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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第一幕 亡国の王子編
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5話 「敵国での再会」

 ユーリとリリアーヌがマズール国の王都『キール』に着いたのは廃墟で一夜を過ごした次の日だった。


 足腰の軋みは溜まった疲労のせいで断続的な鈍痛を抱かせる程になっていたころだ。

 ようやく、徒歩での旅路に休息点を見出し、心の底から嬉しさと安心感が押し寄せてくる。


「やっとだな……」

「――ねえ、もう私歩けない。もうあと一年は歩きたくないかなあああ!!」


 リリアーヌは終着点であるキールの外観を眺めながら、怨念の混じった声色で言った。

 数日間に渡る旅程で、満足に水を浴びることも出来ず、リリアーヌの金糸の髪は砂にまみれ、所々毛先が飛び跳ねていた。

 それを手で何度もおさえ、元の方向に戻るよう慣らしてはいたようだが、最後の数日には結局戻らないという事実を悪態と共に受け入れていたようだ。

 その変化をユーリは面白がっていたが、当のリリアーヌは「冗談じゃない」と毎回ため息を吐いていた。

 とにもかくにも、無事に王都キールへ辿りつく事が出来たのは、二人にとって良い出来事だった。


 急に気が抜けたのか、リリアーヌが足を少し震わせてその場にへたり込んだ。

 ユーリはリリアーヌに満面の笑みを向け、言葉を紡ぐ。


「よく頑張ったな、あとで飴玉を買ってやろう」

「飴玉だけ? 私の苦労は飴玉と同価値だってユーリは言うんだね……というか子供扱いしてない? ねえ、ユーリの想像力貧相だよね?」

「結構言いたい放題言いやがるな……」


 ユーリの言葉を受けたリリアーヌがまくしたてて、ユーリはたじたじとした。


「それくらい今の選択は愚策だったわけだよ!」

「お前たまに難しい言葉使うよな」

「ユーリが読んでる本に偏りがあるからです」


 リリアーヌがきっぱりいうと、


「はあ、分かったよ。好きなもの買ってやるから、それでいいな?」

「分かってくれて嬉しいよ、ユーリ!」


 リリアーヌの方はしてやったりと口元に妖艶な笑みを浮かべていた。


 その後、再び足腰を叱咤し、王都キールの関所まで歩を進めた。


◆◆◆


 結果から言えば、入門の手続きはすんなりと終わった。

 関所を通るにさいして、ある程度の小細工の準備はしていた。

 それは自分の容姿が西国においてはそれなりに目立つものであることを自覚していたからだ。

 まっさきに銀の髪を旅の途中に泥まみれにして、色をつけた。

 さらに言えば、リリアーヌがエルフであるという事実も、懸念にはなっていた。


 マズール王国は特にエルフ差別が濃い。


 エルフは人間よりも耳の先が細くて、それが容姿の特徴でもある。

 リリアーヌがまだ少女で、エルフの容姿的特性が顕著でないことを考慮しても、それに対する自覚は必要だった。

 だから、ひとまず簡易的に髪や被り物で三重に耳のあたりを隠すという程度の小細工を施した。


 だが、もろもろの小細工を労すこともなく、関所を通過する。


 そもそも、関所を通る際に身体の特徴をほとんどチェックされなかったのだ。

 大まかに調べられたものの、ほとんど手つかずだった。

 おそらく、商業国家マズールの王都ということもあって、関所間の人の出入りが膨大であったことが、その簡素さの原因なのだろう。ユーリはそんな予測を抱いた。


 ――はは、大国の余裕というべきかな。


 ユーリは胸中で言い、ひとまず思考を切った。


 ともあれ、 


「関所は通過したから、宿でも探そうか?」

「そうだねえ」


 ユーリとリリアーヌは、関所を越えて、マズール王都キールへと足を踏み入れた。


◆◆◆


 次の瞬間、目の前には煌びやかに栄えた街が映し出された。


 人々で賑わう広場。街路。

 そのいたるところに衣服や宝石、香辛料を初めとした食物類、さらには動物にいたるまで、様々な品物を販売する露店が並んでいる。

 そこでユーリたちと同じような旅人風の人々が背荷物を背負いながら、馬車から降りながら、露店の店主相手に交渉を繰り広げている。

 暖色系の色で整えられた家々の壁がより一層街の活気をうながした。

 視覚的な豊穣だ。

 耳に入る多数の人の声。

 栄えているゆえの騒音。

 そして――


 街の中心で天高くそびえている『マズール王城』。


 自分でも不思議なほどに、それらを体験してもユーリに大した感情は生まれなかった。


 仇の国の本土というのは頭で理解しているが、それでもユーリの心に動揺を生まなかった。


 心象風景に残っている戦の傷が疼かないのならそれはそれでいい。そう思いながら、冷静のうちにユーリはキールへさらに足を踏み入れた。


◆◆◆


