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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第五幕 連合遭遇編
51/56

49話 「現れたるは」

 たった数分ののち。

 ユーリたちはある二人の人間に出会った。


 誰よりも早くその存在に気付いたのはリリアーヌだった。

 ユーリとイシュメルは、彼女の察知力がすでに普通のエルフからすら逸脱しはじめていることにこのとき気づいた。


「誰か……いるよ。なんとなく、嫌な感じ。……怖い、かな?」


 リリアーヌ自身が判断しかねているような口ぶり。


「僕はわからないな……」


 イシュメルも目をつむって視覚以外の五感に集中するが、人の気配は感じられない。


「フィオレがおびえている。少し気をつけたほうがいいかもしれない」


 アガサはまたがっている黒馬フィオレからリリアーヌと同じような意見を感じ取ったようだった。


 それからさらに数分。

 それぞれが警戒を高めながら進んでいると、前方に二つの人影が見えた。


「……っ」


 ユーリはその瞬間、人の顔が見えない距離であるのに、その二人と『目が合った』ことを確信した。


「気をつけろ」


 彼らは自分たちを見ている。

 徐々に人影が近づく。

 服の細かな模様や顔をはっきりと認知できる距離になって――


「ッ、後ろに下がってろ」


 ユーリの第六感は警笛を鳴らした。

 戦場で強敵に会ったときと同じ感覚。

 自分たちの乗る馬がいななき、足を止めた。


 そして彼らは出会った。


「エスクード現王と見受ける」


 灰髪蒼眼の青年と、黒髪紫眼の少年。

 十歩ほど離れた位置で、黒髪の少年が言った。


「だとしたらなんだ」


 ユーリが答えた。


「おい、ここからどうすればいい」


 すると黒髪の少年が灰色の髪の青年をめんどうくさそうに見て訊ねる。


「どうもこうも、与えられた仕事を完遂すればいいのでは?」

「……じゃあ、こうしよう」


 黒髪の少年は再びユーリを見て言った。


「ユーリ・ロード・エスクード。その命を――僕にくれないか」


◆◆◆


 瞬間、ユーリは馬から飛び降りた。

 馬は一目散にその場を離れようとする。


「アガサ! 馬を引きとめておけ!」

「わかった!」

「メイレン! アガサたちを守れ!」

「御意!」


 イシュメルも馬から降りた。

 アガサはリリアーヌを抱いたまま二頭の馬を追う。

 横の茂みから返事をしたメイレンは敵に姿を見られないように素早く影のようにアガサたちを追った。


 ――好都合だ。


 自分たちの後ろ側に離れる分にはむしろ安全性が上がる。

 頭の片隅でそう思いつつ、ユーリは両の掌から剣を引きぬいた。

 地面に刺さる二本のエスクード王剣を握る。

 相対して、手加減をする余裕がないことは明白になっていた。


「それでいい。僕の名はヨハン。ヨハン・エルデ・マーキス」

「――ユーリ。確かにエスクード現王、ユーリ・ロード・エスクードだ」


 名乗りからの沈黙。

 その間にヨハンが先手を打ってこないことをユーリは悟った。

 無言の読み合い。

 灰色の長髪男は不敵な笑みを浮かべているものの、加勢する意志はないように思えた。

 ユーリがぶらんと両手の力を抜き、左右にふらふらと揺れ始める。

 ヨハンはその動きを『構え』と見越して左腰の刀の鞘に手をかけた。

 されど抜刀はせず。

 ユーリの出方を待っているようだった。


「――」


 次の瞬間、ユーリの姿が消える。

 否、ヨハンには見えていた。

 ユーリが右方向に高速移動した瞬間が。

 ユーリは猛加速しつつヨハンの側面から襲いかかる。

 これまで幾人もの強者と手合わせをしてきた。

 だが今回の相手は今までの強者とは対応が違う。

 ユーリは自分の間合いに入っても腰の得物を放とうとしないヨハンに違和感を覚えた。


 ――取り越し苦労だ。


 このまま斬りかかって――


「ッ!」


 瞬く間、まさに髪一寸程の極小の時間の最中に、ユーリは自分の体が真っ二つに割断される未来を見た。


 体が急ブレーキを掛ける。

 意志とは裏腹に足が止まったかのようだった。

 猛烈な負荷が足と腰を軋ませ、自分の体がブレーキをかけたと認識したとき、かすかに『カシュン』という擦過音が聞こえて――


 胴部付近で銀光が閃いた。


 即座に一歩退く。

 胴部がしっかりとくっついているか手で確認する。

