あの日の商人
最終話です。
帝国人を北の大陸に追い返して、百日くらいが経った今日、アタシは立派な建物の中に居る。あちこちの偉い人の協力を得て、砂漠に建てられたスタジアムという建物だ。
アタシは観客席から、青々と茂る芝を眺める。傾き始めた日差しに照らされて少し眩しい。
「ねぇ、シャナ?アタシ達は何だったっけ?」
ヒンヤリと冷たい石造りの椅子にシャナと並んで腰かけて、芝の広場と取り囲む観客席を見回す。芝の広場を挟んだ向かい側の観客席では、燻製やドライフルーツを売り歩く人の姿も見える。芝の広場を取り囲む観客席は満員で、この大陸の人間が全員居るのではないかと思えてくる。
「カラジョ諦めて。義賊団って名前のサッカーチームだったのよ」
薄々気付いてはいたけれど、アタシ達は義賊団とは名ばかりだった。華麗に町の屋根を飛び回ったり、闇夜に紛れて、誰にも気づかれずにお宝を盗んだ覚えは全くない。ひたすらに色んな場所でサッカーをしていた覚えはある。
「おや?カラジョ義賊団のお頭は試合には出ないのですか?」
あの日、門の前で声をかけてきた商人が、一段と立派な格好で、すぐ近くに立って、アタシを見下ろしている。その後ろには砂漠で出会った三人組も一緒に居る。
「大人しく貴賓席に座っててくださいよ、教皇様?助祭様が可哀そうですよ」
「何を言われるか?カラジョ義賊団の第一後援者のただの商人ですよ」
あの時の商人が、北の大陸の西の果ての国で信仰されている多神教の教皇様だと、アタシが知ったのはつい十日ほど前だ。砂漠で出会った旅人が彼の部下で、都市連合とも協力関係で、旅人や総首長は教皇様の指示で動いていたらしい。
一般観客席のアタシの隣に座ろうとするのを、顔に傷のあるお兄さんが止めているけど、教皇様はお構いなしに腰を下ろした。ただの商人だと名乗るのならば、商人として対応しよう。
「ストラはお約束通り、あなたを大儲けさせましたか?」
「えぇ、えぇ、想像以上でしたよ」
ストラはなんだかんだとアチコチに利益を振り撒くように立ち回っていたらしい。
この建物は教皇様の出資で建てたから、この大会の入場料の大半は教皇様の懐に入るらしい。ゴールに置かれている網の付いた枠や、スタジアムの角に聳える砂時計はモネグリアの職人に作らせていたし、あそこで食べ物を売っているのは都市連合の商人達だ。
サッカーをする時に着るユニフォームっていう衣装は大地の守り人の里の皆が作っているし、試合中の選手が飲む果実水はサークリティで作られている。
「カラジョ、始まるよ」
アタシ達が呑気に話している間に、すっかり準備が整って、選手が左右に分かれて一列に並んだ。向かって右側に都市連合国家、左側にカラジョ義賊団だ。
都市連合国家の顔触れは、なんだか随分と見覚えがある。彼らは既に神の眷属として、サッカーとは関係ない道を究めていたのではないだろうか?
「失礼、私もこちらでご一緒しても宜しいかな?」
「おや?敵同士が隣の席で見て大丈夫ですかな?」
シャナの隣に都市連合の総首長とジョンさんがやって来て、腰を下ろすと教皇様は含み笑いでアタシの顔を見た。
「あの竜たちとはちがいますから。ねぇカラジョ?」
総首長が言う、あの竜たちとは、オババ様と賢者様の事だ。午前中の試合で、大地の守り人の里とサークリティが対戦していた。どちらも、素早い動きと遠くにボールを飛ばす攻撃をするチームで、広場でサッカーしてる人達以上に、観客席が白熱した。他の観客と同じように興奮したオババ様と賢者様が観客席で竜化して喧嘩を始めたのだ。
あの様子を見ていたら、まあ対戦するチーム同士が近くで見ることに意義を唱えたくなる気持ちも分かる。まぁ教皇様の言葉は本心ではなく、ヒソヒソと気にしている周囲の観客に聞かせる物だろう。
「はぁ。どうぞ。私はそんなにサッカーに熱を上げてませんから、シャナがどうかは知りませんけど」
「絶対にお兄ちゃんが勝つから問題ない」
シャナが答えたタイミングで試合開始の合図が鳴った。改めて、芝生の上を走り出した二十二人を眺める。アタシ達カラジョ義賊団の仲間は深い海と同じ青色に染めたユニフォーム。都市連合は濃いピンクの生地に黄色で不思議な模様が入ったユニフォームだ。
都市連合の面々で異色なのは、壮年の女性が一人混ざっている事か。あんなに走り回るのについていけるのだろうか?いや、あの人は糸屋のおばちゃんか、厄介だな。
それともう一人、嫌でも目がいってしまう人物がいる。なぜ彼がサッカーをしていて、しかも番人なのだ?
