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都市連合の神の眷属達

昨日は更新できずすみません。

谷底を北の果てまで移動してきて二日。春の終わりの陽射しが眩しくて暑い。山のこちらは木が生えているけど、山を下る時の斜面が、足の裏も焼けるように熱くなっている事を想像してげんなりする。

西の山から吹いてくるじっとりと暑い風に、皆の、特にチャーガの足が重くなっている。流石のストラも今は、斜面と暑さに負けている様で、ボールを蹴らずに歩いている。


「ふむ、山を上りきる所までは頑張ってくれ。頂上を越えて少し下れば迎えの馬車が居ろう」


「山に馬車が通れるのか?」


「あぁ、義賊団は東から来たんだったか。東の山とは景色が違うさ。驚くだろうよ」


ドヴェニク都市連合の総首長、ティジャーシュさんはカラカラと笑いながら、ズンズンと進んでいく。道ではなくとも木陰が連なる、少しでも涼しい方へと歩いていくのは気遣いか。ジメッと薄暗く、それでも木漏れ日がキラキラしている道を三日ほど歩いた頃、足の進みが自然に早くなって、下っていると気づいた。


「もしかして、すでに山の頂上は越えたのか?」


「そうさ。こちらは東の山と違って岩山じゃないし、下ったところも砂漠ではない。あぁ、やっぱり居たか」


山を下り始めて少しした所で、木々の合間から進行方向に、大きな二頭だての馬車が見えた。とてもそんな大きな馬車が通れる道がこの先にあるようには思えないんだけど。


「父上、いい加減にしてください。精霊様のお友達を探しに行くのは許すとしても、そんな所から出てくる必要はないでしょう?小さい子も居るのに」


馬車の御者台に座っていた青年が、出会い頭に総首長を叱り飛ばした。ジェサがスロボを叱るような大きな声ではないのに、聞いた人は思わず背筋を伸ばす響きがあった。


「精霊様のお友達じゃなくて、カラジョ義賊団の皆さんさ。そこの白くま獣人の少年が、暑さにやられてるんだ、早く馬車に乗せてやってくれ」


「父上がまた獣道を歩いたせいでしょう?どうしてちゃんとした道で来ないんですか?」


「私の勘が街道はダメだと警告したんだ。恐らく、街道を行けば帝国者に会っていただろうよ」


ふぅとため息をついた青年はアタシ達に馬車に乗るように言って、また御者台に座った。


馬車の窓から見える景色が、どんどんと変わっていく。木漏れ日の涼しい街道を過ぎて、大きな畑が広がる土地を過ぎる。遠くに茶色くて大きな壁が見える。あそこが町かと思ったが、そこも通り越した頃周囲に建物がポツポツと見え始めた。

建物が増え、歩いている人の姿を多く見かける様になって、町に入ったんだなと思った。


「カラジョ、見て。あの人見たこともない布の衣装着てる!」


「布じゃなくて形も見たことない衣装だよ!」


ターバックとシャナははしゃいでいるけれど、アタシは思わず眉を寄せた。ポシェタであんな服を来ていたら、何と言われる事だろう。膝が見えるスカートだとか、袖ないシャツだとか、肌を見せすぎじゃないか?


アタシ達はそのまま真っ直ぐに総首長ティジャーシュの家に招待された。総首長の家は豪邸ではなく、使用人も居ない普通の家だった。御者をして疲れているだろうに、総首長の息子ニェゴーシュがアタシ達をもてなしてくれた。夕食を一緒に食べて、年少者達を寝かせたあとで、ニェゴーシュの部屋にアタシとザスティとミリテとストラは呼ばれてお邪魔した。


ニェゴーシュの部屋は、本棚も机の上も、休憩用のローテーブルの上も書類で一杯だった。きっと急いで片付けてくれたのだろう、部屋の中で唯一書類が積まれていないソファを勧めてくれた。


「食後のティータイムにしたかったのだけど、すみませんね。この通り、茶器を置く場所もなくて」


「すごい量の書類ですね」


アタシ達が座ったソファの前のローテーブルにも積み重なった書類の塔が六本立っている。部屋の様子を見回しながらザスティが感心したように言った。こういう頭を使いそうな、ついでに達者な口も必要な所はザスティに任せるのが一番なので、アタシは黙っておく。