 ユーリは冷や汗を垂らしながら眼の前のヨハンを再度見た。

 紫の瞳でこちらを見ている。

 鞘から少し頭を出している刀。

 どっと脂汗が体中から噴き出た。


「抜刀術か」


 動悸と息切れがする中、かすれ声をあげるユーリ。

 初めて見る剣術に畏怖を感じ、その脅威性に素直に驚嘆した。

 刀を抜かないがゆえに油断したのかもしれない。

 それすら相手の技の術中だろう。


「やはり僕の抜刀術の一撃目を生き延びた貴様は優秀だ」


 剣筋が見えなかった。

 もはや飛び道具に近い。

 遠い死角から攻撃されている感覚。

 ユーリは攻め切れずにじりじりと後ずさる。


「ユーリ!」


 イシュメルが焦燥の声を上げてユーリに駆け寄った。

 瞬間、灰色髪の男がはじめて動きを見せた。


「土よ」


 イシュメルは灰色髪の男が発する強烈な魔力の波動に気づく。

 ほぼ無詠唱に近い魔術の発動。 

 数秒後、イシュメルの足元の地面が隆起してその態勢を崩した。

 イシュメルは態勢を崩しながらも即座の機転で素早く隆起した大地から飛び降りる。

 その素早い身のこなしと、高所から飛び降りることになんの気後れもしないイシュメルに対し、灰色髪の男は驚いたように声を上げた。


「ほう、エルフであるのにも関わらず随分な身体能力ですね。驚きました。あの高さから飛び降りることに怯みもしなければ傷も負わないとは」


 イシュメルは頭のターバンを外していない。

 イシュメルも同様に灰色髪の男に対して驚きを覚えた。

 なぜエルフであることがわかったのか。

 そんなイシュメルの表情で考えていることが察せたのか、灰色髪の男はこう答えた。


「私はグラン聖戦で千人以上のエルフを殺しましたから。なんとなくわかるのです。エルフ特有の細い体、なにより人間種から見れば異常の一言に尽きる魔力量。――申し遅れました。私はヴァンガード協定連合に所属しているキュイス・ホーリーウッドと申します」


 ああ、やはり。

 イシュメルは納得した。

 同時にひどく落胆した。

 彼らは十中八九自分たちを追っていた。

 つまりはエスクードが復活し、再建へ向けて着々と準備をしていることも知っているだろう。

 だからこそエスクード現王であるユーリを追ってきた。

 これではっきりする。


(一刻も早くエスクードへ帰らなければ)


 にやりと笑うキュイスに向けて、イシュメルは決意の眼差しを送った。


「イシュメル・カレヌ・リィンミューレ。貴方に滅ぼされた千人のエルフの追悼と、エスクード王国の安寧の為に貴方を『殺します』」


 正直な所、同胞の無念を晴らそうという気はそれほどない。

 今を生きる者として、自分の出来ることをしようという思いの方が強い。

 エスクードは守る。

 ユーリも守る。

 自分の周りの大切な者はすべて守る。

 だから――


 ――殺す。


 目の前の脅威を。

 あわよくばヴァンガード協定連合の全てを。

 ヴァンガードがエスクードに対し反目し続けるかぎり、エスクードがヴァンガードに対して反旗を翻し続けるかぎり。


「いいでしょう。そうでなくては張り合いがないというものです」


◆◆◆


 ――イシュメルは無事か。


 横目でキュイスとイシュメルのやり取りを見ていたユーリはとりあえず安心した。

 イシュメルの好戦的な目にまだ不安は残るものの、ユーリもユーリで気が抜けない状態だ。


「……」


 目の前で同じ態勢のまま自分の攻撃を待っている黒髪の男、ヨハン。

 刀を鞘から刀身少しだけ引き抜いて、その状態のまま直立している。

 今までならその姿は隙だらけに見えた。

 敵が刀剣を引きぬくより早く、一撃で殺せる自信があったから。

 だが今回は、


 ――駄目だ。安易に近づいては。


 集中する。

 隙はないか。

 髪一寸程の隙でいい。

 探せ。


 ユーリの右眼が金色に輝き始める。

 瞳孔が縦に開いた。


「それが竜の眼か」

「……」


 ヨハンの呟きにユーリは反応しない。

 食い入るようにヨハンの挙動を見つめていた。

 そして――

 またもやユーリが高速で移動する。

 さきほどと似たような動き。

 だがさきほどとは明らかな違いもそこにはあった。


(見えない……ッ)


 冷静に事を進めていたヨハンの心の中の叫び。

 今回のユーリの高速移動はさきほどとは比べ物にならないほどの速力だった。

 一変してヨハンは刀の柄を握る手に力を込める。


(どうせ見えないのなら――)