「総首長殿、ご子息はお元気ですか?」
「見ての通り元気すぎるよ。相変わらず記録を読んでばかりいるけど。このサッカーも、各地にある物を集めて読み解いて何やら作戦を立てていたよ」
番人の立ち位置にいるのは、総首長の息子ニェゴーシュだ。決してサッカーに参加するタイプではないと思ったのだが、ストラの様に皆に指示を出すのだろう。カラカラと笑いながら総首長は答えるけど、サッカーの記録なんてどこに残っていたのだろう?
「各地の記録?」
「君たちが魔物の甲羅を蹴っていた頃の……砂漠でストラが雄叫びをあげた時の物も記録に書き起こさせられたゼ」
答えたのは教皇の隣に座る赤い目のキツネ獣人のおじさんだ。心なしか語尾のゼが弱々しい。
「まぁ、見ていれば分かるさ。記録の神の牽属は伊達じゃないって事を証明してくれるだろうよ」
総首長の言葉通り、走り始めたカラジョ義賊団は都市連合の面々に翻弄された。あの港町の噺家が、ストラに付きまといながらずーっと喋って集中を散らせているし、チャーガの走る先は糸屋のおばちゃんが塞いでいる。
都市連合が攻撃するときには、ザスティに八百屋のマーシーが近付いていくし、守備のターバックとジェサには魔法弦楽器演奏家のロビンが対応している。
なかなかにアタシ達の長所を潰す事に注力しているらしい。
スタジアムの南西の端に置かれた大きな砂時計の砂が半分ほど落ちた頃、ゴールの右斜め手前に五十歩ほど離れた場所からロビンが大きくボールを蹴った。ボールはスーっと飛んで、どう見てもゴールの左向こうに抜けていく様に見えた。
けれど、左手前二十歩の所に居た干物屋が、ジェサとターバックの間をすり抜け、体を投げ出すように飛び出して、頭にボールを当てた。
進行方向の変わったボールがミリテの腕をすり抜けてゴールの中に落ちた。
観客席からは割れんばかりの歓声が響いて、干物屋は拳を突き上げて喜びを表現している。
「ほほう。やはりあの干物屋を入れておいて良かった」
「ん?あれは記録から導き出された作戦じゃないの?」
「干物屋は、試合に出るより客席で干物を売り歩きたいと言っていたんだけどね、私の勘が彼は試合に出た方が良いと思ったから、無理矢理出てもらった。本当はあそこにはこのジョンが居る予定だったんだけどね」
ボールを中央に持って運びながら、ストラがセルとチャーガとスロボに何かを言っている。ストラのやる気に火が付いたみたいだな。
砂時計の砂がもうすぐ落ちきるというタイミングで、ストラが素早く動いてロビンがリッキーへと蹴ったボールの軌道上に体を入れて、ボールを自分の物にした。
ボールを持ったストラはゆっくりと、ドリブルで前に進んでいく。一見するとどこから攻撃しようかと悩んでいるように見えるくらいにゆっくりと。
ストラの左斜め前にはチャーガが、そのさらに左にはセルが並んでゆっくりと走っている。記録頼みの作戦なら、きっと裏をかくことに成功するだろう。
ストラがゴール正面百五十歩ほど離れた場所から、左に居るチャーガへと蹴りだす。ストラの様子を見ていたドヴェニクの四人が一斉に、チャーガの方へと踏み出した。
チャーガと距離を開けながら並んで走っていたセルは完全に自由になった。
チャーガは目の前に来たボールが地面に落ちる直前に、足の甲で持ち上げるように蹴ってセルの元へ飛ばす。ニヤリと笑ったセルは、弧を描きながら飛んできたボールが、自身の膝くらいの高さにあるうちに、横に振りだした足の甲で蹴り飛ばした。
