37話 「それぞれの思い」
「知っていてなお、その右眼を捨てようとはしないのだな」
「必要なんだ。目的のためにも、俺自身が納得するためにも。俺が生きるかぎりは、この眼も持ち続ける。そう心に決めた」
イシュメルは思惑が確信に変わるのを感じた。
イシュメルがなにか言いたそうに口を開きかけたが、ダルヴァの方が先に言葉を紡いでいた。
「……お前がそういうなら、ひとまずその点はおいておこう」
ダルヴァは軽く息を吐いて、また鋭い視線をユーリに向ける。
「で、お前の覚悟や意志はこの際どうでもいい。現実にお前の身体に起こっていることを、自身でちゃんと理解しているか?」
「感覚的には」
「言ってみろ」
「俺とゼクシオン――あの竜――の存在の境界線が、ずっと薄まった気がする」
「ああ、まあ、そんなところだろうな。前からこういうことはあったか? お前の意志にとって代わるようなことが」
「いや」
「ならば同調という言葉で表して問題なさそうだな」
「ああ、そんなところだろう」
「どういうことですか?」
イシュメルは感覚的にはユーリの現状を理解しつつも、明確な言葉としては認識できていなかった。
だから二人の会話を聞きつつ、最後にダルヴァに訊ねた。
「今までは明確な一線を設けていたユーリと右眼の竜が、今になってその線を取っ払い始めた。いや、さっきの竜の様子を見る限り、元々その竜はユーリに対して境界を設けるつもりはなかったのだろう。だがユーリは竜の存在にはっきりとは気付いていなかった。ゆえに深く同調することもなかったが、現状を見る限りはそうでもなくなっているらしい」
「ユーリが、竜の存在に気付いたと」
ハっとして、イシュメルはヴェール皇城でのユーリとの会話を思い出した。
◆◆◆
『竜の名を聞いた』という言葉を。
◆◆◆
ダルヴァはイシュメルの様子を見て確信する。
「思い当たるところがあるようだな」
「先日、ヴェールで過ごしていたとき――ユーリは右眼の竜の名を聞いてきたと僕に話しました」
「そうか。名か。名は存在の最たる証明だからな。きっかけはそれだろう。――それで、ユーリよ、お前はどうするつもりなのだ?」
ダルヴァの問いに、ユーリは間髪いれずに答えていた。
「特に何をするでもない。このまま、流れのままに」
「だがそれではお前が竜の存在に侵食されるかもしれんのだぞ。たとえ竜の側にその意志がなくとも、竜の強すぎる力がいずれお前の存在をぬりつぶす」
「それで確固たる力が手に入るなら、またそれも道だ」
「お前は一個の人間としては狂っているな。存在をかけてなにを――」
ダルヴァが言いかけたところで、イシュメルが猛烈な勢いで口を挟んでいた。
それはさきほどのユーリの答えに対する、怒気を含んだ抗議だった。
「それで君はどうなる!! ユーリ! いくらゼクシオンの力が必要だからって、自我を壊してまで――っ、君が『そこ』からいなくなってしまうのはダメだ!!」
「大丈夫だよ、イシュメル。大丈夫」
その大丈夫に意味なんてないことをユーリは自覚していた。
ただの機械的な反応だった。
だが泣きながら訴えてくる最愛の友を目の前にして、大丈夫じゃないとは言えなかった。
イシュメルだって今の大丈夫という言葉に意味なんて込められていないことを、気付いているのだろう。
大丈夫といってもイシュメルの表情はそのままだった。
「もう一度言う。そのままいけば竜の力が確実にお前を壊していくぞ。所詮は人間の器。受け止め切れるわけがない」
「それもなんとかする」
具体的な方策など知らない。
ダルヴァでさえもそれを知らなかった。
人間の中に竜が入り込んだ状態で、これだけ長い間生きている人間をそもそも知らなかった。
「そうか。……ならばわしは何も言うまいて。わしはな」
暗にイシュメルが問い詰めるだろうということを告げて、ダルヴァは口を閉じた。
夜が更け初めたのを知って、その日の会談は終わりになった。
