谷底の妹
険しい岩山を登りきった反対側の斜面は、驚く程に緑豊かな光景が広がっていた。草木の恵みや獣の肉も豊富で、アタシ達は人生で一番よく食べる旅をした。ストラは変な食感の木の実に大喜びをしていた。
無口なサルジは土の中の芋を見つけるのが上手かったり、いつも冷静なミリテが蜘蛛を見たときだけ異常に焦る姿も意外な一面だった。
「ようこそ、大地の守り人の里へ。君達の事は通りかかる商人達から聞いてるよ。こんなに大勢とは思わなかったけどね。好きなだけこの里で暮らすといいさ」
あの砂漠でのサッカー勝負から十日をかけてやってきた谷底の里は、何故かアタシ達を歓迎してくれた。里長のステファンというおじさんがニコニコと里の中を案内してくれる。
アタシ達の為に新しいテントを建てて待っていてくれたと言われて、皆ポカンとしてしまった。
「気候や植物の育ち具合で谷底を移動しながら暮らす時もあるから、家はどれも組み立て式でね。一つや二つ増やしたって問題ないのさ」
魔獣の革で作られた屋根と壁は、水を通さないし、温度も一定に保てるらしい。もうすぐ冬だからと地面に敷いている毛織物は、里で育てている動物達の毛を使った特産らしい。
「食べ物は森と川の恵みに頼る暮らしなんだが、あの山を降りてきたくらいだ、猟と採集はできるね?」
「はい。狩ってはいけない獣などはいますか?」
「いや、狩ってはいけない獣も、採集してはいけいない植物もないよ。川の魚もかまわない。毒と取りすぎに気をつけてくれれば。食べれるか分からない物を見つけたら、大人に聞いてね。女の子は、毛織物の作業場で手伝いをしてくれると嬉しいけれど、君たちはまだ子供だ。ここで暮らす間は子供らしくよく遊びなさい。うちの息子とも仲良くしてほしい」
ステファンさんはそう言いながら南へと歩いていく。テントがたくさん張ってあった所も、家畜達が暮らす牧草地も抜けると、大きな泉が見えてきた。泉の向こうにはゴツゴツとした岩山が見える。あの岩山は火山と言って天辺から火を吹くこともある山だと教えてもらった。
「ここからは、精霊様の棲家だ。里でしばらく過ごすなら精霊様に挨拶しておこう。精霊様も『お友達』と呼ばれる少年に会いたがっていたから、きっと喜ばれるさ」
泉の東側に流れる川に添って歩いていくと森の入り口に大きな、とても大きな枯れ木が立っていた。いや、枯れている訳じゃなくて葉が落ちているだけか。
「ふぅん。あなたがわたくしのお友達?」
大きな木を見上げていたら、陽炎のような揺らめく女の人がストラの目の前に立っていた。ものすごく近い距離でストラの顔、瞳を覗き込んでいる。
「驚いたわ。あなた達、お友達どころか親戚じゃない?でも少年は魔法が使えないのね?お嬢ちゃんは……もっと魔法上手くなれると思うけど?」
精霊様はそれから一人ずつの瞳を覗き込んで、魔法が上手くなる見込みのある子に話しかけていった。アタシとシャナ、サルジとジビザには魔法の才能があるらしい。アタシとシャナは小さな魔法は今までも使っていたけれど、サルジとジビザは全く誰も気づいていない才能だった。
「も、も、もしかして、俺の言うことを魔物が聞いてたのって」
「えぇ?あなたそんな使い方してたの?それはちょっと修業が必要ね」
次の日からサルジは精霊様のところへ、ストラとシャナ、チャーガ、スロボは里の子供と遊びに、ミリテとザスティは大人の人について狩りに、アタシはジビザとジェサを連れて毛織物を作る作業場に通う事にした。