ボールは一直線にゴールの網に突き刺さって、ポスッと地面に落ちた。
チャーガに向かっていたドヴェニクの四人は唖然とした表情で固まり、番人をしているニェゴーシュは驚きすぎて、口が開いた間抜けな表情になっている。
彼らが唖然としているうちに、大きな砂時計の砂が落ちきって、休憩時間に入った。休憩時間はスタジアムの北西の端にある一回り小さい砂時計で図る。
休憩時間で、食べ物を買ったり隣の人と話し合う人達の様子を眺めながら、アタシは気になっている事を首長に訪ねる事にした。
「所で、あちらは問題ないのですか?」
アタシ達の所からコートを挟んだ向かい側の観客席に、やたらと華やかな一団が居る。その中心はザナラーシュなんだけど、着ている衣装は青いし、振っている旗も青い。どう見ても自分の国の都市連合国家ではなくて、アタシ達カラジョ義賊団の応援をしている様に見える。総首長も教皇も遠い目をした。
「我が国は自由を愛する国だからな。誰も好きなものを応援する気持ちを制限はできないさ。それが新たな神を招いて眷属となった者の望みならば誰が止められよう?」
「ザナラは神に認められたの?」
「あぁ、応援舞踊の神クロード様から授かった試練は越えられたらしい。あれは、チアリーディングという応援専用の、鼓舞する意味合いを持たせた躍りだそうだ」
いつか、ジョンさんの家で見ていた様な、大きく手足を動かす妖艶さのない躍りは、確かに、見ていると不思議と元気になるような、やる気が沸くような、そんな気がした。
休憩が終わり、陣地を入れ換えて試合が再開した。南西の大きな砂時計がひっくり返される。
ストラからラダックへの小さなパスで試合が始まる。ラダックがそのままドリブルでスロボを追い越して、セルとも場所を入れ替えた。
カラジョ義賊団の先頭の位置にいて、そのままゴール前まで向かうかと都市連合の面々が警戒をしつつ様子を伺っている。ラダックはゴールやや右側五十歩ほど手前の所で、ポンと踵で後ろにボールを蹴った。見てもいないのに、きちんとセルの足元にボールは転がる。
セルは転がってきたボールを軽く踏んで一瞬止めてから、いつの間にかゴールの正面に走り込んでいたストラへと低く浮かばせて渡した。
ゴールの正面で二人に囲まれていたストラはそのままセルに蹴り返すと、左へと走っていく。ストラを囲んでいたドヴェニクの二人を引き連れて。
セルはストラから受け取ったボールを右にいたサルジへと渡す。周りに誰もいないサルジは、ボールを軽く踏んで止めた後、渾身の力で蹴り飛ばした。
ニェゴーシュはちゃんとサルジを見ていたけど、飛んでくるボールに腕を伸ばしたけど、勢いに負けて止めきれなかった。砂時計の砂はまだ十分の一も落ちていない。
観客席の一部、サークリティの人たちが居るあたりから、怒号と悲鳴が聞こえた。サークリティはサルジ贔屓だもんなぁ。普段無口で無表情なサルジも芝生の上で、笑いながらセルやストラと拳を突き合わせている。
「良い景色だね」
教皇様がシミジミと呟いた言葉に心底同意する。
広場のなかでは、ニェゴーシュが仲間に何かを語りかけている様子がある。まだ何か秘策が有るのか。
「カラジョは試合前に、『義賊団という名のサッカーチームだった』なんて、ガッカリしたように言っていたけど、これだけ大勢を笑顔にしているんだ、目指していた所に辿り着いているのではないかね?」
教皇様に静かに語りかけられて観客席を見回すと、人々は確かに笑っている。都市連合の人達でさえも。