 適当な安宿を見つけて、ユーリとリリアーヌはすぐに部屋で寝転がった。


「さっきの約束のために買い物にいきたいけどお……足が棒だから今日はいいやー……」

「ついでにその約束を忘れてくれると助かるな」

「絶対に忘れないからね」


 適当な軽口を叩きながら、二人は身体の休息につとめた。



 しばらくしてリリアーヌが早々に寝息をたてはじめる。


「――リリィ」


 ユーリが呼びかけても、起きる様子はない。


「――よし」


 ユーリは小さく言葉を作った。

 そうして、リリアーヌの身体に毛布を毛布をかけてやったあと、ユーリは外出のための簡単な荷造りを始める。


 ――マズール騎士団の宿舎に。


 向かって手を打たなければ。

 村人たちへの追撃は、いつ出発してもおかしくない。

 もしかしたらもう出発してしまっているかもしれない。

 でも、

 それでも、


 ――行かなければ。


 民を可能性があるなら行かなければ。


 ユーリは決意を胸に、宿から出ていった。


◆◆◆


 夜のキールの街は昼に比べたらいくぶん静かなものだったが、いまだに人は大勢いた。

 人々の波間を器用に歩きながら、マズール王城の方角へ進んでいく。

 マズール騎士団の本拠地がどこだか正確にはわからない。しかし、マズール騎士団が王城直属の軍事力だという事は知っていたので、とりあえず王城へ向かったのだ。


 幾ばくか経って、ついに王城が目の前に姿を現す。


 威厳。


 大国と称されるマズールにふさわしい城が、そこにはあった。

 巨大な城門。

 その城門に刻まれたマズール紋章がユーリの目に焼き付いた。


 ――門兵は二人か。


 夜であっても城門の両翼には二人の鎧姿の騎士がいた。

 どうあっても、素通りは出来ない。

 さすがに関所と違って、王の居住地である王城に外部の人間はやすやすと入れないだろう。


 ――なら、


 忍び込むしかないか。


 ユーリは決意して、足に力を込めた。


 瞬間。


 一歩を踏んですぐに、王城の門が開いた。門が開いて、中から人影が出てきた。

 見れば、門兵が驚いたように出てくる者を引きとめているようだった。

 だが、その者は一向に歩を緩めることはなく、軽い動作で門から出てきてしまう。


 ――ちょうどいい。


 いまの隙に、と思うが、


 ――。


 ユーリはその門の中から出てきた人物を見て、息がつまった。


 その人物に――『見覚え』があった。


◆◆◆


 身体から一気に力が抜ける。


「まさか――」


 建物の裏から様子をうかがっていたユーリは、王城への侵入を中断して、城門から出てきたその人物を追った。


 しばらくして、その人物が裏路地へと入る。

 それを見計らって、ユーリはその人物の前に姿をさらした。

 近くによって、確信する。


 その人物が、かつての近隣者であったことを。


 エスクード王国の、宰相だった男であることを。


◆◆◆


「ベ、ベルマール……さん……?」


 ユーリは震えた声で言った。

 すると、目の前の男から優しげな音色の声が返ってきた。その声も、少し震えていて。


「よくぞ……よくぞここまでたどり着きましたね――ユーリ……!」

「――ベルマールさん!」


 ユーリの心からの叫びに、その男――『ベルマール』は美麗な微笑で答えた。

 その微笑をたたえたまま、ユーリを抱きしめる。


「生きていたんですね……よかった……本当に……よかった……!」


 ベルマールの目から雫があふれ、頬を伝って地に落ちた。


「ベルマールさんこそ」


 少しの間、再会を喜ぶ二人。

 しかし、そのままの時間が続くわけでもなく、ユーリがしばらくして話を切り替えた。


「本当は再会をもっと喜んでいたいんだけど……」

「そうですね。――あなたの表情を見るかぎり、なにか急いでいるようですね?」

「うん。マズール騎士団の『管理』と称したエスクード領への侵攻を止めたい。俺が先日まで潜伏していた辺境の村には、まだエスクードの民たちがいるんだ。逃げろとは言ったけど老人が多くて移動速度も大したものにならない。だから、今マズール騎士団に追撃させるわけにはいかないんだ」


 それを聞いたベルマールが、また微笑を浮かべてユーリに言った。


「『その件』なら大丈夫です。私が騎士団長に『でまかせ』を言って侵攻を遅らせました」


 その言葉を放ったあとのベルマールの表情はどこか悲痛で。しかし、ベルマールはすぐに表情を戻した。


「だから安心してください」

「そっか――助かったよ」

「あなたの伝文を聞いたときの一連の状況で、察しましたから」

「さすがだね」


 なら、とユーリが続ける。


「もう一つの目的を、果たすとしよう」


 言う。


「マズールから――エスクードを取り戻す」


 亡霊が言葉を紡いだ。


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