脈動する不安だけを残し、みなは一旦眠りについた。
◆◆◆
次の日、イシュメルは誰よりも早く起きて、さらに早くに起きていたダルヴァに訊ねていた。
「なぜ、ゼクシオンはユーリにあれほどまでに肩入れしているのでしょうか」
ダルヴァは少し悩んでから口を開いた。
「わしがあのとき感じたのは、陳腐な物言いではあるが……愛だな」
「愛……ですか。しかしゼクシオンは人間を敵視していました。少なくとも味方にはなるまいといつも言っていた」
「人は変わる。竜もまた変わる。そういうことだろう。殊、あの竜にいたってはユーリに対して明らかな愛を注いでいた。わしから見てもわかるほどだ。それに、お前を見る目も安らかだったぞ」
ダルヴァの確信的な物言いは、イシュメルにはとっさには理解できなかった。
しかし、そこには自分より圧倒的長い時を生きる大賢者のたしかな観察力があるのだろうと、イシュメルは納得することにした。
「幼少の頃、僕たちは彼とよく話をしていましたから。もしかしたらあのときになにか心境の変化があったのかも……」
「ふむ。――だがな、ユーリに対する愛はちと過剰だ。お前と比べてもユーリの方にやたらと傾倒している節がある」
「なぜ――いや……、そういうことか」
イシュメルは問い返そうとして、途中で自分なりの答えに行き着いたようだった。
ダルヴァはそれを見ながら、一息入れて続ける。
答え合わせをするような問いかけだった。
「イシュメル、ユーリに兄弟はいたか?」
「血の繋がった兄弟はいません。直系の王子はユーリのみです」
「では父は?」
「レザール戦争で……」
「母?」
「――同じく」
「王を愛したエスクードの民は」
「大部分が――戦で死にました」
「――だからだ」
イシュメルが浮かべた答えと、ダルヴァが浮かべた答えは同じだった。
ゼクシオンがユーリに過剰な愛を注ごうとする理由。
ユーリが――
◆◆◆
すべてを失くしたからだった。
◆◆◆
「お前には兄弟がいると言ったな。エルフ王も存命だろう。だがユーリには何もない。なまじ最初は持っていたものだからこそ、それを失うことで大きな悲しみがユーリの背にのしかかってしまった。それをあの竜は理解していたのだろうな。だから自分だけはと、過剰な愛を注ぐ」
「そういうこと――かもしれません」
「まあ、わしには過保護にしか見えんがな。現にユーリはさほど哀しんではおらん。吹っ切れたとは言わんが、少なくともわしが想像していたよりはずっと元気だ。あやつも常人とは少し違う思考をしているのだろう。すべてを受け止め切った上で歩を進めているのだからたいしたものではあるがな」
「本当にそう思います」
「ともあれ、竜というのもまた変わったやからが多い。無理に理解しようとすると泥沼にハマるぞ、イシュメル。――ほら、ユーリたちが目を覚ましたようだ。イライザをつかわせよう。イシュメル、お前は先に飯の支度をしているといい」
ダルヴァの言葉にうなずき、イシュメルはさみしげな後ろ姿を見せながらその場を去った。
ダルヴァがその後ろ姿を見ながら、ため息ついでに言葉を吐く。
「お前もその竜とたいして変わらんがな。――まったく、心配性なやつには敵わん」
ゼクシオンとイシュメルもそう変わらないことに、ダルヴァだけが気づいていた。
◆◆◆
朝食時。
リリアーヌの指導のもとでイライザが作った朝食の数々は、ダルヴァを驚きの余り数秒気絶させるほどに美味だった。
「これは天と地がひっくり返るに違いない! 今までのげろみたいな料理が嘘のようだ!」
「……死ね」
イライザがその可憐な美貌を寸分も崩さずにダルヴァの頭部に拳骨をふらせた。
「爺さん、さすがにそれはキツすぎるだろ」
「性分だ。生憎、皮肉を言わずにはいられないのだよ」
「ひどい性分だ」
ユーリもそれらの料理を口に詰め込みつつ、ふとそのイライザを見てダルヴァに訊ねていた。
「ところで、爺さんのことは大体わかったけど――イライザの素性についてはどうなんだ? まあ、言いたくなければいいんだけど」
