西から来た旅人
アタシ達は街を出て、北西の方向へと進んでいく。あの商人は、帝国を経由して自分の国に帰ると言って北東へと向かった。別れる時には日用品や保存食までアタシ達に持たせてくれた。ストラとの約束で大儲けしないといけないからまた会おうなんて、言ってたけど、きっともう会うこともないだろう。
十日歩いて、アタシ達の生まれた村もとっくに通り過ぎて、三日前からは砂漠にを歩いている。真っ白い砂が見渡す限り続いていて、道もないから方向が分からなくなりそう。だけど獣人のチャーガと無口なサルジが、鳥に道案内をさせているので、ちゃんと北西に向かって進んでいる。
あの時無口に布を受け取った彼は、動物と話して協力をとりつける能力を持っていた。アタシ達とはほとんど話さないのに、チャーガとはよく喋っている。チャーガは何とも言えない表情で「獣人は動物じゃない」って呟いていた。
砂漠は地面が柔らかくて、足が埋まってしまい歩きにくいのに、ストラは相変わらず魔物の甲羅を蹴りながら歩いてる。さすがに転がすのは難しいのか、右足と左足で交互に上に向かって蹴り上げてるけど。
「ねぇ、カラジョ。ストラは何か蹴ってないと死んじゃうの?」
「単に、蹴るのが楽しいんだろ?あの顔見ろよ」
いたずら好きのスロボの言葉に背の高いミリテが答える。いや、スロボはアタシに聞いたんじゃないかな?まぁ、ミリテの言う通り、ストラは足で物を扱うのが楽しくて仕方ないんだと思う。真剣な顔に見えるけど、口の右端がキュッと上がっている。
「あれが楽しいの?みんなでやるサッカーは楽しいけど、リフティングの楽しさはオイラには分からないや」
「スロボはそんなだからいつもストラにボール取られるんだろ?」
スロボとミリテから謎の言葉が出てきた。多分ストラが教えたんだろう。あの魔物の甲羅を蹴り会う遊びに関してはストラが決まりも技の名前も全部決めているから。
特に行き先も期限もない旅だから、拠点を構えてしばらく砂漠で暮らしてみようって事になって、今は拠点にできる場所を探しながら移動している。
砂漠の中にも所々水が沸いて植物が生えている所があったり、大きな穴の空いた岩で雨風を凌ぎやすい場所がある。真っ白い砂に緑色の植物が生えている所はよく目立つ。それに比べて穴の空いた岩は周囲の砂と同じ白色だから、見つけにくい分アタシ達の隠れ家にも適している。そんな場所を探しながら歩いていく。
「カラジョ、あそこ。植物が生えてる所見える?」
「うん?あぁ、木も生えてるなぁ」
「その木の右奥。見える?」
チャーガに言われて、目を凝らすけどアタシにはただ、白い砂の土地が広がっている様にしか見えない。チャーガの隣ではサルジがアタシの事をじっと見ているし、アタシの隣ではザスティとミリテが木の向こうに目を凝らしている。
「アタシの目にはなにも見えない」
「あそこ、大きな岩がある。サルジにあの鳥が教えてくれたんだ。拠点に丁度良さそうなんだ」
アタシ達はサルジとチャーガの案内で歩いていく。木陰で一休みしてからさらに歩いて、砂漠が夕日で色を変える頃その岩にたどり着いた。
「良いんじゃない。案外岩の中も広いし、水場も近い」
「魔物の活動がどれくらい活発化が問題だな」
ザスティとミリテが話しているのを聞いてサルジがチャーガの腕を引っ張って何かを囁く。ミリテとは話せるんじゃなかったっけ?