ジビザは精霊様の所に行った方が良いんじゃないかと言ったんだけど、本人が作業場に通う事を選んだ。
毛織物の作業場では大人に囲まれながらの作業だけど、楽しい時間を過ごせる場所だった。
アタシは年の近いターバックとオプレーザの姉妹とすぐに仲良くなった。村に居た頃に家に泊まった旅人から聞いた話をターバックに語り聞かせたり、上手く織り機が使えないアタシにオプレーザは何度も使い方を教えてくれる。
騒がしいジェサは、糸を紡ぐ作業を担当するお喋りなオバさん達に可愛がられた。お喋りが白熱すると、糸巻きの回転がどんどん早くなるのを、皆が呆れながら見ていた。ただ、ジェサは織りの作業は全く向かなかった。何回やっても目を落として穴だらけの布ができる。
ジビザは目を落として穴を空ける度にメソメソ泣いていて、お姉さん達が宥めていたのだけど、二日目には織り目の揃った綺麗な布が織れていた。それを誉められてから作業場以外でもメソメソする事が減った。
アタシ達がこの谷に着いたのは秋で、谷底の木々の葉が落ち始め、谷を囲む山の木々は赤く色づいていた。主な食べ物は芋だと言われた時、ザスティが荷物からいくつかの小箱を取り出して、料理は自分に任せてほしいと言い出した。
ザスティは砂漠で生活している間に、商人達から外国の木の実や乾燥させた香草を譲ってもらって集めていたらしい。小箱を見たときのストラとミリテ、チャーガ、サルジは揃って疲れきった表情をしていた。きっとこのせいで、余分にあの茶番な魔物討伐をしたんだろう。あれ?アタシもそこに居たはずなんだけどな。
「なんだ、ザスティ君は香草を使って料理できるのか。ならとっておきの場所に案内するよ」
たまたま夕食時に残り物を持ってきたステファンさんは、翌日谷の北の方にある香草の群生地にザスティを連れていった。お陰で秋の間、テントの中にずっと香草が吊るされて、落ち着かない空間で寝起きすることになった。
織物の作業所に通い始めて五日目の昼。オプレーザとターバックが昼食を一緒に食べようと、家に招待してくれた。
二人が暮らすテントの中。木の実の粉と水を練って焼いた平たいパンみたいなやつに、少し酸っぱい木の実と、山の麓に沢山生えてる葉っぱを乗せて、家畜の乳でキノコを煮込んで作ったソースをかけた料理が目の前にある。
オプレーザに「どうぞ」と言われて口に運ぶ。パンを畳むようにして具を挟んでも、口を思いきって開けないと食べれない。カプリと噛みちぎって、モグモグと食べる。美味しい。キノコの香りが強い。木の実の酸っぱさも、葉っぱの苦さも、美味しいと思える不思議。
ザスティに教えないと恨まれそうだけど、教えたら面倒臭い事になりそうな気もする。
「すごく、美味しい。作り方を聞きたいけど、知りたくない気もするよ」
オプレーザはなぜか既に、ザスティの食へのおかしな拘りを知っているらしく、クスクスと笑った。その隣でターバックはアタシの顔をジィっと見ている。顔にソースでもついてるかと思って、口の周りを指でぬぐってみたけど、なにもついていない。
「ねぇ、小さい女の子もいたでしょう?ウチと同じくらいの。仲良くなりたいんだけど、どうしてお仕事に来ないのかな?」
「シャナの事?シャナはお兄ちゃんから離れないと思うよ。男の子と一緒に遊んでも負けないし」
「ねぇ、お姉ちゃん、ウチも遊びに行っても良い?」
「いいよ。明日はあっちに行っておいで」
オプレーザの許可を得たターバックは喜び跳ね回っている。そんなにシャナの事が気になってたのか。その日からターバックが作業場に来るのは一日おきになった。