「五十年分の各都市の徴税記録と陳情書です。僕は父のような勘がないので、こうして記録を総当たりして糸口を掴むしかないのです。おかげで記録の神ウサミの眷属としての来世が約束されましたよ」


「神の眷属としての来世?」


「あぁ、精霊様は来世でなく今を助けて下さるんですよね。ここ、ドヴェニク都市連合では神々が私たちの努力を見守って下さって、十分な努力をすると死後に神の眷属として平穏な生活が約束されるのです。神々は自分の専門分野を極めんと努力している人の元に表れて、来世の約束をしてくださるのです」


左の袖をめくって見せられた腕には虹色に輝くペンの模様があった。それぞれの神は紋を持っていて、眷属と認められると、その紋が体に出るんだって。


「何かに秀でている人間、一つのことに打ち込んでいる人は、眷属に近いとして民からも尊敬されます。何か特技があるならそれを披露しながら旅をすれば、人々も親切にしてくれると思いますよ」


ニェゴーシュさんは真っ直ぐにストラを見てそう言ったし、聞いたストラは左の口の端を持ち上げた。やる気になったストラの隣で、ザスティが手をあげた。


「その記録の神の眷属様は、私たちをお導き頂けないのですか?」


ザスティの言葉にニェゴーシュさんは立ち上がって、仕事机の後ろの壁に貼ってある地図の前に立った。今いる場所を右手で指してからスーっと腕を動かして、少し北にある街を指した。


「そうですね。この都市のすぐ北の都市ではもう長いこと神の眷属が生まれていません。そこから東に行った漁港都市は何年も税収が一定ですし、北の果てのこの都市はここ五年で急激に人口が増えています。突出して気になるのはこの三か所ですね」


翌朝ニェゴーシュさんに見送られて北へと向かった。

都市連合の中心とも言える町は朝から活気に満ちていて、人の声が飛び交っていた。見たことない果物を手に呼び止める露天のおばちゃんの前で立ち止まろうとするザスティをアタシが引きずって、七色に光るボタンを売っている露天に引き寄せられるターバックとシャナの手をミリテが引いて進んでいく。

先頭ではストラとチャーガがポンポンとボールを蹴り合いながら楽しそうに歩いている。スロボとジェサとジビザのなんとお行儀の良い事だろう。


昼過ぎには目的の町に着いた。新たな眷属が誕生していない都市はどこか暗い雰囲気が漂っていた。

通りに人がいるのにどことなく静かだ。町の人が着ている衣装も、建物も、決して光ったりしていないし、何色も使って彩られたりしていない。町の様子を知るのと、今夜の食料調達も兼ねて、ザスティとスロボとジェサに買い物に行ってもらう。


アタシとシャナとターバックは糸やボタンを売っている露店を見て回り、ジビザとサルジとミリテは鍋からペンまで色々な物を売っている日用品の露店を見ている。ザスティ達以外はお互いが見える範囲にいて、広場の端のストラとチャーガの様子に目を光らせている。


「まだ、誰も出会っていない神の眷属を目指す者はいないだろうか」


ストラとチャーガは楽し気にリフティングやパス交換を見世物のようにしながら呼びかけているが、足を止める人はあれども、皆どことなく遠巻きだ。


ストラが踵で蹴り上げたボールをチャーガが頭で返し、今度はストラが胸で受けてから、足元、太腿、足元とリフティングをする。ストラの体は決してフラついたりしないし、ボールがおかしな方向に飛んでいくこともない。

ポンとストラが軽く蹴って、ボールがチャーガの足元に吸い寄せられる。受けたチャーガはニコニコしながら、遠巻きに見ていた人の間を、ドリブルをしながらすり抜けていく。結構な速さで走って。

何人かは近寄りたそうにしていたから、チャーガの動きは良いきっかけになるかもしれない。


あっ!あの視線はまずい。アタシより少し年上に見える女性が、熱心にストラを見つめている。ピッタリと体のラインが分かる上半身の衣装と、太腿が半分くらい見える衣装の踊り子が、動きを止めて、熱心にというか、熱に浮かされた様な視線をストラに投げている。あの目は不味い。旅人にとっては面倒だ。

谷底の里で宴会をしたときにオプレーザが同じような目で、花の蜜を吸う青年を見つめていた。あれは恋に落ちた目なんだと、お姉さん達が言ってた。恋人なんてできたら、旅を続けられやしない。ましてや義賊なんてもっての他だろう。