「魔物はここより北西の森に居て砂漠には滅多に出てこなくて、南東の街道までは大鍋一杯の湯が沸くくらいの時間で行けるって」
サルジから聞いたことを、すこし納得いかない様な顔でチャーガが教えてくれた。サルジはさっきの鳥から教えてもらったのかな。
「ん?南東の街道?」
「南東の街道には時々南の森から魔物が出てくる」
聞き返したミリテにサルジが返事した。やっぱりミリテとなら話せるんだな。ミリテとサルジが無言で見つめ合っていると、パシンという乾いた音が響いて、サルジがたたらを踏んだ。
「ちゃんと、言葉で話さなきゃダメって言ってるでしょう?!」
サルジの後ろに、濃いピンクの髪があちこちと跳ねているジェサが立っていた。ジェサは思った事をすぐに言う。表裏がない性格で、よく笑い、よく怒る。サルジが喋らない事も、スロボが録でもない悪戯をすることも、遠慮なしに叱り飛ばす。一応年上のアタシやストラには遠慮している雰囲気はある。
「ジェサ無茶を言うな。それから見えない所から叩くのはダメだ。不意打ちは怪我のもとだから」
ミリテにしかられて、叩いた事については素直にサルジに謝るジェサはすごく素直だと思う。
「ザスティ、カラジョ、明日街道の様子を見に行ってみないか?」
ミリテに言われて考える。街道との距離や街道からここがどんな風に見えるか確認するのは必要な事だと思う。それでいて、アタシとザスティを誘ったって事は、他の奴等じゃダメな事が何かあるんだろう。他の奴等が着いてこない様にした方が良いって事だな。
「そうだね。……水場の様子はストラとシャナとジビザに頼んでもいいかな?チャーガとサルジは森の様子を調べれるなら頼みたい。ジェサとスロボはここを暮らしやすいように整えてくれる?」
その晩は、アタシとストラが交代に夜番をしてみんなに岩穴の中で寝てもらった。チャーガとジビザがものすごいイビキだったけど、皆よく眠っていた。
「カラジョ、俺たちは義賊団なんだよな?」
「ん?なに?突然に」
「今のままじゃ、ただの旅団だろう?ザスティやチャーガの力を借りれば森の恵みで生きていけるけれど、それは義賊じゃない」
アタシ達は街道と砂漠を隔てる様な林の中から街道の様子を見ている。通っていく人が多いのか少ないのか判断に困るくらいの往来がある。この街道の偵察とミリテの話の関係性が分からない。
「カラジョが思ってるより、みんな義賊としての活動がしたいんだよ。カラジョは村で聞いたおとぎ話の、見知らぬ英雄に憧れただけだったかもしれないけど、サルジやジビザは実際に助けてくれた英雄が義賊のカラジョなんだよ」
「俺にとってもスロボにとってもそうだし、ジェサなんてカラジョに憧れすぎて自分の事を『アタシ』って言うようになったんだ。今さらカラジョは義賊を止めれないんだよ」
ミリテに言われて、微妙な気持ちになる。皆の物を持って帰ってきたのはザスティとストラで、アタシはただ訳も分からず持っていっただけだ。
何とも言えない気持ちで、街道を西から東に向かう荷馬車を眺める。荷馬車の幌が黒いのは帝国の商人だろうか?それにして乗ってる人間の衣装に黒い物が一つもないのは不自然だ。
「カラジョ、覚悟を決めて、義賊らしく暮らしていこうぜ。考えるのは俺とミリテに任せてくれていいさ。カラジョは昨日みたいに皆をまとめてくれよ。俺たちは、あぁいうのは苦手なんだ」
「あぁ。ここはうまい具合に、帝国の商人もそうじゃない商人も通る。帝国商人が東から運んでくる物を頂いて、元の持ち主に返そう。ザスティが見れば元の持ち主が分かるんだろう?」
それから、街道を通る人を眺めて、時々ザスティが話しかけたりして帝国人のとそうじゃない商人を見分けられる様になった。帝国人でも全うな商売をしてそうな人も居たし。アタシ達と同じ国の生まれでも変な積み荷を運んでいる人も居た。
それから、拠点にした岩穴に戻って、皆の運動能力を確認したけど、商隊を正面から襲うには全然戦力が足りていなかった。こんな戦力で盗賊なんかしたらすぐに捕まっちまう。
「なぁ、ストラが訳の分からない名前で呼ばれてた時って、商人からお礼を貰ったりしなかったのか?」
「ん?貰ってたよ。シャナの服やオヤツやオモチャは、商人から貰ってた」
ストラの話を聞いたザスティが一つ頷いて作戦を立て始めた。
