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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第五幕 連合遭遇編
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54話 「新たなはじまりへ」

 それから一夜明け、明朝、イシュメルとメイレンがヴェール皇城に姿を現した。

 イシュメルもリリアーヌとの再会を心底喜んだ。

 狂喜乱舞しそうな勢いだった。

 実際、ユーリを諫めるために冷静でいなくてはならなかった分、その反動も大きいのだろう。

 午前中は皆が揃ったことに安堵する彼らに、現状の切迫した情勢を整理するだけの余裕はなかった。

 本題は午後となる。


◆◆◆


「揃ったな」


 円卓の机に皆が座っていた。


「毎度毎度世話を掛ける」

「なに、気にするな。今やエスクードとヴェールは友好国なのじゃから」

「エンピ姉に振り回されるカージュのことも考えてやれよ」


 カージュはまるで天使でも見るかのような目でユーリを見た。


「大丈夫じゃ、カージュはこれくらいでは倒れん」


 一瞬にしてがっくりとうなだれるカージュ。

 ユーリたちは苦笑いを浮かべた。

 次にケーネの方を見た。

 腰を落ち着けて話すのはこれが初めてだった。


「久しぶりだな、ケーネ」

「えぇ、お久しぶりです、『陛下』」

「陛下ときたか。ベルマールさんに何か吹き込まれたか?」


 嬉しそうに笑いながらユーリがいたずらげに言う。


「まあ、それもあるかもしれませんね。あの方はこちらに気づかせずに人を操るのがうまいですから。でも、私だって自分がエスクードに加わるとは思いもしませんでしたよ」

「そうか? 俺はお前を引きぬく気があったけどな」

「よくもまあ敵国の騎士を引きぬこうとするものですね。私など大した人間でもないのに」

「そんなことないよ!」


 リリアーヌが横から口を挟む。


「はは、恐縮です、リリアーヌ様」

「そうだな、何よりリリアーヌを救ってくれて本当に助かった。王としてだけでなく、一個のユーリとしても最大級の感謝を送りたい」

「勿体なきお言葉です。――死に掛けたかいがありました」


 軽口をほどほどに叩きつつ、ケーネは自分の生み出した『奇妙な詠唱法』については話さなかった。

 今この場で話す必要もないし、後でイシュメル辺りに相談してみようと思っていた。


「さて、本題に移ろう。聞いた所によるとマズール王が死んだという。つまり、それによってマズールは半壊したと見ていい。この見解に違いはないな?」

「じゃろうな。マズール王は子孫を持たないし、後継者たる何者かを育ててもいなかった。権力の強弱で次の王が決まるとするなら、ガルツヴェルグ公爵、次点としてシュツット大公子息ハーレン伯あたりじゃろう。前者は成熟した商才と人望を持ち、後者は若くも同様の能力、そして大公の子息という貴族要素がある」

「だが、もしかするとそのどちらも玉座に座ることはないかもしれない」

「……うむ、その可能性もある」


 ヴァンガードの息が掛かった者が次の玉座に座る。

 その可能性をユーリとエンピオネは考えていた。


「その点はマズール内部の政務官たちに任せよう。今はその後のマズールが――あるいはヴァンガードが――エスクードに対してなにをしてくるかを議論するべきだ」


 ユーリはわかりきっていることだが、と付け加えた。


「また戦争か……」


 イシュメルがぼそりと呟く。


「キュイス・ホーリーウッド。奴が生きていて、マズールに戻ったとすればあり得る。やられっぱなしが嫌いだという顔をしていた。ケーネはキュイスの死を確認していないしな」

「さすがにそこまでの余裕はありませんでした」

「その点は仕方ない。ともあれ、マズールは前々からヴァンガードに対して嫌悪感を感じていて、ヴァンガードはマズールの発言力を忌々しく思っていた。水と油。だからこそこの機にヴァンガードがマズールを掌握しに掛かったとしてもなんら不思議はない」