「イライザか? ――吸血鬼だ」
「えっ?」
唐突かつ信じられないような事実に、思わずユーリは口の中のものを噴き出しかけた。
「ユーリ、汚いよ」
「お前も噴き出しかけてるじゃないか」
「――そういえばそうだね」
「……おい」
「細かいことは気にしないの」
ユーリとイシュメルの反応を見て笑いをこらえていたダルヴァが、呼吸を整えてから言葉を続けた。
「正確には『吸血病』患者だな。イライザの場合は吸血病に掛かった際に体の構成が変化したから人間ではないが。鬼というにもいささか迫力に欠ける。身体が貧相だしな」
「――死ね」
拳骨が数発。
頭をさすっているダルヴァに、目を輝かせたユーリとイシュメルが次々と質問した。
「吸血鬼っていたのか」
「俗称だ。まあ、吸血病患者はそう多くはないだろうが」
「どうして発症するんですか?」
「突然変異としか言いようがない。今のところわかっていることが少なすぎるでな」
「患者から感染したりはしないのか?」
「患者の血を飲めば感染する」
「やっぱり太陽の光が苦手とか?」
「そうだったらイライザはとっくに灰になってるわ」
「そうなのか、長所と短所がよくわからないな」
「長所は人間を越えた身体能力とでもいうか。短所は血を吸わねばたいした活力を得られぬと言ったところだ」
「じゃあイライザはどうやって生活してるんですか?」
「イライザは自分で吸血欲望をある程度制御できる。それにその人外の身体能力を使う機会もない。普通に生活しておるよ。時々血を分けてはいるが。――おい小僧ども、とりあえず質問攻めはあとにしろ」
「へーい」
ユーリが残念そうに引きさがる。
イシュメルもそれにつられて落ち着きを取り戻した。
二人が好奇心に駆られる様はよく似ていて、
「やはりまだ小僧だな」
やれやれと苦笑しながらダルヴァが二人に指摘する。
「俺に会ったときは爺さんも小僧だったぞ」
「――ふん、よく言うわ」
ダルヴァはダルヴァで、それを否定はしなかった。
そんなこんなで朝食は団欒としたまま終わった。
◆◆◆
その後、ユーリはダルヴァに引きとめられる。
「聞いていいか?」
「なんだ、爺さん」
「お前はなぜ旅をする?」
「なぜって……、エスクード王国再建のために他国の力を借りたいからだ」
「違う、そんなことはわかっておる。わしが言いたいのは、どうして他国の力を借りようとするのだ、ということだ。お前の父、先代エスクード王の代まで、エスクード王国は他国と深く干渉せず、強固な独立国家として存在してきた。その姿勢をお前が崩すのか?」
「ああ、そんなこと」
「そんなことといってもな、長い歴史を持つエスクード王国の厳格なしきたりだぞ? 長い時を刻んだ国家の伝統をぶち壊すのだぞ?」
「構わないさ。俺は俺のやり方でエスクードを建て直す。だから旅をするんだ」
ダルヴァは一瞬呆気にとられた。
返ってきた答えがあまりに簡素で、即座に出たものだから、思考が停止した。
「部外者であるわしが言うのもなんだが、これまでのエスクードの伝統を破棄するということは、もはや国家が根本から変わるという意味だ」
「だから構わないって」
「ああ、なんてこった」とダルヴァは天を仰いだ。
対するユーリは煩わしそうに首を傾げる。
「で、話はそれだけか? 俺たちも偶然爺さんに出会わなければ、すでにナレリア王国には着いていたはずだ、できるだけ素早く情報を交換して再出発したい」
「『大賢者』を前にしてよくもまあ淡々とした物言いができるものだな。イシュメルの方がずっとかわいらしい。お前にはかわいげというものがないな」
「悪かったな、かわいげがなくて」
「お前はわしに魔術を習いたいとか言わんのか?」
「ハハ」
その問いにユーリは笑った。
心底楽しそうな笑みだった。
「――無理だよ。俺は俺の限界を知ってる。少なくとも魔の才に関してはな」
