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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第四幕 明雲と暗雲編
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45話 「かくて昇る反逆の狼煙」

「さて」


 ユーリはメイレンが去ったあと、襟を正して口を開いた。


「これからどこへ向かうかをそろそろ決めておこう」

「なにか考えはあるのかい?」


 イシュメルが聞き返す。


「少し悩んでる。というのも、もしマズールが再度攻め入ってくることを仮定すると、ギリギリなんだ」

「ギリギリ?」

「戦力と、残された時間が、だ。正直言えば、あと一国と同盟を結んでおきたい。国でなくとも、戦において限定的に特化している組織でもいい。たとえばサベジのような」


 サベジは密偵業の最高峰、ナレリア王国で、個別の小さな組織でありながら脅威とみなされるほどの腕利き集団だ。

 戦において局地的な策略を巡らすのにはうってつけで、力に関しても信頼に足る集団だった。

 人数の枷はあるが、少数だからこその利点もある。


「局地的な奇策に関してはサベジがいれば十分だ。問題は主戦。前線維持、全面攻勢、その他諸々の戦の主体的な部分に使える人材がまだ少ない。認めたくはないが戦の基本は数だ。いかに質が良くても数で押されては手の出しようがないときもある」


グラン聖戦、レザール戦争、過去数度にわたって起こった戦争が、物量の力を証明している。


「ヴェールとてエスクードのために避ける人材は全軍事力のおよそ三分の一くらいだろう。エンピオネの厚意に最大限すがったとして半分か。それ以上は自国を守る義務を放棄しかけない。そして軍事力の再編成が掛かったにしろヴェールの軍事力はまだ稚拙だ。戦を体験したことのない兵が多すぎる。経験の欠如ばかりは短期間で埋めきれないだろう」

「かなりの部分を自国で補うしかないようだね」

「そうなるな。だが実際のところ――」


 ユーリは膝に腕を立てて、顔の前で手を組んだ。


「エスクードの残党がどれだけ残っているか、わからない」


 このときユーリはえもいわれぬ不安感に押しつぶされそうになっていた。


(時間が足りない)


 いくらあっても。

 これまでの旅は順調だ。

 最良とまではいかずとも、時間毎に対する戦力の補強としては十分理想に近い。

 しかしそれでもなお足りない。

 今もしもマズールのような大国が攻め入ってきたら、果たしてそれを追い返すことができるのだろうか。

 討ち取る必要はないし、エスクードを守れればそれでいい。

 そうやって守勢に専念すること多少は難度も下がるが――


「もう少しここで考えよう。下手に動いてエスクードから離れ過ぎるのは危険が大きい」


 ユーリはそう言って話を切った。


 そうして夜は更ける。

 人々の悩みに耳を傾けることもなく。


◆◆◆


 次の日の朝。

 ユーリはその日、珍しくリリアーヌ以外の人物に起こされた。


「陛下」

「……」


 呼ばれ慣れない言葉で声をかけられる。

 しかしまだユーリは起きない。


「陛下、陛下」

「……」

「陛下陛下陛下陛下陛下」

「……」

「せいっ」

「おっふ」


 腹部に頭突きをかまされてようやくユーリは目覚めた。


「ッ…あっ! 朝飯抜きは勘弁!」

「……」


 ユーリは条件反射的に飛び起きて叫ぶ。

 その様子を見たメイレンは眉を引きつかせ、一度ごほんと咳払いをしてから喋り出した。


「陛下、先刻ルシウル王国に潜伏していた同志から情報が入りました。ルシウル王国に注意を払えとのご命令を受けていたので早々にお伝えに参りましたが」

「あ、メイレンか。すまん、すぐに着替える」


 上半身に服を着ていなかったユーリはそそくさと上着を取って羽織る。

 跳ねた銀髪を手で撫でつけながらベッドを抜け出て、シャツのボタンを締めはじめた。


「ユーリ! 朝っ!」


 ちょうどそのあたりで勢いよくリリアーヌが部屋へ入ってくる。

 と同時、リリアーヌはユーリがすでに起きていることに口をあんぐりと開けて驚いて見せた。


「天と地が引っくり返る……」

「開いた口を塞げ、リリィ。あと天と地は引っくり返らない」

「え、でも――」

「いいから後ろの髪を()ってくれ」


 ユーリはやれやれと肩をすくめながらリリアーヌに背を見せ、机の上に置いてあった髪結い用の紐を投げ渡した。


「明日雪だったらどうしよう……」


 そんなことを言いながらも、リリアーヌは慣れた手つきでユーリの一際長い一房の銀髪を三つ編みにしはじめる。


「今日は三つ編みの日だっけ」

「そういえばそんな気もする。というか俺の髪を日替わりでいじって遊んでるのはお前だろう。当人が忘れるんじゃない」


 そうやって二人の日常が繰り広げられる中、メイレンは目をぱちくりとさせてその様子を見ていたが、ようやくハッと我に返って口を開いた。


「あの、陛下、そろそろ先を話してもよろしいでしょうか」

「ああ、悪い悪い、頼むよ」

「はい。――同志が言うには、ルシウルにて大規模な内乱が起こったようです」


 瞬間、ユーリは勢いよく立ちあがった。

 リリアーヌが編んでいた三つ編みがほどけて宙に舞う。


「――来たか!」

「あっ! ユーリ! ほどけちゃったよ!」


 リリアーヌの非難の声も聞かず、ユーリはえもいわれぬ充実感と高揚感を覚えていた。

 ヴェール皇国で出会った〈エンデ〉という青年の顔が脳裏をよぎる。


「それで?」

「はい。内乱の首謀者は旧シーク公国の一人息子――〈エンデ王子〉のようです。以下、生き残りの捕虜総勢百二十八名、さらに以下、ルシウル軍兵士が数百名寝返り、内乱はシーク公国勢の国外逃亡という形で終結した模様です」