『悪から人を救うのが義賊』なら、その手段がサッカーでも問題ないのか。
アタシが考え事をしていても試合は当然進んでいく。少し冷たい夕焼け風が吹き出して、ボールが風に揺れ始めた。そして、こちらの番人ミリテが守るゴール前での蹴り合いが続いている。
ゴール左手前七十歩の位置から八百屋のマーシーが蹴ったボールは、風に乗ってゴール正面に居る農家のマーディの元へ落ちた。マーディは目の前のボールを思い切り蹴ったけど、ザスティが勢いよく頭をぶつけて跳ね返す。けれど勢いが足りず、ボールは誰もいない所へ落ちた。
そこにスロボを警戒していた筈のロビンが走りこんできて、走る勢いをそのままボールにぶつけるように蹴り飛ばす。
マーディは飛んでくるボールを避けて、ザスティはほんの少しその軌道から外れていた。人ごみをすり抜ける様に勢い良く飛んだボールは誰にも止められず、ドヴェニクは同点に追いついた。
同点に追い付いたのに、ニゼゴーシュはあまり嬉しそうに見えず、首を捻っている。
「まだまだ、記録が少ないからな。分析した通りにはいかぬものよ。ロビンは我らが思っていたより負けず嫌いなんだろう」
総首長は楽しそうに笑いながら、予測外の事が起こる時ほど楽しいなんて言っている。
砂時計の砂が残り四分の一をきった。そろそろストラが動きそうな気がする。砂漠でしたときの様に、攻撃の誰かと場所を入れ替わったりするかと見ているけど、そんな素振りはかけらもない。
ゴール手前七十歩辺りからチャーガが蹴ったボールをニェゴーシュが止めて、大きく蹴りだした。
ニェゴーシュが蹴ったボールは風に乗って横の線の寸前まで飛び、そこで糸屋のオバチャンが跳び上がって頭で地面にボールを落とした。
ボールは誰も居ない所に落ちて、リッキーが回収しようと走り寄ったけれど、ストラの方が一歩早くて、そのままドリブルで持ち去った。
前には誰もいないのに、ストラは少し強めに蹴ってボールだけを転がした。そのストラをスロボがものすごい速さで抜き去って行った。
ボールに追いついたスロボに対してストラがボールを返せと身振りをすると、ドヴェニクの守備の中心に居た二人が少しだけストラの方によった。その瞬間にスロボがボールをトントンと叩くように触って位置を調整してゴールへ蹴るそぶりを見せた。
ストラにボールを渡すと思っていた守備は、慌ててスロボの邪魔をしようと動き、体重移動に失敗して態勢を崩して倒れた。
守備が倒れたのを確認してから、スロボはふんわりと山なりに飛ぶボールを蹴った。ボールがニェゴーシュの頭を超えてゴールに落ちる。
「ははっ。ニェゴーシュは記録に頼りすぎたな。走り込むのは、チャーガだと思っていたし、スロボがあんな柔らかい軌道で蹴れるとも思っていなかっただろう」
「カラジョ、彼らにそうさせたのは、貴女だよ。貴女が剣から魔法を放ったり、その靴で悪い人を蹴り飛ばす姿を見て、彼らは特技を増やしたんだ。貴女は間違いなくカラジョ義賊団の頭として、仲間の力を引き出し、人々を笑顔にしたんだよ」
教皇様は、今までで一番優しい顔でそう言って、アタシの頭を撫でてくれた。
アタシ達はカラジョ義賊団。平和が訪れたこの大陸で、この先人々をどうやって笑顔にしていくのか、今はまだ分からない。
だけど、サッカーを続けていくのも悪くないと思っている。
ここまでお付き合いありがとうございました。
もし宜しければ、評価や感想なども頂けると喜んで、次回作のクオリティを上げれるかもしれません。
ここまで読んで下さり本当にありがとうございました。