「右眼の魔力を使えば魔術くらい使えるだろう。――いや、エスクード人には無理かもな……。術式を編むのがとかく下手だからな」
「エスクード人についてよくわかってるじゃないか」
ダルヴァは「当たり前だ」といわんばかりに肩をあげて答えた。
「お前の父に魔術を仕込もうとしたのが誰だか忘れたか? あの父にして子だ。十中八九、お前も魔の才には恵まれていないだろうな」
「竜の眼を受け継がなければ、きっと俺は一切魔術使えなかっただろう。それくらいはわかるさ」
「そうか。――ふむ、話が逸れたな。ではもうひとつ訊こう」
「なんだ?」
ユーリがダルヴァの方に向き直って、少し畏まって聞く姿勢を取った。
「流れのまま、とは言ったものの、さすがに何か考えてはいるんだろう? あの竜に関して」
「……」
ユーリは腕を組んで少し悩む素振りを見せながら、ややあって答えた。
「――まあ、折り合いは……つけるつもりだ。というか、そうでもしないと本当に俺は俺でいられなくなるかもしれない。夢の中で時々『会話』ができるようになってから、急に境界線が曖昧になった感覚がある」
「それくらいはわかっていたか」
「俺の身体のことだからな。爺さんは同調といったが、感覚的には『同化』に近い気がするよ」
「余計に悪くなったぞ」
「とかくいってもしかたないさ。事実らしいから。――ともかく、偶然にも爺さんと会えたのは良かった。俺一人ではどうも確証の得ようがなくてな。大賢者と意見が合うのなら安心だよ」
「いまさらわしを持ち上げてかわいさをアピールしようったってそうはいかんぞ」
「はいはい、わかってますよ」
そう言いつつも、ダルヴァはからからと笑っていた。
「若き日のシャルと話しているようだ」
「そんなに似てる? 俺と父さん」
「ああ、似ている。あいつはもっと豪胆だったがな」
「それは俺も知ってる」
「結局父になってもあのままだったということか」
ダルヴァはまたうれしそうに笑った。
しかし、その次にふと寂しさが襲ってきて、
「まあいい。ちゃんと考えておけ。あとイシュメルを大事にしろ。あんな友を得られたのはお前の人生最大の幸運かもしれんぞ」
「わかってるよ」
「ならいい」
そういってダルヴァは言葉を切った。
◆◆◆
朝食の後、各々が束の間の休息を満喫していた頃、リリアーヌはまだイライザに料理を教えていた。
「んー……、シャムの実は煮込み過ぎない方がいいかな。もともと柔らかいから煮込み過ぎると原形が保てなくなっちゃうの」
「……わかった」
イライザは反論することなく、リリアーヌの忠告を着実に飲み込んでいく。
そうやって料理の連続で幾ばくか過ごしたあと、さすがにずっと練習続きでは疲れるだろうと思い、リリアーヌが率先して休憩を申し入れた。
「イーちゃん、少し休憩しよう」
「……うん」
イライザの返答は常に簡素で、声も小さかったが、リリアーヌはそのことを大して気にしなかった。
エルフの感覚器をもってすれば支障なく聞こえる。
それに、イライザの様子には深い訳がある気がして、気軽に触れるわけにはいかないとも思っていた。
人の心に土足で踏み入ることはしたくなかった。
リリアーヌはそういう微妙な心の機微を、本当に的確に察知する女だった。
気を遣い過ぎる、聡すぎる。
ユーリが時々心配するほどのそれが、またここにきて表れていた。
だが、心に『もや』を持っているのはリリアーヌも同じで、それゆえに、ある言葉を切り出そうとしていた。
「ねぇ、イーちゃん?」
「……?」
リリアーヌは椅子に座りながら、ふとイライザに訊ねた。
小首をかしげて目をぱちくりさせるイライザに、優しく言う。
「あのさ、吸血病にかかると――強くなるの?」
イライザはすぐには答えなかった。
代わり、少しだけ目を見開かせた。
しばらくして、やっとイライザが答える。
「――少しは」
「エスクード人よりも身体は強くなる?」
「エスクード人の基準がわからないから、なんとも言えない」
