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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第四幕 明雲と暗雲編
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46話 「集まりはじめる力」

 場所は変わり、エスクード王国、『王都セリオン』。


 ユーリの命令で一足先にエスクード王国の領土へと舞い戻ったベルマールは、その日眼前の景色を眺めながらふとつぶやいていた。


「ユーリが見たら驚くだろうか」


 このセリオンに集まった〈エスクード人〉の数に。


 ベルマールが秘密裏に母国への召集をかけてからはや一か月ほど。

 旧領土へ散り散りになっていたエスクード人たちは、おそるべき早さでこの王都へ集まった。

 まるで、みながみなこのときを待ち望んでいたかのように。


 エスクード王城はすでにほとんど修復されている。

 セリオンの街、そして周辺の街もずいぶんと活気を取り戻してきた。

 改めてエスクードの民の驚異的な能力に驚かされる。


 ベルマールは白いレンガで造られたエスクード王城の窓から、セリオンの街並みをもう一度眺める。

 連日の復旧作業で日に焼け、さらにその焼けた顔に快活な笑顔を浮かべるエスクード人たち。

 そして、


「はは、彼らはエスクード人とは正反対だ」


 慣れぬ手つきでレンガを積み上げる少数の『エルフ』。

 二種族の混合。

 その光景にベルマールは形容しがたい高揚感を覚えていた。


「シャル。やはりユーリはあなたの息子だ。あなたの血を色濃く受け継いでいる。まさかもう一度、この光景を見られるとは思っていなかった」


 最愛の友人であったシャル・デルニエ・エスクードが王位に座したときと同じような高揚感と期待感。

 ベルマールの身体は希望に満ちていた。


「失礼します! ベルマール様!」


 と、ふいにベルマールの後ろから声があがった。


「サベジと名乗る集団がセリオンの街門に姿を現しました! ユーリ様が作ったと思われる証書を持っているようです!」


 ベルマールの後ろで片膝をついて頭を垂れていたのは赤い髪の青年だった。

 〈ヨキ・ファレル・アニスタ〉。

 ヴェール皇国から送られてきた宝石の原石のような青年である。


「通してください。私が直接面会します」

「御意のままに!」


 元気すぎるほどの返事をおいて、ヨキは再び立ち上がって走り出した。


「まったく、ユーリはおもしろい人材を寄越すものです」


 ベルマールはヨキを見たときにもある種の期待感に襲われた。

 その期待感は修練と称してヨキと手合わせをしたとき、確信に変わる。


 ――彼もまた天才だ。


 先王やユーリとはまた違うタイプの。


 ヨキにどうやって武芸を学んだかを聞いたとき、彼はこう答えた。

 『強い人の武芸を見て学んだ』と。

 そして実際にヨキと手合わせをしたときにベルマールは気づく。


 『ヨキはおよそ見ただけで他人の武芸を盗める』。


 先人から見て学ぶと言うのはなにしも特別なことではない。

 誰もが模倣からはじめる。

 だがヨキの場合は程度がおかしいのだ。

 模倣から再現に至るまでの過程がない。

 見ただけで、その瞬間から再現できる。


 そんなヨキは、しかしこんなことも言っていた。


『でも、ユーリ様の武芸は一度見ただけでは学べませんでした。そして教えてもくれませんでした。残念です』


 ユーリの判断は正しい。

 ユーリの武芸は、エスクード人の血脈――中でもその最上種と謳われたシャル・デルニエ・エスクードの血を色濃く受け継いでいるからこそ扱えるものだ。

 あの不安定な状態からの攻撃は常人が行っても大した威力を得られない。

 生まれつき柔軟かつ強靭な土台の筋肉、そこへさらに長年鍛え上げられてきた筋肉を足してようやく可能になる動き。

 しかもあの動きは、誰かに教えられて完成したものではない。

 出発点はあるが、今はもう完全に独自の発展形にある。

 つまるところ明確に『型』と呼べるようなものがないのだ。


 ――あれはユーリが生き残るために独力で完成させた、修羅の技。


 ユーリ自身、天才型であることはベルマールも知っている。

 彼の場合、『師』も天才であった。

 本来天才種は師に向いていないとベルマールは思う。

 己の体感と直感で動く者ならなおさらだ。

 感覚を他者に伝える事ほど困難なことはない。


 ――まあ、それでもユーリはシャルの教えを感覚で理解してしまったのですが。


 ベルマールは初めてユーリがシャルから教えを受け、それを実践して見せたときのことを忘れない。

 おそらくシャル自身も驚いていただろう。


 『才能(センス)に関しては父を超えていた』


 だが、ユーリにも恵まれなかった点はある。――その体躯である。


 シャル・デルニエ・エスクードは熊のような巨躯の持ち主だった。

 その発達具合は先代からの遺伝であろう。

 歴代のエスクード王もみな巨躯であったとされている。

 ゆえに、エスクード人は純粋な戦闘民族であった。

 単純な膂力が他民族とは根本的に違う。

 細身のエスクード人であっても筋繊維の数、強度、諸々が常人よりも発達していて、ユーリのそのたぐいではあったが――


 ――単純な強度だけは、父と比べると半分以下だ。


 その柔軟性は類を見ないが、動きを伴わない場合では押し負ける。

 ユーリは動きごとの威力の『増幅率』が異常なのだ。

 ゆえに、父との腕相撲にはいつも負けていた。