「シャナ、ストラに場所を変えるように言ってくれ」


「カラジョ、もう手遅れ」


踊り子から視線をストラに戻して見ると、ストラと二人の男性が話している。そこに、踊り子も近付いていくのが、見えた。アタシも急いでストラの方へと向かうが、踊り子は素早い動きでストラのすぐ隣にまで来ていた。


「そうか、ストラ殿というのか。拙者、絵描きのジョンと申す。ストラ殿の神の話をゆっくり聞きたい故、拙者の家にご招待しよう」


不思議な形の衣装を着た男性がストラに対して鼻が付きそうな距離で話しかけている。胴から足首まで繋がった、衣装は腰の所で帯を巻いて止めてある。袖は袋状に垂れ下がっていて、邪魔そうで動きにくそうだ。


「わたくしも、ご一緒してもよいかしら?申し遅れました、踊り子のザナラですわ」


「ジョン氏、私も構いませんか?音楽家のロビンと申します」


ジョンと名乗った不思議な衣装の男性を押し退ける勢いで踊り子が割って入り、その横から、ダブダブの上着に、ピタピタの革ズボンを着た男性もストラに話しかけた。チャーガはアタシの隣まで来て、顔をひきつらせている。


「ジョンさん、その、僕の旅仲間が結構大人数なんだけど、大丈夫かな?」


「旅人であったか。宿を決めておられないなら皆で家に泊まると良いでござる。余っている部屋もたまには使わねば勿体ないでござる」


食料を買ったザスティ達が戻ってきてから、皆でジョンさんの家へと向かった。そこは街の外れに建つ豪邸だった。平屋だけれどかなりの部屋数がある、迷子になりそうな屋敷だ。アタシ達は気後れして、ソロソロとしか動けなかった。

ただストラだけはいつも通りの様子で歩き、広いけれど何もない草が生えているだけの庭を見た瞬間に、ボールを蹴りながら走り出していった。ストラが走り回る姿にジョンさんが笑った所で、スロボ、シャナ、チャーガは庭に走り出した。


「ストラ殿は一体なぜあのように危険な真似をなされたのかな?」


「危険な真似?」


アタシとザスティとミリテは、ジョンさんロビンさんと、庭に面した廊下に腰かけて、その様子を眺めながら話をしている。話すのはザスティに任せているけど。

皆の視線の先ではスロボ、チャーガ、シャナ、ターバックに何故か踊り子まで混ざって、ストラからボールを取ろうと追いかけ回している。しかもチャーガやターバックは体当たりまでしている。


ずっとストラの足元を見ながら首をコクコクと動かしていたロビンさんが、ザスティ、アタシ、ミリテの顔を順に見る。


「ふむ、山の向こうの国の方ではご存じなくて当然か。この都市は首長が北大陸派なんですよ。都市連合の皆が信仰している神とは異なる、数多の奇跡を扱える神々を信奉しているのです」


「左様。故に我らも眷属を名乗る事ができぬのでござる」


「奇跡を扱える神は人々の祈りで力を集め、その力をもって帝国が信ずる神を退けるのだそうです。我らの神は奇跡の力ではなく、己の力を高めることを良しとしておりますから、あちらの神とは反りが合わないのでしょう」


ジョンは写し絵の神マンジロウの眷属で、ロビンは弦楽器の神エリックの眷属だという。芸術家は首長やその周囲の富豪と懇意にして生活を立てているので、彼らの意向に従う振りをするために、眷属を名乗っていないという。

一部の過激派は、眷属になった者が居なくなれば都市連合の神々の力が弱まる、と信じて眷属殺害を試みた事もあるらしい。


「都市連合の総首長の子息から、この街は長いこと眷属が生まれていないと聞いたけど、実質は違うと?」


「いかにも。数日滞在されれば、この街の全ての眷属に会えましょう」


「滞在させていただいて、眷属の皆さんの話を聞かせて頂いても構いませんか?」


「もちろん構わぬでござる。しかし拙者は神の事よりもストラ殿の足が気になるでござる」


向こうで走り回っていた筈の踊り子が、気付くとロビンさんの隣にいて、嬉しそうにロビンさんと頷きあっていた。元々可愛らしい顔立ちなのだけど、両耳の上に束ねた髪が揺れて一層可愛らしい雰囲気を作っている。


