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エスクード王国物語  作者: 葵大和
第三幕 暗殺者集団サベジ編
40/56

38話 「密偵国家と暗殺組織」

 その日の夜。

 休息と言う名の安らかな日々が、唐突に終わりを告げた。


 旅の疲れをいやすために、あと一日だけと決めて、ユーリたちはその日もダルヴァの小屋で一拍を決めた。


 そうして、みなが寝入った頃だった。

 ユーリたちは小屋のリビングの机をどかし、ひとところに集まって寝ており、ダルヴァとイライザは自室にて睡眠を取っていた。

 月明かりの薄い日。


 真っ暗闇の外で、か細い『足音』が鳴る。


 そして――


 唐突に、窓ガラスが音を立てて砕け散っていた。


 たとえようのない強音が鳴って、即時の動きでユーリが体を起こしていた。

 声を出す暇などなかった。


 隣で寝ているリリアーヌに、今にも短剣を振りおろそうとしている人影が映っていた。


 刺客だ。

 誰かなんてどうでもいい。

 こいつは敵だ。


「――ッ!」


 ユーリの身体に瞬時に力が注ぎ込まれ、たぐいまれな身体能力と反射神経がうなりを上げる。

 剣を抜いている暇などない。

 体勢の整わない状態で、その何者かに向けて拳を放った。

 一撃で小屋の壁などぶち割りそうな、異様な威力をまとった拳だった。

 その拳が高速で人影に迫り、鈍い音がなる。

 ユーリは拳が影に当たったのを確信した。

 だが、それでもなお、影は短剣をリリアーヌの首元に狙いを定めて振り下ろそうとして、


 まずいと思う前にユーリの身体は動いていた。


 ユーリの本能は、こと戦闘とリリアーヌを守ることに際して、人間のそれとは思えぬほどの反射性能を発揮する。

 ユーリは左手でとっさにリリアーヌを庇った。

 直後、手の甲に伝わる冷たい感触。

 そしてすぐに熱くなる傷口。

 短剣が刺さった。

 鮮血がリリアーヌの顔に舞い落ちた。

 その瞬時の攻防の時間にて、イシュメル、アガサ、リリアーヌも目を覚ます。

 しかし起きぬけの脳はあまりに鈍く、現状を理解するのに時間を要した。

 その間、影は割れた窓から脱出を試みる。

 ユーリの一撃を受けてなお、その影はまだまともに動けていた。

 だが、やはりユーリがそれをよしとしなかった。


「逃がすかッ!」


 影の足を掴む。

 膨大な力を腕に込め、引っ張った。

 投げ飛ばすように影を壁に叩きつけ、そのまま引きずり回す。

 まるでボロ布の汚れを壁に打ち付けて払い落とすかのように、ユーリは人間の身体を片手で壁と床に打ち付けた。

 異常な膂力だった。


 次いで、イシュメルがようやく現状を理解し、魔術を行使した。

 簡素な魔術。

 部屋が光に包まれた。


 光に照らされ、ついに影の正体が露わになる。

 それは黒装束を纏った人間だった。

 ユーリが黒装束の首を掴み、軽々と片手で宙に持ち上げる。

 照らされたユーリの顔は、鬼のようだった。


「何者だ。お前、何をしようとした」


 表情のわりに声が静かで、逆にそのことがユーリの怒気を端的に表していた。

 ゆっくりと、ユーリを刺激しないように、イシュメルが黒装束に近づく。

 アガサは部屋の隅でリリアーヌを守るように抱きかかえながら、現状を見守っていた。

 異変を察知したダルヴァとイライザが部屋から出てきて、目を丸める。


「なにごとだ!」

「こいつがリリアーヌを殺そうとした」


 ユーリが鬼の形相のままダルヴァに告げる。

 今にも黒装束の首を掴んでいる手に力を込めて、殺してしまいそうな顔で。


「おい、殺すなよ? ――わしに任せろ。いいか、頼むから殺すんじゃないぞ? そいつには聞きたいことが山ほどある」


 ダルヴァもイシュメルと同じくユーリを刺激しないように意識しながら、ゆっくりと近づいていった。

 ユーリ自身、自分を落ち着かせるように何度も深呼吸をしていた。

 しばらくして、どうにかこうにか落ち着いたのか、ユーリは捨てるように黒装束を床に放りなげる。

 そこでダルヴァも胸をなでおろし、今度は黒装束の顔が見えるように腰を下ろした。


「こいつは――〈ナレリア王国〉の密偵だな。装束の裏に『十字黄剣(じゅうじおうけん)』の紋章が縫い付けられている」

「どういうことだ。なぜ居場所がバレている。それより、どうしてすでに敵対しているんだ?」


 ユーリは自問自答するような口調で言った。

 半分放心したようなユーリを放っておいて、ダルヴァが密偵に訊ねる。


「おい、貴様、死にたくなかったらさっさと情報を吐け」


 密偵の方はユーリの叩き付けや引きずりを受けて息も絶え絶えで、さらに首元の手跡が、いかにユーリが本気でこの密偵を殺そうとしていたのかを鮮明に映していた。

 その密偵がようやく口を開く。


「サ、サベジを……刺激したな」

「ナレリアの暗殺組織〈サベジ〉か。刺激した覚えはないがな」

「大賢者、あんたじゃない。サベジの目に留まったのはそこのエスクードの末裔だよ」

「どうやらお前の行動は(つつ)抜けらしいぞ、ユーリ。――とりあえずその点はおいておこう。それで、サベジを刺激したことと、お前さんがリリアーヌを狙ったのにはどんな関係がある?」