チャーガとサルジが商隊に魔物を仕向ける。人を襲うってよりは脅かす程度で良いと。だけど商人の護衛の反撃に負けない程度の魔物、と無理難題を言われて、チャーガは悩み込んだけど、サルジはすぐに思い当たる魔物が居たらしく、あっさりと了承した。
魔物が暴れている所に、アタシとザスティとストラで助けに入る。助けに入って少ししたら、サルジが魔物に撤退の指示を出す。
魔物の姿が安全に見えなくなった所で謝礼を要求する。要求する討伐料は決して金銭に限らない。積み荷を見せてもらって、ザスティの記憶を頼りに、あの街で略奪されたであろう物を要求する。積み荷の中にそれらしき物が無ければ、食料か日用品を要求してアタシ達が使うことにした。
で、帝国人ではない商隊で、信用できそうな商人達ならば、アタシ達の拠点に招待して一晩の接待をしつつ帝国人から取り戻した討伐料をしかるべき人に届けて貰うようにお願いをする。向かう方向が違うときには、山の西にある国の情報を討伐料として聞かせてもらう事にした。
そういう風に砂漠で暮らして一月以上たった。水場の木の葉が落ちはじめて、冬をどうやって過ごすか相談を始めた頃、本当に魔物に襲われている旅人を助けた。
見たこともないほど派手な、けれども丈夫そうな衣装を身に付けた三人組。やけに響く声のヒョロッとした老人と、顔に傷のあるがっしりした体型のお兄さん、それから赤い目で頭に三角の耳が生えたキツネ獣人のオジサンだった。
三人は北東の浅瀬へ向かうそうだから、情報を討伐料として頂戴するしかない。今はアタシ達が拠点にしている洞窟の前で、火にかけた鍋を囲んでいる。鍋の材料は討伐した魔物の肉と砂漠に生える赤い葉っぱ、それから旅人達が提供してくれた芋だ。
「いやぁ、こんな所で精霊様のお友達に会えるなんて俺たちは幸運だよ」
「ホントホント、助かったゼ」
旅人達ははアタシ達の事を知っているみたいだった。ニコニコと話し出した老人にキツネ獣人のオジサンが相槌をうつ。旅人の両側をアタシとザスティ、ストラとミリテで挟んで、正面にはチャーガとスロボが座って、主に話をするのはザスティとストラに任せている。
煮え立った鍋から肉と芋がゴロゴロとした汁を取り分ける。順に配っている間にもザスティと旅人の会話が進んでいく。旅人がたくさん芋をくれたお陰で、今日は皆のおかわり分までありそうだ。赤い葉っぱの酸っぱい臭いが湯気と一緒に漂っている。
「ん?僕らの事をご存じなんですか?」
「えぇ、良い噂も悪い噂も広がっています。商人に関わるのは気を付けた方がいいですよ。王都でも派手にやったのでしょう?」
「そうそう!皇帝サマは、神の教えに背く者だと言い出して、この砂漠に軍を差し向けようとしてるらしいゼ」
年配の人の言葉にまたもキツネ獣人のオジサンが合いの手を入れる。何とも絶妙なタイミングだと思う。顔に傷のあるお兄さんは黙々と肉を食べて汁を飲んでいる。時折警戒するようにアタシやストラを見ていて、変な間で目が合う。ストラは年配の人の方を見ているから気付いていないみたいだけど。
「君たちは、最近なぜか街道によく出没するようになった魔物に襲われている商人を助けている。助けた相手によっては商品を『討伐料』としてもらって、それをポシシェタの王都だった町に行く商人に預けているね。その流れは帝国に把握されているよ」
「神の教えに背く者の目印は、黒目黒髪の少年と、変わった素材のスカーフをした男の子だって聞いたゼ」
キツネ獣人のオジサンにヒタリと見つめられたサルジの肩がピクリと跳ねた。オジサンの視線を自分に向けるようにストラ、チャーガ、ザスティ、シャナが同時に動いた。その様子に老人が笑う。
「私たちは帝国から来た訳じゃないし、君たちをどうこうしようとは思ってないよ。帝国軍がここを見つける前に逃げて欲しいと思っているくらいだよ」
「そうそう。だから会えて幸運って言ったんだゼ」
「僕らじゃ軍を相手にはできないですからね。ここより西には隠れる所はありそうですか?」
「西の国は魚料理が旨い」
ここまで黙っていた、顔に傷のあるお兄さんが呟いて、ザスティが目を輝かせた。あの元王都の町で、芋のくたくた煮を食べてから、食事への拘りを見せるようになった。拘りというか、食べたことのない物へ興味を示す事が増えている。
「それは西の果てだろう?それよりもすごく精緻な細工を作る職人が多い所が良いゼ?」