「えぇ、えぇ、素晴らしい足さばきでしたわ」


「うむうむ。小気味良いリズムで足が動いておった」


どうやらストラもボールを蹴るのに満足したらしい。皆でこちらにやってきた。


「ストラ、暫くここでお世話になる事にしたよ」


「ホントに?芝の上でするサッカーは最高だよ。ジョンさん、ロビンさんも一緒にしましょうよ」


「ストラ、今日はもう十分だろう?色々気になる食材を買ったんだ、俺の楽しみをこれ以上お預けにしないでくれ」


夕食はジョンさんの家の料理人さんが作ってくれた。豆のスープに、豆の炒め物、豆の粉を練って焼いたパン。それから、腐っている様にしか見えない豆。

ザスティが芋より豆が好きで、谷底の里に居る間、芋が主食な事を不満に思っていたのは知っていたけど、これほどとは思わなかった。

腐った豆は皆が顔を顰めた。買ったザスティさえも美味しくないと言ったのに、ストラだけは嬉しそうに食べていて不思議だった。



翌日、ジョンさんの家には沢山の人がやってきた。昨日街の広場でストラとチャーガを見ていて、『誰も出会っていない神の眷属』というものに興味を惹かれていたと言う人たちだった。皆、ジョンさんが連れて行くのを見ていて訪ねてきたと言った。中には既に何かの神に認められているという人も居た。


「すごい、こんなに大勢集まったんだ!」


ストラが大喜びで、来た人にリフティングを見せたり、教えたりしている。ミリテは的当てを、チャーガはドリブルを教えていて、来た人はそれぞれに得意な事を見つけている。

案外ロビンさんはリフティングが上手い。ポンポンと一定なリズムでボールを蹴る音を響かせている。ストラは右足と左足で交互に蹴ってリフティングをするけれど、ロビンさんはずっと左足で蹴っている。


踊り子のザナラはそこから少し離れた所で踊っていて、シャナや何人かの人はそちらで踊りを習っていた。足を振り上げたり、飛んだり跳ねたり、クルリと回ったり。見ていると楽しい気分になる、力が湧いてくるような踊りだと思った。



「午後からは試合をしましょう!」


皆で豆尽くしの昼食を食べている時に、ストラがニコニコと宣言した。いやアタシはサッカーより、この人たちから話を聞きたいんだけど。けれど、幸せそうな表情のストラと楽しそうな街の人たちにそんな事は言えない。


「ストラ、チーム分けはどうするの?」


スロボの言葉に、ストラがグルリと全体を見ながら数を数え始めた。


「やった、二十五人居る!」


ラザナと町の女の子、それからジョンさんはサッカーに参加しないと言い、残った人を二チームに分けた。力が拮抗するように、ミリテとザスティが決めてくれた。二人が番人の役割もしてくれるという。


アタシはストラとは別のチームで、ジェサ、シャナ、ターバックと守備をする。「女の子には突進できないだろう」とはザスティの言葉だ。ザスティの言葉がシャナとターバックに火をつけた。チャーガと三人でコソコソと作戦会議を始めた。アタシは同じチームの町の人四人とスロボとジェサに「楽しくやろう」とだけ言った。


ストラのチームには、昨日の糸とボタンを売ってた露店のおばちゃんとロビンさんがいる。ジビザとおばちゃんと町のお姉さんが守備。あちらもザスティと同じ考えか。

守備の三人の前にロビンさんとストラが並んで、その前に三人並ぶ。ドリブルのうまい人と、的あてのうまい人が二人。一番前はサルジとリフティングのうまい人だ。これは、サルジとその後ろの的あての上手い人に注意して置いたら良いかな。


皆で、庭に出て、柔らかい草の上を走り回った。日差しは暑くて、汗でベトベトになったけど気分は良かった。

少しだけストラがサッカーを好きな理由が分かった気がする。


あの露店のおばちゃんはチャーガの邪魔をするのが上手かった。チャーガの蹴りたいところに、スッと立ちはだかってくる。目の前じゃなくても立ち位置で、攻撃の邪魔をしていた。


ロビンさんはストラがドリブルをする少し後ろから走ってきて、こちらの陣地に入り込んだ辺りでストラからボールを受け取る。そこから二歩くらい不思議な足運びで前に進んでボールを蹴り飛ばして、ボールの落ちるあたりに町の人が走り込んでくる。町の人がアタシの目の前でボールを受け取って、ゴールに向かって蹴り飛ばす。なんて事を何回もされた。全部ザスティがとってくれたけど。