 むしろ、そうするだろう。


「だが、ヴァンガードとしてもあまり公にマズールを乗っ取りたくはないから、民たちに叛意を抱かせない程度に慎重に事を進めたとして……一月ほどなら時間を稼げるかもしれないな」

「その後、ヴァンガードはマズール王国を使ってエスクードに喧嘩を売る、と」

「ああ、ヴァンガードはマズールと同様にエスクードのことも嫌いだ」


 ユーリがやれやれと肩をすくめる。


「じゃあ、もうやることは決まってる」


 するとイシュメルが言った。


「ユーリ、君はエスクードに帰る。可能なかぎり早く」


 そして今のエスクードを、戦える状態にする。


「……」


 しかし、わかってはいても、それが可能なのかどうか、その場にいる誰にもわからなかった。

 エスクードは、まだ立ち上がろうとしている段階なのだ。


◆◆◆


 話し合いがこう着すると、皆は肉体と精神を休めるためにいったん各々の部屋に戻った。


「ケーネ」


 途中、廊下でユーリがケーネを引きとめる。


「なんでしょう、陛下」

「王国へ戻るまでのお前の役職を、今のうちに決めておこうと思う」

「はっ、なんなりと」

「リリィの護衛兵なんてどうだ?」


 ケーネは驚いた。

 まさかユーリがリリアーヌの警護を自分以外のものに任せるとは思えなかったから。


「そのような大役、私に与えてしまっても――」

「不服か……?」


 悲しそうな顔をするユーリ。

 その表情がまた意外で――。


(あの時と比べるとずいぶん感情を表に出すようになられた)


「いえ、私でよければ喜んで引き受けさせてもらいます」

「そうか! 助かる!」


 心底嬉しいといった顔をユーリはする。

 男でさえも惚れさせてしまいかねない会心の笑みだった。


「俺はこれから自分の行動を縛られることが多くなると思う。だからその時は……任せた」

「御意」


 なるほど。


(先のことを見据えているからこその判断なのですね)


 ユーリがこれから本当に王になろうとしているのだということを、ケーネはこのときに悟った。


◆◆◆


 ――今日中にはここを発つべきだな。


 ユーリは部屋に戻ると、ひとりでこれからのことを考えていた。


 ――最も気がかりな問題。


 それはエスクードがどの程度復興しているかだ。


 ――ベルマールさんに任せたから最低限の戦力は期待して良いと思うが……。


 なにぶん時間もあまり与えてやれなかった。

 それに、もしエスクードの生き残りが当初の予想を遥かに下回っていたら?