「別に、小娘でなくてもよかった。エスクードの末裔がナレリアに侵入することを阻むことができれば……」


 そう言いながら、密偵が身体を起こす。

 すでに敵対心はないようで、安易に情報を口から出した。

 否、ユーリの射殺すような視線を前にして、喋るしかなかった。


「サベジはあんたらに目をつけた。組織の長は変わり者だ。自分が面白いと判断すれば目を付ける。そして、我がナレリア王国は実質サベジと敵対している」

「馬鹿な。サベジはあくまでもナレリアの密偵だろう。密偵達が役割に応じて分割化したに過ぎない」

「違う。一組織にしては…サベジは力を持ち過ぎている。強大過ぎるのだ。均衡が崩れかけている。ゆえにナレリア王はサベジを国家から切り離し、あわよくば抹消しようと躍起になっているのが現状だ」

「手に負えなくなったのか…」

「そのサベジの長がエスクードの末裔に目を付けた。ヴェール皇国での戦果はすでにナレリアに伝わっている。個人にしても脅威だ。もしエスクードの末裔がサベジにつくようなことがあれば、サベジを抹消することが困難になるとナレリア王は判断した」

「だから遠ざけようと。そしてあわよくば今の内に殺してしまおうと言うわけか」


 そこでユーリの視線がさらに鋭くなる。

 瞳孔が縦に割れていた。竜の力がいまにも顕現しそうだった。


「ユーリ、そこから一歩も動くんじゃないぞ。イシュメル、ユーリを拘束しろ」

「僕がユーリを力で拘束出来るとでも? 物理的手段でも魔術的手段でも不可能ですよ……」

「……ったく! これだから小僧は!」


 ダルヴァはユーリの殺意が一層鋭くなったことに気付いて、イシュメルにユーリを抑止させようとしたが、イシュメルもお手上げと言わんばかりにそう返した。


「わかった。ナレリアの密偵よ、お前は国へ帰れ。ここで起こったことを偽らずに王に話すのだ。『大賢者はナレリア領から去る』とつけ加えてな。大賢者はナレリアに愛想が尽きたらしい、と」