結局、誰もゴールできなかったけれど、皆笑っていたし、ストラも満足げだった。


「皆さん、わたくし…わたくし、皆さんの応援をして踊っていたら、クロード様という新しい神様から、試練を伝えられました」


走り回って力尽きて、草の上に寝そべるアタシ達の所に、ザナラが駆け寄ってきて宣言した。聞いた町の人たちはザっと起き上がって、歓声を上げた。


「カラジョさん。この町の事は拙者達に任せて下され。道を究めんと努力する幸せは、自分たちで取り返すでござる。ここに居る皆で協力して、我らの神を守るでござる。安心して旅を続けるでござる」


ジョンさんの家を出て東に向かって三日行けば、港湾都市に付いた。ジョンさんの居た街とは大違いで、人々は明るく、賑やかな街だった。今まで見た町のような短いスカートとか袖のないシャツなんてないけど、とにかく鮮やかな、柄のある衣装を着ている人が多い。


ストラがボールを蹴ればどんどんと人が集まってくる。ここでもアタシは広場でストラや街の人の様子をみて、ザスティ達に買い物を任せた。


『この町に始めて来たのなら、ちょいと僕の話を聞いておいき。どんな土産物よりも価値がある話をお聞かせしよう』


商品の並んでいない露天があると思ったら、その店の主人がよく響く声で喋り始めた。よほど喋り慣れているのだろう、澱むことなく話している。身振り手振りもつけて、この町の首長の話をしている。へぇ、ここは首長が眷属様なのか。

首長が天候予測の道を究めたから、作物も海の恵みも一定の量が確保できると。聞いているだけでは信じられないけど、周りの様子を見るに、それは本当のようだ。



「カラジョ、この町は問題無さそうなんだけどさ……」


買い物に付いて行った筈のジェサだけが戻ってきて、困り果てた様子でアタシを見上げてくる。


「けど、なに?」


「ザスティが、お魚屋さんにご迷惑かけてるの」


「もっと、急いで呼びに来なよ!」


何だって急に魚なんかに興味を持ったんだろう?ジョンさんの家で食べた腐った豆に懲りて、豆じゃない食べ物に興味が移ったのか?急いでストラとチャーガも呼んで、ザスティが騒いでいるという魚屋へ向かった。


「こんな旨い物を作れるのに、なぜ貴方は眷属でないのです?首長様のおかげで、魚に太陽のうまみを十分に蓄えれる?そうではないでしょう?いくら天候の予測がついたって、魚を旨くする様に日に当てることはできますまい?貴方はもっとこの魚の加工を誇ったら良いのです」


ジェサに案内されて着いたのは、魚屋ではなくて干物屋だった。困り顔の店主に対してザスティが鼻がつきそうな距離で捲し立てている。


「ザスティ!」


大声で呼びかけて後ろから襟元を掴んで力いっぱいに引っ張った。ザスティはたたらを踏んで、なんとか転ばずに持ちこたえた。


「声迷惑おかけしてすみません」


「いやいや、こんな熱心に旨いと言ってくれる人は、なかなか居ないから、嬉しかったよ。ちょっとビックリしたけどね」


笑顔で許してくれる干物やの主人にアタシとミリテ、それからシャナとターバックが一緒に謝っている。当事者の筈のザスティはなぜか荷物から幾つかの食材、豆と香りづけに使う木の実を取り出した。


「ご主人!私は今から北へと旅立つが、帰りにここを通るので、その時までに、この食材に太陽の旨味を与えておいて欲しい」


「魚以外は干したことないんだけどなぁ。まぁやってみるよ。失敗して文句を言うのは勘弁してくれよ」


頭をポリポリと掻きながら干物屋の主人はアタシ達を見送ってくれた。


北の果ての町は、想像していた以上に人が多かった。今まで訪ねたどの町よりも、獣人も歩いている。着ている服も様々だし、髪の色も色々な人がいる。

帝国人の様な金髪の人もいて少しだけ警戒したけれど、瞳の色が紫色で、しかも神の眷属だと言われた。神の眷属なら帝国人ではなさそうだと思い、アタシは金髪の八百屋の主人に話しかけた。