「あ、そっか、そうだよね。――あれ、でも血を吸わないと強くなれないんだっけ」
「そう」
リリアーヌにはずっと心の内に抱いてきた悩みがあった。
レザール戦争時下をユーリとともに過ごしてから、ずっと心に抱いていた悩み。
イシュメルにはその一部分を話した。
兄は優しく慰めてくれた。
ユーリの傍にいてもいいと。
少し安心した。
でも、やっぱり引け目は失せなかった。
「私ね、いつもユーリに守られているの。守ってもらうことしか……できないの」
「……」
「強く……なりたいんだ」
せめて、自分を守れるくらいには。
ユーリの足手まといにだけはなりたくなかった。
彼には生涯をかけるほどの目標がある。
それでいて自分は、エルフの森に帰れたのに無理やりユーリについていった。
ユーリと離れたくないと、本心からそう思っていたから。
でも、そのせいで彼の目的に支障が出るようなことはあってはならない。
無理やりついてきて、荷物になるようなことだけはあってはならない。
そう思っていたとき、こうしてダルヴァに出会い、そして吸血鬼であるイライザに出会ったことで、手段が一気に収束した。
ゆえに、出た言葉があった。
◆◆◆
「私も、吸血鬼になりたい」
◆◆◆
安易な考えだと笑えばいい。
しかし、か細く華奢なエルフの女であるリリアーヌにとっては、吸血鬼の特性は喉から手が出るほど欲しいものだった。
リリアーヌは幼いころからエスクードに引き渡され、その上レザール戦争を生き抜いてきたという特異な経歴を持っている。
ゆえに、エルフたちが受けるべき魔術の鍛錬を受けていなかった。
ましてや、魔の才が生まれつきないエスクード人たちに引き取られたのでは、もちろん魔術を学ぶこともできなかった。
加え、エルフの特性。
一般的なエルフから見れば、イシュメルはかなり特異だった。
エルフでありながら並の人間を超える身体能力を持ち合わせている。
しかしリリアーヌには当然そんなものはない。
そして、いまからそれらを手に入れるには――時間が足りなかった。
しかし吸血鬼はどうだ。
血を分けてもらえれば能力を得ることが出来る。
願ってもない。
そう思った。
でも、
「ダメ」
イライザはきっぱりと答えていた。
そのときのイライザは、それまでとは違って明確な意志を表情に出していた。
「な、なんでっ……」
「吸血病には短所もあるから。きっと、リリアーヌは苦しむ」
イライザが断った理由は、リリアーヌのことを思うがゆえだった。
この短期間でイライザはリリアーヌに好感を抱いていた。
ダルヴァとたった二人で過ごす日々。
吸血病にかかってからまともな生活など送れないと思っていた。それでもこうしてダルヴァのおかげでなんとか人並みの生活は遅れている。
しかし、友などはいなかった。
贅沢はいうまいと思っていたが、正直少し、友が欲しかった。
そこへリリアーヌが来た。
吸血鬼であるのにも関わらず、なんの気負いもなく接してくれる彼女が、イライザにとってはとてつもなく愛おしかった。
「私が苦しむのは……いいの」
「私は嫌だよ。リリアーヌが苦しむのは嫌。リリアーヌは大切な……その……友達……だし」
振り絞るようにそういったイライザを見て、リリアーヌの中に今度は電撃のような衝撃が走った。
一瞬のうちに、そのイライザの態度から、どういう理由でイライザが自分の申し出を断ったのか、悟ってしまった。
だから、少しの間をおいて、リリアーヌは、
「――そっか。……うん、イーちゃんが悩むんで苦しむのは……私も嫌だな。――わかったよ! 諦める! 友達だもんね!」
最後の一言にイライザは珍しく顔を輝かせ、照れくさそうに服の裾をつかんでもじもじとした。
その仕草が可愛くて、リリアーヌは悪戯気な表情を浮かべたままイライザに抱きついた。
「そういえばイーちゃんって何歳なの?」
「……十四歳」
「お! 私と一緒なんだね! 嬉しいなぁ」
リリアーヌにとっても、イライザは同年代で初めての友人だった。