「あそこは入るのに一苦労するでしょう?そうですね、あの山の向こうの里が良いのではないですか。山を登って降りた谷底に、精霊様がいるらしいです。精霊のお友達なら、あの里で匿ってもらえるんじゃないですか?」
ザスティの様子などお構いなしにキツネ獣人のオジサンは喋り続けている。
「なぁ、俺たちにも『サッカー』ってやつを教えてくれないか?」
キツネ獣人の言葉にストラの目の色が変わった。あーあ、いっちゃったよ。あんなの見たって面白くないだろうし、多分少し見せたら一緒にやろうって言い出すのがストラなのに。
王都組と村組の五人ずつで勝負をして見せるとストラが言い出して、王都組は自分達が不利だと騒いだ。
ストラと王都組が組分けや細かい規則の確認をしている間にアタシとザスティが砂の地面に陣地の線を引く。大きさに違いがあると公平な勝負にならないから、ロープを使って長さを測りながら。木の棒で、ザクザクと砂を掘って線を引く。この作業は、身長と性格の都合、アタシがザスティかミリテにしかできない。ジビザの背が伸びて手伝えるようになるのを待っている。
勝負時間は鍋一杯の水が沸騰するまで。
真ん中に魔物の甲羅を置いて、スロボがジェサに蹴り渡して勝負開始。コロコロと力なく転がる甲羅はジェサの足元にたどり着く前にシャナが蹴って空中を飛んでチャーガの足元に落ちた。チャーガが渾身の力で足を振り抜いて飛ばした甲羅をジビザが頭で跳ね返す。
砂の上は転がらないから、みんなして蹴り飛ばしては相手の誰かに跳ね返されるを繰り返している。王都組の涙ぐましい努力は、とにかくストラの近くに飛ばさないという一点に尽きている。
初めは笑ってたストラもだんだんふて腐れた様な顔になってきて、サルジとスロボの間をチョコマカと動き回る。王都組はストラに教えられた通りに役割分担をしていて、サルジとスロボが攻撃、ジビザとジェサが守備、ミリテが番人で徹底して位置取りをしている。
つまり勝とうと思ったら必ずサルジかスロボに甲羅を渡さないといけない。こちらの守備はアタシとシャナだったんだけど、ストラの表情が変わった瞬間にシャナが攻撃の位置に移動した。
何回かジェサが蹴った甲羅をこちらの番人ザスティが受け止めて、チャーガの蹴った甲羅をあちらの番人ミリテが受け止めた。
「スロボ、なにカッコつけてるの?!」
サルジの足元からストラが掬い上げるように、蹴り上げた甲羅が風にのって、ゴールに向かって飛んでいった。
けれど、それを空中に跳んだジェサが胸で受けてゴールを阻んだ。そしてジェサが渾身の力で前に蹴り出す。
ストラが蹴った甲羅の行方を見ていたスロボの頭の上に届きそうな所で、スロボは空中に跳ねて宙返りをするように、甲羅に足を伸ばした。
けれど、甲羅に足は届かず、スロボは背中から落ちたし、甲羅はスロボの後ろストラの目の前に戻ってきた。
そうして、派手な蹴り方をしようとしたスロボをジェサが叱り飛ばす大声が響いた。
そんなジェサの声など聞こえないように、ストラがニヤリと笑った。
そうしてポンと音を立てて、軽く甲羅を蹴りあげる。そうして旅の間じゅうしていた様に、甲羅をポンポンと足元で跳ねさせながらミリテに向かって走っていく。
ミリテと向かい合って一瞬体を左に捻って右足を振り上げる。それから小さくたたらを踏んで左足で右方向にポンと蹴り飛ばした。ふわっと空中を飛んで、ゴールの枠の中にポトリと落ちる。
「よしゃぁ!」
ストラの叫び声の他に鍋のグツグツという音が聞こえてきて、勝負終了を鍋の近くで見ていた顔に傷のあるお兄さんが宣言した。
叫びながら跳ねるストラを始めて見た。きっとみんなあんなストラを見たのは始めてで、ストラ以外の人間の時間が止まった。そんなみんなの時間を動かす様に老人がゆっくりと近づいてきた。
「確かに、これは見ているだけでも面白いね。私のように年を老いて動けない者でも、見てるだけで楽しかったよ」
老人がニッコリ笑ってストラに話しかけた瞬間に、ストラの表情が真面目なものに変わった。
「あの人のお知り合いですね?」
「うんうん。世界中に広めるんだろう?西に向かっていってごらん。精霊様のお友達に言うのもおかしいかもしれないけど、きっと神々のお導きがあるから」
翌日、旅人さん達は北東の浅瀬に向かって旅立って、アタシ達は西の山脈へと出発した。