それから、アタシ達も五日に一回作業場を追い出されて、皆が遊んでいる広場に行く事になった。もちろん、ここに住んでる女の子も同じように五日に一回は遊びにいかされて、アタシ達が特別と言うわけではなかった。
「ねぇ、オプレーザはどうしてあの広場に行かないの?」
オプレーザが戸惑った顔を浮かべて、周りの大人達はクスクス笑いだした。
「カラジョちゃん。オプレーザはこんな顔だけど、成人してるのよ」
「そうそう、もう二十二才」
ジビザと仲良くなったお姉さん達が口々に、童顔だとか、ツルペタな体型だとか言ってオプレーザを揶揄かいながら教えてくれる。
「えっ?ターバックが十歳で、姉妹なんですよね?」
「カラジョちゃんはジェサちゃんと年が近いから、姉妹は年が近いものと思ってるのかしら?」
「えっ?ジェサ?なんでジェサ?」
「あれ?ジェサちゃんは、カラジョちゃんの妹じゃないの?」
オプレーザとターバックの年の差に驚いていたら、作業場みんなの盛大な誤解が判明した。
「そっくりじゃない?しゃべり方とか」
「そそっかしくて、すぐ織ってる布の目を飛ばしちゃう所とか」
「食べるときの一口が異常に大きい所とか」
「やたらと動作が大きくてあちこちにぶつかる所とか」
ジェサと仲良しのオバさん達が口々に、アタシとジェサの似ている所を挙げていく。もっと他にないのか、似ていると言われた特徴はどれも、可愛らしさの欠片もない。
「やった!アタシ、カラジョの妹に見えてたんだぁ。ねぇ今度から姉さんって呼んでいい?」
「ねぇ、ジェサ、今アタシ達は誉められた訳じゃないのに、なんでそんなに喜べるの?呼び方なんて好きにしたらいいよ」
オプレーザも含めて作業場の皆が、ジェサの様子に大笑いしていた。
アタシ達はこの谷底の里で、ステファンさんに言われた様に、子供らしく過ごした。大人は、アタシ達に生活の知恵や、商人と渡り合うための言葉や、色々な事を教えてくれた。それに仕事を手伝えば誉めてもくれた。とても平穏な日常を五十日過ごした頃、東の山から冷たい突風が吹いて、その風が冬の始まりの知らせだと教えてもらった。
冬になると谷底は全体的に茶色くなった。旅人の往来もなくなって、どことなくもの寂しい雰囲気だ。チャーガだけが、ものすごく元気で、毎日出掛けていく。大体は川で釣りをして、時々北東の山の麓でキノコを掘ったり、やたらと酸っぱい木の実を採ってくる。
「ねぇ、明日は、みんなで出掛けよう。泉で朝日を見よう」
ものすごく寒い日の夕方、チャーガがそんな事を言い出した。今日の夕食は一人一匹ずつ大きな魚があった。みんな魚を食べきった後で言われたら、断りにくいじゃないか。
翌朝、日も上らないうちにテントを出て南へと向かう。正面に岩山が見える場所に腰を降ろして、みんなで身を寄せ合った。日が射して明るくなり始めた頃、東からものすごく冷たい突風が吹いた。
ゴオッという音に一瞬目を瞑って、それから目を開けたら、目の前がキラキラと輝いていた。ものすごく冷たくて耳は痛いくらいだけど。
「すごい、綺麗!」
シャナとジェサが大喜びで、宙を舞うキラキラを掴もうと何度も手を伸ばしながら走り回っている。
「チャーガ素敵な景色を見せてくれてありがとう!」
走り回る勢いそのままにシャナがチャーガに抱きついた。と同時にものすごい早さでストラが立ち上がるのをザスティとミリテが抑え込んだ。アタシ達はそうやって平和な冬を過ごして春を迎えた。
「義賊団の頭が女の子だって聞いたんだけどあんたかい?」