 腕が常に固定されているから。


 ――ユーリはその点、『母』に似たのでしょうね。


 ユーリの母は細身の女だった。

 背丈も標準。

 エスクード人の女児は総じて男児ほどの成長を見せない。

 世界標準と言ってもぎりぎり含まれる程度である。


 ――まあ、精神は夫よりも強靭でしたが。


 もしユーリに父の巨躯が受け継がれていたら、と思うときもある。

 しかしベルマールは、そんな考えが生まれるたびに自分を制した。


 ――いてはならないのかもしれない。


 ユーリの才能と瞬発力に、あの圧倒的な膂力を加えるなど。

 もはや人間の域を超えてしまう。


「ともあれ、これからのヨキは楽しみですね」


 自分からユーリに教えられることはあまりないかもしれないが、ヨキに関しては逆だ。

 あの純朴な青年はこれから伸びる。

 それもおそろしい成長幅で。


 教えればいいのだ。

 この数千年の時を経てきた武術の数々を。

 そしてその全てを集束させ、彼に一つの答えを導き出させればいい。

 その才能が彼にはある。


 ベルマールは震えた。

 ベルマールの中で武芸者としての魂が歓喜の叫びをあげていた。


「いけませんねぇ、私も若くはないのですから少し自重しなければ」


 そう言いつつ、ベルマールは肩を回していた。


◆◆◆


「これが証書です。お確かめください」


 エスクード王城の客室で、サベジの長〈ハイゼル〉は、ユーリに持たされた証書をベルマールに見せた。


「たしかに。それにしてもユーリ、相変わらずつたない証書を書きますね……。もっと公務的な事を教えておくべきでした」


 ベルマールは笑いながら言い、ハイゼルもそれに苦笑した。


「証書はお預かりします。――さて、この証書によるとあなた方にエスクード人としての戸籍五百名分を授けろとのことですので、早速手配させましょう。さすがにこの場で五百人全員の名前を聞いて覚えるのは難しいので、手続きは役所の方でしてもらいます。それでよろしいですか?」

「構いませんよ。私たちとて陛下の国の再建を妨げるつもりはありませんから」

「ありがたいですね。それと、金貨の方はあなた方が居住地を得たあとで支給させましょう」

「……」

「どうかされましたか?」

「いえ、正直なところ、金貨五百枚をすんなりと渡されるとは思っていなかったもので。再建している最中(さなか)の出費としてはいささか大きすぎるのではないかと」

「金ならいいのです。先王が私財の大部分を国に寄付していたので、埋蔵金の類が山ほどあるのですよ。今のエスクードに必要なのは金ではなく人材です。すなわち金よりもあなた方が必要なのです。ですのでそうお気になさらず、あなた方のできる仕事を私たちを助けてください」

「ハハハ、これほどの待遇を受けて普通の仕事をするだけでは私たちも面目が立ちません。――誠心誠意、身を粉にして働かせてもらいましょう」


 ハイゼルは知的な人間だとベルマールは思った。


「ときに、一つお聞きしていいでしょうか、ハイゼルさん」

「なんなりと」

「あなたは純潔のナレリア人ですか?」

「いいえ、私はマズールとナレリアの混血児です。生まれ育った場所はナレリアですが」


 なるほど、と納得する。

 なんとなくそんな気はしていた。

 口では謙遜しつつ、貰うものはしっかりと貰う。

 ハイゼルの一連の立ち回りの中にマズール人の商人的な気質が見え隠れしていたと思った。

 実に、優秀だ。

 そして上に立つ者としても接しやすい。

 交渉もすんなりいくし、貰った分の働きもしっかりするだろう。


「いやぁ、それにしてもハイゼルさんは物わかりがよくて助かりますよ。少し前に陛下によって送られてきたとある移民者は頑固でしてね。報酬を払おうとすると断固として断るのですよ。『私はユーリ様に仕えられるだけで十分です!!』と。私としては報酬を払わねば気負いしてしまうので、なんとか説き伏せようとするのですがこれがまた常軌を逸した頑固者でして」

「ハッハ、面白い人物もいるものですね。私なんか百回生まれ変わってもそんな生き方はできないです。貰えるものは貰わなければ」


 そんな会話をしているうちに交渉は順調に進んだ。

 ユーリの人を見る目は確かだ。

 ベルマールはそう思い、少しの間ハイゼルと雑談して、また政務に戻った。


 エスクードは徐々に光を取り戻していく。

 迫りくる闇にかき消されぬように。


◆◆◆


 さらなる事態の変化が見られたのはその日の夕方頃だった。

 ヴェール皇国からの一通の伝書が届く。

 その内容にベルマールは思わず顔をしかめた。


『マズール王が死んだ。あくまで推測の域を出ないがヴァンガード協定連合の差し金かと思われる。早急に対策を練って欲しい』


 そして続きを読んだとき、ベルマールは自身で不謹慎とは思いながらも歓喜せざるを得なかった。


『ケーネ・ヴァスカンドというマズール王国の元騎士団長がエスクードに助力すると明言した。ナレリア方面にいると思われるエスクード王へ状勢を伝えに先刻出立。彼にふさわしい処遇を』


「ケーネさんが……」


 ベルマールは目頭が熱くなるのを感じた。


「いえ、まだ喜ぶのは早いですね。早々に対策を立てねば」


 ヴァンガードが動き出したのならば、おそらくエスクードに対してもなんらかの動きを見せてくる。

 それも、この国に対して利益とはならないだろう動きを。

 ベルマールは国を与る者としての義務を果たすべく立ちあがった。



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