリテが武器用ボールを蹴り飛ばしまくってるのだろう。シャナはストラと一緒に行動しながら魔法を使いたいってことだったけど、どんな魔法を使っているんだろうか。


「よし、行こう」


中の人間が驚いているうちに、アタシとセル、ジェサ、スロボが表の玄関から入ってみたら見事に誰も居なかった。上手く勝手口に人を集めれたらしい。セルの案内で地下に続く階段入口の隠し扉へ一直線に向かう。


隠し扉の前に二人の男がいる。カツカツと走りにくい靴で走って行って、勢いそのままに体当たりをして、倒れた男の臍を狙って踵で踏みつける。


ジェサがニコニコしながら、倒れている男の顔に布を落とした。あの布はターバックとジビザの特製で、ストラが密林から持ち帰った木を割いた繊維を織り込んだ布で、肌に触れていると痛痒くなるし、目を擦ってしまえば目を開けられなくなる。

痛みにのたうち回る男たちを置き去って、アタシは地下への階段をかけ降りる。ホントこの靴は走るのに向いてない。色々改造してだいぶましになったけど。



階段を降り切った所は地下とは思えないほど明るくて、高級そうなソファや仕事机が置いてあった。目の前で驚いた顔をしている間抜けな男にズンズンと近づいていく。アタシが女だからって舐めてるのか、逃げもしない。


最後の一歩。右足を大きく出して、男の左足の小指を狙って踵で踏みつける。踵に体重をかけて男の上着の左襟に手を伸ばす。

殴り返そうとしたのか持ち上げかけた男の右腕を叩き落してから、ブローチがついてる襟を掴んだ。


「アンタ、本当に帝国人?ちょっと弱すぎんじゃない?」


話しかけながら、手の中でブローチを襟から外すためにこっそり指を動かすと、案外簡単に外れた。掴んでた上着を放して左手で軽く突き飛ばす。半歩分の距離が開いた所で左足で蹴り飛ばす。おっと、ちょっと勢いが良すぎたかな?男の体が一瞬浮き上がって後ろ向きに倒れた。


上からバタバタと大勢の足音が聞こえたと思ったら、ウェルチニーさんが引き攣った顔の騎士を何人か連れてやってきた。


「カラジョ義賊団ってのは、ずいぶん恐ろしい集団なんだな」


「何の事?」


「勝手口の周りだけ、とんでもない嵐が来たような状態になっていたよ」


シャナの魔法が、人を巻き上げながら吹き飛ばす風を起こして、しかもその風の中には雹が飛び交っていたなんて、アタシは知らない。

ストラの蹴ったボールが石の壁すら貫通したなんて、アタシは知らない。

黒豚達が、確実に膝の後ろに牙が当たるように体当たりをして、足が動かないように腱を切っていたなんてもっと知らないよ!


みんなやりすぎだ!


新キャラ

セル;キツネ獣人。チャーガと同じ北の大陸の北の果て出身。訛りのあるしゃべり方。気配を消すのが上手い。決して足は早くない。訛りで油断させて、人にお金を出させたり、物をねだったり、助けてもらうのが得意

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