 心の中で呟き、ヨハンは『眼を閉じた』。


「ヨハン! 後ろです!」


 そこにキュイスの叫びが届く。

 ヨハンは無心で自分の背後に向けて神速の抜刀斬りを繰り出した。


「――ッ!」


 左肩が熱い。

 ヨハンは自分の左肩が使い物にならなくなったことを確信したが、同時に刀を持つ右手の感触から自分の斬撃がユーリに傷を負わせたことも確信した。


「ぐ……っあ……」


 刀がユーリの左太ももを半分ばかり切り裂いていた。

 致命的損傷。

 走る、否、立っていることすら不可能なまでの重傷だ。

 本来なら痛みの余り叫んでも良いくらいの傷だった。


「ユーリ!」


 イシュメルが悲鳴じみた声をあげる。

 だがキュイスの無言の圧力の中で、彼に駆け寄る事は不可能だった。

 動けば確実に足止めされる。

 焦って隙を突かれては泣きっ面に蜂だ。

 ユーリを助けるどころか自分まで倒れてしまう可能性すらある。

 キュイスは並の魔術師ではなかった。

 言う所の――


「上位種―――」


 イシュメルは即座にキュイスの方を向き直り、そう呟いた。

 続けて言う。


「なぜユーリの動きがわかったのですか」

「彼はその身に竜を宿している。それは知っています。しかし彼はエスクード人。魔力を操作する術を持たない。ゆえに彼は力を解放すればするほどその身から竜の膨大な魔力を垂れ流すことになる。たとえ彼の体が見えなくとも、その膨大な魔力が彼の移動している方向を教えてくれるのです。あなたにも見えたでしょう?」


 確かに。

 言われた通りだった。

 見えてしまう。

 金色の魔力の光を追えばおのずとユーリの動きはわかる。

 魔力を視覚化する術を持つ者ならば、機転を利かせればある程度察知できてしまうのだ。

 もちろんコンマ数秒ほどのズレはあるが、それほどにゼクシオンの魔力は強大だ。

 『宝の持ち腐れ』とも言えるゼクシオンの魔力が、今や大きなデメリットとなってユーリに襲いかかっていた。


◆◆◆


 ユーリはがくりと地面に座り込んだ。

 左足に力が入らない。

 地面には大量の血液。

 ぱっくりと割れた太ももから大量の鮮血が溢れだしていた。


「くっ」

「なんだろう、とても複雑な気分だ。キュイスの助言がなければ僕は殺されていたかもしれない。その可能性があったのは事実だな」


 一歩、ユーリに近づくヨハン。


「残念だ。僕はもっと貴様の『心』を見てみたかった。……だがこれも宿命か、残念ながら僕と貴様は敵対している。それも強烈に」


 ユーリは可能なかぎりの敵意を詰め込んだ視線をヨハンに送った。

 だが次の瞬間、体の内部から込み上げてきた多量の『血』によってヨハンを見ることすら敵わなくなる。


『反動』。


 ユーリのさきほどの高速移動はエンデとの戦闘で生み出した禁忌の魔術であった。

 イシュメルには使うなと言われた。

 だが不利な状態を覆すには使うしかなかった。

 内臓器官の損傷が当初の予想通り着実に起こっていることに対し、ユーリはうつむきながら苦笑した。


「げほっ……」


 咳き込む。

 パタパタと口の中から鮮血が地面に落ちた。

 ヨハンはユーリが満身創痍であることを確信する。


「さっきの動きには代償があるのか。……辛いか? ユーリ・ロード・エスクード」

「……いいや、これくらいなら何度も味わったことがある」

「そうか。だが望まない状態であることは事実だろう。だから、終わらせてやる」


 ヨハンはゆったりとした動きで刀を引きぬいた。

 もはや抜刀術すら使おうとしなかった。

 ユーリが虫の息だったから。

 ユーリもそれを悟った。

 だがその心とは裏腹に、なぜかユーリには諦念がなかった。

 今の自分ではどうあってもヨハンには敵うまい。

 立ち上がることすらままならないのだ。

 しかし諦念はない。

 なぜだ。


 ヨハンが刀を上段に構える。

 柄を両手で握り、そしてゆっくりと振り下ろし――



『振り下ろせば殺す』



 そのとき空間が凍った。

 誰が動き得ただろうか。

 目の前のヨハンも、少し離れたところにいるキュイスも――そしてイシュメルも。


 ユーリの口から迸った『何者か』の声に、凍るしかなかった。


 威圧。

 否、そんな生ぬるい衝動ではない。

 動けば間違いなく殺されるという確信。

 自分に対する強大な存在からの殺害衝動を本能が感じ取った。


 ヨハンの額から冷や汗が迸った。

 刀を振り下ろせない。

 諦念を感じ取ったのはヨハンの方だった。

 シューという奇妙な音を立てながら、ユーリの左太ももの傷が塞がっていく。

 そしてユーリは立った。

 いや、それは本当にユーリなのか。


「誰だ、貴様……」


 ヨハンは疑念をぶつけた。

 立ちあがったユーリは答える。

 否、ユーリではなく――


「我が名は『ゼクシオン』」


 上げた顔。

 その双眼は金色に輝いていた。

7/31 改稿済ここまで。

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