「ここは随分と眷属が多いですね」


「俺もそうだが、皆逃げてきたのさ」


「そうそう、あれはいつからだったか。首長様の家に不気味な黒い服の男たちが出入りする様になってね。なぜか神の眷属になると一族揃って都市を追い出されるんだよ」


八百屋の主人は商売の神コウノスケの眷属でマーシーと名乗った。野菜を下ろしに来ていた、農業の神キリノスケの眷属マーディも話に加わった。ザスティが野菜に釘付けで使い物にならないから、アタシが話を聞くしかない。

首長様の家に出入りする黒い服の男たちは、北の大陸の物を持ってくる商人だという。その商人は帝国人の様な気がする。


「なぁ、お姉ちゃん、もしかしてカラジョ義賊団の頭かい?」


「アタシの事知ってるの?」


考え込んでいたアタシの顔を覗き込む様に、マーシーが話しかけてきた。この町では、広い空き地がなくて、ストラとチャーガのパフォーマンスはできていない。だから、アタシ達はただの旅人としか思われていないと、そう思っていた。


「商人で知らない奴なんていないよ。十歳くらいの子供を何人も引き連れた夫婦の義賊団。旦那は食に煩くて、奥さんは頭の天辺で括ったピンクの髪を靡かせる、スタイル抜群の美人」


「えっ?誰と誰が夫婦だって?」


「お姉さんと、あそこで大量の蕪を買いたがってる人」


「ザスティとアタシ?やめてよ。アタシは確かに義賊を名乗っているけど、まだ十五なんだよ」


後ろでコソコソ笑ってるシャナとターバックは後で覚えてな。それと、お構いなしに大量の蕪を買おうとしてるザスティは、今日から何日、蕪料理を続ける気なんだろう?ミリテとジェサに目配せをしたら、ザスティの手から蕪を取り上げ始めている。


「あ、あぁすまない。妙な勘違いをしてしまって。だけど……その、俺の算盤を取り返してはくれないだろうか?出せる謝礼なんてそんなにないんだけどよ」


「アタシは謝礼なんて求めやしないよ。多分ザスティがこの店の野菜を気に入っているから少しだけ安く野菜を売ってくれたら嬉しいけどね。それでどんな算盤なんだい?」


「うちは元々農家だったんだ。それでも俺は商人を目指した。親父の野菜を高く売りたくて。そんな俺に親父が買ってくれた算盤なんだ」


「そんな大事なもの」


「故郷を追い出される時は身一つで追い出されちまうんだ」


アタシ達はそれから、マーシーと同じように街を追い出された人たちの所を回って、話を聞いた。皆、故郷の街に大切なものを残してきたと言いながら、知っている限りの、町の様子や黒い服の男たちの拠点について教えてくれた。

話を聞いて作戦を立てる為にその街に滞在しているうちに、秋がやってきた。町のはずれの畑では穀物が黄金色に輝き、道端に植えられた木には甘い香りの実がついていた。冬になる前に仕事を終わらせるべく、アタシ達は隣の町へ移動した。


マーシーの故郷へ行くと、町中が黒くて不気味だった。どうみても帝国の奴らだ。アタシはザスティとチャーガに総首長への伝令を頼んで、残りの仲間と当たりをつけた場所に行き、皆の思い出の品を回収して回った。頼まれた物以外にも、いくつか気になる物を頂いていく。


最後の一か所に行こうかという頃にザスティ達が総首長の所の兵団を連れて戻ってきた。


「じゃあ、最後は派手にいきますか」


兵団は表の入り口から、アタシ達は台所に繋がる裏口から、帝国人が拠点にしている商店に乗り込んだ。ザスティとサルジ、ミリテ、は兵団と一緒に行動する事を選んだ。

ここは元々マーシーの店だった場所だ。アタシたちはマーシーが大切なものを隠したという、階段裏の倉庫へと向かう。表の入り口では怒号と物が壊れる音が響いている。


「マーシーさん、なんて面倒な鍵をつけたんだろう」


シャナが倉庫の鍵を開けながらボヤク。ストラとチャーガが少し離れた廊下でボールを持って角を見張っている。スロボとジェサは侵入した段階で別行動をして、表の入り口から倉庫に繋がる廊下にあれこれと悪戯を仕掛けに行った。アタシとジビザとターバックはシャナのすぐそばの守りを固めている。


「開いたよ!」


シャナの掛け声でアタシ達は倉庫の中に踏み込む。埃っぽい室内にはいくつかの棚があって、沢山の書類が詰められている。けれど、ひとつだけ背の低い棚があって、そこに算盤とペン、それからいくつかのアクセサリがあった。