春になったある日、泉の近くの草原でサッカーをしている所に、里の長老のオババ様がやってきて、アタシを呼び出した。腰が曲がっていて、白く長い髪が下向きな顔の前に垂れ下がって、顔がよく見えない。
「この里は義賊なんて必要なさそうなので、この通りです」
明るい緑色に芽吹いた草の上を、転がってきた丸い塊を、遠くに蹴り飛ばしながらオババ様に答える。
いつの間にかサッカーは魔物の甲羅ではなく、植物の鶴を丸く編んで乾かした物に獣の皮を貼ったものを、使うようになっていた。アタシでも遠くに真っ直ぐに飛ばせる。
明るい水色の空を飛んで行ったボールはスロボの足元に落ちたけど、なぜかステファンさんの息子のラザルーコが蹴りながら走っている。
「ふむ。あんたの義賊団に依頼を持ってきたよ。特に期限はないから、じっくり安全にやっておくれ」
「義賊としての仕事?」
オババ様が近くにあった岩に腰かけて、アタシは地面に座る。座ってみると、背の高い草に小さな白い花が咲いていて、少し甘い香りがする事にも気づいた。もうすかり春だ。オババ様の顔を見上げたらとても綺麗な紫の瞳をしていた。
「そうさ、精霊様の指輪を取り返して欲しいんだ。」
「精霊様の指輪?」
オババ様は軽い調子で言う。風に乗って、ジェサがスロボを叱り飛ばす声も聞こえてくる。遠くに居る筈のジェサの声の方が大きく聞こえるのはどういう事だろう。
「精霊様に会っただろう?棲家の大木も見たんだろう?本来の精霊様はもっと美しいし、あの大木だってもっと瑞々しいもんなんだ。先代の精霊様がちょっとしたやらかしをしてね、精霊の力を振るうのに必要な指輪を盗まれっちまったんだ。先代様が十年くらい前に亡くなって、まだ若い今の精霊様は、指輪無しに精霊としての力を振るえないんだよ」
「精霊様の力っていったい何なの?」
「この大陸の守りだよ。あんた達も北の大陸の邪神に唆された奴らに追われてきたんだろう?精霊様のお力があれば、北の邪気なんかこの大陸に入ることも叶わなかったんだよ」
南の火山の方から温かい風が吹いて、オババ様の髪が靡く。お日様に照らされた白髪はやけにキラキラと輝いて見える。風で髪を避けられて、ハッキリと見えた顔は、ポシェタの王都だった町で、色々なものを取り上げられた人達と同じような表情に見えた。
「あの大木の花ももう一度見たいし、宜しく頼んだよ」
引き受けると返事もしてないのに、オババ様は帰ってしまった。
テントに帰って、皆にオババ様の依頼の事を話したら、ジェサとスロボは喜んだ。喜ばなくても、依頼を引き受けることに反対する人は居なかった。
それからまた五日後、ストラ達が遊んでいる広場で、精霊様の話を聞くために、サッカーに混ざりたそうなラザルーコを呼び止めた。草の上に並んで座り、ストラ達がしているフットボールを眺めながら話を聞く。
新しいボールはスロボが蹴っても真っすぐに転がるらしい。そして何故かサッカーに大人の男の人まで参加している。
「ストラは凄いよね。ほら、見て。あんなに大きなオジサンの足元をすり抜けていく。でも今日はチャーガと別のチームだから良い勝負……っておぉ!ターバックすげぇ」
ラザルーコが興奮するのも無理ない。小さな女の子ターバックが、あのストラからボールを奪ったのだ。それも体当たりで。ターバックはその次の瞬間には大きく蹴り上げて、そこにシャナが走りこんでいく。シャナは走った勢いそのままにゴール目掛けて……ってそれはちょっと蹴りが強すぎたんじゃ?ってチャーガか?!