「そんなっ!」

「二度は言わん、早く去れ。わしとしてもお前が小屋で無残に殺されては敵わん」


 ダルヴァがユーリを一瞥する。

 その含んだところを即座に理解したナレリアの密偵は、すっと立ち上がって小屋から逃げ出すように出て行った。


「はあ……、これは早々に話しあう必要がありそうだな。とりあえず今のところはみんな寝ておけ。まだ夜は深い」


 ダルヴァはそう言って、ため息とともに部屋へ戻っていった。


◆◆◆


「さて、落ち着いたか?」

「ああ」


 ダルヴァは煩わしそうに頭を掻いた。

 ユーリの精神状態は明らかに不安定だった。

 まだ殺気が身体から(ほとばし)っている。


「ユーリ、私は大丈夫だよ?」

「……ああ」


 リリアーヌが心配そうに言うが、返ってくるのはどことなくうわの空な声ばかりだった。


「放っておけ、そのうち立ち直る。自分がいながらリリアーヌを危険にさらしてしまったのが不甲斐ないのだろう。イシュメル、お前と話し合った方が早そうだな」

「そのようですね」


 ダルヴァがイシュメルの方に向き直った。

 イライザが人数分の紅茶を運んできて、ダルヴァの隣に座った。


「現状を整理すれば、ナレリアは実質お前たちと敵対した。これはわかるな?」

「ええ。当初の目的を達することは叶わないようです。僕たちの目的はナレリアとの同盟でしたから」

「そしてその代わり、暗殺組織サベジに目を付けられた。これをどう処理する?」

「こればかりは僕では決められません。僕はエスクード王ではありませんから」

「――だろうな。くそ、これでは話が進まん」

「大丈夫だ、俺が決める」


 と、そこでユーリがさっきよりは少し活気に満ちた声を上げた。

 まだ少し、妙な儚さが見えたが、声そのものはハッキリとしていて、目の中の光もたしかだった。

 それをダルヴァが見て、


「手間をかけさせおって」

「悪かったよ。それでサベジとの対応だったな」

「ああ」


 ユーリを話中に引き入れた。


「――個人的にサベジに興味が湧いてきた、というのが俺の本心だ」

「本気か?」

「本気だ。ナレリアが同国内で注視するくらい、優秀な組織なんだろう?」

「それはそのとおりだが、サベジの長が話せばわかるやつとはかぎらんぞ?」

「構わない。いざとなったら俺一人で行く」


 そうユーリが言った瞬間、イシュメルが笑みでユーリの頭に拳骨を振り下ろし、リリアーヌがユーリの後頭部にチョップをかまし、アガサがユーリの額にでこぴんを放った。


「本当に君は馬鹿だね!」

「ユーリって馬鹿だよね!」

「馬鹿だな、この上なく!」

「だからってこれはないだろう……」


 ユーリとしても、それを言えば仲間たちが黙っていないだろうことはわかっていた。

 が、さすがにここまでやられるとも思っていなかった。

 そんな様子を見て、ダルヴァが傍らでからからと笑っていた。


「一人で行くのはなしだといったろう?」

「わかってるよ。ならみんなでサベジの長に会いに行こう。付きあわせて悪いな」

「それも謝る必要はないよ。僕たちは僕たちの意志で君についていってる」

「頭があがらないよ、お前らには」


 ユーリはわざとらしく肩をすくめた。

 そうしてダルヴァに向き直り、


「俺たちの方は決まりだ。爺さんたちはどうするんだ?」

「ナレリア領を去るといったからな。この小屋からは出て行く。残念ながら同行はできん。いかに友人の息子が危機だからといって、わしは国政に関わらんと決めた以上、加担することはできなんだ」

「いいさ、それで。とはいえ、知り合いのよしみで多少の『寄付』はしてくれるんだろうな?」


 最後に悪戯っぽくユーリが付け加えた。

 ダルヴァは一瞬呆気にとられたが、すぐに大笑いした。


「わかっておる! 抜け目のないやつめ」

「そうこなくちゃな」


 ユーリも目に活気を宿してダルヴァと同じように笑った。


「それにしても、爺さんがナレリア領から離れるって言っただけであの密偵は慌てふためいていたけど、どういうわけだ?」

「わしを自国の領に置いておくだけで他国への影響力が多少ながらあるらしいからな。あわよくば戦に加担してくれるとでも思っておるのか。存外馬鹿なやつだ。ナレリア王は計算高いからもとよりわしなど勘定にも入れていないと思うが、下っ端にはそれがわからんのだろう」

「大賢者も伊達じゃないな」

「口がうまいやつめ」

「よく言うよ」


◆◆◆


 その後、『寄付』を得るためにユーリはダルヴァにつれられていった。

 向かう先はダルヴァの自室だ。

 ダルヴァは自室の巨大な物入れ棚の中から、あるものを取り出してユーリに渡した。

 袋に入った細長のなにかだった。

 袋から出してみると、ようやくそれが『剣』であることがわかった。

 鞘に入った剣だ。

 そしてそれを見て、ユーリは驚愕していた。


「なぜこれが…」


 手渡された剣はユーリの持つエスクード王剣と瓜二つだった。

 まるでもう一本のエスクード王剣。

 ユーリの目はそれが本物と相違ない出来であることを即座に見抜く。

 だからこそ驚愕した。


「『エスクード王剣』だ」


 柄の上部に刻まれている竜の紋章――エスクード紋章までも、同じ。


「どういうことだ」

「なに、簡単なことだ。エスクード王剣は元々二本、つまり双剣の類だった」

「そんな話聞いたことないぞ。というかなぜ爺さんが片割れを持っている」

「シャルが魔術を習う対価によこした」

「父さんが?」

「そうだ、何も言ってやるな、あれは馬鹿なのだ。エスクード王の証たるエスクード王剣はずいぶんと昔に作られたが、どの歴代の王も一刀のみを使った。もはやそこは伝統のようでな。もう一本はいつの間にか完全な儀礼用として飾られるだけのものになったが、時代が進むごとに二本だったことすら忘れられ、宝物庫に投げ入れられる始末だった。シャルも一刀流だったが、どうせ使わないならと対価といってわしに差しだした。まさか息子が二刀流になるなんて思いもしなかったろう」


 確かにユーリも先代からは一刀流の剣術しか教わっていなかった。

 だが、不幸にも鍛錬半ばで生き別れとなったことがきっかけで、そこから我流で剣術を身に付けた。

 エスクード王剣は双剣であったことと、ユーリが二刀流になったことは偶然の一致のようではあった。

 それでも一方で、運命のようにも感じた。


「それと、これを差しだしたのはレザール戦争直前だ。馬鹿なりに王国の宝具がマズールに渡るのを阻止するためだったのかもしれぬ。負けを悟っていたとは思えんがな」


 ユーリはもう一本のエスクード王剣をまじまじと見つめ、撫でた。


「残念ながらわしも王剣についてはそれほど詳しくない。詳細はよく知らん。しかしまあ、エスクード王剣は王のもとに戻るのが一番良いだろう。出世払いにしておいてやる」

「……」

「なんだその沈黙は。いかにその剣が元エスクードのものであろうとも、一度はわしの手に収まったものだ。しっかり代金は貰うぞ!」


 ダルヴァが悪戯気な笑みを浮かべて言った。

 ユーリは苦笑しながらも、まだエスクード王剣の刀身を撫でていた。


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