「ジビザは算盤、ターバックはその辺のアクセサリーを。シャナ、ストラ達を呼んできて。ここの書類も持っていく!」


「呼びに行かなくてもいいよ。俺が持っていく」


ザスティが開けっ放しの扉の前に立っていた。そういえば妙に静かになっている気がする。


「早すぎない?」


「サルジが屋敷中のネズミを集めて、帝国人の足の筋を噛み切らせた」


「俺たちも兵団も出番なしだったよ」


サルジの説明にミリテが遠い目をして笑った。

アタシ達が荷物を抱えて商店の外に出ると、兵団は捕縛した帝国スパイを荷馬車に乗せ終えた所で、荷馬車の御者台にはニェゴーシュが座っている。


「私たちは急ぎ帰ります。皆さんもできるだけ早く戻ってきてくださいね」


アタシたちは兵団を見送って、のんびりとマーシーの所に戻った。それから皆にそれぞれの大切なものを返して回った。


「あぁ、確かに俺の、俺の算盤だ。本当にありがとう」


冬の移動は厳しいので、春になってから、あの干物屋に寄って総首長の家に向かった。あの干物屋は見事に、木の実や豆の干物を作って、なんと新しい神の眷属になったそうだ。なぜかザスティが自慢げにしている。


総首長の家に行くと、ニェゴーシュと一緒に、踊り子のザナラが待っていた。前に会った時とは違う、長めのスカートに、ゆったりした袖の服を着て。何を着ていても、小さな顔に大きな瞳の顔は可愛らしい印象のままだ。今日も両耳の上で束ねた髪が揺れている。


「みなさま、ごきげんよう」


「妹がご迷惑をおかけしたようですね」


「ザナラが、ニェゴーシュの妹?」


ザナラに少しだけ踊りを教えてもらったシャナが首を傾げながらニェゴーシュを見上げて聞いた。ニェゴーシュは小さく笑いを零して首を振った。


「あぁ。残念ながら私の妹ザナラーシュだ。父によく似ていてフラフラと出掛けてしまう困った妹だよ」


「カラジョ義賊団に、隣の国モネグリアへ行く使者の護衛を頼めるかな?」


急に総首長の声が聞こえたと思ったら、いつの間にかニェゴーシュの後ろに立っていた。アタシは凄く驚いたんだけど、急に真後ろから声が聞こえた筈のニェゴーシュは平然としている。


「使者ですか?」


「今回捕らえた帝国スパイの拠点で見つかった物をモネグリアへ伝えなければならぬ。ザナラーシュに親書を持たせようと思うが、その護衛をたのみたい」


皆の意見を聞きたくて、視線を巡らせたけど、その必要はなかったみたいだ。


「良いんじゃないか?モネグリアにはモネグリアの食材があるだろう?」


「いろんな国の衣装が見れるのね?」


「サッカーの神様にも言われたし、モネグリアに行ってもっとサッカー広めないと」


「なんと?ストラ殿は新たな神と会われたのか?」


「うん。色黒で、背はそんなに大きくなくて、足の早いサッカーの神様ペレ様が、もっとサッカーを広めて、沢山の人に活気と笑顔を届けろって言ってたんだよ。そんなの言われなくてもやるのに」


神様の言葉まで出てきちゃったら、もう行くしかないじゃないか。


アタシ達は国境近くの町まで、ニェゴーシュの馬車で送ってもらい、そこから一日歩いてモネグリアとの国境の前に立った。ポシェタの王都だった町の入り口のような高い壁と門を入ろうとしたら、前に立っていたすごく体格の良い兵士に、止められた。


「北の大陸からの侵略者の末裔が、我が国に何の用か?」


新キャラいっぱいですが、暫くは出てこない予定。


ニェゴーシュ:総首長の息子。記録の神の眷属。情報収集と分析に長けている。

ザナラーシュ:この世界で始めてチアダンスをした。ツインテールの女性。童顔だけど成人してます


ロビン:魔法弦楽器エレキギター奏者、リズム感抜群

ジョン:写実絵画の画家。東の大陸の文化に被れている

マーシ:今はただの八百屋。

マーディ:今はただの農家

干物屋:今はただのオジサン。頭の天辺が薄くなり始めている

手芸屋:今はただのおばちゃん

咄家:実は目の端でストラの様子を見ていて、自分に注目を集めるため、いつもより大きな声で語っていた

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