「数百人程度か……よくそれで国外に逃亡できたな」

「サベジの密偵の誰も見たことがないので確証はありませんが――脱走の手引きを『ドワーフ』と見られる数十名が行ったようです」

「ドワーフ……そうか……そうか、よし」

「陛下?」


 一人で納得したように笑みを浮かべるユーリ。


「いや、なんでもない。おそらく彼らはドワーフで間違いない。シーク公国はドワーフと同盟を結んでいるからな。滅亡前もかなり友好的な関係を結んでいたらしい」

「陛下はそのあたりにお詳しいのですね?」

「エンデと話したからな」


 メイレンはその言葉を聞いてようやく納得した。

 同時に、ユーリがシーク公国に並々ならぬ思いを持っていることも察する。


「その後の脱走の手引もドワーフが総出で行った可能性があります。ルシウルに姿を現したのは少数でしたから、残りのドワーフはドワーフの集落まで別々に配置されているのかもしれませんね」

「だろうな。内乱後のルシウルの状勢は?」

「今のところ大きな変化は見られないようです」

「そうか。ちなみにそのルシウルに潜伏しているサベジの仲間にこちらから連絡を取ることはできるか?」

「はい、可能です。同志も陛下の指示を仰いでおります」


 そうこうしている間にいつの間にかリリアーヌがユーリの髪を結い終え、肩をぽんと叩いた。

 それを合図にユーリは一歩前へ出る。


「なら、そいつにはシーク公国へ向かうよう伝えてくれ。そしてエンデと接触しろ。俺の名前を使って構わない」

「御意」

「それと」

「……?」

「その任務の遂行中、もしルシウル王国勢といざこざになったら『容赦しなくていい』とも伝えてくれ」


 ユーリの言葉を聞いたメイレンは、可憐な顔におよそ似合わない残忍な笑みを浮かべ、部屋から出て行った。


「早めに国をまとめてくれよ、エンデ」


 メイレンが出て行ったあとで、ユーリは小さくそうつぶやいた。


◆◆◆


 ユーリが起きたあと、一行は宿の食堂に集まって朝食を取った。メイレンも一緒だ。


「お、おいひい……」


 リリアーヌが宿のキッチンを勝手に拝借して作った料理の一品一品に舌を巻きながら、メイレンが猛烈な勢いで朝食を貪る。


「もしかしてなにも食ってなかったのか?」

「えぅッ!」

「口の中の物を飲みこんでから話せ」

「へひはははなひはへふはは」

「悪かった悪かった」


 メイレンは興奮した様子でリリアーヌの作った朝食を頬張り続けた。


「その様子だとこれからどうするかは決めたようだね?」


 と、イシュメルが微笑を浮かべながらユーリに問いかける。


「ああ、糸口が見えた。で、とりあえず俺はこれからエスクードに帰ろうかと思ってる」

「そっか。……うん、僕もそれに賛成する。そろそろマズールが攻めてきてもおかしくない時期だし、少し早めに帰った方がいいかもしれない」

「ということはついにエスクードの地を踏むことになるのか。あたしも緊張するよ」


 アガサが見果てぬ地に思いを馳せた。


「兄様、父様たちにも会えるね!」

「そうだね、リリアーヌ。きっとみんな驚くよ、リリアーヌがこんなに綺麗になってることに」


 リリアーヌはそんなイシュメルの言葉に少し頬を紅潮させてうつむいたが、顔には抑えきれない嬉しさが滲んでいた。


「直線距離で戻りたいが、そうするとマズールの領土に足を踏み入れることになる。ヴェールに寄らずに少し回り道した方が良さそうだな」

「〈ミロワール運河〉と〈トリアネ山脈〉、どっちを通って行くんだい?」


 トリアネ山脈。

 マズール王国とナレリア王国の国境線で、三つの高い山で構成された山脈である。

 三つの山の谷間を通れば大した高さではないが、それでも山の連なりであることには変わりなく、越えるならばそれなりの労力を払わなければならない。

 だがナレリアからマズールに行く分には西部のミロワール運河を経由して回り道するよりも近道だった。

 そのため、消費期限の短い商品を扱う商人たちは主にトリアネ山脈を活用する。

 いつしか交通の要所になったトリアネ山脈の低標高部にはいくつかの集落が出来、人もそれなりに住んでいるらしい。

 原産はオデール木材。

 冷所に特に強く、丈夫で、柔軟性を失わない優秀な木材である。


「トリアネ山脈だな。ミロワール運河はこの時期で混雑している。行商人の数も右肩上がりに増えてきているところだろう。かえって時間が掛かるかもしれない」

「なら決まりだね。山越えだ、山脈手前の鉱山街で手早く、それでいて十分な準備をしよう」

「ああ。じゃあみんな、今日のうちにここを発つから準備をしておけよ」

「わかった!」

「おう!」

「御意」


 返事が三つ、重なった。



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