「カラジョ?話が有ったんじゃないの?」
ついサッカーにくぎ付けになってしまうアタシをラザルーコが横目で見てくる。先にサッカーの話題を出したのはラザルーコなのに。離れた所ではゴールを決めたチャーガが、宙返りをして喜んでいる。
「里長の家に代々伝わる精霊様の話とか、里の皆が子供のころに聞かされた寝物語とかない?」
「オババに精霊様の指輪探しを頼まれたんだよね?僕が知っていればとっくに見つかってるんじゃないの?」
アタシもラザルーコも皆がサッカーをしている所を眺めながら話をする。あっ、ストラがリフティングしながら走り出した。誰か、あれは反則だって言ってやらないと、つまらなくなりそうだ。
「同じ話も聞く人によって内容が変わる事があるんだよ。せめて指輪がどんな装飾なのかだけでも分かれば探しようがあるんだけどね」
「ふーん。カラジョは、泉の向こうの岩山の話は、聞いたことある?あの山、精霊様が怒ると火を吹くらしいんだ」
「精霊様が怒る?」
スロボがストラの行き先を阻んで、シャナが逆方向にドリブルをしていく。あっ、スロボとストラは今日は同じチームだったのか。ストラが怒ってる。ストラが怒ったって山から火は吹かないけど、サッカーは荒れるな。
ラザルーコもストラの様子に気付いたのか、ため息を一つ落として続きを話し出す。
「そう。うちには火を吹いた時の記録が残っててね、今までに五回、あの山は火を吹いてるらしい。その最後に火を吹いた理由が、精霊様が人間の女の子に振られた時だって言うんだ。精霊様も恋をして我を忘れるんだなって、思ってすごくそれが印象に残ってるよ」
サッカーに混ざりに行くラザルーコと入れ替わって、ヘロヘロな大人達が草の上に転がっている。せっかくそこに大人もいるからと、色々な人に精霊様の話を聞いて回った。
狩りの上手いのオジサンは精霊様はすごく美人な筈だと言うし、家畜の世話が上手いお兄さんは精霊様の棲み家の花の密が甘いなんて言う。けれど、誰からも精霊様の指輪の話は出てこなかった。
春が夏の支度を始めるように、草原が白い花でいっぱいになってきた頃、シャナがターバックとオプレーザをアタシ達のテントにつれてきた。
「ねぇ、カラジョ。一緒にオババ様と精霊様の所に行ってくれない?ターバックが持ってた指輪が精霊様の指輪な気がするの」
「えっ?どういうこと?」
「父さんから『母さんが娘に渡して』って残した指輪だって姉さんが貰った指輪なんだけど」
シャナとターバックは真面目な顔をしているけど、オプレーザは眉を下げて笑っている。見せられたのは丸くて艶々な石が連なった指輪だった。
サルジのスカーフや、ジェサの指輪が形見だという話をしていたら、ターバックが父の形見を見せると言って、持ってきたのが、この指輪だった。指輪を見たときに、シャナが精霊様の魔力を感じたという。
シャナはターバックが作業場に来ている日は、精霊様の所で魔法の練習をしていて、精霊様の魔力が分かるようになったのだと言う。
「オババ様や精霊様の所に今から向かっても、ついた頃には真っ暗だ、明日の朝にいこう」
翌朝、ターバックとオプレーザ、シャナも連れて、オババの家を尋ねて、精霊様の所に案内して貰った。万が一精霊様が興奮してあの岩山から火を吹かす事が無いように、オババが宥めてくれると言ったから。
「精霊様、どういういきさつかはわかりませんが、精霊様の指輪はオプレーザとターバックが大切に持っていた様です」
「指輪、なんて本当にあったの?見せてくれる?」
精霊様は指輪を見つめて、固まった。
ユラユラ揺れていた姿が、指先からクッキリと固まっていく。白い指先、白くて艶々の布で出来た衣装の袖、ホッソリとした肩から、服を着ていても分かる女性らしい体が見えてくる。
ホッソリとした顔の輪郭に、臼桃色の頬と唇。真っ直ぐな鼻筋と小さな小鼻。オジサンが言ってた通りすごく綺麗な顔立ちがハッキリと分かったあと、オババ様と同じ紫色の瞳が宝石のように輝いた、