 ――国という形状を維持できないほど刈り取られていたらどうする。


 そんな状態でマズールのような大国に攻め入られてしまったら勝ちようがない。

 エスクード人がどんなに屈強な戦闘民族だとしてもだ。

 ヴァンガード協定連合からの増援を十中八九加えてくるだろうマズール軍に、立ち向かう術など無い。

 その時は――


「……考えるな」


 後ろを見てはいけない。

 前だけを見ろ。

 犠牲は否応なく発生するのだ。

 だからといって犠牲が出る事をよしとは出来ないが、世界の摂理を、しいては戦の摂理を忘れることがあってはならない。


【恐ろしいのか?】

「いつまで経っても恐ろしいものさ。ゼクシオンは経験したことがあるか?」


【そうだな……何度か、無いこともない】

「初耳だ。竜族同士で争う事もあるのか」


【私たちから見れば人間の戦の種は大抵がくだらないものに見えるように、お前たち人間からすれば我らの戦の種も下らないものに見えるだろう。ほんの些細な理の違いだ】

「そんなものか」


 ゼクシオンが内側から声をかけてくる。

 ユーリはゼクシオンとの対話が増えてきたことになにも驚かなかった。

 もしかしたら、体の繋がりが強くなっているのかもしれない。


「ゼクシオンにはまた力を借りるだろう」

【……そのことだが】


 ふと、ゼクシオンが不安げな声で言った。


【最近私が表に出る事が多くなった。……お前にこれ以上負担はかけたくない】

「……」

【いつか必ず決定的な亀裂が生じる。そんな気がするのだ】


 どうだろう。


【あのダルヴァとかいう魔術師が言ったように、そろそろ明確な線を引いておくべきかもしれぬ】

「後悔しているのか?」

【……我ながら細い神経だ】

「……そうか」


 ゼクシオンがそういうのなら、そうするがいいのだろう。


 と、そこでユーリはあることが気になった。


「そういえば一つ、聞きたいことがあったんだ」

【なんだ?】



「ゼクシオン、お前の体はまだどこかで生きているのか?」



【生きている、という表現が当てはまるかはわからんが……確かに世界には存在している】

「……そうか、なんとなく、そんな気はしていたんだ」

【仮死に近いかもしれぬな。意識は右眼にのみ宿っている】

「なるほど」


 ユーリは少しの間沈黙した。


「いつかは、お前も自分の体に戻るべきなのかもしれないな」

【……】


 そうするのが一番良いのかもしれない。


【その時になって考えればいい】

「そうだな」


 そうしよう。


「いまはまず、エスクードに戻らないと」

【そう、お前はそれでいい。自分の国のことを考えろ。お前の体のことは、私が考えておく】

「ああ、頼んだ」


◆◆◆


「ユーリ! お昼御飯だって!」

「あぅぐっ」


 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 ユーリは腹部に叩き落とされたリリアーヌの肘鉄の衝撃で目を覚ました。


「早く行こう?」

「ああ、そうだな」


 リリアーヌの頭を一度くしゃくしゃと撫で、感慨を追いやり、立ちあがって歩き出した。




 リングスと並んで見たルシウルの風景画。

 今さらながら、それを見返して呟く。


「まぁ、確かに美しくはあるよ」


 彼はもう生きてはいないだろう。

 毎度思うことではある。

 ほんの少し前まで存在していた人間が、今思い返せばどこかへ消えてしまう。

 奇妙な違和感と、その現実に対する虚無感。

 達観視、現実が現実であると認識しない脳の鈍さ、そして理不尽さ。

 別に哲学者ぶっているわけではない。


 ――世界の変動に意識が追いついてないだけ。


 それを言葉に表してみることほど無駄なことはない。

 言ったところで変わらぬ。


 ――だがどうしてだろう。


 最近はより時間の進みに敏感になってきた。

 ひどく切迫しているからだろうか。


「リリィ、お前は成長しているか?」

「え、それ馬鹿にしてる?」

「それなりに悪かったとは思ってる」

「そうだなぁ、体は成長しているけど、心も成長しているとは言い切れないかなぁ」


 なるほど、実にわかりやすい答えだ。

 やっぱり曖昧にしか感じられないのだ。

 とはいえここで答えの出ない質問を繰り返すことにも意味はない。


「あとで考えればいいか」


 いずれ落ち着いたら。

 きっとその時に。

 自分がこのとき、前よりも成長できていたかどうかを。


◆◆◆


「もう出立する」

「まだここで休んでいけ――とは言えぬな」

「悪いな、世界は俺たちを待ってはくれないもんで」

「ああ、欠けた馬はこちらで補充させよう。エスクードに帰ったら早々に連絡をよこすんじゃぞ」

「そのつもりさ。力を貸してもらうよ」

「あぁ」


 エンピオネと短い挨拶を交わし、旅支度をはじめる。

 カージュとも少しばかり世間話をして、その心を切り替えた。


 ――もう、立ち止まらない。


 必ずや王国を再建してみせる。

 強い決意を胸に、ユーリたちはヴェールを発った。




 それから数日後。

 全速力でエスクードへの道を突き進んだユーリはようやく祖国を拝むことになる。

 亡国と呼ばれた国の、新たな始まり。

 一度は確かに滅んだはずのエスクードは、その体躯を少し小さくして、しかしどっしりと、世界に足をつけて立ちあがっていた。


 ―――

 ――

 ―



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