「確かにわたくしの一族の指輪ですね。指輪の記憶を見ました。あなた達を責める事はないから安心なさいな」
精霊から、帝国が侵入した浅瀬が精霊の結界の綻びだと言われたけど、アタシにはよく分からなかった。オババ様だけが難しい顔をして精霊様の話を聞いていた。
「人の争いに口を挟む気はないけれど、邪神に唆された奴らは気に入らないわね。野蛮な邪神は一体何度繰り返すのかしら?」
精霊様は怒り、その魔力を棲み家の大木へと振り撒いた。大木に濃い緑色の葉が芽吹いて、それから、白い小さな花を大量に咲かせ始めた。咲いた花からは甘い香りが漂ってくる。
「わたくしは、お父様とは違いますからね。山から火を吹かせたりしませんよ。ドーラ、皆を集めてお花見でもなさいな」
精霊様の一言で、その日は里の皆を集めた宴会になった。オババ様の名前がドーラという事を始めて知った。
あの家畜の世話が上手なお兄さんが、こっそりと花を千切って蜜を刷っている。糸紡ぎのオバサンはオプレーザに独身の男の人を次々に薦めているし、ステファンさんとラザルーコはストラ達とサッカーをしている。どこもかもが賑やかだった。
花見の翌日、里の北側からやけに身なりの良い旅人がやってきた。大人に隠れながら、派手な布でできた衣装を着ている旅人の様子を見ていた。
「この里に腕の良い義賊が居ると聞いた。望むだけの報酬は用意する故、どうか私の願いを聞いてほしい」
「アタシがカラジョ義賊団のカラジョだよ?依頼ならアタシ達のテントで聞くよ」
オババの依頼がまったく義賊らしくない形に終わって、少しだけ不満だったアタシは、心配そうな里の大人達を押し退けて旅人の前に名乗りを上げた。
「私は北東の果ての都市連合の総首長。各都市にある程度の事を任せてはいるが、連合としての決まりを守っていない都市がある。民から不正な徴税による搾取、内乱による連合礫解を狙った動きがある。ただ、どちらも証拠がない。私の勘では間違いないのだが」
テントに戻って、皆で旅人の話を聞く。義賊の仕事というだけで喜ぶジェサとスロボだけじゃなく、ストラも乗り気な様子で聞いている。
旅人が話をする姿に困っている様子は感じられない。あまりにもあっけらかんと話す様子に、皆が不審がり始めている。
「勘?それらしい様子があるとかではなく?」
「全て勘で政を決めてきた。だが、今回ばかりは確実な証拠が必要だ。そこでさ。君ら義賊団を都市連合に招きたい」
「全く話の繋がりが見えない」
「搾取されている民の為に義賊としての活動をしながら各都市の見回りをしてほしいのだ」
グルリと皆の顔を見回す。
「良いんじゃない?新しい所でサッカー広めたいし」
「都市連合は、海の魚が美味しいらしい。新しい食事との出会いが待ってる」
「カラジョ、行こう!立派な義賊になるには、やっぱり都会だよ!」
ストラ、ザスティ、ジェサの言葉にミリテが苦笑を溢した。チャーガとサルジも頷いてくれた。
「オイラも行ってもいいぜ?」
シャナとジビザは寂しそうな表情をしながらも、都市連合に行くことを了承してくれて、翌朝には旅立つことになった。
「カラジョ!ウチも!ウチも仲間に入れて、一緒に連れて行って」
出発の朝、テントの前でターバックが大荷物を背負って、シャナに抱き着きながら叫んでいる。ふと後ろを見ればオプレーザがこちらに頭を下げていた。
「ターバック、あんた、何ができる?足手まといを連れて行く気はないよ」
「料理と、縫物!あと、あと、人を油断させられる!」
カラジョ義賊団に新しい仲間が加わった。谷底を北へと向かうアタシ達に、里の皆が「いってらっしゃい」とか「いつでも帰っておいで」と声をかけてくれた。
新しい仲間
ターバック;シャナと同い年。手先が器用。幼い容姿と仕草の使い方を知っている。